ポラリスの箱舟

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
39 / 48
Film 5

3

しおりを挟む
 当たり前に、二人になってしまえば、ただの空気でしかない沈黙も質量を持ってくる。重い。だからそわそわする。

「…どうだった、合宿」

 南沢の表情は後ろからしか見えないが、やはり平坦なような、装っているようなと図りかねる。普通の対応。

「あぁ、疲れたけどよかったですよ」

 自分の対応は声などブレていないかと、却っていつもより気になってしまう。

「そっかー。やっぱりロマンなの?」

 エレベーターの下ボタンを押し少し振り向いた南沢は仄かに柔らかい表情だった。

「…そうですね。最近見つかった小惑星なんです。もしかすると将来、準惑星に認定されるかもしれなくて。準惑星って、なんというか地球みたいな、自身の重力で球型になる質量がある、ようするに石ころのような物ではないといいますか…」

 エレベーターが到着した。
 つまらない話だよなと思ったのだが「へぇ、そうなの」という表情はやはり柔らかい。

「それって珍しいってことだよね、きっと。
 水…金…地火木…土天海冥っていうと1…2…34…」

 手を折って数える南沢に「9ですね」と答える。

「いや、でもそれは惑星、てやつなんです。始めに地球みたいって言ったのが悪かったかな、けど冥王星はいまや準惑星で…」
「うん?」
「冥王星みたいな星、といいますか…まぁ、ちょっと難しい」
「いいよ」

 南沢はそれからにやっと笑った。

「たくさん話してよ。楽しそうだね」
「えっと…」
「…なんとなぁくなんだけどわかったような」
「あぁ、はい、いやぁ、面白いですか…?」
「わかんないけど君の話を聞いてるのは好きだよ」
「ははぁ…」

 やっぱりよく分からない人だなぁ。そう思うけど「あれです、」と続けることにした。

「冥王星ってね…惑星として、自身の力で他の惑星をはね除ける、と言う判断ではなくなったから準惑星になったんですよ。そこまで自身の重力が強いのか?という話で。惑星はある程度大きさがありそれでいて自身の重力があるか?というのも争点で。それがあれば自身で一定の距離感で公転していると言える、みたいな…説明が難しいな」
「いや、なるほど、君に凄く似ているなっていま掴んだよ」
「へ?」

 下に着いた。
 南沢はにこやかに「俺にずけずけ入られてもはね除けられないじゃん」と、的外れなような、合っているようなことを言った。説明がやはり下手だったかと自覚する。

「いや、」
「ははは、ちょっと違ったってやつかな?」
「うん、はい」
「好きだなぁ、君は」

 何事か。
 今度はこちらが話を掴めないと思えば「星の話」と言う。何故それを明確にしたのか。
 南沢はまるでこちらの顔色を伺うようだった。

「…俺にはさっぱりわからなかったんだけどさ、君の両親は天文学者で有名だったんだよな、確か」

 …急にどうしたと言うんだろう。

「え、はぁ…らしいです、けど」
「俺の兄も好きだったよ、星」

 …ホントに、急にどうしたんだろう。

「…それは…」
「君を形成しているものは綺麗で大きな物だな」

 そう言われて。
 先日に「君を想像して抜く」と言われたことを思い出し、「なんですか一体…」と声が低くなった、今一番触れたくない話題だった。

 それほど話題が無いものだったのだろうか…。

 しかし南沢の笑顔が何故か悲しそうで、それでいてスッキリと綺麗な物のように、見えてしまった。
 勢いはすぐに飲み込まれ閉口する。

 南沢はしかし黙ったままで、結局車まで無言だった。

 沈黙は嫌でも自分や、人や、…世界なんかを考えるもので、無意識下からふと、「君は綺麗な星のようだね」と、誰か、少し幼い声が降ってきたようだった。

 あれ。
 誰の声だろう。

「…南沢さん」
「ん?」
「あの…さっきの。さっきの言葉、聞き覚えがあるんですが」

 もう声は聞こえない。
 追いようもないほどの…記憶なのだろうか。

「…さっきの?」
「俺をなんか、綺麗だとかどうだとか…」

 しかしそれを言ったら現実的に。
 南沢は「ふっ…、」となんだか詰まったような、とにかく気まずそうだし、自分もそれに「何言ってんだろ」と思うくらいに羞恥が引っ張り出された。

「あっ、あの、ちょっ……」
「いやいや…………」

 なんとも言えない、さっきとはまた別の気まずさが溢れた。何を言ってるんだ、互いに。

 そしてふと、「てか、南沢さん」沸々と湧いてくる。

「よくもまぁ……んな、こっ恥ずかしいこと、言えましたよねっ、ホント、」
「いや、その言葉のあやというかうんと確かに何も考えずというかいや、それでも本音だけどなんというか口を吐いたというか」
「あぁあ待ってそれ以上喋らないでなんかよりエグい!」
「うぅう何よこれ何プレイよぉ……!」

 互いに顔を伏せるしかなくなるけれどもだからこそ急速により、浮かんでくる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

結婚三年、私たちは既に離婚していますよ?

杉本凪咲
恋愛
離婚しろとパーティー会場で叫ぶ彼。 しかし私は、既に離婚をしていると言葉を返して……

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...