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黒の帳 『一つ目の帳』

鬼ごっこ

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龍牙が復活する頃に一限目が始まった。

少し小太りな先生がのっそりと入って来た、かと思えば、自習の二文字を書いて退出してしまった。先生は一連の動作を余りにも自然に行ったため、私は声をかけることを忘れてしまっていた。忍者のように自習の二文字を残して居なくなるのは、あの先生だったのか。

赤面から復活した龍牙はスマホをいじっている。よし、私は勉強しようかな。ノートを取り出したところで、教室の前の扉がガラリと開いた。
現れたのは先生ではなかった。

「…ちっす、クリっちゃん居ない?」
「くりりん居ないんだよー」

不良さんの二人組だ。
クリっちゃん?くりりん?
もしかしてだけど、クリミツのことだろうか。
というか、今授業中…いや、気にしても無駄だな。

「クリミツなら俺らも分かんねえ。お前らB組?そっちのクラス居ねえの?」
「それがずっと居ないんだよねー」
「そうそう、鞄も置いてないし」

龍牙が答えたけど、クリミツの居場所はこの場にいる誰にも分からないみたいだ。私達のクラスの不良さん達に聞いても、見ていないと言われた。
うーん、あの体格ならそこそこ目立つはずだ、どこへ行ってしまったんだろう。クリミツに限ってどこかに呼び出されてタイマン張ってるとかは…あるかもしれないな。
でも、そうだとしてもスマホで連絡してくれるはずだ。一体、今どこで何をしているんだろう。

龍牙がスマホで電話をかけようとした時、扉にもたれていたB組の不良さんが勢いよく倒れた。隣に居た不良さんも何かに押されたように倒れ込んだ。

「いって!!」
「何だテメ……、ひっ」

二人は怒鳴ろうとしたが、自分達を押した相手を見て血相を変えると、逃げるように窓際へ駆け出して遠藤君達と合流した。
教室の前の扉に、その人が陣取るように仁王立ちしている。彼の後ろから見覚えのある青髪がひょこっと顔を出した。

「……天野」
「居ないっすね…、次行きましょうか」
「本当か?誰かと重なってたりしないか見て来い」
「いやここ俺のクラスなんで…」
「文句か?」
「すぐ行ってきます」

天野君と渡来さんだ。話と入ってきた扉から察するに、A組から順番に人を探しているみたいだ。校門前での会話からするに、私だろうなあ。前髪を死守すればバレない。目立つことはしないでジッとしておこう。

「なあ鈴」
「何?」
「アイツ…朝の坊主だよな」
「うん、静かにしてよう。絶対バレたくない」
「分かった」

龍牙と小声で話し合い、それぞれ先程までやっていたことの続きをする。龍牙はスマホ、私は勉強。でも不良さん達は雑談をしない。教室は静まり返っている。
それはそうか。
渡来さん怖いし、さっきの二人組の様子を見ると、有名な怖い人なんだろう。でもそれだけ怖がられている人より、紅陵さんや氷川さんは強いんだな。あの二人は絶対怒らせないようにしよう。


天野君は教室を歩き、不良さん達の間を通って確認している。教室の後ろへ来た時、あ、と呟いて私の前で止まった。

待って、待ってよ。

「…先輩。この根暗野郎、俺にガセ掴ましたんスよ。コイツ連れてっていいすか?」
「勝手にしろ」
「うっす。残念だったな根暗野郎…あの人マジ怖ぇからな、病院送りとかかもなァ」
「おい阿賀野、鈴に手ェ出すな」

渡来さんの了承を得て、嬉しそうに天野君が私に手を伸ばしてくる。待ってよ私の意思は?しかし…私が天野君に嘘をついたことになっているのでこの状況は仕方ないかもしれない。でも、まだチャンスはある。

龍牙が立ち上がったのを見て、私も勢いよく席を立ち、後ろの扉へ駆け出した。

そう、逃げるが勝ちだ。

私を追いかけようとする天野君を、龍牙が足をかけて転ばしたのが見えた。龍牙、ありがとう!

廊下に出て、E組の階段の方へ走る。A組の方の扉には渡来さんが居るからだ。階段を上がったらどうしよう。二階は二年生の教室ばかりだから、奇跡的に氷川さんや紅陵さんに会えたりしないかな。とりあえず今は距離をとることだけ考えよう。

「待て根暗ァ!!!」
「ちょっ、阿賀野っ、待て!!」

後ろを一瞬振り返ると、私を追いかける天野君と天野君を追いかける龍牙が見えた。それだけなら良かった。

教室の前の方に居た渡来さんが、私に向かって走り出していた!

