上 下
20 / 23

新たな不穏

しおりを挟む


 司祭様にデートに誘われちゃった!
と喜んでいたこの日々。
 いざ当日になって、私は愕然とした。

「ウソ……どうして……!」

 朝だというのに外は夜のように暗い。

 窓の外は、けれどいつもの朝のように賑わっている。

 ガヤガヤ、わいわい。
 窓のそばに耳をそばだてて外の声を拾う。

「やあ今年もきましたねぇ降星祭……」
「もう一年も終わりですなぁ」
「待ちに待った日なんだ、年に一度のお祭りだし飲んで飲んで飲みまくりましょうや!」
「わっはっは、朝から飲めるなんてこの日くらいだからねえ」

 誰もこの現象を不思議とは感じていないらしい。
 つまり、降星祭とは、一日中夜が続く日なの?
 私は改めて自分の姿を見てみる。

 ふわふわの薄桃色の髪の毛、長い睫毛のくるんとしたぱっちり目にぷるんとした唇。
 豊満な胸のふくらみにきゅっと締まった腰、ぷりんとしたお尻。
 そして自在に動くベルベットみたいな手触りの尻尾に、空を飛ぶ翼。

 夢魔の姿。

「ウソでしょ~~~!!」

 一段高くて甘ったるい声。悲壮な状況なのに悲壮感がない。

「どうするのよ!? 今日はセレミアが、司祭様とデートなのにっ……この姿のままじゃ司祭様とデートできない!」

 そんなのやだ! 絶対にやだ! そうは思っても、どうしたらいいのかわからない。

 とにかく髪を頭巾で全部隠して、体のラインを隠すセレミアのいつものワンピースを着てはみる。
 胸が苦しくて腰はスカスカ。同一人物なのに格差を感じる。

 胸元は仕方なく開けておいて、とにかく一応の体裁は整った。多分だけれど。
 サーニャお婆さんに気付かれないようにそそくさと家を出て行く。
 ごめんなさい、今日の朝ご飯はひとりで食べてください。

 頭巾で髪を隠してワンピースを着ていても、街を歩けばひとの視線は私に向かう。主に男の人たちから。
 夢魔から無意識に発散される催淫効果なのか、単純に見慣れないボンキュッボンな女に本能が抗えないのか。

 とにかくなんとかしないと。

 司祭様との約束はお昼過ぎ。

 降星祭なんていかにも星を見るお祭りっぽいのにお昼からの約束なんて、その時点で疑問に思うべきだったのかもしれない。
 まさかこんな、一日中夜で空には星が瞬いて、たまにひゅうっと流れ星が過っていくなんて。

 思うわけないじゃない!

 人目をはばかるように急ぎ足で街を突っ切る。

 こんなにキラキラの星の瞬く一日では、誰も彼もが空を見上げているだろうからぱあっと飛んでいくことも難しいに違いない。

 変装は名案だったけれど、行く当てはなかった。
 途方に暮れて、とにかく街の外れの小さな森の泉まで向かうことにした。

―――

 泉に映る私の姿は、やっぱり変わらず夢魔のそれ。
 落胆と共に膝をつきそうになって、いやいやと首を振る。

「落ち込んでる場合じゃないわセレミア! ……いまはミーア? あぁんどっちでもいいっ」

 自分で自分のことに混乱しながら、考えを整理する。

「昼までにセレミアの姿に戻れればいいのよ。そう。そうだわ、レーゼ! あの女、随分上手に人間の女の子に化けていたわ。
アタシだってやってみたらうまいこと化けられるかもしれないんじゃない? なんせレーゼを倒して力は増しているんだもの。
そうよ、できる、できるわ! できるったらできる!」

 根拠はそんなになかったけれど、もうこの手しかないと思えた。
 私はできるかぎり普段の、昼間のセレミアの姿を思い浮かべて、目を閉じる。

 全身に魔力が行き渡るようにイメージしながら、いつもセレミアからミーアに変わるとき、ミーアからセレミアになるとき、そのときのイメージも脳裏に描き出していく。

 ヂヂッ、ヂヂッと何かがブレるような奇妙な心地。
 私の体の内側で、魂が組み替えられるような、でもそれは結局変わることはなくて。

「ンッ……! は、ぁ……ダメ、なの? できないの……? アタシ……には……」

 変化の術。思ったよりもずっと高度な術なのかもしれない。
 でも、諦めるわけにはいかない。
 せっかく、せっかく、司祭様とのデートなのに! しかも向こうから誘ってくれたデート!
 星の降る夜なんてすごいロマンチックだもの、司祭様もなにか考えてくれているのかもしれないし。

 諦めたらここでおしまいなのよ!

