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黒の帳 『一つ目の帳』

+ 天野視点『クラスの頭』〜『放課後』

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『青の帳』


俺は天野優人。

中央柳高校一年生だ。


中央柳高校といえば、ここらでは知らない奴が居ない程の不良校で有名だ。極道の息子が居るらしいが、知ったことか。どうせ親の七光りだろう。
俺はそこに入学し、トップへ登り詰めようと誓った。俺より弱いやつがでかい顔して歩いているのは気に食わない。番長だか裏番だか知らんが、全員ぶっ飛ばしてやる。

親はもう俺の事を諦めている。俺だって諦めている。旦那に逃げられ、不特定多数の男の所へ入り浸るクソババアなんか知ったことか。
俺が何やったって、誰も気にしない。俺がボロボロになって道に転がっていようが、この青く染めた髪と不良じみた服装を見れば、誰もが見て見ぬふりをするだろう。
唯一、独り立ちしたお姉ちゃ……姉ちゃんだけは俺のことを心配してくれたが、家を出てから一向に連絡を寄越さない。まあこんな家、頼まれたって帰りたくないだろうから、恨んじゃいない。寧ろ、姉ちゃんが元気にしているかどうかだけでも知りたいくらいだ。

俺はまず、クラスの頭を狙った。急に番長へ殴り込んだりはしない。それはアホのやることだ。
初日でたまたま目に付いたピアス野郎を煽った。クラス全員をやっちまえば、俺が頭だ。オタクっぽいクソメガネとかは無視していいだろう。後で誰かパシリに任命するか。

そうやって俺達が喧嘩を始めようとした途端、よく分からん金髪ロン毛野郎が横入りしてきた。
阿賀野だァ?俺の名前間違えやがって。
イキリ倒してたロン毛野郎…片桐だが、弱かった。そこそこ強いんだろうが、その動きは俺より格段に遅い。簡単に沈んだ片桐に近づこうとすると、またよく分からん根暗野郎が横入りしてきた。前髪で顔が全く見えない。

「…何だお前」
「この子の友達っ…、もう龍牙は倒れてるでしょ、これ以上殴るのは、違う」
「見せしめにするって言っただろうが。退け」
「嫌、退かない」

ムカつく野郎だ。こういう態度だけが勇敢なやつは嫌いだ。喧嘩どころか、自分の身も守れねえくせに、一丁前に暴力はダメ~とか言いやがる。まあこういう奴からやるのがいいな。痛め付けるのはコイツからにしよう。
そう思い、拳を握りしめたところで、また邪魔が入る。

「ちーっすB組の頭でぇーす。…あ?龍牙、何寝てんだ」
「寝てねぇよ」
「今度は誰だ…」

誰だこの天パ野郎。随分背が高いな。片桐と知り合いらしい。
また邪魔か、コイツもやってしまおう。

「龍牙、立てよ。つーか、何この状況」
「うる、せ…、立てるかアホ。そいつにぶん殴られたんだ。クリミツ、鈴助けろ…」

片桐が倒れているのは俺の仕業だと知った途端、天パ野郎…クリミツの雰囲気が一変する。

やべえ、やられる。

根暗野郎から素早く手を離し、クリミツの方へ振り向いたが、時すでに遅し。
腹にとんでもない一撃を食らい、俺はそこで意識がとんでしまった。



俺はクラスの頭を狙おうとしたが、結局倒されてしまった。

だが、もうどうでもいい。ここまでの出来事は、どうでもいいんだ。
そう思わせる出来事が、奇跡が起こったのは、その日の放課後だった。







「…くん……まの…」

俺はうつ伏せに倒れていた。どうやら放課後になっても放置だったらしい。まあ、当然か。
しかし、そんな俺に誰かが声をかけている。とんとんと肩を叩き、俺を起こそうとしている。

