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ビジネスホテルの部屋に入り早々、安慈はテーブルにスマホをポイッと投げ坂下に画面を見せた。
「あー、センパイ。一台端末欲しいかも」
と言いつつ、自分のパッドも動かし「おいここ、WiFiクソじゃねぇか」とボヤく。
仕掛けたカメラと盗聴器の様子が変だ。
「一晩だよ一晩」
「でもまだ捕まってないですよね」
「てーか、なんであそこにそんなまた…」
「んー…。
まぁ、ハイエナの勘ですよ。あそこちょっと探ろっかなって」
置かれたスマホを取りイヤホンで聞く坂下は「…レイプ?」と言った。
「ん?」
「これ、まだ聞いてないんだよな?」
「んー」
「この子、齋藤に……母親をレイ、まで言ってるな、そっからお前の登場」
「…ふぅん…。
夫が襲来した際には既に、母親は出勤していてあの場にはいませんでしたよ」
「……なるほど?」
「…あぁ来られてそう叫ぼうとしたとなら…はは、頭の回転が早いのか、過去にそういう事実があったのか」
「…その前が聞き取れないが、なんか小さい声でボソッと齋藤に言ってるんだよな……そっから、これか…」
音量をMAXまで上げ「…これ、流石に解析ムズいよなぁ」と、坂下はこちらを見てくるが。
「スマホなんで」
「現場でこの二人、面識あったように見えたか?」
「うーん…深くはないと思いますね。そう言ってましたし。
嘘も多分一つも出てきてないのが厄介かも。俺たちが追い始めたのって、少し前の団地崩壊の際に齋藤夫婦の存在がチラッと上がったからだし…。
あの家に的絞んのは尚早な気もするんだよなー、引きは良い方だけどまさかそんな偶然なんてミラクルだし…。まぁ、外れたらこの盗聴器もカメラも回収しとくとしても…この子、なんか違和感がある」
「それは俺も感じたわ。
あの状況下でちょっと、冷静すぎるよな。
これもさ、確かに驚いてはいそうだが、なんというか…冷静に騒いだっつーか…でも、声の震えや低さもあるから、想定外は起きてそうだけども…」
「接していても淡々としてて正直ギャップは感じますね。
こういうタイプは例え何かあってもシッポを出さない…からこそ、バックにあっさり切られて掴めないまま、な気がするし」
「…一応役所に直接行くか…父親気になるし」
「そうそう」
地道だ。
しかしまぁ、この仕事は楽ではない。
「見栄え的にはバリ怪しまれそうな、ドラマにしかいなそうなくらいの家庭ですよね、どう思いました?永住権」
「あーね。言われ慣れてるというより、テンプレ決まってそうな返答だったよな」
「そうなんすよね。
最初よくわかんなくて「20歳越えてるって言いたいの?」とか聞いちまいましたよ」
「下手だな~、いや、逆に上手いな?」
「いや、素で。
でもテンプレか…なるほど流石センパイ。意味が微妙に…わかっていなさそうな反応でしたよ」
「外国人の養子縁組、それと体壊したじいさん、夜職の母親、と…」
「だからこそ、事実しか言わないのかもしれないし」
「確かに」
ふふ、と。
笑いが出る。こりゃ、久々の大物の予感。
「…海江田、そりゃ」
「黒かな~。
手応えありというか。齋藤が朝まで見つからなきゃ、多分正解に近いかなと」
「そんときゃさり気なく、まぁ現場押さえたし、ちなみにビンゴで麻薬所持してたよ。多分」
「多分?」
「鑑定待ち。
妻の方はもう焼かれちまったからな」
「噂になっていたらしいです、やはり。ジイさんが言ってました」
「え?泥沼ダブル不倫夫婦?」
「ヤクの方」
「あー、もうそこまでイッちゃってたのね…うーん、」
「長期になりそうだけど、急いだ方が良さそうですよね。
まま、俺はあの子のメンタルとの張り合いに自信がある。
こういうのは首謀者じゃない…まぁ母親とか?叩けば出てきそうな気がする。ジイさんは多分…マジにあれなんだと思う。なんも知らなかったりして、てくらい。
なんとなくあの子…合いの手とかね。あの感じなら情報操作も出来なくはない。普段出歩かなそ……逆になんで噂話知ってるんだろ……」
「確かにじいさんへの気遣いにしても本人の様子にしても、不自由なのは嘘じゃなさそうだよな」
「ですよね。
母ちゃんとかがなんとなく家で話す…とか?