 内心奮い立たせ、私はもう一度魔力を捏ねてイメージをし直していく。

「私はセレミア。ただの普通の女の子。栗色の髪の毛、ちょっとそばかす、胸も控えめ……地味めな……」

 言ってるうちに少し気持ちが沈んでいく。
 けれど具体的なことを口にしていくことでイメージはより固まって……

 シュウ、と何かが練り込まれていく感覚。
 目を開くと、泉の水面に思い描いた通りのセレミアの姿が映し出されていた。

「やっ……!」
「ほう、こいつは驚いた……」

 た、の言葉は不意に聞こえた男の人の声で遮られた。

 ざわっ、と全身総毛立つような嫌な予感。

 ヒュッ……!ドスッ!

 風を切る鋭い音。
 思わず変化の術を解いて、私はバサッと翼を羽ばたかせて空へ飛び立っていた。

 その足下。
 ほんの数秒前私が立っていたその場所に、鎖で繋がった槍の穂先のような刃がつきたっていた。

―――

「おうおう、身軽なこった。しかし降星祭の日にうろつく夢魔たぁ、穏やかじゃあないねぇ」
「……! な、なにすんのよっ」

 振り返り見ると、空振りした槍の穂先のような刃を引き抜いてひゅっと引き戻す男の姿。

 年頃は二十代半ばか後半か。
 無精ヒゲが目立つけれど、剃ったら途端に二、三歳は若返りもしそうな。
 垂れ目がちの目に日に焼けた濃い肌。
 赤茶けた波打つ髪は雑に一括りにされていて、鍛えていそうな体つきはしなやかだ。

 いわゆる、美丈夫、男前、ハンサム。そんな類いの男。
 でも、目つきは鋭く、危険な感じ。
 それもまた女の子にモテそうだけれど。

 今の私には、絶対的な敵!

「なにすんのよ、だって? ……おいおい、お前、夢魔だろ。悪魔の仲間。
俺はなんだと思う? ……退魔師さ。流れのな。
降星祭の日は悪魔だってなりを潜めるもんだってのに、こんな日に人間の女に化けてどんな悪さを働こうってハラかね? ……退魔師としちゃぁ、見過ごせんぜ」
「た、退魔師……退魔師!? あ、あなたも神様の僕だっていうの!? 司祭様なの!? ウソでしょ!?」

 全然そんな風に見えないっ!
 なんだったらあっちこっちで女を食い散らかしてそうな見た目だし。
 私の驚きをあらわにした問いかけに、男の顔が苦々しげに歪んだ。

「阿呆か。俺が司祭? ンな訳ねーだろ。言ったろうが、流しの退魔師……教会とは別流派だ。
若い夢魔なのか? そんなことも知らんとは。
……だが、まあいい。悪魔は若いうちに屠っておくに限る、年食うとそれだけ狡猾になってくからな」

 そう言いながら、男は再び鎖の先の刃を私に向けて鋭く飛ばす。
 司祭様より剛健で動けそうだけれど、こんなもので空飛ぶ私を捉えられると思うなんて可愛いじゃない!
 ひらっとかわしてさっさと逃げてやるわ!

「っきゃあ!?」

 そう思ったのに。

 ひらっと避けるまでは簡単だった。

 そのまま羽ばたいて更に高くと飛び上がろうとした足に、ジャラジャラッと鎖が巻き付き、体は地面へと叩き付けられた。

「逃がしゃしねぇよ、夢魔。……ここでさっさと調伏して、俺も降星祭で美人とお近づきになりたいんでな」
「や、やだ、やっぱりそういうタイプッ……」

 女の子を食い散らかしてる感じの男、の印象は間違いなさそうだった。

 地面に叩き付けられた私の体に、ジャラジャラと鎖が強く食い込むように巻き付いていく。

「っあ、ァア!」

 ジュウ、と肌が灼けるような熱さに襲われて、もがいた。
もがけばもがくほど、鎖はギチギチと体に食い込んでジュウジュウと熱い。

「この槍鎖術そうさじゅつの前では、どんな悪魔も無力。……言い残すことがあれば一応聞いてやろうか?
……いいや、やっぱり聞かねぇ。悪魔の声に耳を傾けるなってのがこの業界の掟だからな。はっは!」

