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新たな不穏
しおりを挟む司祭様にデートに誘われちゃった!
と喜んでいたこの日々。
いざ当日になって、私は愕然とした。
「ウソ……どうして……!」
朝だというのに外は夜のように暗い。
窓の外は、けれどいつもの朝のように賑わっている。
ガヤガヤ、わいわい。
窓のそばに耳をそばだてて外の声を拾う。
「やあ今年もきましたねぇ降星祭……」
「もう一年も終わりですなぁ」
「待ちに待った日なんだ、年に一度のお祭りだし飲んで飲んで飲みまくりましょうや!」
「わっはっは、朝から飲めるなんてこの日くらいだからねえ」
誰もこの現象を不思議とは感じていないらしい。
つまり、降星祭とは、一日中夜が続く日なの?
私は改めて自分の姿を見てみる。
ふわふわの薄桃色の髪の毛、長い睫毛のくるんとしたぱっちり目にぷるんとした唇。
豊満な胸のふくらみにきゅっと締まった腰、ぷりんとしたお尻。
そして自在に動くベルベットみたいな手触りの尻尾に、空を飛ぶ翼。
夢魔の姿。
「ウソでしょ~~~!!」
一段高くて甘ったるい声。悲壮な状況なのに悲壮感がない。
「どうするのよ!? 今日はセレミアが、司祭様とデートなのにっ……この姿のままじゃ司祭様とデートできない!」
そんなのやだ! 絶対にやだ! そうは思っても、どうしたらいいのかわからない。
とにかく髪を頭巾で全部隠して、体のラインを隠すセレミアのいつものワンピースを着てはみる。
胸が苦しくて腰はスカスカ。同一人物なのに格差を感じる。
胸元は仕方なく開けておいて、とにかく一応の体裁は整った。多分だけれど。
サーニャお婆さんに気付かれないようにそそくさと家を出て行く。
ごめんなさい、今日の朝ご飯はひとりで食べてください。
頭巾で髪を隠してワンピースを着ていても、街を歩けばひとの視線は私に向かう。主に男の人たちから。
夢魔から無意識に発散される催淫効果なのか、単純に見慣れないボンキュッボンな女に本能が抗えないのか。
とにかくなんとかしないと。
司祭様との約束はお昼過ぎ。
降星祭なんていかにも星を見るお祭りっぽいのにお昼からの約束なんて、その時点で疑問に思うべきだったのかもしれない。
まさかこんな、一日中夜で空には星が瞬いて、たまにひゅうっと流れ星が過っていくなんて。
思うわけないじゃない!
人目をはばかるように急ぎ足で街を突っ切る。
こんなにキラキラの星の瞬く一日では、誰も彼もが空を見上げているだろうからぱあっと飛んでいくことも難しいに違いない。
変装は名案だったけれど、行く当てはなかった。
途方に暮れて、とにかく街の外れの小さな森の泉まで向かうことにした。
―――
泉に映る私の姿は、やっぱり変わらず夢魔のそれ。
落胆と共に膝をつきそうになって、いやいやと首を振る。
「落ち込んでる場合じゃないわセレミア! ……いまはミーア? あぁんどっちでもいいっ」
自分で自分のことに混乱しながら、考えを整理する。
「昼までにセレミアの姿に戻れればいいのよ。そう。そうだわ、レーゼ! あの女、随分上手に人間の女の子に化けていたわ。
アタシだってやってみたらうまいこと化けられるかもしれないんじゃない? なんせレーゼを倒して力は増しているんだもの。
そうよ、できる、できるわ! できるったらできる!」
根拠はそんなになかったけれど、もうこの手しかないと思えた。
私はできるかぎり普段の、昼間のセレミアの姿を思い浮かべて、目を閉じる。
全身に魔力が行き渡るようにイメージしながら、いつもセレミアからミーアに変わるとき、ミーアからセレミアになるとき、そのときのイメージも脳裏に描き出していく。
ヂヂッ、ヂヂッと何かがブレるような奇妙な心地。
私の体の内側で、魂が組み替えられるような、でもそれは結局変わることはなくて。
「ンッ……! は、ぁ……ダメ、なの? できないの……? アタシ……には……」
変化の術。思ったよりもずっと高度な術なのかもしれない。
でも、諦めるわけにはいかない。
せっかく、せっかく、司祭様とのデートなのに! しかも向こうから誘ってくれたデート!
星の降る夜なんてすごいロマンチックだもの、司祭様もなにか考えてくれているのかもしれないし。
諦めたらここでおしまいなのよ!
内心奮い立たせ、私はもう一度魔力を捏ねてイメージをし直していく。
「私はセレミア。ただの普通の女の子。栗色の髪の毛、ちょっとそばかす、胸も控えめ……地味めな……」
言ってるうちに少し気持ちが沈んでいく。
けれど具体的なことを口にしていくことでイメージはより固まって……
シュウ、と何かが練り込まれていく感覚。
目を開くと、泉の水面に思い描いた通りのセレミアの姿が映し出されていた。
「やっ……!」
「ほう、こいつは驚いた……」
た、の言葉は不意に聞こえた男の人の声で遮られた。
ざわっ、と全身総毛立つような嫌な予感。
ヒュッ……!ドスッ!
