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The 32nd episode
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部署についても一人だった。
当たり前だ。始業よりも2時間半くらいは早い。
朝の部署の空気はいつもより少し新鮮な気がしてしまう。人がいないせいだろうか。
まだ冷たさは感じる椅子も、デスクも使い慣れている。だがいつもと感じが違うのだ。
溜め息のような、安堵のような自分の吐息が響くような場所になった。
結局家と大差ないが、パソコンがある、まだ仕事だと認識できた。
不意に、キーボードでパスワードを打ち込もうとして、リングが目についた。
あぁ、やっぱり。
どうしようもなく途方に暮れそうだった。切迫、恐怖…寂莫、後悔。結局これは消えなくて、だから一人は、よくないのかもしれない。
一人で全て、背負ったはずだった。いや、背負ってしまったようだ。
環の最後が思い出される。手が震えてキーボードが打てない気がしてきた。
いつかはここに誰か来るはずだ。最早仕事が手につかないしと突っ伏すことにした。始業まであと2時間半。寝れたら良い。時差ぼけで数日寝れてないし。
正直寝にくい体制だが、不思議と「誰かがいつも使っているデスク」が並んでいて少し、安心したような気がした。寝れたらいい、寝れたら。
いつもデスクでは誰かがなにかをしていた。霞があり得ない制服だったり瞬が鉄面皮だったり。
諒斗が場を和ませるほどに明るかったり、ベストタイミングで愛蘭が茶をくれたり。慧さんがなんだかんだ分かりやすく、優しい物腰で鑑識情報をくれたり。
恭太は…
窓枠に座っている。それも慣れた景色なのか、誰もなにも言わなくて。
潤が隣でぶつぶつぶつぶつ言ったかと思えば、ふらっと誰かの元へ行き、パソコンを覗いていたり、
政宗は寡黙にも書類と向き合いよく唸りながら皆に回す書類を眺め、俺に確認を取り、ユミルはそんな中飽きやすい。
伊緒が皆の対応を控えめに笑って処理を初めて。
あたり前だった。その景色はここにあった。何も意識をせずに客観視している俺がここにいる。けど、いまの俺はなんだか、物思いに更けているらしいな。
どこか、夢だろうか、現実だろうか、恭太がそんなところにいるなんて、夢かもしれないな。
そう思って眺めていたとき、不安、後ろに気配を感じて目を覚ました。夢だったらしい、こんな職場風景が。やはり目に入る景色には誰もいない。危機感が勝り振り向けば、「おはよう」と政宗が言い、息を吐いた。
「随分早いな部長様」
自然といつもの、ホワイトボードのある、いま見ていた左側の壁、丈夫に備え付けられた時計を眺めた。現在7時40分くらい。政宗も早いだろ、てか俺1時間くらい寝てたのか。
「いや…おはようございます。昨日はすみません」
「覚えてたか。
お前あれ2時だったけど早くねぇかマジで」
「政宗も大分早いですが」
「寝れるかアホ!
というより欠員3人を抱えて昨日最早部署が壊滅するんじゃないかって並に忙し」
「すみません仕事引き受けますマジ」
先輩をイライラさせる前に先手を打った。「気が長くなったわ」と以前に言っていたが正直じゃぁ昔はどんだけ短かったんだ、歩いた瞬間イライラしてたのかよとか頭をよぎるが、政宗が「全く」と毒を抜いた一息を吐いた。俺はここ一年、いや、合計二年で先輩の扱いが凄く上手くなった気がする。
「別にいいよ。ぶっちゃけ終わったし。やるとしたら俺の調書まとめだよ」
「あー…はぁ…」
ん?
「政宗調書って?」
「お前がいないから外回りしてきたんだよ部長」
あ、やっぱ俺営業職扱いなのね。
て、
「どこに?なにを?」
「うーん、中曽根に色々を」
政宗は右のデスクに座り、腹黒くにやっと笑って俺を見た。
「聞きてぇか?」
「え、まぁてか調書読めばいいんじゃね?」
「つまんねぇやつだなお前。
いやー正直発狂が潤を凌駕するレベルだったね。話にならねぇからもう辻井にぶん投げたわ」
「はぁ、マトリに」
政宗はそれから無言で腕組をしてパソコンを眺めた。
は?それだけ?