 男はお喋りだ。
 けれど、ペラペラ喋りながらも鎖はますます私を締め付けて、彼の言う通りすっかり無力だった。
 鎖に力を封じられているみたいに、行き場のない力が私の内側でごうごうと渦巻く。
 それがまた高熱にうなされてるときのように苦しかった。

「ぅっ、ぁ、あぁ! ……や、ゃぁ、やだよぅ……こ、こんな、の……、……」

 司祭様。

 デートの約束してたのに。
 このまますっぽかしちゃうのはいや。

 もしここでやられちゃったら、もう二度と、司祭様に会えないの?

 そんなのやだ。やだ。やだ。絶対やだ!

「ァア!!」

 熱と痛みに苦しみもがきながら、私はわずかに動く尻尾を鎖に巻き付けた。

 ぐい! っとめいっぱい力の限り強く引く。

「っおっと!? まだ、そんな力が残って……」

 男は一瞬体を揺らしたけれど、すぐに持ち直した。司祭様なら簡単に転んでくれそうなのに。

 けれど。

「あ、あんまり、アタシを……舐めないでよねっ!」

 巻き付けた尻尾を支えにふわっと体を浮き上がらせる。
 ジャラジャラと鎖が巻き付きながら私の後を追いかけてくる。

「なに……!?」

 私の体が浮き上がって男の体にぶつかった。
 自在に鎖を操れるのかもしれないけれど、あんまり予想外なことされたら少しくらい反応は遅れるものよね。

 ドシッと私のお尻で男の顔を踏んづけて。
 バチッ! と尻尾で頬を張り倒し。
 ガブッ! と耳に噛み付いて。

「いっ……ぐわっ?!」

 痛みと驚きに鎖も緩んだ。その瞬間。

「おとといきやがれっ!」

 男の顔を踏みつけてバサッと翼を広げ飛ぶ。

 少しでも速度を緩めたらきっとすぐに掴まる。
 だから一目散に、振り返りもせずに。

 一刻も早く司祭様に会いたかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完)お姉様の婚約者をもらいましたーだって、彼の家族が私を選ぶのですものぉ

青空一夏
恋愛
前編・後編のショートショート。こちら、ゆるふわ設定の気分転換作品です。姉妹対決のざまぁで、ありがちな設定です。 妹が姉の彼氏を奪い取る。結果は・・・・・・。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

死にかけ令嬢は二度と戻らない

水空 葵
恋愛
使用人未満の扱いに、日々の暴力。 食事すら満足に口に出来ない毎日を送っていた伯爵令嬢のエリシアは、ついに腕も動かせないほどに衰弱していた。 味方になっていた侍女は全員クビになり、すぐに助けてくれる人はいない状況。 それでもエリシアは諦めなくて、ついに助けを知らせる声が響いた。 けれど、虐めの発覚を恐れた義母によって川に捨てられ、意識を失ってしまうエリシア。 次に目を覚ました時、そこはふかふかのベッドの上で……。 一度は死にかけた令嬢が、家族との縁を切って幸せになるお話。 ※他サイト様でも連載しています

完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた

まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。 その上、 「お前がフリーダをいじめているのは分かっている! お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ! お前のような非道な女との婚約は破棄する!」 私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。 両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。 それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。 私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、 「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」 「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」 と言って復縁を迫ってきた。 この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら? ※ざまぁ有り ※ハッピーエンド ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。 小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

もういいです、離婚しましょう。

杉本凪咲
恋愛
愛する夫は、私ではない女性を抱いていた。 どうやら二人は半年前から関係を結んでいるらしい。 夫に愛想が尽きた私は離婚を告げる。

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。 彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。 その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。 数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今、姉が婚約破棄されています

毒島醜女
恋愛
「セレスティーナ!君との婚約を破棄させてもらう!」 今、お姉様が婚約破棄を受けています。全く持って無実の罪で。 「自分の妹を虐待するなんて、君は悪魔だ!!」 は、はい? 私がいつ、お姉様に虐待されたって……? しかも私に抱きついてきた!いやっ!やめて! この人、おかしくない? 自分の家族を馬鹿にするような男に嫁ぎたいと思う人なんているわけないでしょ!?

処理中です...