あじさい 短編集(外伝)

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
47 / 53
雨音

15

しおりを挟む
 全ては本当になかったことになってしまった。ニュースを見ると朝の一発目。身元不明の28才女性、マンションの屋上から自殺。

 詳しくやる番組なんかでは、どうやら彼女の身体から異様な量の睡眠薬が検出され、薬物による副作用か何かで過って落ちたか、と。そこから睡眠薬についての特集が組まれて。

 ホント、メディアは半分くらい嘘なんだなと思う。バカみたいで気分が悪い。思い出しても吐き気すら失せる。なんでもいいから仕事に行こうと、仕事場に向かった。

 何も考えないようにして仕事場に向かったのに。行ってみると光也には怪訝な顔で見られるし、真里には、「どうしたんですか…」と心配された。

「ちょっと寝れなかったんだよー」
「あっそう」
「うん、あんた今すっげー凶悪犯みてぇな人相だよ」

 とか笑って真里が言うのがわりと堪えたりして。

 そんな中。
 店の扉が叩かれた。そして、「警視庁捜査一課けいしちょうそうさいっか伊藤いとうと申します」と言われ、仕方なく開けた。

「はいはい」
「こちらに、柏原かしわばらかなめさんはいらっしゃいますか?」
「俺ですけど、何か?」

 随分調べるのが早いな。もうそこまで身バレしたのか。

「穂並静さんという方を、ご存知ですね?」
「…任意同行応じますよ。DNA鑑定でしょ?
言っときます。彼女の子宮にいたのは俺の子供で間違いないです。一課ってことは、俺は殺人疑惑かな。うん、どうせ全部話すんでしょ?家にも一度行こう?通院歴とかあるから」

 後ろを振り返ると二人は、事の成り行きを見ている。

「ごめん、任せた」

 それだけ言い残して俺は店を去った。もうここに戻るつもりはなかった。
 なかったのに。

 まずは無難なことから話初めて。

「どんな関係でした?」
「セフレってやつ」

 最初は呆れたように聞いていたくせに、後半になったら同情しやがって。
 警察に全てを話したらやはり、自殺で終わってしまった。そんなことない、詰めが甘いと胸ぐらを掴んで罵ってやった。

「だってそうだろ?俺が殺したんじゃねぇかよそんなの!違う?あんただったら、あんただったら、そう思わねぇか!?」

 そんな風に取り乱してたら、いつの間に呼んだのか光也と真里が迎えに来て。

「あ、あぁ…」

 思わず手を緩めたらそのまま店に連れて帰られた。どうやら今日は営業しないで俺を待っていたらしい。
 ずっと何時間黙っていたかわからない。もしかしたら数分かもしれない。ふと光也がココアを目の前に置いてくれて、目の前で腕組んでじっと見てるから。
 ふと顔をあげると真里とも目が合って。

「何があったんですか」
「…うん」

 言わなくちゃならないんだろうけど。言葉が見つからない。俺はあまり自分の話をしてこなかったから。

「何から話したらいいかな」
「話たい順。聞く側は取り敢えずあとで勝手にまとめるから」
「うん…」

 それから少しずつ、出会いから別れまでの、多分ほとんど全てを話した。驚くくらい冷静に、驚くくらい戸惑いながら。

「そっか」

  二人はただ黙って聞いてくれた。そんなもんだったのかと、今まで何を、気を張っていたんだろうと思うほどに。
 聞き終わった光也が、物凄く深い溜め息を吐いて乱暴にタバコを取り出して火をつけた。イライラしているようだ。

「俺はいま相当イライラしています」
「うん、見てわかる」

 だけどなんでだろ、俺を見る目がなんか異様に優しいんだよ、お前らって。

「あんたにも自分らにも相当イライラする」
「え?」
「…なんで相談してくれなかったのかなって」

 そういう光也はなんだか凄く悲しそうで。

「ごめん」
「謝んなよムカつくな」

 そう言って泣きそうに笑う姿とか、ホント、なんかなんだろう。あのセフレヤンデレ女を思い出すようで。

「そんな顔すんなよ…」

 真里が、やれやれと言うように溜め息を飲み込んで緩く微笑んだ。

「あんたら面倒臭いな。ホント。気持ちもわかんないや、俺には」

 そう言う真里の拳が固く握られてるのを見て。

「マジ、ごめんなお前ら」

 こんな俺でホント…。

「謝んなっつってんだろ!
 もういいからそんなん!聞いてねぇよそんなの!
 いいよ、謝んなくていいよやめろっつーの!あー気分悪いな、なんなんだよ!」

 とか言ってついにちょっと泣き出しちゃったから。

「ありゃ、どうしよ…」

 真里が慌て始めて。

「え、俺ちょっと初めて、なに、さっきの酒抜けてないんじゃないの?」
「抜けてない。慰めるなら俺じゃない」
「あ、うん。え、うん」

 そう言えば光也が泣いたの、何年も一緒に仕事して初めて見た。

「てか泣くのお前じゃないだろ~、反則だよ~」

 なんか見たらこっちも泣いちゃって。俺って泣くんだ。血も涙もないんじゃねぇかってちょっと思ってたんだけど、まだ人間だったんだと思ったら止まらなくなっちまって。

「うわ、厄介。めっちゃ厄介」

 真里がメチャクチャ困ってて。「泣いてんじゃねぇクソじじい!」とか光也に言われて後半収拾がつかなくなった。
 落ち着いた頃には、「もういいよ、今日は俺の家で飲もう」と真里に言われてそこからは三人で泥酔。次の日の朝には二日酔いで休業。

 だけど夢では、なんか良い夢見た気がする。覚えてないし二日酔いだったけど。

 全ては雨に流された。ひっそりと、紅く排水溝へ。
 だけど忘れない。しばらくはちゃんと傷跡を残すから。

 ごめんって言うと怒るからさ、もう言わないようにする。
 ありがとう。おこがましいけどそれだけは一度言っておくから。まだ、見ててちょうだいね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

告白小説

浅野浩二
現代文学
「告白小説」というタイトルの小説です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...