ねぇ、本当は…

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
1 / 3

1

しおりを挟む
 ライトが消える、酔いが覚めるようなあの瞬間が、一番怖くて寂しいと感じる。

「ただいま」

 開けた向こうの電気。パッとドアが開き、漏れる光。

 「パパ!」とパタパタ出迎えてくれた娘に配慮し玄関の電気を点けた。
 目の前まで来た娘のキラキラした眼は俺でなく、抱えていたギターケースを一直線に捉えている。

「ぎたぁ?」

 機材を運び入れ「ただいま」と抱き抱える娘の重さは、ギターと同じくらい。
 風呂上がりの良い匂いがした。

「きゃー!おしゃけーくしゃー!」

 腕の中できゃっきゃする娘。
 肩にタオルを垂らしたまま現れた息子は「おかえり?」と控えめに首を傾ける。

 2人とも、妻に似たのだと思う。

「おぅ、おかえりユキ」
「いちかも~!」
「ヤバいヤバい、酔ってるから落ちる!」

 腕の中で暴れる一花いちかを降ろし、「一花もおかえりー」とハイタッチ。

 まだここに置いとくか。

  機材を玄関に置きっぱにし、三人でリビングに向かうと妻が、さっとスマホを下へ向けテーブルに置いた。

「あれ、飲み行かなかったの?」

 慌てるように立った妻が取り繕って聞いてくる。多分、夕飯はないのだ。

「あー、軽く行ってきたけど、対バンに子持ちのやつがいたからさ、お互い早めに切り上げてきた」

 妻に子供を任せ「飯は食ったから大丈夫だよ」を聞いていたかいないか、麻衣まいまたケータイを眺め「ふん」とそうでもない返事。

 汗かいたしなと、風呂場に向かえば温かい。
 洗濯籠の中に入っていた麻衣の下着は少し派手だった。こんな瞬間、嫌になる。

 あ、やっぱりその前に機材を作業部屋に運ぼう。

 タイムスケジュール的に今日は早めに済ませなければ。SNSの生配信日だ。

 いままでそういったものは嫌いだった、というより苦手だったが、メンバーの竜二リュージ

「いや、曽根原そねはらさん、もう少し発信してくださいよ」

と教えられ渋々始めてみたら案外、空白が埋まる良い機会になった。

 今日のウェルカムソングは何にしようかな。てゆうか先週何喋ったっけな。酔っぱらっててほぼ覚えてないけど確かその場のノリで洋楽の、なんか大物特集やる的なことを言ってしまったような…これは覚えていないことにしよう。

 シャワーの音を聞きながらふと降ってくる、今日のライブ。

 あー、あまちゃん今日もサイコーにラリっててよかったな~。
 そういえば、好きな唄あるんだよな。あの唄、若さ故にぶつける気持ちが痛々しくて新鮮なんだよなぁ。

 あれじゃなくてもまぁ、あまちゃんはバラードっぽいのも唄うし、なんかあるかな。
 そうだ喋っていいか…多分ダメだ、喋らんどこ。あの唄高校で作ったとか言ってたな~。あのセンスを高校生で持っていたなんて。

 丁度俺は、あまちゃんが世話になった人と同い年らしい。

「今じゃ書けねぇからやらんのですけどね」

 照れ臭そうに言っていたのがさっきだ。

 俺の高校時代なんて、多分普通の学生で、あまちゃんほど都会にも住んでいなかった。
 進学した北の大地の治安にすぐ呑まれ、俺は当時、かなり尖っていた自覚がある。

 俺達もまだまだ青春。アイツらも青春。

 コード、多分弾けばわかる…でもあれ弾き語り向きか、わからんな。アレンジで良いとしても、歌詞わかんねぇな。
 まぁ検索すりゃあ出てくるか。

 取れかけたワックスと汗を洗い落とそうとして気付く、こてこてな匂い。麻衣のシャンプーを使ってしまった。

 まぁいいか。ワンプッシュくらいじゃ気付かないだろう。

 それにしても凄い匂いだな…まぁ、生のタバコの匂いが取れていいけれども。こんな匂いが好きなのか、相手は。今更だけど。

 しかし風呂上がりに髪を乾かしていると、ほぼ寝てしまっている一花を抱っこし、眠そうな幸村ゆきむらと手を繋ぎ寝室へ向かう麻衣と、鏡越しに目が合ってしまった。

「私のシャンプー使った?」
「ごめん」

 ふいっと、子供には見せない真顔で「おやすみ」と2階へ上がって行く。
 特に干渉はしない。

 しかし、別に冷めている関係ではないのだ。なんせ、子供はまだ小さい。

「父さん、おやすみ」

 眠そうな声。
 指に塗ろうとした接着剤をその場に置き、振り向いて「おやすみ、ユキ」ときちんと言った。

 幸村はきっと、俺たち夫婦の微妙さに気付いているが、当の麻衣は「子供だから」と多分、気が向いていない。

 年子。

 幸村が例え俺の子ではなくとも、可愛いから問題は無いし、理由も分かっているからいいが、俺は随分と寛容になったものだ、喜ばしいのかなんなのか。

 いや、これは虚勢だ。本当はかなりイラつく。相手がDV元カレなら尚更だ。
 俺は過去なんて断ち切って幸村を受け入れた…いや、普通に可愛いからいいのだけど。

 ドライヤーで片方ずつ、ふやけた指に接着剤を塗り乾かしていく。

 麻衣に良く似た、賢い幸村の未来。幸村が大人になり一緒に酒でも飲んだ日にもしも、あの淡い色の瞳で「仕方なかったよね」だなんて言われてしまったら、と考えると複雑だ。

 だけど男親子なんて、親友みたいなものでいい。俺も親父とはそんな関係だった。

 最近出た、日本産のジンとソーダ水を持って作業部屋に籠る。配信時間まであと僅か。
 あまちゃんの曲はやっぱり、ガットギターにしよう。多分綺麗だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

二色短編集 2019~2020

二色燕𠀋
現代文学
やんごとなき散文集。やっぱり情緒がアレ。 ジャンル?わからん。もう自戒とかある。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

二色燕丈短編集 2020~

二色燕𠀋
現代文学
別名、「ショートショートの成長記」 なんとも形容し難い単文が頭にぱっと浮かび、さくっと短編公開をすることがあり、結果、作品数が病的に増えることがある。なので1つにまとめておくのです。ハイ。 表紙に、年毎の珍事を足して行こうと思う。2017~2020までは別にあります。

Never Rock

二色燕𠀋
青春
この先、いくつになっても、きっと。 本編:Eccentric Late Show 高校生編:Slow Down ※何年ぶりでしょうね。その他も出てきます。

水流の義士

二色燕𠀋
歴史・時代
二色燕丈時代小説短編 函館戦争の話 ※時代小説短編集(旧)からバラしました。内容は以前と変わりません。

降りそそぐ灰色に

二色燕𠀋
現代文学
ずっと、大好きだった貴女へ

処理中です...