「え、何、他には」
「…俺って隠語的会話出来ないらしいな」
「え、隠語だったの、待って考えるわ」
「いやいいよマジ恥ずかしいわバカ!」
怒られた。
なんだこいつ情緒不安定かよ。
「えっと…」
「いいもん俺あと鑑識事案まとめるもん」
「あ、それなんですけど」
「なんだよぅ!」
「いやぁ…、今日シャワー中に人員配置考えてたら欠員3人がキツすぎてどうしようかなって。潤ポジなかなか埋まらないなぁと」
「あー…」
政宗は眠そうに眉間を揉んだ。
「あいつ何やってたのマジで」
「いや正直俺もわかんなすぎてあいつはまぁ、危ない一般人だし経理に回した方がいいかなぁとか考えてたら、どう頑張っても聞いていた「大使館テロ」に人員が皆無なんですよね」
「はぁ~…んの野郎、仕方ねーな俺が」
「いやしかし鑑識もキツイんですよね。
俺が大使館やろうかなとか思ったら鮫島に人員がいなくなっちゃったみたいな」
「おいマジか策士ですらお手上げかよこのメンバー」
「一人一人が優秀だから最早毎日泊まり込んだりしたら一週間で追い付くかなとか思ったんですけどストイック過ぎますよね多分」
「当たり前だよお前みたいなワーカホリックなかなかいねぇよ。じっくり一月…微妙だなそれぞれ拘留期間切れもありそうだしな」
「ですよねー…。多分俺の「鬼の尋問」ですら捌けないわぁ…」
なかなかキツイぞマジで。
当たり前だ。始業よりも2時間半くらいは早い。
朝の部署の空気はいつもより少し新鮮な気がしてしまう。人がいないせいだろうか。
まだ冷たさは感じる椅子も、デスクも使い慣れている。だがいつもと感じが違うのだ。
溜め息のような、安堵のような自分の吐息が響くような場所になった。
結局家と大差ないが、パソコンがある、まだ仕事だと認識できた。
不意に、キーボードでパスワードを打ち込もうとして、リングが目についた。
あぁ、やっぱり。
どうしようもなく途方に暮れそうだった。切迫、恐怖…寂莫、後悔。結局これは消えなくて、だから一人は、よくないのかもしれない。
一人で全て、背負ったはずだった。いや、背負ってしまったようだ。
環の最後が思い出される。手が震えてキーボードが打てない気がしてきた。
いつかはここに誰か来るはずだ。最早仕事が手につかないしと突っ伏すことにした。始業まであと2時間半。寝れたら良い。時差ぼけで数日寝れてないし。
正直寝にくい体制だが、不思議と「誰かがいつも使っているデスク」が並んでいて少し、安心したような気がした。寝れたらいい、寝れたら。
いつもデスクでは誰かがなにかをしていた。霞があり得ない制服だったり瞬が鉄面皮だったり。
諒斗が場を和ませるほどに明るかったり、ベストタイミングで愛蘭が茶をくれたり。慧さんがなんだかんだ分かりやすく、優しい物腰で鑑識情報をくれたり。
恭太は…
窓枠に座っている。それも慣れた景色なのか、誰もなにも言わなくて。
潤が隣でぶつぶつぶつぶつ言ったかと思えば、ふらっと誰かの元へ行き、パソコンを覗いていたり、
政宗は寡黙にも書類と向き合いよく唸りながら皆に回す書類を眺め、俺に確認を取り、ユミルはそんな中飽きやすい。
伊緒が皆の対応を控えめに笑って処理を初めて。
あたり前だった。その景色はここにあった。何も意識をせずに客観視している俺がここにいる。けど、いまの俺はなんだか、物思いに更けているらしいな。
どこか、夢だろうか、現実だろうか、恭太がそんなところにいるなんて、夢かもしれないな。
そう思って眺めていたとき、不安、後ろに気配を感じて目を覚ました。夢だったらしい、こんな職場風景が。やはり目に入る景色には誰もいない。危機感が勝り振り向けば、「おはよう」と政宗が言い、息を吐いた。
「随分早いな部長様」
自然といつもの、ホワイトボードのある、いま見ていた左側の壁、丈夫に備え付けられた時計を眺めた。現在7時40分くらい。政宗も早いだろ、てか俺1時間くらい寝てたのか。
「いや…おはようございます。昨日はすみません」
「覚えてたか。
お前あれ2時だったけど早くねぇかマジで」
「政宗も大分早いですが」
「寝れるかアホ!
というより欠員3人を抱えて昨日最早部署が壊滅するんじゃないかって並に忙し」
「すみません仕事引き受けますマジ」
先輩をイライラさせる前に先手を打った。「気が長くなったわ」と以前に言っていたが正直じゃぁ昔はどんだけ短かったんだ、歩いた瞬間イライラしてたのかよとか頭をよぎるが、政宗が「全く」と毒を抜いた一息を吐いた。俺はここ一年、いや、合計二年で先輩の扱いが凄く上手くなった気がする。
「別にいいよ。ぶっちゃけ終わったし。やるとしたら俺の調書まとめだよ」
「あー…はぁ…」
ん?
「政宗調書って?」
「お前がいないから外回りしてきたんだよ部長」
あ、やっぱ俺営業職扱いなのね。
て、
「どこに?なにを?」
「うーん、中曽根に色々を」
政宗は右のデスクに座り、腹黒くにやっと笑って俺を見た。
「聞きてぇか?」
「え、まぁてか調書読めばいいんじゃね?」
「つまんねぇやつだなお前。
いやー正直発狂が潤を凌駕するレベルだったね。話にならねぇからもう辻井にぶん投げたわ」
「はぁ、マトリに」
政宗はそれから無言で腕組をしてパソコンを眺めた。
は?それだけ?
「え、何、他には」
「…俺って隠語的会話出来ないらしいな」
「え、隠語だったの、待って考えるわ」
「いやいいよマジ恥ずかしいわバカ!」
怒られた。
なんだこいつ情緒不安定かよ。
「えっと…」
「いいもん俺あと鑑識事案まとめるもん」
「あ、それなんですけど」
「なんだよぅ!」
「いやぁ…、今日シャワー中に人員配置考えてたら欠員3人がキツすぎてどうしようかなって。潤ポジなかなか埋まらないなぁと」
「あー…」
政宗は眠そうに眉間を揉んだ。
「あいつ何やってたのマジで」
「いや正直俺もわかんなすぎてあいつはまぁ、危ない一般人だし経理に回した方がいいかなぁとか考えてたら、どう頑張っても聞いていた「大使館テロ」に人員が皆無なんですよね」
「はぁ~…んの野郎、仕方ねーな俺が」
「いやしかし鑑識もキツイんですよね。
俺が大使館やろうかなとか思ったら鮫島に人員がいなくなっちゃったみたいな」
「おいマジか策士ですらお手上げかよこのメンバー」
「一人一人が優秀だから最早毎日泊まり込んだりしたら一週間で追い付くかなとか思ったんですけどストイック過ぎますよね多分」
「当たり前だよお前みたいなワーカホリックなかなかいねぇよ。じっくり一月…微妙だなそれぞれ拘留期間切れもありそうだしな」
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