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「…大変だったね」
「…先輩ホントに」
「あ、その顔やめて、こっちが何故か罪悪感沸くから」
そう言ってにこにこしてくれる。
「…えぇ」
「…好きだったんでしょ、その人」
「え?」
「そんな顔してた。ぶっちゃけそうでもなければ今頃君、大分炎上だと思う」
「いや、あの…」
「まぁ君男運ないよねぇ。初めてじゃないからいいよ、別に。そんなこともあるさ」
君は覚えていないだろうけどねと吉田はこっそり思ったが、伊織は俯き、それから見た目は本当に素直なものだと感じて、
「ありがとうございました、先輩」
「…それも禁止したいなぁ、ホント。君の素直さに完敗ですよみなさん」
こっそり、聞こえてしまえと言ってから「はいよし切り替えて仕事っ!」と吉田は号令を掛けた。しかし酷い男ねぇだのなんだの、余韻を残して。
何故だか、一昨日より、職場の人と少しだけ話すようになった。
18時になって「お疲れ様」と、みんな分かるように言ってくれるくらいには。多分、普段は誰ともない感じだったのだけど。
少しの間だけだったとしても、結果、それぞれと前より話し、繋がりが濃くなったのは確かで。
立って暫く何も言えずにいたが、伊織は吉田に「先輩」と声を掛ける。
吉田は吉田で、きっと何か話そうと待っている、だったらなと思った矢先だったので「まぁ、まだ危険かもしれないし?」とそれに乗ることにした。
「駅までだったら君の『彼氏』、怒らないよねきっと」
それで悟った、悟らせた。
「…ありがとうございます」
「まぁ歩きがてら、昨日の話でも。なんせ欠席連絡、彼だったからね」
「はい」
二人で部署を出たはいいが、何から話そう、何から聞けるかと言う無言もあったが「昨日は…」と、伊織が自分から話したことは吉田のなかで合格点だった。
「うん」
「その、桝さんと色々あって…怪我をしてしまい、病院に行っていました」
「うん」
「…すみません」
「そうだね。…けど実は白状すると、竜二くんから聞いた、大方」
「…あぁ、連絡取ってたって」
「…君を配慮して言うの、躊躇ってたんだけどね、竜二くん。まぁ業務連絡として大雑把に。前日確かに伊織ちゃん、死にそうだったから」
「…そんなに私ってわかりやすいですか」
「いや、どちらかと言えばわかりにくいね。だから余程なんでしょ」
「……まぁ、はい」
「君もまぁ多感性なんだろうね。自業自得と言いたいけれど、なかなか…情かもしれないけど、まあ安西さんじゃないけど可哀想になっちゃったな俺も。君はきっと、そんなことはないと思ってるんだろうから、……なんとも言えないと竜二くんには言ったけどね」
「えぇ……」
「それともやっぱり辛かった?」
「…でも、」
「君だけが悪いのかなぁ、それは。あまり知らないから踏み入っちゃって申し訳ないけど」
「…結構、私は悪いと思います。部長のときも、そうだったじゃないですか」
「…そう思ってたの?あれを」
「有名だったし、露骨だったし。却って状況を作ったかなと。一回私、お店のトイレに行こうとしてますから」
「…そうなの?」
「露骨に外に変更したんですよね。普通に着いてこられて、やってしまったと」
「…ビミョーだなそれ、ビミョーラインだな…」
「ですね…。諦めてくれなかったという…。なんなんでしょうね、今更良いですけど…」
「ホント、連れ込まれなくてよかったなそれ」
「先輩救世主でしたよ、ホントに」
「全く…」
ふと外に出て、駅までのちょっとした路地に入った瞬間に伊織はぼんやりと前を見て歩みを止めた。
