水に澄む色

二色燕𠀋

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 16時近くの斜陽。

 カウンターにすっと出されたビデオのタイトルは「社内情事~イケナイ関係~」だった。なかなか、どうしてAVのタイトルとはセンスがないのか。だが、一発でわかるもんだな。

 と、竜二が「当店の会員証はお持ちでしょうか」と顔を上げた、「当店の」あたりで止まってしまった。

 前髪をアップにした普通の顔の吉田だった。

「…マジか」
「いたね、よかった」
「えっ、」

 何故ここがわかったのか、くどい男だろうと予想はしていたが、と言うのが表情に出ていたかはわからないが「一か八かだったんだよね」と吉田は言った。

「…姑息だが壁にレンタルショップの名前入り制服が」
「あんた新橋しんばしだったよね職場。4時だよ何してんの!?」
「いやぁ五反田は沿線沿いで」
「あー…なるほどそれで新宿なのね…」

 幸い、いや、災いにも他に客もいない、月曜日の夕方。学生アルバイトすらもまだ来ていない。

「…プレミアムフライデーってマジであったんすね」
「は?今日は月曜日だよ?」

 AVをプラケースから出しぴっとバーコード処理をしつつ「社内情事~イケナイ関係~」が嫌に目につく。

「…吉田さんって、会社のお偉いさんかなんかだったりします?」
「いや、しがないただの広報部主任です」
「あそう、ダメじゃね?」
「胃が痛くて早退しましたね。まぁなんせ真柴さんは俺の隣のデスクなんで」
「うわぁ…、それデスクの下でイケナイことするやつじゃん」
「AVの見すぎだよそれ」
「あんたに言われたくないな、一週間か当日は」
「…一週間でっ」
「なかなかくどいっすね、580円です」
「嘘吐けぇ!320円になってんじゃん!」

 これは非常に面倒だなとさっさと渡そうとするが、吉田は受け取らない。
 なんなんだ一体と竜二が思っていると「この後時間ない?」と聞かれてしまった。それ、ホントにやるやついるんだ、俺男だけど。プレミアムフライデー級の稀少さだな、と思ったけれど。

「…えっと、上がり普通に18時っす。あと2時間はありますね」
「…待ってるどこかで。目の前のファミレスででも」
「…あー…もうなんかそのパターンはこっちの妥協が必要っすよね。取られるもんもないし家の鍵渡すんでどうせならソレでも見て」
「…いやいいわ前ね前。大体趣味じゃないし。もっかい迎えに来るよリュージくん」

 やはり当て付けか。

「効率悪いなぁ。けど言っとくと今日は伊織、帰ってきても遅い日なんすよね」
「丁度良いな君と話したいが待って、なんで?」
「今日は桝くんの日です」
「マスくん!?」

 流石にそろそろ、もう一人、棚整理をしていたの従業員に顰蹙ひんしゅくそうな目で見られてしまった。

 「あっ…あー」と気まずい吉田に「とにかくじゃぁ前のファミレスで。メアド書いて置いてってください連絡するんで」とつい、言ってしまった。

 吉田は名刺を出し後ろにメアドを書いて「待ってるから」と去って行った。

 どっかのキャバ嬢かよ。

 結果、AVを渡し忘れてしまったことに気付いた竜二は、完璧逃げられねぇなと一人舌打ちをした。
 従業員はまたせっせと棚整理を再開する。

 …しかしあんなことがあったにも関わらず。あの人主任とか、実は見栄でもっと平なんじゃないか、なんせ月曜日の昼に早退出来るなんて。
 …けど、雰囲気的に伊織は良いもん食わして貰っているあ、金曜日確か鉄板焼だったな。無駄なことばかりを考えるほど自分もどうやら二人を、珍しく気に掛けているようだ。

 取り敢えず吉田にどうせなら無駄なことも聞いてみよう。「伊織のどこがそんなに良いんですか」と。身体に決まっている。
 そのわりにあんなに必死になるとは…。ホントにマジなモーションだったんだなと、竜二は改めて吉田を不憫に思った。

 …じゃぁ自分はどうなんだ、そんな無駄なことを考えるほど、このシフトは暇だ。暇で煩わしい。早く帰れそうなら帰ってしまおうか。

「あの~、宮島さん」
「ダメだよ?」

 従業員宮島は即答した。やはりな。
 大体そうだ、そんなことをしたら一時間1000円がなくなる。それは由々しき自体だ、何を言っているんだ俺はと思っているところに「まぁ、暇だったらね。30分くらいは」なんて、迷うことを言われてしまった。

 …気分で決めよ。でもまずどう足掻いても良いことはなさそうだと溜め息が出た。最近の伊織の癖になりつつある溜め息、うつったかもしれない。
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