うたかたに燃ゆ

二色燕𠀋

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二段目

店子の段 二

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「花さん、花さん」

 交代の時間より少し早い。
 店の裏戸を閉た流は、庭で糊を乾かしていた花に、密かな声で呼び掛ける。
 花は手を止め「もしかして…」と、流の行動や声色で察したのだろう、表情を少し曇らせた。

「まぁ、はい…」
「うわぁ…」

 染物を乾かしていた権平も事態を把握した。
 硬直した花の肩に手を置き「もう少しいましょ」と促す。
 「おい流!番台は空けんじゃねぇやい!」と慌てた佐助の声が聞こえ、戸が開いた。
 その剣幕に、店先からさささ、と客が去る音がする。

 流と花が目を合わせると、客が去った先を眺めた佐助は開けた戸に寄り掛かかり「こうしてせめて、開けときゃいいんだよ」と、淡とした声で言った。

「あ、はい…」
「今回はお花ちゃんだろ?」
「ご、ごめんなさ」
「まぁいいさ、おいらも慣れてきた…あいつかぁ、例の男ってのは。本当になんも売り買いしねぇ…」

 それは、ここ半月のこと。

「最近お店に出ると…何かの香かしら…少し良いお召し物の男の人が来てね…」

 と、ある日花が奇妙な顔で話していたのだ。
 花の仕事は比較的昼が多いため、夕方から夜番が多かった。

「上等な櫛を買ったかと思えば…この簪を出してって…」
「どれ?」

 袖口からその簪を出し、流に渡す。
 「新品だけど……」と、花から受け取った簪を流は興味津々、というように眺めた。

「金具の擦れもないしまだ未使用…そこいらで買ってきてすぐ、てくらいの…。
 藤の花かな…綺麗…。
 藤ってことは季節物だと思うし」
「そうなんですよ。ウチから買っていったのは桜の柄の櫛で…」
「買っていった、てことはこれが質草?これの方が高いと思うけど…。
 例えば、わざわざ装身具屋で買って直ぐに質に出すことって、あるものなんでしょうか?」
「それが…」
「あげる言われたんかな?」

 権平が割って入ると「そうなんです、」と困り顔。

「…こりゃあここの店子の簪だな…本当に買って早速、てやつだろう…。
 ゴンさん、あそこは確か娘さんだよな」
「そうやね。婿養子でも取らんとって話しとったよ」
「凄く綺麗…なんだろうこれは…見たことない石…糸でぶら下がってる…のかな?」

 からん、と音がする…藤色の小さな玉が連なるような細工。そして玉簪特有の耳かき。とても洒落た簪だった。

 明かりに当て見上げる流に「あぁ、恐らくそれは珊瑚玉や。京の花界隈ではよう使うんよ。しかしまぁ………今代さんは手先が器用やな、玉簪とビラカンとの間のような…品もある、京で売っても斬新で受けが良さそうやねぇ…」と、ついつい職人話をしてしまう。

「いや、話が逸れてるんだが」
「あぁ、」
「あぁすません」
「売りに来た訳じゃねぇんだろ?」
「はい…でも…」
「お花さんに似合いそうですよ?」
「いや流、そういうもんやないで?お前簪の意味知らんのかいな」

 妙な沈黙が流れたあと、佐助は俯く花に「お花ちゃんにはこう…ビビっとくるもんじゃあなかったんだな?」と聞いた。

「う~ん、はい。
 ふらっと来た人に貰っても…聞いていると高価そうですし…綺麗なんですけどね」
「そうだねぇ。お花ちゃんに付けて欲しいっちゅーこったろうけど…付けりゃぁそりゃな、あそこの宣伝になるけどちょっとなぁ…。不気味なのもそうだが色々と後が怖ぇ」
「まぁ、あちらさんもええ気はせんやろな。礼儀言うんがなってない。そんな売女みたいな…」
「ゴンさんが言う通り、その男は遊び人だよ。
 うーん…じゃあ…。
 流、気に入ったならそこの装身具屋に聞いてきてやろうか?」
「…え!」
「互いに良い商売だろ?」

 関心した。確かにそれなら店子同士の問題は解決するだろう。

 手元の簪を眺めたままの流ははっとし「ごめん花さん」と花に渡そうとしたが、花はニコッと笑い「いえ、そういうことなら流さんにあげます」と言った。

「綺麗な簪が出来るといいですね。もし良ければ、そっちをください」

 聞いた瞬間ついつい佐助と権平は顔を合わせてしまったが、はっとした顔で花が「あ、いや、そうではなく…」と俯いた。

「……なんとなく流さんの方が似合いそう」
「え?」
「あ、なるほど、そっちもそうか」

 その時はまだ、そうして笑っていられた。
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