ポラリスの箱舟

二色燕𠀋

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 最早潔癖に構う余裕は雨川には無かった。
 ソラに「こっちがお風呂だよ」と手を引かれるも、

「ソラごめん、トイレ」 

 と言えば洗面台の右の部屋のような所をソラは指差すのだった。

 南沢のマンションはホテルのスイートルームのような内装だった。
 トイレから向かいの扉は開け放たれている。大理石のようで、ひんやりしそうだなと雨川は思った。

 と言うか。
 扉は開け放たれているが、あれ、ガラスじゃないかと、トイレを忘れて見入っていれば玄関が開く音がする。

 「なにしてんの雨川くん」と、廊下(と言うべきなのかわからないくらいに広い床、スペース)から、一段上の洗面台あたりに立ち尽くした雨川に南沢が声を掛ける。

「…あんたん家、なんなんですか」
「え?」

 一流ホテルかよ。家賃いくらなんだよ一泊5万かよと雨川は一人陳腐なことを考えてから「あぁぁ、痛い」とトイレに入る。
 扉を閉め、座った頃に「いやぁぁ、」思わず声が出て、「なに、雨川くん大丈夫!?」と南沢に言われるが、

「うるさいあっち行け!」

 しかし扉は蹴れない。一泊5万が頭にへばりつく。

 そして自分の出血量を見て驚愕した。

 これは痛いわ確かに死んじゃうわと、水まで真っ赤になったそれにただただ冷や汗をかく思いで。

 女性は凄い、これを毎月一週間くらいなんて輸血してあげなければ倒れるんじゃないか、てか、いるか貧血。中川がその性質たちだと、くるくる茶髪パーマのスレンダーな白衣姿を思い出す。
 件の、南沢ラブレターの彼女だ。

 しばらく雨川は唖然としてしまった。

 というか痛くて立てない。中川、凄いな。俺は生理をナメていた。世の女には優しくすべきだと頭の悪い考えが過るほど血が抜けていた。見た目が殺人現場だな、流れ続けて換え時がわからん、と言うか本当にこんなに流れるのか?おかしいぞ。

 潔癖にあるまじき、紐を引っ張る作業。やめようこれはと吐き気を催した。だが量が多い。もう一つ使い敷くタイプも換えて先程のコンビニのビニールに捨て、一息吐いて漸く「うぇっ」。

 出るものはない。だが胃液が出てくる。まずは履いて流してそれから便器でしばらく嘔吐くがそれも腹に響く。最早病院に行った方がいいのかもしれない。

 しかし酸欠になりつつある頃、漸く「風呂に入ろう」これに至った。

「雨川くん、マジで大丈夫?」

 バタバタと聞こえた足跡の後に南沢が扉を叩いた。

「風呂借ります」

 と、ちょっと痞る喉から言えば、「へ?」と聞こえる間抜け声に。

「タオルだけ貸してください」

 と要求した。

 潔癖症、初潮にて改善。と南沢は頭の中で雨川真冬のカルテに書き加え、「わかった置いとくね」と声を掛けてタオルと、替えの体を洗う100均の目が荒いボディタオルを洗面台の下から出し、リビングに戻った。

 トイレから這い出た雨川は準備されたそれらに満足し、服を脱いで即大理石に侵入した。

 やはり寒かった。しかし黒くてよかった。あまり血は目立たないと、これも満足をしてシャワーを浴びて考えた。

 待てよ、他人の家の風呂場とか、こんな時しか使わないよな。

 しかし自分の足を伝う血に、いや、これは流石に南沢に謝った方がいいかも知れないと考える。
 休日だけど、趣味に付き合わされたけど。これはあかんやろと、元来の潔癖精神が自分を攻めた。

 しかし本当に止まらない。きりがない。流石にこれは痔ではないな多分。だがタンポンなるもの、意味ないじゃん。海綿って吸収するものじゃないのかと最早イライラしてきた。
 だが下っ腹にお湯を当てれば痛みは和らいだ。よかった。ほっとしたら眠気が襲ってきたのでそこで終了した。

 身体を拭いたとき、見慣れないシルクの寝巻きが用意されていることに気が付いた。

 いつ来た南沢。ガラスだけど雲って気付かなかった。自分の私服がなくなっていることにも気が付かなかった。
 タオルを側の洗濯機に入れたときに、私服を発見して俯くくらいに申し訳なく、虚しくなった。

 取り敢えずはその紺色のシルクを着て、不本意ながら再びトイレに入ってから手を念入りに洗って漸くリビングに向かった。

「あの、南沢さん」

 ソラと南沢はリビングのソファーで寛ぎ、テレビを見ていた。
 ソラは違和感なく南沢に膝枕されている。
 そうか二人は俺より、生活を共にしてたんだっけと思い出す。

「あ、雨川くん?
 鎮痛剤と鉄剤あったよ」
「あの…南沢さん」
「なに?」
「…その…御迷惑を」
「まぁ、仕方ないよ。眠くないかい? 」
「いや、眠い…」
「鉄剤、ちょっと気持ち悪くなるかなぁ…」
「あの、聞いても良いですか」
「なんなりと」

 いや、しかし…。
 男性に聞くのか、これ。
 無言で見ていれば南沢は察したらしい。「ソラ、ベットで寝ない?」と南沢はソラに促したが。

「んー…、マフユちゃんが…」
「わかった。我々がそちらに行こう。ソラはソファーも好きだねぇ」
「いや、あの…」
「俺は医者じゃないからわからんが」

 ソファにソラを残し、南沢は立ち上がって、扉の前に立ち尽くしていた雨川に仕方なく紙コップと2種類のPTPを渡した。

「そっちの錠剤が大きいのが鉄剤、クエン酸だな。それは1錠。
 多分だけどね雨川くん、」

 貰った薬を飲む雨川から南沢は紙コップと鎮痛剤のPTPを受け取り、ゴミ箱に捨てた。 
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