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誰かが「オーリン医師!」と気付けば少し円が拓ける。
横たえられたダークブロンドヘアーを見た朔太郎は密かに飴を誤飲してしまった。
そう、とても高貴で紺色のフリフリドレスを着たクロエが失神していた。口元を見ても沫でも吹いたのがわかるほどのリアリティ。
しかし非リアリティーの同居、命からがらという雰囲気でぶっ倒れている割にはドレスが綺麗すぎるのだ。
何人か気付いたらしい医師が、治療にスカートから手を突っ込んだのだろう、「お、男性です……」と、場は妙な空気に包まれていた。
朔太郎の頭では何をしているんだこの野郎は、と、大丈夫なのかこいつはという複雑さが同居した。立ち尽くすのみになる。
確か、2日前に打合せした時点で「後から骨折って行く」と言った案を窘めたはずだ。
間違いならば質が悪い。骨折の方がましだったじゃないかと考えている間に「ちょっと、」と、忘れかけていたオーリン医師が自分すらを掻き分けてクロエの元にしゃがみこむ。
脈を取るオーリンは手を引いて「脈ないね」と冷徹に告げた。
脈ないね。
マジか。
まだまだ朔太郎は立ちっぱなしになってしまっているが、オーリンが側の看護士に指示する前に、自然な動作で注射器を受け取るチームプレイ。
オーリンはポケットから取り出した薬品を注射器で吸引し、クロエの腕にすっと打ち込んだ。
「大丈夫かそれは!」を飲み込む、口の飴はもうない。
それからクロエの口元を白衣でさっと拭ったオーリンは、当たり前すぎて予想すら掠める人工呼吸を……しかし、まわりの医師達は気まずそうに目を反らす。
なんだ、何が変か、そんなのに初な反応をする人間など最早義務教育小等ですらいないだろうに…。
オーリンが離れて寸もせずに「っは、」とクロエが自発呼吸をしたのがわかった。
ぼんやりとした視線もすぐに代わり、なんだか…はっきりと意思はある灰色の目。
クロエの左手の指がピクッと動いたのが見え、少しほっとしたが。
「わかりますか、」
骨を折られた方がましだ。腕やら手が折れたなら腕やら手が動かないのだろうがこれは、全身痺れている、ということだろうか。
「この患者は私が診ましょう」
目を見てクロエの意識度合いを判断したのだろうか。
一般常識を結びつける、シェイクスピア、ロミオとジュリエットはテトロドトキシンと言われている。テトロドトキシンに解毒剤など存在しないはずだが、この医務官は一体どうやったんだ。その他に何があるだろうか。
自力で起きられるかどうかも、例えば“仮死状態の薬”をどうにか作ったところで未知数だろうに。
…というか、このバカ野郎め。
オーリンの一声でクロエは担架に乗せられ、奥に運ばれて行く。
目は合った。そしてなんの合図か、クロエがこっそりとした様子で人差し指で微かに指したのを見て取った。
奥。とだけ理解。
朔太郎は結局立ちっぱなしだったが、誰ともなく「凄いですね、生き返りましたね」と言ってみた。
恐らく東南アジア系の女性医師が「そうなんです」と、朔太郎の呟きを拾う。
「医務官に掛かると、結構大丈夫なんです」
…それはそれは。
「へぇ、普段からああなんですか?」
「はい」
「あれは一体どういうものなんですか?」
「私たちにはわかりません。驚きますよね」
女医からは羨望や誇りや信頼なんかが滲んでいた。
…甚だ気持ち悪い。
普通、医師免許だとかの心配に駆られないか?
