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讃美歌
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水の中の呼吸。
これはなんて、苦しい現象でしょうか。
私はいつも神に問います。
『私のした罪はどれ程重いのでしょうか』と。
今日も教会で手を合わせている。
私の罪はどれ程重いのでしょうかと。
神父もいない、十字架のある教会の、
ステンドグラスが光り始める朝の陽にだけ許される私の贖罪なのです。昼前には帰宅し、朝御飯なのか昼御飯なのかを作るため、彼女が起きないうちに一人、帰るのです。
神は、私とは口を利いてくれません。
今日も帰路を行く。こっそり帰って、またいつも通りに、戻るはずで。
しかし今日は。
「百合枝、」
玄関を開けてすぐに、掠れた声がした。
起きていた。
同居人の真結美は、ぼんやりと玄関の前で、ボサボサな短髪を直しもせず、家を出る前より遥かに顔色悪くそこに立っていた。
「真結美さん」
私が辛うじて名前を呼べば真結美は、蛇口が狂ったようにだらだらと涙を流し、勢い任せに抱きついてきた。
「真結美さん、」
「どこ行ってたの、ねぇ!」
勢い余って壁に押し付けられる。
顔を胸元に埋めて「ひっ、ひっ、」としゃくりあげている。
心を殺して私は彼女の後頭部を撫で、「ごめんなさい」と静かに謝った。
「ちょっと、教会に行っていたの」
「だから、なんであんなインチキ宗教、」
「真結美さん、ごめんなさい」
肩を離して見つめ合い、涙を指で掬った。
この指には、少し前まで結婚指輪があった。
それでも止まらない涙に、だけどそのうちその指を彼女が舐める姿が恐ろしい。
だけど、その手を引いて口付けるくらいには、その程度には私は穢れている。
「ふっ、」
息を漸く吸った真結美の、涙で濡れた瞳に私は自分の微笑みを写す。一度目を伏せた彼女は、それから挑戦的な目で私を見て、それから私のシャツを開けていく。
「真結美さん。
ベッドに行きませんか」
その手が怖くなって払い除け、私は返事も待たずに先に寝室へ向かう。
これは神の冒涜なのです。
だって私は。
後ろから抱きついてきた真結美がまた私のシャツを開け、スカートに手を入れ、感度を高めてくれる。
ホックはいつの間にか外され、シャツもふさりと地面に落ち、首筋には濡れた息が掛かる。
「百合枝、ねぇ」
「真結美さん、」
これはいけないことなのです。
私は真結美の手を握り、ふと離してから、ベッドにもつれ込んで。
組敷いた彼女が私の芽を食む。
声が出る。
子供のように、しかし子供とは違う、舌で頬張るようなそれは背筋を電流が駆け巡り。
私も真結美のシャツの隙間からそれを探って指先で遊んで。
だけど、
「これは、いけないことなのです」
そう言うのすらうわ言で。
すべての快楽は掌にあって。
何事にも不純であり
何事にも誠実である。
私はいま、どうしてこうも。
「あっ…、」
熱くなっていく自然現象にどこか頭は冴えていて。
どうしてこんなことをしているのか。
私はどうして自然の摂理に逆らったのか。
『綺麗だね、百合枝』
そう、あの心地よい耳障りで言われて、
その魅惑が熱い欲望に埋め尽くされたのを思い出して。
なんて不条理で
なんて不純で、沼のような不透明さなんだろうと、その沼に泥濘してしまったあの背徳感が。
「あぁあっ、ぅう、」
私の体を身体を離れない。
「百合枝、」
ああでも。
汗にまみれたあの首筋と。
薄く笑った、なにかを超越したキラキラした欲望が。
『好きだよ、百合枝』
