12 / 16
12
しおりを挟む
会館のすぐ側にある田んぼにアリシアは「あの金色はなんですか?」と訪ねる。
10月下旬。丁度稲の収穫の時期も終わりに近い。残りも少ないのだけど、稲は金色に輝いていた。
「稲だよ。
丁度収穫も終わる時期だな。いまは少し寂しいな。9月頃なら一面、きっと金色だよ」
「へぇ~、」
「田んぼは畑と違って、収穫したらもう、春くらいまでは何も植えないんだよ」
「そうなんですか」
「あぁ、…ピーマンとか、オクラもだな、この気候では育たない。田んぼもあまり張れなかった。ここ数十年で漸く、少しずつ開拓されたんだよ」
「へぇ、そうなんですね!」
「土地は広いから、もう少し作りたいけどなぁ、」
「田んぼは大変なんですね。父のお仕事は田んぼですか?」
「いや、今日はまぁ、様子を見にきたんだ」
「そうなんですね」
染々と、何もない田んぼを眺めたと思えばアリシアはふと「父!」と、すぐ側だが、呼んだ。
何事かと思えば、アリシアはキラキラとした目で柊造を眺めては「洞窟は、」と続ける。
思い出したようだ。
「青い洞窟は、」
「あ、あぁ、そうだね。
3日のうちに行けたら…いいな。海の方にあるようだよ。昨日も天気は悪かったから、まぁ後で取っておこう」
風もやはり冷たい。
本日はこれで終わりにしようと、終わってしまったがまた楽しみが出来たと、アリシアは柊造が思った以上に嬉しそうだった。少々気候の心配はあれど、今のところ身体に触ることもなく。
「…父もな、小樽の方へは来たことがなかったんだ。だから、凄く新鮮だよ」
確かに、この雪解けなのか、いや、そろそろ降る頃だけど。綺麗な空気は良いのかもしれないと柊造の頭に掠めたところで、再び部屋に戻ることにした。
外に出た時間は30分くらいだったかもしれない。しかし黒田はまだ戻ってはいなかった。
アリシアを部屋に帰し、柊造は柊造で榎本と仕事の話をすることにした。
元々は測量や開拓の話をしに来たのだけど、事前に資料には目を通した。しかし、足を運んでみればまた違うものだ。
とは言ってもまだまだすぐ側までしか歩いていない。いや、本当は榎本の様子やら黒田の動向を見れば良いのだろうけれど、だから要するに野暮用でしかないのも事実。しかし、来る前より、なんだかここに興味は沸いたのだ。
「まぁ、どうでした?」
そう聞いてくる榎本が少々不思議そうなのも、まぁ仕方はなく。
「…開拓史として来たわけではないですよね」
「そうですね。いや、時間もあったし、少し見てみたかったのですよ、この地を」
「…やはり変わってらっしゃいますね、正直に言うと。
実際には軍隊のお話かと思いますけど」
「そうですね、それもです。貴方と黒田さんを通すのだから」
歩いたあとはスッキリしたものだ。
榎本からも柊造のそんな変化は見て取れ、ふいに「…もしかして、」と思案深くなる。
「……元旧幕軍だなんて仰いませんよね、まさか」
やはり榎本は突いてくるものだが、柊造としても行きよりは場に馴染んだ。
と言うより、憑き物が堕ちたな、と言う感覚で「昔のことですよ」と返す余裕があった。
「旧幕府も新政府も、いまや過去の話でしょう。私が政府の人間になって、役に立ったことはありませんよ」
「………そう、ですか」
何とも言えない表情になった。
少し榎本はそれから黙ったようだ。
どの面を下げて良いのかと言うのは、何も自分だけではない、それはわかるような気がした。言うなれば西南戦争で同郷を討った黒田だってそうだろうし、黒田と榎本の関係もまた、しかりで。
それは自分と井上、伊藤もそうだろう。
しばらく黙ってから榎本は、「あの戦争はね、」と、ポツリと言った。
だがそれに柊造は「やめましょうよ」とまで言うことが出来た。
「しかし、振り返ることも大切なのかもしれない。繰り返してばかりいる、それは私も感じないわけではないですよ」
「…桑名と仰いましたっけ」
「そうです」
「しかし、こちらに着くのですね」
「貴方は、あの時代の桑名をご存じでしょう?混乱し乱れたから貴方が総隊長として率いた。でも、考えればそれは当時の…いや、戦争前の長州や…何より日本全体と同じことで。
私は貴方にどの面下げようかと、ここまで来る間に考えた。何故今こうしてるか、それは故郷も捨てたからです。だから全て偽善だ利己だと言うのも、その通りです」
「…なるほど」
「それは貴方とも変わらない。生き残ったからには。漸く、貴方がしがみつくものも…好きではないですが否定も一切出来ない」
「…君はあの頃、」
それに対してもう、柊造には答える義理はないと感じた。
本当はこちらもあちらもどちらもない。今の時代と過去を生きているならば、それにしがみついては仕方がない。
「私は刀を置いた身ですが、貴方は違うと思いますから」
逃げることはなく、柊造は榎本にそう言った。
刀など自分を守るが人を傷付ける物でしかない。だが榎本は何も言わず不服そうではあった。
10月下旬。丁度稲の収穫の時期も終わりに近い。残りも少ないのだけど、稲は金色に輝いていた。
「稲だよ。
丁度収穫も終わる時期だな。いまは少し寂しいな。9月頃なら一面、きっと金色だよ」
「へぇ~、」
「田んぼは畑と違って、収穫したらもう、春くらいまでは何も植えないんだよ」
「そうなんですか」
「あぁ、…ピーマンとか、オクラもだな、この気候では育たない。田んぼもあまり張れなかった。ここ数十年で漸く、少しずつ開拓されたんだよ」
「へぇ、そうなんですね!」
「土地は広いから、もう少し作りたいけどなぁ、」