うーん…あの子は何度か「よそ様のことは…」てこう、内向的なんですよね」
「なるほど…?」
「美香の方が死んだのを知ったのも、夜勤明けのゴミ箱井戸端会議らしいし…」
「まぁじいさんは、母ちゃんと孫以外に情報源はなさそうだからあまり疑いもないが、そもそも、マル害は人柄とかさ、」
「それはそう。ご近所付き合いが盛んなのかな…?昼は母ちゃんもあの子もいる訳だし…。
この辺はまだ初日なんで、掴めないですね」
「…仮説がわりと当たってたとしてさ、その状況で一人だけ知らない…となると、良いのか悪いのか…」
「不気味だ」
間が出来る。
「…子供と障害者を使うなんてな」
…これは難解そうだ。
ぶぶ、とバイブが鳴り坂下はスマホを見「あ、」とこちらを見た。
「あちらさんは齋藤一海に麻薬所持の手配書を出したらしい」
「明日のニュースかな。どうせ見つかんねーのに」
「……とにかく明日の朝にはじゃあ、規制線解除しとくようにする」
「じゃ、お疲れっすセンパイ。こっちは情報戦で」
しっしと坂下を追い出し、安慈は“クソWiFi”に四苦八苦しながら、少し調べてみることにした。
「“ユリシス”…」
タバコに火を点け一息吐いた。ニコチンが巡り頭が冴えてゆく。
トロイの木馬となるか幸せを呼ぶ蝶となるか。戦いの始まりはまだ、蜃気楼の中で揺れていた。
「あー、センパイ。一台端末欲しいかも」
と言いつつ、自分のパッドも動かし「おいここ、WiFiクソじゃねぇか」とボヤく。
仕掛けたカメラと盗聴器の様子が変だ。
「一晩だよ一晩」
「でもまだ捕まってないですよね」
「てーか、なんであそこにそんなまた…」
「んー…。
まぁ、ハイエナの勘ですよ。あそこちょっと探ろっかなって」
置かれたスマホを取りイヤホンで聞く坂下は「…レイプ?」と言った。
「ん?」
「これ、まだ聞いてないんだよな?」
「んー」
「この子、齋藤に……母親をレイ、まで言ってるな、そっからお前の登場」
「…ふぅん…。
夫が襲来した際には既に、母親は出勤していてあの場にはいませんでしたよ」
「……なるほど?」
「…あぁ来られてそう叫ぼうとしたとなら…はは、頭の回転が早いのか、過去にそういう事実があったのか」
「…その前が聞き取れないが、なんか小さい声でボソッと齋藤に言ってるんだよな……そっから、これか…」
音量をMAXまで上げ「…これ、流石に解析ムズいよなぁ」と、坂下はこちらを見てくるが。
「スマホなんで」
「現場でこの二人、面識あったように見えたか?」
「うーん…深くはないと思いますね。そう言ってましたし。
嘘も多分一つも出てきてないのが厄介かも。俺たちが追い始めたのって、少し前の団地崩壊の際に齋藤夫婦の存在がチラッと上がったからだし…。
あの家に的絞んのは尚早な気もするんだよなー、引きは良い方だけどまさかそんな偶然なんてミラクルだし…。まぁ、外れたらこの盗聴器もカメラも回収しとくとしても…この子、なんか違和感がある」
「それは俺も感じたわ。
あの状況下でちょっと、冷静すぎるよな。
これもさ、確かに驚いてはいそうだが、なんというか…冷静に騒いだっつーか…でも、声の震えや低さもあるから、想定外は起きてそうだけども…」
「接していても淡々としてて正直ギャップは感じますね。
こういうタイプは例え何かあってもシッポを出さない…からこそ、バックにあっさり切られて掴めないまま、な気がするし」