『沼のように温いんだ』
思い出してしまう。
神様私は。
刺激はするりと、切り口から、ずるりと逃げていくようで。
「百合枝、」
「ぁっ、真結美さ…」
神様私はどうしてこんなに。
「綺麗」
『綺麗だよ、百合枝』
「いや…っ、」
どうしてこんなに汚れてしまっているのでしょう。
愛情とは、
情欲とは。
揺れる腰元も、シーツの忙しない囁きも全て。
「あぁぁ、」
なんて薄汚れた
快楽なのでしょうか。
「いやっ、や、だ…っ」
もうなんでもいい。
暖かい人の体温も全て何もかもが絡み付くほど、
気持ちがよくて。
そして。
気持ちが悪いのでしょう。
その切り口に、生ぬるく忙しない、生き物のようなそれが這った瞬間。
「うぅっ、」
急に冷や汗をかいた。
頭がぐらぐらした。
そして途端に喉から苦味が込み上げた。気付けば荒々しくも、顔を埋めていた真結美の前髪辺りを掴んでしまっていて。
「ご、めんなさい、」
吐き気を催してしまい、口元を押さえる。
「百合枝?」
「…ごめんなさい、
気分が…」
真結美が顔をあげたタイミングで私はベットから降り、トイレに向かう。
開けっぱなしで「うぇっ、」と、全てを、
滲み出てくる胃液と込み上げた胃液をひたすら唾を吐くように便器に流した。
しばらくそうしていると「ほら」と、
いつの間にか服を着直した真結美がドアに凭れてタバコを吸い、ペットボトルのジャスミンティーをくれた。
「…ありがとう、」
「最近体調が悪いね、百合枝」
ジャスミンティーを飲んで、また一口分を吐いて飲む。
ふさっと、真結美がシャツを掛けてくれた。
「…ごめんなさい、真結美さん」
「ごめんね、私も無理矢理だった」
それから抱き締めてくれて「もう寝よう」と、促してくれた。
「仕方がないよ、百合枝」
悲しそうにそう言って手を差しのべてくれる真結美は本当にいとおしい。
その手をすがるように取って頬にあてれば「泣かないで、」と、今度は涙を拭われる。
これはなんて、苦しい現象でしょうか。
私はいつも神に問います。
『私のした罪はどれ程重いのでしょうか』と。
今日も教会で手を合わせている。
私の罪はどれ程重いのでしょうかと。
神父もいない、十字架のある教会の、
ステンドグラスが光り始める朝の陽にだけ許される私の贖罪なのです。昼前には帰宅し、朝御飯なのか昼御飯なのかを作るため、彼女が起きないうちに一人、帰るのです。
神は、私とは口を利いてくれません。
今日も帰路を行く。こっそり帰って、またいつも通りに、戻るはずで。
しかし今日は。
「百合枝、」
玄関を開けてすぐに、掠れた声がした。
起きていた。
同居人の真結美は、ぼんやりと玄関の前で、ボサボサな短髪を直しもせず、家を出る前より遥かに顔色悪くそこに立っていた。
「真結美さん」
私が辛うじて名前を呼べば真結美は、蛇口が狂ったようにだらだらと涙を流し、勢い任せに抱きついてきた。
「真結美さん、」
「どこ行ってたの、ねぇ!」
勢い余って壁に押し付けられる。
顔を胸元に埋めて「ひっ、ひっ、」としゃくりあげている。
心を殺して私は彼女の後頭部を撫で、「ごめんなさい」と静かに謝った。
「ちょっと、教会に行っていたの」
「だから、なんであんなインチキ宗教、」
「真結美さん、ごめんなさい」
肩を離して見つめ合い、涙を指で掬った。
この指には、少し前まで結婚指輪があった。
それでも止まらない涙に、だけどそのうちその指を彼女が舐める姿が恐ろしい。
だけど、その手を引いて口付けるくらいには、その程度には私は穢れている。
「ふっ、」
息を漸く吸った真結美の、涙で濡れた瞳に私は自分の微笑みを写す。一度目を伏せた彼女は、それから挑戦的な目で私を見て、それから私のシャツを開けていく。
