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Past episode three
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早速出発。小型船舶は東京湾を走り出した。
海を切り開くような感覚。これは見ていて楽しい。初めての感覚に潤は、不思議なものを抱いた。
意外にも潤は船酔いをしないタイプらしい。大したものだ。少し流すように走らせていると、「ねぇ!」と、背中から潤の声が掛かる。
声のトーンは楽しそうだ。
「なんですか!」
雨は怒鳴り返すように少年へ返事をする。いくら流すようにとはいえ、エンジン音になかなか声が通らない。
「気持ちいね!」
「船酔いはしてないですか!?」
「全然大丈夫!」
30分くらいしてから船を停めてみた。
まだあまり進んでいないけど。
「ここってどれくらい?」
「うーん、30kmくらいですかね。そんなにはまだ来てませんよ」
「へぇー。
街ってこんな感じで見えるんだね」
「そうですね」
寄り掛かってじっと街を眺める潤が単純に楽しそうで。連れてきた甲斐があった。
こんな小さな海ですら、綺麗だと言うのだから。
「てか、凄いですね。本当に船酔いなし?」
「全然ない。ちょっと心地良いくらい。
あっちより涼しいね。水の臭いとか、そーゆーのもある。なんか凄い」
「喜んでもらえて何より」
「あんたさぁ」
「はい?」
「よく、俺とこうして…なんて言うか一緒にこうしてなんか…関わろうとしてくれたね」
「え?」
「ほら、なんか俺、ちょっと厄介でしょ。だから、物好きだなぁって正直…思って」
「なぁんだ」
気付いてたのか。
「まぁほら僕も、立派な厄介もんですからね」
「確かに、そうかも」
意外と、素直で。
「でも少しよかった。こう言っちゃなんですが、僕君のこと少し苦手でした。
ただでさえ子供嫌いなのに子供っぽくない、可愛くないガキだなぁって思ってたけど、案外そうでもないですね」
「正直だねー。そんなにはっきり言うかなー」
「僕は案外子供っぽい大人なんで。陰口とか下手くそなんです」
「なるほどねー」
少し考えるような表情で潤が見つめてきたので、「それです。それ子供っぽくない」と笑顔で雨は返した。
「そう?純粋に興味持ったよ」
「あぁ、そうなんですか?まぁこんな大人に興味を持ったら出世から遠退きますよ」
「よく言うよ」
「でも潤くん、いまここに来たことを嬉しいと言ってくれた。それだって正直なことだし、嫌と言うのか良いと言うのか、ただその違いでしょう。それ、嘘吐く意味あります?」
「…うーん」
「意思表示は自己防衛にもなりますしね。
あ、そうそう。正直ついでに。僕栗林さんも有島さんも嫌いなんですよ。なので潤くん、まぁ有島さんはなかなか難しいだろうけど、栗林さんには気を付けて」
「…ホントに正直だね。ちなみになんで?」
「うーん。君流されやすそうだから」
「…怖いなぁ」
「栗林さんに連れて行かれそうになってたし。あの人物凄く変態で有名ですからね」
「でもさ、栗林さんは…」
少年は急に口を閉ざしてしまった。
だが取り繕ったように、「あんたの上官じゃない」と付け加えてくる。
どうも、そう言うところがあまりよくないと思うんだが。しかしまぁ、彼には彼で事情はありそうだ。
「さて、そろそろ有島さんに叱られそうなので、帰りましょうか」
「…そうだね」
きっと正直、この少年は帰りたくないのだろう。そんな顔をしている。
船を再び走らせると静かに、潤は去り行く街の方を眺めていた。走る飛行機を眺め、裂く水面を眺めている。帰るはずの行き先は、あまり眺めないらしい。
バックミラーから見える彼は、少し儚げで、やはり星川律子に似たんだなぁと染々雨は思った。
訓練所に着いてすぐ、雨は潤にまず、烏龍茶を買い与えた。よくよく考えれば持参し忘れた。
潤としては自販機のペットボトルを自分に買い与えると言う行為がとても新鮮だった。温室育ちには味わえない粗野さ。
「熱海さん」
「はい?」
「熱海雨さん。また、サボりに来ても良い?」
そう純粋に言われたことに、正直驚いた。
「…どうぞ。バレないように」
そう答えると少年は、いかにも少年らしい笑顔を見せてくれた。
思いのほか可愛らしいじゃねぇか。
「じゃぁ、また…。
書類は持ってきてね!」
なんて嬉しそうなんだか。