いや、確かにこんなスラム化した場所なら、何がなんでもそこで生きていれば良い、という思いなのかもしれないが。
あの薬品がなんなのか気になった。それは、勿論自分の役職や性格故の追求だってある。
安全性だってそこに引っ掛かるのは当然だ。
クロエについては正直、今更薬事法違反が付いたところで紙屑でしかない。
残念ながら目にしてしまった以上、「必要に応じて必要な物のみ」ともいかなくなったようだ。
例えあの医師がここにくる沢山の重病人に必要で、その方が救える命が増える……としても。それが仕事というものだ。
ポケットを漁っても飴などなかった。が、変わりにタバコがある。それもがてらに朔太郎は戻ることにした。
御託を並べたが単純に、気に入らない。
誰かに聞こえても構わないと朔太郎は舌打ちをした。
ここの発注リストは奥の部屋だったな、確か。
横たえられたダークブロンドヘアーを見た朔太郎は密かに飴を誤飲してしまった。
そう、とても高貴で紺色のフリフリドレスを着たクロエが失神していた。口元を見ても沫でも吹いたのがわかるほどのリアリティ。
しかし非リアリティーの同居、命からがらという雰囲気でぶっ倒れている割にはドレスが綺麗すぎるのだ。
何人か気付いたらしい医師が、治療にスカートから手を突っ込んだのだろう、「お、男性です……」と、場は妙な空気に包まれていた。
朔太郎の頭では何をしているんだこの野郎は、と、大丈夫なのかこいつはという複雑さが同居した。立ち尽くすのみになる。
確か、2日前に打合せした時点で「後から骨折って行く」と言った案を窘めたはずだ。
間違いならば質が悪い。骨折の方がましだったじゃないかと考えている間に「ちょっと、」と、忘れかけていたオーリン医師が自分すらを掻き分けてクロエの元にしゃがみこむ。
脈を取るオーリンは手を引いて「脈ないね」と冷徹に告げた。
脈ないね。
マジか。
まだまだ朔太郎は立ちっぱなしになってしまっているが、オーリンが側の看護士に指示する前に、自然な動作で注射器を受け取るチームプレイ。
オーリンはポケットから取り出した薬品を注射器で吸引し、クロエの腕にすっと打ち込んだ。
「大丈夫かそれは!」を飲み込む、口の飴はもうない。
それからクロエの口元を白衣でさっと拭ったオーリンは、当たり前すぎて予想すら掠める人工呼吸を……しかし、まわりの医師達は気まずそうに目を反らす。
なんだ、何が変か、そんなのに初な反応をする人間など最早義務教育小等ですらいないだろうに…。
オーリンが離れて寸もせずに「っは、」とクロエが自発呼吸をしたのがわかった。
ぼんやりとした視線もすぐに代わり、なんだか…はっきりと意思はある灰色の目。
クロエの左手の指がピクッと動いたのが見え、少しほっとしたが。
「わかりますか、」
骨を折られた方がましだ。腕やら手が折れたなら腕やら手が動かないのだろうがこれは、全身痺れている、ということだろうか。
「この患者は私が診ましょう」
目を見てクロエの意識度合いを判断したのだろうか。
一般常識を結びつける、シェイクスピア、ロミオとジュリエットはテトロドトキシンと言われている。テトロドトキシンに解毒剤など存在しないはずだが、この医務官は一体どうやったんだ。その他に何があるだろうか。
自力で起きられるかどうかも、例えば“仮死状態の薬”をどうにか作ったところで未知数だろうに。
…というか、このバカ野郎め。
オーリンの一声でクロエは担架に乗せられ、奥に運ばれて行く。
目は合った。そしてなんの合図か、クロエがこっそりとした様子で人差し指で微かに指したのを見て取った。
奥。とだけ理解。
朔太郎は結局立ちっぱなしだったが、誰ともなく「凄いですね、生き返りましたね」と言ってみた。
恐らく東南アジア系の女性医師が「そうなんです」と、朔太郎の呟きを拾う。
「医務官に掛かると、結構大丈夫なんです」
…それはそれは。
「へぇ、普段からああなんですか?」
「はい」
「あれは一体どういうものなんですか?」
「私たちにはわかりません。驚きますよね」
女医からは羨望や誇りや信頼なんかが滲んでいた。
…甚だ気持ち悪い。
普通、医師免許だとかの心配に駆られないか?
いや、確かにこんなスラム化した場所なら、何がなんでもそこで生きていれば良い、という思いなのかもしれないが。
あの薬品がなんなのか気になった。それは、勿論自分の役職や性格故の追求だってある。
安全性だってそこに引っ掛かるのは当然だ。
クロエについては正直、今更薬事法違反が付いたところで紙屑でしかない。
残念ながら目にしてしまった以上、「必要に応じて必要な物のみ」ともいかなくなったようだ。
例えあの医師がここにくる沢山の重病人に必要で、その方が救える命が増える……としても。それが仕事というものだ。
ポケットを漁っても飴などなかった。が、変わりにタバコがある。それもがてらに朔太郎は戻ることにした。
御託を並べたが単純に、気に入らない。
誰かに聞こえても構わないと朔太郎は舌打ちをした。
ここの発注リストは奥の部屋だったな、確か。
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