殻は開かず

二色燕𠀋

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 門には越前藩隊が待ち構えた。

 久坂には知が足りない。
 鬼才すら、まだ期にない。

 無論、塀の数では突破出来るはずもないが侵入してしまえば話くらいは出来るはずだと、久坂は先を急げと告げ裏門から鷹司邸に侵入した。

 死に急いでいる。

 各々有効な手段などもない。わかっている。我々の墓場は謂わばここだが其れすらせめて懇願せねばならない。

 交戦を破り侵入に成功すれば相手の反応など驚愕でしかない。

 大砲は撃たれる。
 決死の覚悟と言い換えるが等しいとまで、話をしたい。

 鷹司輔煕に攻め入ることは出来た。

 せめて、せめて。

 貴方には一緒に朝廷に来て欲しい、師が何を訴え自分達が何を信じ何をして来たかをわかって欲しい。
 身は、潔白だ。そう信じているいや、そうなのだ。

 それで、それで。

「許可できぬ、」

 炎上は始まっている。
 それは時期に灰になるも同じだと感じた。

 そうか、そうか。

 地に泣く声すらもここでは誰も聞いていない。
 ここはもうすでに、敵地だったのだ。それを見極める知は自分にない才能だった。

 悔しい、悔しい。

 逃げ行く鷹司に己は何も申すまい。
 全ては早く待ちすぎたのだ。

 久坂はこれにてと刀を抜き自刃に至ろうとしたが、先に入江が「介錯を頼む」と順もまばらになり刃を置くに至る。

「…それでは早いのだ入江。
 酷を申すが君は生きて、生き急いで、この場からなんとしても脱し、せめて…世子にはまだ、まだ待てよと伝えよ、信用できるものなどいまや長州のみなのだ、入江っ、」

 それは孤独が故に冴えた、最後の思想だったのだろうか。

 地を固めてから足を付きなさいと教えた師を思い出してばかりいる。
 友よ、しかし師はいない。

「いまや長州はまだ弱い、」

 その言葉に入江は泣きじゃくる。そうだ、井の中の蛙は大海を知らなかったのだ。

 師すらその大海に消えてしまった。
 自分は日本を直すべき医者となりたかった筈だった。
 それがこの様かと久坂はしかし、この思いは後世に残さねば、伝承しなければならぬと「早く行けっ、」と、せめて同士を散らせるべきが総督だと悟った。

「…気が狂っている、」

 そうかもしれない。

 入江はそれに後退していく。
 あとは自分と、最後に残ったこの隊の志士、寺島と刺し違えるしかないのだと刀を掴む。

 鬼才は現れず。

 先にどちらが死んだかはわからない。だが恐らくは一撃で寺島を殺したのだろうと久坂は信じる。

 何故隊士を無念に散らせるしかなかったのだろうか。

 長州はいまや劣勢にいた。
 鷹司邸は燃えている。

 友よ、私が唯一君に残した声はどうやら君も知らず、月のみぞ知ることになったようだ。

 ここは戦地だ。
 血で血を洗い泣くも許されない場所だったのだ。

 久坂は思い知る。
 死に急いだ、私はどうやら気も早かった。

 いや、早いか遅いかすらも、同等なのだ。

 どうかどうか、君は生き急いでくれ。いつかこの大義の意味が、君ならわかるだろうかと、久坂は最期、靄の濃い視界に考えた。

 私は鬼才になど初めから、なれなかったのだと目を閉じた。

 大和よ、この門はいつ開くのだろうか。


 明くる日、全てを知る高杉が「何故待てぬ」と死に急いだ志士達、親友に弔いと自責を背追いたのは開いた禁じ門に知ることとなる。

 揶揄は、炙られ開いた蛤の如しと俗称が付く。
 おもしろくもない。

 鬼才、高杉晋作はそれを孤独と知りて、海原に決起をしたのは後の話だった。
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