あの人に捕まるのだけは避けなければいけない気がした。怖いからかな。

D、Eと通り過ぎ、階段を駆け上がる。下を見れば天野君と渡来さんが居た。龍牙はどこに行ったんだろうか。結構怖い。待てとかぶっ殺すぞとか聞こえる。こんな殺伐とした鬼ごっこは初めてだ。

初日で菊池君達に追われた時は遊ばれていたけど、天野君はかなり怒っている。捕まったら最後、気が済むまで甚振られるだろう。
痛い思いをしたくないのなら顔を見せてしまえばいい。私が、探している『リン』本人なのだから。だがその後想像出来る展開を思うと、私とっては殴られた方がマシに思える。

階段を上りきり、二階へ上がったと思ったら右腕を誰かに勢いよく引っ張られた。抵抗する間もなく薄暗い小部屋に引き込まれ、口を塞がれた。

「シー……、黒猫ちゃん、静かにね」
「…ん!」

黒猫ちゃんという呼び方、そしてこの聞き覚えのある声…この人氷川さんだ!

少ししてバタバタと天野君達が階段を上がりきった音が聞こえた。彼らは三階へ向かったみたいだ。
氷川さんもそれが分かったみたいで、私から手を離してくれた。
どうやらこの部屋は何かの準備室みたいだ。ダンボールやよく分からない棚がある。電気はついておらず、窓から日光が射し込んでいる。氷川さんは私から離れ、棚にもたれかかった。

「氷川さんありがとうございます!何で分かったんですか?」
「僕の優秀な子鼠達が報告してくれてね。すぐに気づいたよ。渡来に追いかけられていたなんてね…。素顔はバレたのかな?」
「顔は大丈夫です。…コネズミって何ですか?」
「まあ、部下的な奴だよ。君が知る必要は無いね」

一瞬氷川さんの目が細くなり、気配が鋭くなった。ううん、秘密ってあるもんなあ、仕方ないよね。番長さんだし、氷川組の息子さんともなれば、色々あるんだろう。
頷くと、氷川さんはにこりと微笑んで話を続けた。

「今からどうする?」
「うーん、教室に戻っても…というか、また会ったらって考えると、怖いですね。今度こそ捕まっちゃいますし…」
「僕の教室に来るかい?カナリアちゃんに荷物を持ってきてもらったらいいだろう。渡来も天野も僕ら二年生の教室には近寄らないだろうからね。安心して過ごせるよ」
「…でも…先生とか…」
「君は自分が所属している高校を分かっているのかな?」
「た、確かに…」

氷川さんの居る二年生の教室。確かに、番長が居るんだから一番安全だろう。先生が何か言うかも、とか、自分の教室に居なきゃ、とか、もうそういう事は気にしなくてもいい…のか?順調に不良を極めている気がする。
だが、天野君の怒った顔と渡来さんの巨体を思い出し、答えが決まった。

「行かせてください、お願いします」
「うんうん。あ、そういえばマロンくん借りてるよ」
「えっ!皆で探してたのに…今どこで何してるんですか?」

B組の人も知らないと言っていたクリミツの居場所。まさか氷川さんと一緒に居たなんて。

「E組でゲーム大会やってるよ」
「え?」
「何故かE組にはオタクが集まるんだよねえ…、ゲームオタクと何かやってたよ。僕も参加したかったのに、君を助けなきゃいけないせいでお預けだよ」

クリミツ!?
皆で心配してたのに、先輩達とゲーム大会やっていたなんて、自由すぎないか。
連絡の一つくらい入れて欲しかっ……はッ!!

「私、クラスの人に連絡しないと!」
「いいよ、ここで電話かけちゃって?」

そうだ、私だって行方不明だ!
すぐにスマホを取り出し、龍牙に電話をかける。ワンコールどころかかけた瞬間に電話が繋がった。

「あ、もしもし龍」
『鈴!!大丈夫かっ、今はどこだ!?』
「大丈夫、氷川さんが助けてくれたよ。今は二階に居るんだけど、教室に戻るのは怖いから二年生の教室に居させてもらうんだ。あ、あとクリミツも二年生の教室に居るよ」
『っあ゛ぁ…、本当に良かった。俺追いかけようとしたら、坊主に足思いっきし蹴られてさ。軽く足捻ったんだよ…最悪』
「え!?大丈夫?歩ける?」

なんてことだ。そんなことがあったなんて。申し訳なくなってくる。
龍牙はすごく心配してくれていたみたいだ。

『それは大丈夫だ。走るのは無理だけどな。鈴は怪我無いか?』
「うん、…ごめんね、私のせいで」
『気にすんな。…俺も行っていいか?一緒に居たいんだ、お前と』
「勿論!それだったら、ごめんなんだけど…来るついでに私の鞄持ってきて欲しいな。2-Eで待ってるね」
『りょーかい』

電話を切り、スマホをしまった。
氷川さんは準備室から出ると、少し辺りを見渡した。暫くして氷川さんは戻って来て、出ても大丈夫と教えてくれた。

とにかく、危機は去ったみたいだ。
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