急に落ち着きもなく片腕を掴んだのは確かに、白のミニバンが停まっている。場所的に迷惑極まりないはずで、一発で嫌でもわかる。
…分かりやすいほど余裕もないらしい。
ミニバンに寄り掛かっていた、スーツを着た、鼻の高いすっきりした顔の男がこちらと目が合えば歩いてこようとするので「マジか」と呟いた吉田が「よしふつーにしてよう」と、しかし仕方ないな、会社の側だとか知らない体だとかを一切捨て、伊織の腰を掴み無理矢理“何事もない”を装い、いつもと逆方面へを歩くのを促すが、
「伊織、」
桝の呼ぶ声に伊織はやはりピタリと止まってしまった。
…伊織ちゃん、演技出来ないタイプなのか。
振り返れば確かにそうかと、「どうした?伊織」と、吉田は伊織の耳元に声を掛けるというオプションをプラスした。
「伊織、」
「誰だあの男」
「えっと…」
「あの、すんません」
「はい?なんでしょうか」
「貴方は一体誰ですか」
よっしゃ聞いてきた、と「吉田と申しますが」と取り敢えず名乗った。
「…その子は」
「なんなんですか?一体」
答えない桝から向き直り「行こうか伊織」と促す。
少し歩いたが再び「伊織、」と呼ぶ桝に「ホントになんなんですか」と吉田はキレ口調で再び振り返った。
「迷惑なんですけど」
「伊織、その男、一体なんなんだよ…」
スルーされた。
「…みっくん、」
「みっくん?誰それ」
「いやお前が」
「吉田ですけどっ!」
「なぁ伊織、」
「スルーすんなお前ぇ、」
「ちょっと考え直したんだよ、俺にはお前しかいないよきっと!」
「何言ってんのあいつ、頭おかしくねぇ?」
「ふざけんなよ乗り換えるの早くないかおい!」
確かにー!反論出来ねー!
「みっくん、あの…、」
「俺もう決めたの離婚するから、」
「お、お前の方が早くねぇかそれ!」
「伊織、」
「もう…い、良い加減に、してよっ!」
振り絞るように伊織が言ったことに、男二人で閉口した。
「…先輩ホントに」
「あ、その顔やめて、こっちが何故か罪悪感沸くから」
そう言ってにこにこしてくれる。
「…えぇ」
「…好きだったんでしょ、その人」
「え?」
「そんな顔してた。ぶっちゃけそうでもなければ今頃君、大分炎上だと思う」
「いや、あの…」
「まぁ君男運ないよねぇ。初めてじゃないからいいよ、別に。そんなこともあるさ」
君は覚えていないだろうけどねと吉田はこっそり思ったが、伊織は俯き、それから見た目は本当に素直なものだと感じて、
「ありがとうございました、先輩」
「…それも禁止したいなぁ、ホント。君の素直さに完敗ですよみなさん」
こっそり、聞こえてしまえと言ってから「はいよし切り替えて仕事っ!」と吉田は号令を掛けた。しかし酷い男ねぇだのなんだの、余韻を残して。
何故だか、一昨日より、職場の人と少しだけ話すようになった。
18時になって「お疲れ様」と、みんな分かるように言ってくれるくらいには。多分、普段は誰ともない感じだったのだけど。
少しの間だけだったとしても、結果、それぞれと前より話し、繋がりが濃くなったのは確かで。
立って暫く何も言えずにいたが、伊織は吉田に「先輩」と声を掛ける。
吉田は吉田で、きっと何か話そうと待っている、だったらなと思った矢先だったので「まぁ、まだ危険かもしれないし?」とそれに乗ることにした。
「駅までだったら君の『彼氏』、怒らないよねきっと」
それで悟った、悟らせた。
「…ありがとうございます」
「まぁ歩きがてら、昨日の話でも。なんせ欠席連絡、彼だったからね」
「はい」
二人で部署を出たはいいが、何から話そう、何から聞けるかと言う無言もあったが「昨日は…」と、伊織が自分から話したことは吉田のなかで合格点だった。
「うん」
「その、桝さんと色々あって…怪我をしてしまい、病院に行っていました」