風を切る鋭い音。
思わず変化の術を解いて、私はバサッと翼を羽ばたかせて空へ飛び立っていた。
その足下。
ほんの数秒前私が立っていたその場所に、鎖で繋がった槍の穂先のような刃がつきたっていた。
―――
「おうおう、身軽なこった。しかし降星祭の日にうろつく夢魔たぁ、穏やかじゃあないねぇ」
「……! な、なにすんのよっ」
振り返り見ると、空振りした槍の穂先のような刃を引き抜いてひゅっと引き戻す男の姿。
年頃は二十代半ばか後半か。
無精ヒゲが目立つけれど、剃ったら途端に二、三歳は若返りもしそうな。
垂れ目がちの目に日に焼けた濃い肌。
赤茶けた波打つ髪は雑に一括りにされていて、鍛えていそうな体つきはしなやかだ。
いわゆる、美丈夫、男前、ハンサム。そんな類いの男。
でも、目つきは鋭く、危険な感じ。
それもまた女の子にモテそうだけれど。
今の私には、絶対的な敵!
「なにすんのよ、だって? ……おいおい、お前、夢魔だろ。悪魔の仲間。
俺はなんだと思う? ……退魔師さ。流れのな。
降星祭の日は悪魔だってなりを潜めるもんだってのに、こんな日に人間の女に化けてどんな悪さを働こうってハラかね? ……退魔師としちゃぁ、見過ごせんぜ」
「た、退魔師……退魔師!? あ、あなたも神様の僕だっていうの!? 司祭様なの!? ウソでしょ!?」
全然そんな風に見えないっ!
なんだったらあっちこっちで女を食い散らかしてそうな見た目だし。
私の驚きをあらわにした問いかけに、男の顔が苦々しげに歪んだ。
「阿呆か。俺が司祭? ンな訳ねーだろ。言ったろうが、流しの退魔師……教会とは別流派だ。
若い夢魔なのか? そんなことも知らんとは。
……だが、まあいい。悪魔は若いうちに屠っておくに限る、年食うとそれだけ狡猾になってくからな」
そう言いながら、男は再び鎖の先の刃を私に向けて鋭く飛ばす。
司祭様より剛健で動けそうだけれど、こんなもので空飛ぶ私を捉えられると思うなんて可愛いじゃない!
ひらっとかわしてさっさと逃げてやるわ!
「っきゃあ!?」
そう思ったのに。
ひらっと避けるまでは簡単だった。
そのまま羽ばたいて更に高くと飛び上がろうとした足に、ジャラジャラッと鎖が巻き付き、体は地面へと叩き付けられた。
「逃がしゃしねぇよ、夢魔。……ここでさっさと調伏して、俺も降星祭で美人とお近づきになりたいんでな」
「や、やだ、やっぱりそういうタイプッ……」
女の子を食い散らかしてる感じの男、の印象は間違いなさそうだった。
地面に叩き付けられた私の体に、ジャラジャラと鎖が強く食い込むように巻き付いていく。
「っあ、ァア!」
ジュウ、と肌が灼けるような熱さに襲われて、もがいた。
もがけばもがくほど、鎖はギチギチと体に食い込んでジュウジュウと熱い。
「この槍鎖術の前では、どんな悪魔も無力。……言い残すことがあれば一応聞いてやろうか?
……いいや、やっぱり聞かねぇ。悪魔の声に耳を傾けるなってのがこの業界の掟だからな。はっは!」
男はお喋りだ。
けれど、ペラペラ喋りながらも鎖はますます私を締め付けて、彼の言う通りすっかり無力だった。
鎖に力を封じられているみたいに、行き場のない力が私の内側でごうごうと渦巻く。
それがまた高熱にうなされてるときのように苦しかった。
「ぅっ、ぁ、あぁ! ……や、ゃぁ、やだよぅ……こ、こんな、の……、……」
司祭様。
デートの約束してたのに。
このまますっぽかしちゃうのはいや。
もしここでやられちゃったら、もう二度と、司祭様に会えないの?
そんなのやだ。やだ。やだ。絶対やだ!
「ァア!!」
熱と痛みに苦しみもがきながら、私はわずかに動く尻尾を鎖に巻き付けた。
ぐい! っとめいっぱい力の限り強く引く。
「っおっと!? まだ、そんな力が残って……」
男は一瞬体を揺らしたけれど、すぐに持ち直した。司祭様なら簡単に転んでくれそうなのに。
けれど。
「あ、あんまり、アタシを……舐めないでよねっ!」
巻き付けた尻尾を支えにふわっと体を浮き上がらせる。
ジャラジャラと鎖が巻き付きながら私の後を追いかけてくる。
「なに……!?」
私の体が浮き上がって男の体にぶつかった。
自在に鎖を操れるのかもしれないけれど、あんまり予想外なことされたら少しくらい反応は遅れるものよね。
ドシッと私のお尻で男の顔を踏んづけて。
バチッ! と尻尾で頬を張り倒し。
ガブッ! と耳に噛み付いて。
「いっ……ぐわっ?!」
痛みと驚きに鎖も緩んだ。その瞬間。
「おとといきやがれっ!」
男の顔を踏みつけてバサッと翼を広げ飛ぶ。
少しでも速度を緩めたらきっとすぐに掴まる。
だから一目散に、振り返りもせずに。
一刻も早く司祭様に会いたかった。
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