「真結美さん。
ベッドに行きませんか」
その手が怖くなって払い除け、私は返事も待たずに先に寝室へ向かう。
これは神の冒涜なのです。
だって私は。
後ろから抱きついてきた真結美がまた私のシャツを開け、スカートに手を入れ、感度を高めてくれる。
ホックはいつの間にか外され、シャツもふさりと地面に落ち、首筋には濡れた息が掛かる。
「百合枝、ねぇ」
「真結美さん、」
これはいけないことなのです。
私は真結美の手を握り、ふと離してから、ベッドにもつれ込んで。
組敷いた彼女が私の芽を食む。
声が出る。
子供のように、しかし子供とは違う、舌で頬張るようなそれは背筋を電流が駆け巡り。
私も真結美のシャツの隙間からそれを探って指先で遊んで。
だけど、
「これは、いけないことなのです」
そう言うのすらうわ言で。
すべての快楽は掌にあって。
何事にも不純であり
何事にも誠実である。
私はいま、どうしてこうも。
「あっ…、」
熱くなっていく自然現象にどこか頭は冴えていて。
どうしてこんなことをしているのか。
私はどうして自然の摂理に逆らったのか。
『綺麗だね、百合枝』
そう、あの心地よい耳障りで言われて、
その魅惑が熱い欲望に埋め尽くされたのを思い出して。
なんて不条理で
なんて不純で、沼のような不透明さなんだろうと、その沼に泥濘してしまったあの背徳感が。
「あぁあっ、ぅう、」
私の体を身体を離れない。
「百合枝、」
ああでも。
汗にまみれたあの首筋と。
薄く笑った、なにかを超越したキラキラした欲望が。
『好きだよ、百合枝』
『沼のように温いんだ』
思い出してしまう。
神様私は。
刺激はするりと、切り口から、ずるりと逃げていくようで。
「百合枝、」
「ぁっ、真結美さ…」
神様私はどうしてこんなに。
「綺麗」
『綺麗だよ、百合枝』
「いや…っ、」
どうしてこんなに汚れてしまっているのでしょう。
愛情とは、
情欲とは。
揺れる腰元も、シーツの忙しない囁きも全て。
「あぁぁ、」
なんて薄汚れた
快楽なのでしょうか。
「いやっ、や、だ…っ」
もうなんでもいい。
暖かい人の体温も全て何もかもが絡み付くほど、
気持ちがよくて。
そして。
気持ちが悪いのでしょう。
その切り口に、生ぬるく忙しない、生き物のようなそれが這った瞬間。
「うぅっ、」
急に冷や汗をかいた。
頭がぐらぐらした。
そして途端に喉から苦味が込み上げた。気付けば荒々しくも、顔を埋めていた真結美の前髪辺りを掴んでしまっていて。
「ご、めんなさい、」
吐き気を催してしまい、口元を押さえる。
「百合枝?」
「…ごめんなさい、
気分が…」
真結美が顔をあげたタイミングで私はベットから降り、トイレに向かう。
開けっぱなしで「うぇっ、」と、全てを、
滲み出てくる胃液と込み上げた胃液をひたすら唾を吐くように便器に流した。
しばらくそうしていると「ほら」と、
いつの間にか服を着直した真結美がドアに凭れてタバコを吸い、ペットボトルのジャスミンティーをくれた。
「…ありがとう、」
「最近体調が悪いね、百合枝」
ジャスミンティーを飲んで、また一口分を吐いて飲む。
ふさっと、真結美がシャツを掛けてくれた。
「…ごめんなさい、真結美さん」
「ごめんね、私も無理矢理だった」
それから抱き締めてくれて「もう寝よう」と、促してくれた。
「仕方がないよ、百合枝」
悲しそうにそう言って手を差しのべてくれる真結美は本当にいとおしい。
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