「……あまの……ん……起きて……」

うるさい。寝かせておいて欲しい。身体中が痛い。硬い地面に倒れていたからだろうな。寝たふりをしておけばコイツは居なくなるだろう。鬱陶しい奴だな。

「………大丈夫……?」

だが、ソイツは居なくなるどころか、俺を動かした。俺をひっくり返し、俺の頭を何か柔らかいものの上に乗せた。寝たふりを続けてもこの様子では意味が無さそうだ。
仰向けになったことで眩しくなった俺は目を開けた。

「ふふっ……、可愛い」

一瞬、驚きで息が止まった。

誰だ、この美女…。

息を飲む程美しい宝石のような煌めく瞳で、俺を見つめている。長い睫毛に縁取られた目はゆったりと細められ、笑っているのだと分かった。さらりと顔にかかる、肩まであるかないかくらいの長さの髪は黒く、キラキラと光を反射して艶めいている。顔を隠してしまいそうな髪はピンク色のピンで留められていて、その儚げな美貌をよく見ることが出来た。
小さく可愛らしい口で紡がれた、可愛い、という言葉は、なんの事を言っているのだろう。可愛いのは貴方だ、いや、可愛いなんてありふれた言葉じゃ表せない!

「…ぅ、ああ…?」

しかし、俺はその美女をよく見て、あることに気がついた。
服装が、俺と同じだ。
中央柳高校指定の学ランのボタンがキッチリと留めてあり、襟には一年生を示す学年章が付けられている。

この人、男!?
というか、俺と同じ一年生かよ!!

「あ、気がついた?天野君ずっと倒れてたんだよ。一人で帰れそうかな、足とか大丈夫?」

困惑する俺を他所に、その美女…いや、美人は話し出した。起きたばかりでぼんやりしていて、声がよく聞こえない。今思えば、ここで声を覚えておけば、かなりの手がかりになっただろうに…、俺の行動が悔やまれる。

この美人は、俺を知っている?天野君天野君と親しげに俺を呼んでいる。
でもこんなに美しい人、一度でも会ったら絶対に忘れない!

俺なんかを心配してくれる、この人は、一体誰なんだ!!

「………ぇ…?…おま……いや、あの、貴方…って…」

まず、俺なんかを助けてくれた礼がしたい。
それから、貴方が誰で、どんな人かを知りたい。そして、そして、あわよくば…

「早くー!遅せぇぞー!!」
「あっ、待たせてたんだった!ごめん天野君、お大事にね。それじゃあっ!」

誰かの声が廊下から聞こえると、美人さんは驚き、俺の頭を優しく下ろして、鞄を手に駆け出してしまう。

ここで俺は膝枕をされていたことに気がついた。俺の頭の下にあった、柔らかいのは、美人さんの足だった!!!

でも舞い上がっている場合じゃない。俺はこの人の名前さえ聞いていないんだ。まだ別れる訳にはいかない。

「ちょっ、待って、あのっ…」

立ち上がろうとしたが、足に鈍い痛みを感じ、しゃがみこんでしまう。変な体勢で長時間倒れ込んでいたのだろう、足が言うことを聞かない。
クリミツ、許さん。
だがアイツが俺を気絶させなければ、美人に介抱されることも無かったのだろう。

「まっ、待って、待って…!!」

必死に呼び止めたが、あの人は帰ってこなかった。急ぎの用事だったんだろうか。

もう一度、あの人に、会いたい。



ふと、視線を感じたので教室を見渡す。
クソメガネ共が俺を見ていた。

「何見てんだぶっ殺すぞ!!」

何なんだその目、微笑ましいみたいな顔で俺を見るんじゃねえ!!

怒鳴りつけてやれば、奴らは情けない悲鳴を上げて教室から出ていった、へっ、ざまあみろ。
足は痛むが、走れないだけだ。歩けないほどではない。ゆっくり立ち上がり、とぼとぼと廊下を歩く。あの人は走っていってしまったから、もう今から歩いて追いかけても仕方ないだろう。



あの人に、もう一度会いたい。

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