碧の透水

二色燕𠀋

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 「くくく……」と、面子もなにもなくなってしまった青柳はしかし、自然と、心底楽しいといった自然な笑みで笑うのが、新鮮だった。

「そうかい。仕方ねぇから次期決定まで隠居はお預けだな」

 どういう心境かは知らないが青柳はそう言って堂々と雪の隣に、また腰かけた。

 場がそれから馴染んでざわざわし始めた頃に「雪、陽一」と、隣にいる雪と後ろにいる陽一に話しかけた。

「一つけじめをつけたらどうだ」

 言うことはどうしようもないくせに、楽しそうに、子供のように笑った青柳は告げた。

「抜けるぞ。
 森山浩は今朝から預かってる」
「えっ、」

 陽一は声を上げた。
 雪も驚いた表情だった。

「本当は日光あたりの山に捨ててこようかと思ったが気が変わった。人間の生き地獄の先には何があるか、お前らも見とくべきだと思うぞ」

 今度は冷たい目をして割れた笑みを浮かべている。

 ……つくづく。
 この男は残酷で歪んだ人間だと、そう思った。

 立ち上がった青柳の風格は二人に有無を言わせなかった。
 ただ、「お前らが一番憎んだ男じゃないのか」と言う一言が青柳の本心を浮かばせる。つくづく、歪んだ人間だと感じたが。

「…兄は…」

 口をつく。

「…浩は、どうなるの」
「それをてめぇに見ろと言ってる。人の命は中国マフィアでもない限りは安値じゃないんだよ」

 ……それだけが決定権か。

 だがまだ立ち上がれない雪に父は言う、「大丈夫だろ」と。

「俺とは関わりのない人間がしたことなんて、どうだっていいでしょ」

 兄は殺されてしまうのだろうか。
 想像がつかなかった。

 母の遺影を持ったままの雪に痺れを切らし、

「川上くん。お前の弟はどうやら腰が抜けたようだ、背負ってこい」

 と冷淡に先に出ていく父に「大丈夫です…」と答えて遺影を椅子に立て掛け、雪は立ち上がる。
 心配そうに見る陽一に雪は「あのさ、」と言葉を詰まらせた。

 言うべき言葉はやはり、「大丈夫だよ」でしかなかった。

「…俺が、言うことじゃない、けど。
 浩は、」
「…雪がいるなら多分、そういうんじゃないよ」

 青柳はひどく歪んだ人間だが。
 自分達が嫌だと言うことをしたことは、確かになかったように思う。
 今一度雪は、最後に陽一に訪ねようと思った。

「…殺したかった…?浩を」
「…そうだな。
 けど、どうかな」

 やはり帰ってくる返答は同じようなものでしかない。
 それを聞いて雪は深く、震える息を吐いた。

 愛情は、ここにあるのかと自問自答をして漸く雪は青柳の後につき斎場を出る。

 それが一番どうでもいい返答に辿り着くと、雪は陽一と共に青柳のベンツに乗り込んだ。

 ベンツのなかでは青柳の電話の受け答えのみが話し声となった。
 「生かしとけよ」だの「黙らせとけ」だの、非日常的な会話も、一通りすれば終わってしまう。

「やっぱり田野倉だったな」

 電話が終わって言う青柳の声にはもう、抑揚すらなかった。

「まぁ、別にいいけどね。アホのおかげであっさり見つかったし」
「…田野倉さんは」
「あぁ、調子こいてるからそろそろ締め上げようと思ってたところだよな、川上」
「…そうですね」
「まぁじわりじわりだな。あれは正直どうでもいいし」
「…青柳さん、こんな時に聞くのも微妙だとは思うんですが辞める前に。
 あの人とはどういった…」
「…多分、なんか商談でも昔したんだと思うけど、なんだ急に」
「いや…」

 濁した陽一に雪は「違うと思うよ」と答えた。

「あの人がゲイでも父さんは多分違うから」
「はぁ?」

 助手席の青柳が珍しい反応をする。そして顔も見ずに「勘弁しろよ…」とげっそりとした声を出したが、

「まぁ、その変態に息子を仕込ませたあんたも大差ないと思いますけど」

 やはり、濁りなくはっきり言ってしまう雪に陽一は心底感心したが、胸の蟠りが解けたような、より絡んだような微妙な心境になってしまった。

「…いやそれは想定外だった」
「そうですか。まぁ反抗心も手伝ったおかげで大変楽しくやらせていただいておりますが」
「…それはなにより」

 どうやらこの男。
 存外自分の肉親に弱いらしいなと、陽一はこれも最後に意外な一面を見た気がした。

「…やっぱり川上くん、次やらないか?これじゃぁ縁談すら受けてはくれないよこいつ」
「いや、バツつけてますよね」
「あんたみたいに子供を産まなくてもいいならいくらでも。別に後腐れなくセックス出来れば」

 どうにも息子二人は誰に似たのか歪んでいるらしいと、青柳は妙な心境になる。

 親と子供はこんなものなのだろうか、自分が生きてきたしょーもない人生を、少しばかり振り返るいい機会にはなったなと、やはり、妙な気持ちになっていく自分は、さっさと隠居をすべきだと思えてならなかった。
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