「…一応役所に直接行くか…父親気になるし」
「そうそう」
地道だ。
しかしまぁ、この仕事は楽ではない。
「見栄え的にはバリ怪しまれそうな、ドラマにしかいなそうなくらいの家庭ですよね、どう思いました?永住権」
「あーね。言われ慣れてるというより、テンプレ決まってそうな返答だったよな」
「そうなんすよね。
最初よくわかんなくて「20歳越えてるって言いたいの?」とか聞いちまいましたよ」
「下手だな~、いや、逆に上手いな?」
「いや、素で。
でもテンプレか…なるほど流石センパイ。意味が微妙に…わかっていなさそうな反応でしたよ」
「外国人の養子縁組、それと体壊したじいさん、夜職の母親、と…」
「だからこそ、事実しか言わないのかもしれないし」
「確かに」
ふふ、と。
笑いが出る。こりゃ、久々の大物の予感。
「…海江田、そりゃ」
「黒かな~。
手応えありというか。齋藤が朝まで見つからなきゃ、多分正解に近いかなと」
「そんときゃさり気なく、まぁ現場押さえたし、ちなみにビンゴで麻薬所持してたよ。多分」
「多分?」
「鑑定待ち。
妻の方はもう焼かれちまったからな」
「噂になっていたらしいです、やはり。ジイさんが言ってました」
「え?泥沼ダブル不倫夫婦?」
「ヤクの方」
「あー、もうそこまでイッちゃってたのね…うーん、」
「長期になりそうだけど、急いだ方が良さそうですよね。
まま、俺はあの子のメンタルとの張り合いに自信がある。
こういうのは首謀者じゃない…まぁ母親とか?叩けば出てきそうな気がする。ジイさんは多分…マジにあれなんだと思う。なんも知らなかったりして、てくらい。
なんとなくあの子…合いの手とかね。あの感じなら情報操作も出来なくはない。普段出歩かなそ……逆になんで噂話知ってるんだろ……」
「確かにじいさんへの気遣いにしても本人の様子にしても、不自由なのは嘘じゃなさそうだよな」
「ですよね。
母ちゃんとかがなんとなく家で話す…とか?
うーん…あの子は何度か「よそ様のことは…」てこう、内向的なんですよね」
「なるほど…?」
「美香の方が死んだのを知ったのも、夜勤明けのゴミ箱井戸端会議らしいし…」
「まぁじいさんは、母ちゃんと孫以外に情報源はなさそうだからあまり疑いもないが、そもそも、マル害は人柄とかさ、」
「それはそう。ご近所付き合いが盛んなのかな…?昼は母ちゃんもあの子もいる訳だし…。
この辺はまだ初日なんで、掴めないですね」
「…仮説がわりと当たってたとしてさ、その状況で一人だけ知らない…となると、良いのか悪いのか…」
「不気味だ」
間が出来る。
「…子供と障害者を使うなんてな」
…これは難解そうだ。
ぶぶ、とバイブが鳴り坂下はスマホを見「あ、」とこちらを見た。
「あちらさんは齋藤一海に麻薬所持の手配書を出したらしい」
「明日のニュースかな。どうせ見つかんねーのに」
「……とにかく明日の朝にはじゃあ、規制線解除しとくようにする」
「じゃ、お疲れっすセンパイ。こっちは情報戦で」
しっしと坂下を追い出し、安慈は“クソWiFi”に四苦八苦しながら、少し調べてみることにした。
「“ユリシス”…」
タバコに火を点け一息吐いた。ニコチンが巡り頭が冴えてゆく。
トロイの木馬となるか幸せを呼ぶ蝶となるか。戦いの始まりはまだ、蜃気楼の中で揺れていた。
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