碧の透水

二色燕𠀋

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 エレクトリックからテクノもファンクも入り交じる、グラスの水滴のような土曜日。
 ここ数日来てくれたらしいDJ FUMITOはどうやら、バンドの傍らでDJに興味を持ち、ここ数年でDJとしての人気もそこそこ獲得したらしい。この店にも、何度か来ている。

 確かに、店は忙しかった。これを雪が休んだ3日間、もしも二人で回していたのだとしたら、それほど叱咤がなかったことは申し訳ない気もしたが、まず第一に仕事は忙しかった。

「えぇ~嫌だよ青田さーん」

 プレイが終わり、ただただ曲を垂れ流した店内。どこか、クラブミュージックというか、オルタナロックのような曲。

 DJは客と馴染んでいた。
 わりと飛ばして飲むタイプらしい。眠そうに、しかし砕けてとろんとしたように肘をつく彼は、常連の青田と話していた。

 流石にそろそろ、彼のウォッカリッキーは水割りになってきている、現在23時近く。実に5時間はプレイしていただろう。

「ユキさ~ん、ねぇユキさ~ん、カシオレ~」

 DJに水を添えようかと考えてた矢先の右から掛かった客の甘い声に、「あ、は~い」と、なんとなく左に傾いて聞こうとすることを雪は気付いていなかった。
 然り気無く春斗が「あいよ~カシオレね~」と事を運んだとき、「難聴でしょ」と、腹に響くような低い声がして声の方、DJと目が合ってしまった。

 彼は、目付きのわりには随分と優しい目をしていたもので。
 口説き落とそうとしていた青田が少し控えめに笑ったことに、案外自分は上手くやれていなかったのかもしれないと、雪は漸く気がついた。

「突発性難聴って、右耳に多いらしいよね」

 雪はそれに答えられなかったが、彼は優しく微笑んでからふと立ち上がり、わざわざ雪の右の耳元で「俺の声、わりと聞き取りやすいでしょ」と囁いた。
 DJのウェスパー。泥水よりは、遥かに澄んだ声、酒とタバコの臭いと。

 若干腹が立って雪が少し睨めば「フミトくん~!」と慌てたように青田がDJの背中のベルトあたりを引っ張って座らせる。

 不機嫌そうに水を無言で出した雪をDJはニコニコしながら眺めている。冷たく見下ろす雪に「別に取って食おうって訳じゃないよ」と言った。

「…知り合いにいたから。君も、どうやら意地っ張りなのかなとね」
「…至らなかったなら、すみません」
「だから、」
「君たち確か、元年だよね」

 少々気が短いのか、彼は少し声をイラつかせたが、青田が止めに入るようにそう言った。

 そうか。
 同い年かと、あとは青田に任せて雪はそこを去る。変わりに入ったミサトが、「今度バンドで来てくださいよ」と盛り上がり始めていた。

 この風景も、眺め、考えてみれば日常だ。

 青田から離れてしまったが今夜は一人でウィスキーとハイライトを摂取したいと、雪は少しだけ壁に凭れてぼんやりとする。

 そうか、何事にも混じり合わないがこの痺れるような蒸留酒は多分、言われる通り舌触りが爽やかだしあのDJはゲイかもしれない。少なくとも、どちらかと言えばヘテロではないかも。
 
 世の中はわからない。ステアしないこの蒸留酒もソーダで割ったハイボールも本当は45°。氷は混ざらず回っている。

 今日は浩が家にいる。

 目の前のヒップホップ系の客が「テキーラショット!」と罰ゲームを開催した。春斗もDJも混ざって、場が盛り上がって。

 二人の兄を思い浮かべては右耳に、それでも雑音のような高音に頭が引っ張られるような気がした。クロスフェードに自分の気持ちはどこか、下げられたA音源。やはりクロスフェイダーは上手く使えないらしい。

 雪はそれから背を向けて陽一が返してくれた抗不安薬を噛む。この高音をアイソレーターでカットしたい。蒸留のように冷却しても、芯を熱くすることが出来たなら。

 雪は振り返り、それを見ていた。勝者は1杯では決まらない。

 予想通り、最初にDJが「あっは~、たんまぁ~」と楽しそうに潰れてしまった。
 青田がそこから参戦したが、春斗は強かった。

 「ユキく~ん、水~」と厄介にDJに絡まれるように言われるが、仕方なく雪が水を出せば「はいこれ~」と名刺を渡された。

「ミサトちゃんに負けたらここ、バンド来るって言っちゃったから~」

 そう言って猫背のDJはふらふらになりながら「シーユースー!」と、覚束なく店を出て行ってしまった。

 嵐のようなヤツだな。

 縁も所縁も後腐れも無さそうだと、雪は大して名刺を見ずにミサトに渡しておいた。
 「明らかユキさん宛だけど」とミサトに言われるが、気に止めるほど雪の気持ちはこの場に混じっていなかった。

 どちらかと言えば、今日のアルコールはセンチメンタルだな。

 そんな思いを抱きながら、雪はそれから仕事を不便にこなしたのだった。
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