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ふかふかのベッドに白いパンに赤葡萄酒を求めて
しおりを挟む我々は今、とある村の前にいた。
時はすでに日暮れ前。
今日もまた野宿か……と覚悟したが、そこに現れた村。
嗚呼! これぞ神の思し召し。お導き!
「はぁ、やっと人心地つけそうね。たく、役に立たない地図ね。あるはずの村も町も全然ないんだから」
ハーフエルフの魔導師マレフィアが、手にした地図をぱしんと打って言う。うむ。全くである。私も珍しくこの女に同意だ。役に立たない地図である。
「それだけ……たくさんの村や、町が、滅ぼされた……ということなんです、ね」
勇者がぽつりと漏らす。その声音は微かに震えているようだった。
「或いは捨てて逃げたんでしょうけど。どっちにしてもそうね。そのうえ地図を新しく作り直すような余力もないって訳。……はぁ、いやんなる」
マレフィアは長い髪を掻き上げて払うと、地図を丸めてポーチに挿した。
「……オマエたち、ほんとにこのムラとまるつもりか」
ふんふんと鼻をひくつかせ、毛むくじゃらの三角耳をあちこちにせわしなく向けていたベルラが、鼻に皺を寄せて言った。
なんという顔をするのか。獣人にしては愛らしい顔も台無しである。
「当たり前でしょ、もう何日野宿してきたと思ってるのよ。そろそろ柔らかいベッドで寝たいわ」
ふふ、今日はまったく珍しくマレフィアと気が合う。私もうんうんと頷いた。
「オマエたち、あのくらいでねあげる。軟弱だナ」
「はぁ!? 野蛮なケダモノのあなたが異常なのよ!」
「あ、あの! とにかくもう日が暮れるし、喧嘩しないで、行きませんか!」
いまにもマレフィアとベルラの間で睨み合いからの終わらぬ口喧嘩が始まりそうな瞬間、勇者が大きな声で割って入った。
おお、早速私のアドバイスを実践しているのか。さすが勇者。私が見込んだだけのことはある。
ふたりも、常ならぬ勇者の大きな声での仲裁に呆気に取られたようであった。
「それも、まぁ、そうね。こんなとこでネコ娘と言い合うだけ時間の無駄よね」
「ベル、ネコじゃない! 黒豹族!」
ガァッと吠えるベルラを無視して、マレフィアはさっさと村に入って行く。
その後を待てとかガウガウ言いながらベルラが追いかける。寄ると触ると喧嘩を始める困った女たちであった。
「勇者殿。頑張りましたな」
言い合いの終わらないふたりにオロオロしている勇者に、私は努めて優しく声をかける。頑張ったからには褒めねばならぬ。褒めて育てるのが私の流儀なのだ。
「レリジオさん……でも、僕、まだまだ……」
「なにごとも、はじめからうまくいくということはありません。ですが、最初の一歩めこそが大事であり、それを踏み出したその勇気こそが尊いのです。勇者殿、貴殿は偉大な最初の一歩を踏み出したのだ、もっとご自分を誇られよ」
さ、参りましょう、と促して、私たちも村へと足を踏み入れた。
***
村は、寂れていた。
家々はどこも古びて、所々壊れたり燃えたりした後を補修した跡が目立つ。
家によってはそれが追いつかず、壁や屋根に穴の開いたままのものもあった。
荒れている。ベルラが難色を示したのはこういう事情からであるのかもしれない。
獣人族は我々ヒューマンよりも五感に優れる。
我々には聞こえないほどの微かな音や匂いにも敏感だ。
この村に漂う荒れた空気を嫌い警戒したのかもしれない。
「ちょっと、ちんたらちんたら遅いわよ。こっちよこっち」
先を行っていたマレフィアが、手を振って我々を呼ぶ。
村の中のひときわ大きな家の前だった。
「この村、宿ってもうずいぶんまえに廃業したんですって。旅人は村長の家で泊めてくれるそうよ」
結構いい家よね、と嬉しげなマレフィアとは対照的に、ベルラは相変わらず鼻に皺を寄せていた。なにがそんなに気にくわんのだ。 ベルラの拙い公用語では、意思疎通は楽ではなかった。
「良いんでしょうか、いきなり押しかけて。ご迷惑なのでは」
勇者が戸惑った声で言う。
たしかに、民家に世話になるのは宿に泊まるのとは勝手が違うものである。
だが、しかし。
「なんの! ご心配には及びませんぞ勇者殿。全て私に任せなされ」
私はずずいと前に出て、村長邸のドアを叩いた。
「ごめん! ごめんくだされ!」
はいはいはい、とバタバタと足音がして扉が開かれる。
中から顔を出したのはそばかすだらけの若い娘だった。三角巾とエプロン姿のいでたちは、おそらく女中かなにかだろう。
彼女は私の姿を見ると目を丸くした。
「突然の来訪まことに失敬ながら、ご主人に取り次いで頂けましょうかな。私はレリジオ・ロクシャーン。ステラヴィル大聖堂より参りました、光の神ルクスに仕える者。此度は巡礼の旅の途上にて、この村にまかり越したるに御座る」
「あ、ぁ……神官様……! はい、はい、ただいま。しばらくお待ちください。……村長様、村長様~!」
女中の娘がパタパタと小走りに家の中に戻り、村長に取り次ぐのを待つ。
ほどなくして戻ってきたのは、壮年の男であった。
「これはこれは……このようななにもない村に、ようこそおいでくださいました……これぞ神のお導きでしょうか。ささ、どうぞどうぞ。お供の方々も……」
村長はなかなかに敬虔な信徒であるようだ。私の身に纏う法衣と聖印の威光の前にあっさりと家に招き入れてくれた。
「なによお供って……私がいつ貴方みたいなひょうろくだまのお供になりさがったわけ!?」
「ベル、オマエの子分、ちがう」
女達が不満を口にする。うるさいことだ。だいたいなんだひょうろくだま。いつの時代の言葉だ。まったく! こういうところが可愛げがなくていかん。なぜもっと淑やかに、素直に、控えめに、三歩下がって私を立てることができないのか。
胡乱なハーフエルフの魔導師と獣人の子どもなど、誰が素直に泊めてくれるものか。
私の神官としての威光あればこそこうも簡単に物事が進むというのに。
「まぁまぁ。村長の誤解はあとで解くゆえ、いまは抑えてくれ。せっかく柔らかいベッドと美味い夕食にありつけるのだ、もっと大局を見てはどうかね」
「なによそれ。大局? 名誉の問題よ!」
「ベル、オマエの子分、ちがう!」
かぁ~うるさい!
つくづく融通の利かない面倒な女どもである。
「落ち着いて、ふたりとも。村長さんには、あとでちゃんと自己紹介しよう。そうすれば、誤解も解けるよ」
勇者……昨日までと見違えるように意見を言えるようになって。その成長の早さに私は目を瞠る。だが、しかし、なぜだ。なにか少し引っかかりも覚える物言いなのだった。
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