「田んぼは大変なんですね。父のお仕事は田んぼですか?」
「いや、今日はまぁ、様子を見にきたんだ」
「そうなんですね」
染々と、何もない田んぼを眺めたと思えばアリシアはふと「父!」と、すぐ側だが、呼んだ。
何事かと思えば、アリシアはキラキラとした目で柊造を眺めては「洞窟は、」と続ける。
思い出したようだ。
「青い洞窟は、」
「あ、あぁ、そうだね。
3日のうちに行けたら…いいな。海の方にあるようだよ。昨日も天気は悪かったから、まぁ後で取っておこう」
風もやはり冷たい。
本日はこれで終わりにしようと、終わってしまったがまた楽しみが出来たと、アリシアは柊造が思った以上に嬉しそうだった。少々気候の心配はあれど、今のところ身体に触ることもなく。
「…父もな、小樽の方へは来たことがなかったんだ。だから、凄く新鮮だよ」
確かに、この雪解けなのか、いや、そろそろ降る頃だけど。綺麗な空気は良いのかもしれないと柊造の頭に掠めたところで、再び部屋に戻ることにした。
外に出た時間は30分くらいだったかもしれない。しかし黒田はまだ戻ってはいなかった。
アリシアを部屋に帰し、柊造は柊造で榎本と仕事の話をすることにした。
元々は測量や開拓の話をしに来たのだけど、事前に資料には目を通した。しかし、足を運んでみればまた違うものだ。
とは言ってもまだまだすぐ側までしか歩いていない。いや、本当は榎本の様子やら黒田の動向を見れば良いのだろうけれど、だから要するに野暮用でしかないのも事実。しかし、来る前より、なんだかここに興味は沸いたのだ。
「まぁ、どうでした?」
そう聞いてくる榎本が少々不思議そうなのも、まぁ仕方はなく。
「…開拓史として来たわけではないですよね」
「そうですね。いや、時間もあったし、少し見てみたかったのですよ、この地を」
「…やはり変わってらっしゃいますね、正直に言うと。
実際には軍隊のお話かと思いますけど」
「そうですね、それもです。貴方と黒田さんを通すのだから」
歩いたあとはスッキリしたものだ。
榎本からも柊造のそんな変化は見て取れ、ふいに「…もしかして、」と思案深くなる。
「……元旧幕軍だなんて仰いませんよね、まさか」
やはり榎本は突いてくるものだが、柊造としても行きよりは場に馴染んだ。
と言うより、憑き物が堕ちたな、と言う感覚で「昔のことですよ」と返す余裕があった。
「旧幕府も新政府も、いまや過去の話でしょう。私が政府の人間になって、役に立ったことはありませんよ」
「………そう、ですか」
何とも言えない表情になった。
少し榎本はそれから黙ったようだ。
どの面を下げて良いのかと言うのは、何も自分だけではない、それはわかるような気がした。言うなれば西南戦争で同郷を討った黒田だってそうだろうし、黒田と榎本の関係もまた、しかりで。
それは自分と井上、伊藤もそうだろう。
しばらく黙ってから榎本は、「あの戦争はね、」と、ポツリと言った。
だがそれに柊造は「やめましょうよ」とまで言うことが出来た。
「しかし、振り返ることも大切なのかもしれない。繰り返してばかりいる、それは私も感じないわけではないですよ」
「…桑名と仰いましたっけ」
「そうです」
「しかし、こちらに着くのですね」
「貴方は、あの時代の桑名をご存じでしょう?混乱し乱れたから貴方が総隊長として率いた。でも、考えればそれは当時の…いや、戦争前の長州や…何より日本全体と同じことで。
私は貴方にどの面下げようかと、ここまで来る間に考えた。何故今こうしてるか、それは故郷も捨てたからです。だから全て偽善だ利己だと言うのも、その通りです」
「…なるほど」
「それは貴方とも変わらない。生き残ったからには。漸く、貴方がしがみつくものも…好きではないですが否定も一切出来ない」
「…君はあの頃、」
それに対してもう、柊造には答える義理はないと感じた。
本当はこちらもあちらもどちらもない。今の時代と過去を生きているならば、それにしがみついては仕方がない。
「私は刀を置いた身ですが、貴方は違うと思いますから」
逃げることはなく、柊造は榎本にそう言った。
刀など自分を守るが人を傷付ける物でしかない。だが榎本は何も言わず不服そうではあった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
女の首を所望いたす
陸 理明
歴史・時代
織田信長亡きあと、天下を狙う秀吉と家康の激突がついに始まろうとしていた。
その先兵となった鬼武蔵こと森長可は三河への中入りを目論み、大軍を率いて丹羽家の居城である岩崎城の傍を通り抜けようとしていた。
「敵の軍を素通りさせて武士といえるのか!」
若き城代・丹羽氏重は死を覚悟する!
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記
あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~
つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は──
花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~
第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。
有難うございました。
~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる