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「…ジイさん、それが素なんだね、きっと」
「そうだな。
…ずっと、透花には負い目があってな」
「まぁそうでしょうな」
「…あんたは、さ、」
ミラー越しに見える小さなお爺ちゃん。
目付きはハッキリしている。
「…せめて透花だけでもいい、どうにか救ってやりたいんだ」
「…隣人としてあまり深くは聞かないけど、じゃあ何から救って欲しいの?」
「まずは紀子さん…調べればわかると思う。
透花は養護施設に押し付けられた子でな。でも、忠恭は…始めはどういう気だったか、いまとなってはわからない。
俺の介護要因かもしれないし、引き取らなきゃヤバかったのかもしれないが…でも、それでも今は全く…ちゃんと孫とジジイでさ…」
「…気持ちはわかった。
少し、スッとしたかもしれない。ジイさんがなんも知らなくてなんの意識も向かないボケジジイじゃなくてよかったというか…」
「だよなぁ…はは、」
「だからこそ、どこまで知ってるとか聞かないどく。そっちも聞かないで欲しいし黙っていて欲しい。
それが条件として呑めるのであれば、どうにかはする。ただ、俺は俺だから、俺流でしかいけない」
「……元から、承知の上だ」
「なるほど」
わかってないな。これは本当に。
でも、それもわからなくはない。
「…この話ここでおしまいね。
良き隣人として接して欲しいな」
「うん」
なるほど。
詳しく知れないからこういう距離が取れるのか。ジイさんも孫も確かに…一番近くて1番遠くにいるひとりぼっちだ。
ひとりで頑張らなくていいよ。
どうせ人はひとりでは生きていけないし、ひとりで出来ることは微力で限界があり、取り越し苦労になるから。
だから押し付けになるんだよ。
あ、言いそうになった。危ない。
それは隣人という距離感では、それこそお節介で押し付けだ。
…ふと、ひとりで台所に立つ祖母の背中が浮かんだ。
「…俺、片親なんだよね、実はさ」
「ん?」
「いや、片親というかばあちゃんに育てて貰ったんだよね。
透花ちゃんと割と似てる。けど、透花ちゃんほど愛された理由は存在しなかったな」
「…兄ちゃんも複雑なんか?」
「そうでもないかな。ただ単に親に甲斐性がなかった。
それでも好きだったんだけどね。ある日突然ババアがいきなり俺を引き取りに来てさ。厳格な人で、進路とか…なんかそういうので」
「…あぁ、親族に前科があるとなれねぇ…とかか?」
「そうそう」
いやまぁ、俺の職は警察じゃないから別に関係ないけどね。
「めっちゃうるせぇババアと中学入学から大学院卒業まで一緒だった。多分、嫁イビリみたいなやつ、今思うと。
だから透花ちゃんとジイさんって、いいよね。仲良しで」
「仲は良い。それこそ忠恭より可愛いぞ」
「っはは!」
「家族ってのは不思議なもんだよなぁ」
「何より見た瞬間に天使だった」と自慢する唯三郎は本当に親バカ炸裂だ。
…けど、その“天使”という一言に少しモヤりとする。
あのアカウント名は“天使ちゃん”だ。これも、言わないけれど。
「…多分、ジイさんが幸せなら透花ちゃんは───」
つい、黙ってしまった。
きっとこれは押し付けや希望だし、他人に言われたくもないだろう。
「…そうなんだろうな」
このジイさん、多分ハタチ程度の頭、根回しなんかじゃ誤魔化せないんだろうな。
どこまで知っているかを探っても意味がないし、多分それは…誰も幸せにならない。それなら黙っておく方がいい。
きっと、そういう処世術なんだろう。
…随分卑怯で傲慢だとしても、それがその環境のルールで幸せなら…それでいいししょうもない。
互いに純粋なのが1番手が出しにくいけれど…それは、仕事には関係がないことだし。
団地に着いてすぐ、紀子と“ママ友”たち…恐らくターゲットだろう、随分デカい声で談笑していた。
全く好き勝手やりやがってと思ったのか、珍しく坂下が「本件を担当した坂下です」だなんて名乗っている。
…なるほど、素直になってみたら見方が変わるな。本当だ、ジイさんが言う通り当たりを付けると目付き、変わるものなんだな…。
多分職業病だろう。これは身から出た錆のようなものだ。
挙動不審なまま、紀子は何も顧みず部屋に戻り、安慈は安慈で玄関から様子を聞きスマホも覗く。
坂下から「了解」と来ているのが見えたが、こちらは盗聴データの方が気になる。
“ねえ透花、あの人なんなの!?”
“まず…部屋に入りたいんだけど”
…外へも聞こえてきているが…母親はどうも周りを気に出来ない状況にいるのな…こんなもの盗聴器がなくても聞こえてくる。
“……めんと………より、ありがとうの……しいって”
ハッとした。
あぁそれ……俺の持論だ、多分。
なんだよあのジャマー、クッソ厄介だな。聞きたかったよ、透花ちゃん。
部屋に戻り、一応スマホで音声確認をしながら出社の準備をする。
こちらは任されたから…仕方のない、所長にメールを打つ。
当たり前に“お前らどうなってんだ”とお叱りが来た。確かに昨日の件は…警察が動いている、とだけ報告を上げた。
只今から出社します。取り急ぎ捜査許可申請(強)が欲しいです。
…やっぱ頭が回らんが、考え事3本のうち2本はシャットアウトしよう。所長にどう言うか。
シャワーは今朝方浴びたしなと、軽く髪をセットしスーツを着たのみで出ようとしたが、玄関口に立ち丁度、盗聴器の電波が完全に消えた。
バレたな、まぁ、ジャマーの存在を知った時点でわりとヒントを与えたからな…。
すぐにボロドアの開閉音が聞こえたので、時間をずらそうと座り込み、丁度良いかと話の筋を立てた。
「そうだな。
…ずっと、透花には負い目があってな」
「まぁそうでしょうな」
「…あんたは、さ、」
ミラー越しに見える小さなお爺ちゃん。
目付きはハッキリしている。
「…せめて透花だけでもいい、どうにか救ってやりたいんだ」
「…隣人としてあまり深くは聞かないけど、じゃあ何から救って欲しいの?」
「まずは紀子さん…調べればわかると思う。
透花は養護施設に押し付けられた子でな。でも、忠恭は…始めはどういう気だったか、いまとなってはわからない。
俺の介護要因かもしれないし、引き取らなきゃヤバかったのかもしれないが…でも、それでも今は全く…ちゃんと孫とジジイでさ…」
「…気持ちはわかった。
少し、スッとしたかもしれない。ジイさんがなんも知らなくてなんの意識も向かないボケジジイじゃなくてよかったというか…」
「だよなぁ…はは、」
「だからこそ、どこまで知ってるとか聞かないどく。そっちも聞かないで欲しいし黙っていて欲しい。
それが条件として呑めるのであれば、どうにかはする。ただ、俺は俺だから、俺流でしかいけない」
「……元から、承知の上だ」
「なるほど」
わかってないな。これは本当に。
でも、それもわからなくはない。
「…この話ここでおしまいね。
良き隣人として接して欲しいな」
「うん」
なるほど。
詳しく知れないからこういう距離が取れるのか。ジイさんも孫も確かに…一番近くて1番遠くにいるひとりぼっちだ。
ひとりで頑張らなくていいよ。
どうせ人はひとりでは生きていけないし、ひとりで出来ることは微力で限界があり、取り越し苦労になるから。
だから押し付けになるんだよ。
あ、言いそうになった。危ない。
それは隣人という距離感では、それこそお節介で押し付けだ。
…ふと、ひとりで台所に立つ祖母の背中が浮かんだ。
「…俺、片親なんだよね、実はさ」
「ん?」
「いや、片親というかばあちゃんに育てて貰ったんだよね。
透花ちゃんと割と似てる。けど、透花ちゃんほど愛された理由は存在しなかったな」
「…兄ちゃんも複雑なんか?」
「そうでもないかな。ただ単に親に甲斐性がなかった。
それでも好きだったんだけどね。ある日突然ババアがいきなり俺を引き取りに来てさ。厳格な人で、進路とか…なんかそういうので」
「…あぁ、親族に前科があるとなれねぇ…とかか?」
「そうそう」
いやまぁ、俺の職は警察じゃないから別に関係ないけどね。
「めっちゃうるせぇババアと中学入学から大学院卒業まで一緒だった。多分、嫁イビリみたいなやつ、今思うと。
だから透花ちゃんとジイさんって、いいよね。仲良しで」
「仲は良い。それこそ忠恭より可愛いぞ」
「っはは!」
「家族ってのは不思議なもんだよなぁ」
「何より見た瞬間に天使だった」と自慢する唯三郎は本当に親バカ炸裂だ。
…けど、その“天使”という一言に少しモヤりとする。
あのアカウント名は“天使ちゃん”だ。これも、言わないけれど。
「…多分、ジイさんが幸せなら透花ちゃんは───」
つい、黙ってしまった。
きっとこれは押し付けや希望だし、他人に言われたくもないだろう。
「…そうなんだろうな」
このジイさん、多分ハタチ程度の頭、根回しなんかじゃ誤魔化せないんだろうな。
どこまで知っているかを探っても意味がないし、多分それは…誰も幸せにならない。それなら黙っておく方がいい。
きっと、そういう処世術なんだろう。
…随分卑怯で傲慢だとしても、それがその環境のルールで幸せなら…それでいいししょうもない。
互いに純粋なのが1番手が出しにくいけれど…それは、仕事には関係がないことだし。
団地に着いてすぐ、紀子と“ママ友”たち…恐らくターゲットだろう、随分デカい声で談笑していた。
全く好き勝手やりやがってと思ったのか、珍しく坂下が「本件を担当した坂下です」だなんて名乗っている。
…なるほど、素直になってみたら見方が変わるな。本当だ、ジイさんが言う通り当たりを付けると目付き、変わるものなんだな…。
多分職業病だろう。これは身から出た錆のようなものだ。
挙動不審なまま、紀子は何も顧みず部屋に戻り、安慈は安慈で玄関から様子を聞きスマホも覗く。
坂下から「了解」と来ているのが見えたが、こちらは盗聴データの方が気になる。
“ねえ透花、あの人なんなの!?”
“まず…部屋に入りたいんだけど”
…外へも聞こえてきているが…母親はどうも周りを気に出来ない状況にいるのな…こんなもの盗聴器がなくても聞こえてくる。
“……めんと………より、ありがとうの……しいって”
ハッとした。
あぁそれ……俺の持論だ、多分。
なんだよあのジャマー、クッソ厄介だな。聞きたかったよ、透花ちゃん。
部屋に戻り、一応スマホで音声確認をしながら出社の準備をする。
こちらは任されたから…仕方のない、所長にメールを打つ。
当たり前に“お前らどうなってんだ”とお叱りが来た。確かに昨日の件は…警察が動いている、とだけ報告を上げた。
只今から出社します。取り急ぎ捜査許可申請(強)が欲しいです。
…やっぱ頭が回らんが、考え事3本のうち2本はシャットアウトしよう。所長にどう言うか。
シャワーは今朝方浴びたしなと、軽く髪をセットしスーツを着たのみで出ようとしたが、玄関口に立ち丁度、盗聴器の電波が完全に消えた。
バレたな、まぁ、ジャマーの存在を知った時点でわりとヒントを与えたからな…。
すぐにボロドアの開閉音が聞こえたので、時間をずらそうと座り込み、丁度良いかと話の筋を立てた。
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