水に澄む色

二色燕𠀋

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 20時を少し回ったあたりでガチャっと、鍵が開く音がした。

「思ったより早ぇな」

 「うわっ!これ!」とAVに焦る吉田。様々な状況に一瞬思い付いた竜二は、ミュートを解除し音も少し上げた。

 まさしくラストスパート。あんあんあんと言う女優にそうかこいつの声、こんなんだったんだ、うるさいもんだと構えていれば、少しもたもたした雰囲気で閉まる音。

 静かにリビングに来た伊織は引いているのか疲れているのかわからない、小さな声で「あぁ、先輩?」と言った。

「…ただいま」
「お帰り。吉田さんと会っちゃった」
「おぉお帰り、いや、お邪魔してます」

 伊織はAVをバッチリ見ている。デスクに手をついてバックで突かれるロングヘアー。
 けれど何もなく「そう、」とだけ良い開けっ放しの自室に戻り、「先輩大丈夫ですか?」と聞いてきた。

「確か……体調不良でしたよね」
「あっ、うん、病院行った、この辺の」

 竜二は「病院…っ」と笑いを堪えている。
 伊織は「どうでしたか?」と、至極普通に聞いてきた。
 最早シチュエーションは確かに無駄なほどAVの存在が消え去っている。

「あぁ…うん、一時的なやつだったみたい」
「そうですか、よかったです」
「伊織ちゃんは?」

 反射で聞いてしまった吉田を竜二が横目で睨むように見る。伊織もそれに硬直した。

「…あぁ、はい」
「…ごめんね、えっと……俺が帰ったから、その、つ、疲れてるかな?仕事…」
「いえ、大丈夫ですよ。先輩こそ、まぁ、元気なら」
「だって二人とも違うもんな」

 竜二がそう口を挟むと、吉田と伊織が黙り込む。笑う口元にジャックダニエルの瓶。

「やべぇなこの非現実感。吉田さんなるほど、俺もこれハマりそうかも」
「…は、」
「あり得ないっしょ実際。いやぁまぁ身体柔けーなこれ。勘弁してやって欲しいと思えてくる」
「いや、え~っと…」

 気まずそうにちらっと伊織をみたら下着姿で「あっ!」と吉田は目を逸らすが、伊織は普通に部屋着を着ては、「お風呂入ってくる」と告げた。

「風呂?」
「うん」
「飯は?食った?」
「ううん、いらない。そしたらフグにあげる」

 しかし、自棄に虚ろな喋り方、滑舌に、流石に竜二は伊織を漸く眺めるが、確かに伊織は最早げっそりしていた。
 竜二はAVをストップさせた。

 ふらふらっと風呂場に向かう伊織に「おい伊織」と声を掛ける。

「お前、どうした?」
「…ん?」
「なんか…」

 大分キマってるというか、大分死にそうだけど。

 表情を変えた竜二に「伊織ちゃん」と吉田も声を出すことが出来た。

「大丈夫?ホントに具合悪そうなんだけど」
「いや?」
「…いやまぁちょっと竜二くんも大分あれだとは思うけど俺もあれだから」
「俺のせい?」
「いや大丈夫です。お風呂入ってきます」
「…え?」

 全然話噛み合わないんだけど、いくら宇宙人でも。
 吉田と竜二は流石に顔を見合わせる。しかし伊織は気にせずにリビングを去った。

「…イッちゃってんだけど…」
「…場はカオスだよ、竜二くん」
「なんか…、」

 竜二はコントローラーをぶん投げるように置き「腹立ってきたな」と言い出した。

「…こっちはイッてねぇっつーのに、こんな一つも趣味でもねーやつ」
「えぇ、まぁ俺も違うけど俺のせいじゃ」
「違いますけどね、全部ね。あいつなんなの不感症すぎんだけど」
「いや大分イッちゃって」
「いやそうだけど、そうじゃなくて!」
「いや君もお痛がすぎるし俺もおかしかったなっていま冷静になったよ。みんなしてまともじゃないなコレ」
「ったく、」

 と竜二が立ち上がるので「わー待ってなになに!」と吉田は行く手を阻む。

「えぇ?」
「だからそれ怖」
「マジで殴りたい」
「わー踏みつけないで痛」
「あんたじゃねぇよ、いや待ったあんたもおかしいな、」
「わかってるわかってるごめんて!」
「何してんっ、あいつ何してんっ、」
「多分伊織ちゃんからしたら俺ら何してん、」
「いーんだよそれはっ!あー腹立つ…っ、クッソ、」

 座る。
 不貞腐れたように竜二は俯いた。

「っつーか、」
「はい、」
「あんたいつまでいんの」
「あ、忘れてましたぁ…、そーですねしかし今帰ったら君ら盛大に」
「ヤるけど」
「えぇぇ~…そっちぃ…」
「マジでぶっ殺したい、ぶっ刺したい」
「いやいやそれぇ~、超ダメなやつぅ~…」
「あんたなんで平気なん、」
「いや平気じゃないけど色々追い付かないぃ、」
「ヤる?3P」
「趣味じゃないんだよねぇぇ、」
「わかる。俺も」
「えぇぇえ…」

 超わからねぇ。
 1984年(昭和59年)生まれにして、きっと平成生まれであろう青年の気持ちがわからない、最早宇宙だ。
 取り敢えず「平成何年生まれ?」と的外れなことを吉田が聞けば竜二は「4」と答えたのに、一瞬吉田の頭は真っ白になった。

「それ今いる設定っすか、」
「いや、いらな~いね、うん俺も次からそれでいーや、」
「あー…もーなんかいーわ。うざっ、」
「う~ん…」
「アレじゃなきゃダメかよっ、」

 切実な竜二の言葉に「そうだねぇ…」と、つい吉田もしんみりしてしまう。

「…大人の余裕でもなかなか回避出来そうにないな。なんなら竜二くんの、割りきった方が良いってのにちょっと…同意だし」
「けど出来ないもんすね」
「だよねぇ…。まぁ、それが当たり前でみんなやることなのかも…」
「脈なしってやつっすね」
「そうだねぇ…」

 はぁ、と二人で溜め息が出た。
 「取り敢えず萎えた」と言いながらビデオをしまう竜二に、そうだねぇと言いたいような。

「ま…考えるわ。明日も出勤だ俺…」
「明日も来るんすか」
「いやダメだねぇ、クビになるわ」
「まぁ、連絡先交換したし…。なんかあったら。本当のことを教えるかはわからないですけど」
「うんいいよ。割り切る。繰り返してもよくないしね」
「流石っす」

 吉田は「長居してごめんね」と言い立ち上がった。

「いえ、俺もなんかすんません」

 玄関まで吉田を送ると、嫌でもシャワーの音が耳につく。
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