アルカロイド

二色燕𠀋

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Freak Disorder

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 苛立ちや焦燥が一過性に心へ流れ込み本当に吐けるかもしれないと俺はトイレに向かう。
 そもそもトイレが不衛生で大体は吐ける。荷物に歯ブラシもあるしと個室に入って自然と吐いた。これで安心する。
 苛立ちは水で流してしまえ。

 苛立ちよりも生理的に鼓動は早くなる。便器に座り込んで少し冷まそうとぼーっとしていればチャイムが鳴った。これであの一過性の騒がしさもなくなったことだろう、なんの変哲もなく、いつも通りに。

 自分で望み作ってきたものだった。なくても変わらないもの。せめて、水や空気くらいの自然で良い。

 嫌なことを言われたな。
 どこにいてもしがらみが取れないのは、本当は自分のせいだ。
 でもまぁ、慣れたことだ。

 一息吐いたらふと鳴海先輩の爽やかな笑顔が浮かんできた。
 先生すら俺を見てくれたか曖昧だったのに、嫌味も何もない自然な「よかったな」が、そうか、だから嬉しかったのかもしれない。何の敵意も悪意もない、あの笑顔が。

 負の感情が、空気が抜けるようにデトックスされそうだと思ったら、急に股間に熱が籠ってしまった。

 困ったな。
 けど何故だ。

 また急速にドキドキして俺は一体どうしたんだ、もう早すぎて着いていけないよ。ただどうにかしたいと仕方もなくその場でマスターベーションをした。

 一重で、少し吊り目の先輩の笑顔がちらつく。あの、爽やかで、吊り目なのに優しい笑顔だと感じるのは何故なんだろう。

 ドロッと粘ついた。
 足が震えた。

 だが処理をすればその満たされたような気持ち良さも急速に冷めむしろ自己嫌悪が勝った。
 全ての気持ちを汚してしまった気がしてしまう。どうして、どんな思いで俺は鳴海先輩を思っているんだ。

 何故、だろう。

 くだらなくなってさっさとトイレを出て手洗いと歯磨きをした。考える、俺の気持ちは憧れだとか、無い物ねだりなものばかりなんだろうか。ましてや初めて出会った人で、しかも先輩は男じゃないか。

 男らしさが欲しいのか、確かにそうだけれどそれはマスターベーションのネタになるものなのか、浅ましいな。なんだって言う。

 ……何故、俺は男なんだろう。

 スッキリしたような、むしろ沈殿したような心持ち。帰ろうかな、けど特にやることもないな。

 比較的に長時間静かな場所、図書室に行こうかと思い付き、俺はそのまま3階の図書室まで歩く。
 階段でもずっと足が微かに痙攣しているような気がしたけれどもう水に流して忘れてしまおう。それがいいんだ。

 静かな廊下、人気もない。
 ただそれだけで空気が綺麗な気がするのは不思議だ。本当は埃だって舞っているだろうし外の方が籠らず新鮮な空気だろうけど。

 図書室の札は「休館」と下げられているけれど、カラカラとドアを開けると、どうやら先客がいた。 

 ドアの真っ正面に、茶髪でいかにもチャラそうな「先輩」がつまらなそうにパイプの手摺りに浅く腰掛けていた。

 その先輩の少し見上げるような、所謂睨むようなその目に圧倒されそうだったのだけど、司書室から興味深そうに「いらっしゃい」と言ってはよく眺めてくる眼鏡の先生に、そうか俺も同じようなものかと思った。

「どうしたの」

 と先生は体裁のように聞いてくるのだけど「勉強したくて」と言えば「あそうなのね」と、また難しそうにパソコンを眺め始めた。
 髪の長い、中年の少しぽっちゃりした女の先生。この人が図書室の先生なんだと初めて知った。

 手前から二番目の長いテーブル、先輩とは違うテーブルを使ったのだけど、

「勉強なんて授業じゃねぇの?」

 と、先輩は曖昧な日本語で腕を組んで俺に声を掛けてきた。
 「絡むんじゃないよ」と先生は先輩を嗜めるのだけど、先輩は「別にいいじゃん」と先生へ返す。
 俺としては良くないのだけど、

「サボり?」

 と聞かれて「いや…」と言おうにも確かにサボりかもと思ってしまった。

 かの言う先輩もプリントと教科書、ノートは開きっぱなしなようだ。

「まぁ、はぁ…」
「まぁ別に良いんだけどさ、何年?」
「…一年です」
「へー。ヤバくね?」

 返答に困った。だが先輩は一人で、「俺が言うと説得力あるよな?」と話している。ますます返答に困った。

「まぁ俺謹慎だけどね」

 …よく喋る人。

 それから先輩は「はー、やーめたっ」と、伸びをしながらネクタイをスルッと外す。首の筋がピンと張っているのが、緩んだシャツから覗いている。

 「暇だからこっちくれば?」という提案をされそれにどうしたらいいんだと戸惑うが、お構い無しに「俺寝てるから」と、今度は降りて机に突っ伏してしまうのだから対処のしようがない。

 こんなところでも、煩わしいのかと少し思ったけれど、まぁ本人も寝るようだしと、何故だか少しだけ気が向きその、窓際の席に行く俺もどうなんだとは、思った。
 なんとなくひっそりと先輩の斜め向かい側に座り直し、俺は一人教科書とノートを開いて勉強を始めることにした。
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