「うん」
「…すみません」
「そうだね。…けど実は白状すると、竜二くんから聞いた、大方」
「…あぁ、連絡取ってたって」
「…君を配慮して言うの、躊躇ってたんだけどね、竜二くん。まぁ業務連絡として大雑把に。前日確かに伊織ちゃん、死にそうだったから」
「…そんなに私ってわかりやすいですか」
「いや、どちらかと言えばわかりにくいね。だから余程なんでしょ」
「……まぁ、はい」
「君もまぁ多感性なんだろうね。自業自得と言いたいけれど、なかなか…情かもしれないけど、まあ安西さんじゃないけど可哀想になっちゃったな俺も。君はきっと、そんなことはないと思ってるんだろうから、……なんとも言えないと竜二くんには言ったけどね」
「えぇ……」
「それともやっぱり辛かった?」
「…でも、」
「君だけが悪いのかなぁ、それは。あまり知らないから踏み入っちゃって申し訳ないけど」
「…結構、私は悪いと思います。部長のときも、そうだったじゃないですか」
「…そう思ってたの?あれを」
「有名だったし、露骨だったし。却って状況を作ったかなと。一回私、お店のトイレに行こうとしてますから」
「…そうなの?」
「露骨に外に変更したんですよね。普通に着いてこられて、やってしまったと」
「…ビミョーだなそれ、ビミョーラインだな…」
「ですね…。諦めてくれなかったという…。なんなんでしょうね、今更良いですけど…」
「ホント、連れ込まれなくてよかったなそれ」
「先輩救世主でしたよ、ホントに」
「全く…」
ふと外に出て、駅までのちょっとした路地に入った瞬間に伊織はぼんやりと前を見て歩みを止めた。
急に落ち着きもなく片腕を掴んだのは確かに、白のミニバンが停まっている。場所的に迷惑極まりないはずで、一発で嫌でもわかる。
…分かりやすいほど余裕もないらしい。
ミニバンに寄り掛かっていた、スーツを着た、鼻の高いすっきりした顔の男がこちらと目が合えば歩いてこようとするので「マジか」と呟いた吉田が「よしふつーにしてよう」と、しかし仕方ないな、会社の側だとか知らない体だとかを一切捨て、伊織の腰を掴み無理矢理“何事もない”を装い、いつもと逆方面へを歩くのを促すが、
「伊織、」
桝の呼ぶ声に伊織はやはりピタリと止まってしまった。
…伊織ちゃん、演技出来ないタイプなのか。
振り返れば確かにそうかと、「どうした?伊織」と、吉田は伊織の耳元に声を掛けるというオプションをプラスした。
「伊織、」
「誰だあの男」
「えっと…」
「あの、すんません」
「はい?なんでしょうか」
「貴方は一体誰ですか」
よっしゃ聞いてきた、と「吉田と申しますが」と取り敢えず名乗った。
「…その子は」
「なんなんですか?一体」
答えない桝から向き直り「行こうか伊織」と促す。
少し歩いたが再び「伊織、」と呼ぶ桝に「ホントになんなんですか」と吉田はキレ口調で再び振り返った。
「迷惑なんですけど」
「伊織、その男、一体なんなんだよ…」
スルーされた。
「…みっくん、」
「みっくん?誰それ」
「いやお前が」
「吉田ですけどっ!」
「なぁ伊織、」
「スルーすんなお前ぇ、」
「ちょっと考え直したんだよ、俺にはお前しかいないよきっと!」
「何言ってんのあいつ、頭おかしくねぇ?」
「ふざけんなよ乗り換えるの早くないかおい!」
確かにー!反論出来ねー!
「みっくん、あの…、」
「俺もう決めたの離婚するから、」
「お、お前の方が早くねぇかそれ!」
「伊織、」
「もう…い、良い加減に、してよっ!」
振り絞るように伊織が言ったことに、男二人で閉口した。
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