「あぁ…。はーい」
潤の雨に対する印象は、なかなか、影と光の差がきっちりした大人、だった。
海を切り開くような感覚。これは見ていて楽しい。初めての感覚に潤は、不思議なものを抱いた。
意外にも潤は船酔いをしないタイプらしい。大したものだ。少し流すように走らせていると、「ねぇ!」と、背中から潤の声が掛かる。
声のトーンは楽しそうだ。
「なんですか!」
雨は怒鳴り返すように少年へ返事をする。いくら流すようにとはいえ、エンジン音になかなか声が通らない。
「気持ちいね!」
「船酔いはしてないですか!?」
「全然大丈夫!」
30分くらいしてから船を停めてみた。
まだあまり進んでいないけど。
「ここってどれくらい?」
「うーん、30kmくらいですかね。そんなにはまだ来てませんよ」
「へぇー。
街ってこんな感じで見えるんだね」
「そうですね」
寄り掛かってじっと街を眺める潤が単純に楽しそうで。連れてきた甲斐があった。
こんな小さな海ですら、綺麗だと言うのだから。
「てか、凄いですね。本当に船酔いなし?」
「全然ない。ちょっと心地良いくらい。
あっちより涼しいね。水の臭いとか、そーゆーのもある。なんか凄い」
「喜んでもらえて何より」
「あんたさぁ」
「はい?」
「よく、俺とこうして…なんて言うか一緒にこうしてなんか…関わろうとしてくれたね」
「え?」
「ほら、なんか俺、ちょっと厄介でしょ。だから、物好きだなぁって正直…思って」
「なぁんだ」
気付いてたのか。
「まぁほら僕も、立派な厄介もんですからね」
「確かに、そうかも」
意外と、素直で。
「でも少しよかった。こう言っちゃなんですが、僕君のこと少し苦手でした。
ただでさえ子供嫌いなのに子供っぽくない、可愛くないガキだなぁって思ってたけど、案外そうでもないですね」
「正直だねー。そんなにはっきり言うかなー」
「僕は案外子供っぽい大人なんで。陰口とか下手くそなんです」
「なるほどねー」
少し考えるような表情で潤が見つめてきたので、「それです。それ子供っぽくない」と笑顔で雨は返した。
「そう?純粋に興味持ったよ」
「あぁ、そうなんですか?まぁこんな大人に興味を持ったら出世から遠退きますよ」
「よく言うよ」
「でも潤くん、いまここに来たことを嬉しいと言ってくれた。それだって正直なことだし、嫌と言うのか良いと言うのか、ただその違いでしょう。それ、嘘吐く意味あります?」
「…うーん」
「意思表示は自己防衛にもなりますしね。
あ、そうそう。正直ついでに。僕栗林さんも有島さんも嫌いなんですよ。なので潤くん、まぁ有島さんはなかなか難しいだろうけど、栗林さんには気を付けて」
「…ホントに正直だね。ちなみになんで?」
「うーん。君流されやすそうだから」
「…怖いなぁ」
「栗林さんに連れて行かれそうになってたし。あの人物凄く変態で有名ですからね」
「でもさ、栗林さんは…」
少年は急に口を閉ざしてしまった。
だが取り繕ったように、「あんたの上官じゃない」と付け加えてくる。
どうも、そう言うところがあまりよくないと思うんだが。しかしまぁ、彼には彼で事情はありそうだ。
「さて、そろそろ有島さんに叱られそうなので、帰りましょうか」
「…そうだね」
きっと正直、この少年は帰りたくないのだろう。そんな顔をしている。
船を再び走らせると静かに、潤は去り行く街の方を眺めていた。走る飛行機を眺め、裂く水面を眺めている。帰るはずの行き先は、あまり眺めないらしい。
バックミラーから見える彼は、少し儚げで、やはり星川律子に似たんだなぁと染々雨は思った。
訓練所に着いてすぐ、雨は潤にまず、烏龍茶を買い与えた。よくよく考えれば持参し忘れた。
潤としては自販機のペットボトルを自分に買い与えると言う行為がとても新鮮だった。温室育ちには味わえない粗野さ。
「熱海さん」
「はい?」
「熱海雨さん。また、サボりに来ても良い?」
そう純粋に言われたことに、正直驚いた。
「…どうぞ。バレないように」
そう答えると少年は、いかにも少年らしい笑顔を見せてくれた。
思いのほか可愛らしいじゃねぇか。
「じゃぁ、また…。
書類は持ってきてね!」
なんて嬉しそうなんだか。
「あぁ…。はーい」
潤の雨に対する印象は、なかなか、影と光の差がきっちりした大人、だった。
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