月影之鳥

二色燕𠀋

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泥に染む

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 少年には藤宮ふじみや水鶏くいなという名前が与えられた。
 藤宮一真は少年を連れて帰り、上等な部屋を用意した。

 一変した空間に水鶏の思考は混乱する。門を潜っても尚、生きる気力は少しばかり刺したが、水鶏は人間不信も過ぎてしまっていた。

 上等な部屋へ来て隅っこで震える水鶏に一人、青年が訪ねてきた。

「…どうや、飯やで」

 その青年は、鋭い目をしていた。
 不信も過ぎ、怯える水鶏の側に膳を持ってきては「食えるか」と訪ねる。
 一目見てその青年が自分とは違う世界を飛んでいる大鳥だとわかった。
 鳥肌が立ち底冷え、戦慄や恐怖を感じ取るような寂しい目をしている青年だ。水鶏はそう思った。

 警戒を示す子鼠のような少年は、確かに痩せてしまってはいるが、姉が色町に売られ母親は盲だが強淫ごういんの末に殺された、と言う事実を青年も知り持って納得した。なるほど、この子供は恐らく女系に似たのだ、瞳も大きくて少女のように可愛らしい顔をしている。

「…そう怯えるな。
 兄のたかや。あんたの世話や教育を任された」

 淡々と名乗る青年に水鶏は黙って膝を抱え見つめることしか出来ない、そもそも聲を無くしてしまっている。

「取り敢えず飯を食え。あんさん三日もよう生きとったな」

 どう接しようかと兄も考え、頭を撫でてみようかとすれば目をきつく縛られてしまう。
 だがさして気にも留めた様子でなく「あんなぁ、」と少し強引に兄は義弟の肩を掴んだ。
 反射のようなもので水鶏はそれを叩き払う。

「取って食われる鼠の如しやな。あんさんに飯食うて頂かんと俺が親父に殴られんねん。食えへんなら食わしたるけどあんさん口開くかえ?」

 言葉は冷たいものらしいが。
 懐掴まれ引き寄せられて、その抱擁が暖かく、水鶏にはここに来て初めて別の戸惑いが過った。

 戸惑いが冷めないまま離れた、鷹という兄はやはり嘲笑して「なんや、」と言う。

「あんさん、唖者あしゃかえ」

 冷ややかな目だった。

 何も言えずにいる水鶏に鷹は吐き捨てたことすら構わず箸を持ち、「口開けな」と言った。

「そんなん外に出られんやろが。あんさん、親父に拾われたんやで」
「………」
「わかるか?生き残ってもあの様じゃ今頃死んでいた。よう生き残ったな」

 今度は声色が優しい。
 この男はころころと素直に代わり、そして「ん、ほれ」と顎を掴んだとて痛みはない。
 どうやら戸惑いは自分だけでもないのかもしれない。

 口を開ければ沢庵を入れられる。
 「ええ子や噛めるか、飲めるか」と世話を焼く。
 不思議で仕方がない。恐らく、こうした兄弟の成りが、この兄は上手くはないのかもしれない。

「よう耐えたな。悲しかったか」

 言われて水鶏は、自分が少し泣いていることに気が付いた。

「気の毒やな。あのなまくらは鈍のくせに傍若無人で有名やからな。せやからウチに引き取られたんやで」

 あの鈍。
 それは何かと水鶏が訪ねる目をすれば、鷹はニヤリと「代官や」とうそぶく。
 …代官?

 水鶏が疑問を呈した目で義兄を見つめれば、鷹はやはり、嫌に笑うのみにとどまる。

 自分の置かれた状況はまだ掴めない。
 義兄に飯を運ばれる。自分はヤクザに引き取られ、状況はそのヤクザのみが知っているようで。

「明日のために体力つけなあかん」

 ぽかんとするばかりなのだが、鷹は答えてくれることがまるっきりない。

「生きることや。したら姉ちゃんにも会えるやろ」

 この男は純粋な目だが濁りがある。
 飯を口に運ぶこの男の真意はわからぬが、姉に再会出来るのであればそれは当たり前に叶えたい。姉さん、僕はそれまで生きている。
 沢庵と飯を噛み嚥下する。3日ぶりに漸く生命が戻ってきた。
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