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バザロフ氏の家は、恐らくどこの国の誰が見ても想像し得るような西洋風の豪邸だった。如何にも政治家が住む、「西洋館」のような。
却ってレトロ。それだけで代々由緒正しい、といったような威厳を感じさせる。
「行政公安科警察係、特殊犯罪1部隊のアレックス・シンドラーです。お話ししていた、明日の祭事について事前打ち合わせに参りした」
警察用の身分証をアレックスは使用人の女性に見せた。
「10時訪問予定のアレックス・シンドラー様ですね。ご案内致します」
対応した使用人は“メイドさん”や“執事さん”ではなく、どちらかと言えば「SP」などをイメージする、きっちりしたビジネススーツの白人女性だった。
案内された豪邸の中では皆そういった格好で、違いがあるとすればせいぜい、清掃員はなんとなく動きやすそうな格好をしている、くらい。
恐らく一階の奥の「客間」で祭事は行われるだろう。入ってすぐは階段で、二階へ案内されているのだから寝室などのライフスペースは二階なのかもしれない。
二階の左手側の一番奥、一番広そうな部屋に案内された。
「どうも始めまして。今回担当させていただくアメリカ人のアレックス・シンドラーです。
こちらは貴方の護衛を担当する日本人、サクタロウ・シバタです」
朔太郎はアレックスの紹介に預かり、目の前のソファーに座るロシア系の紳士に頭を下げた。
ユーリイは白髪も目立たない、金髪で茶色の瞳。
側には、恐らく息子のミハイルであろう、同じく短い金髪で茶色の目をした背の高い青年がいる。ここには血縁をきちんと感じた。
…勿論、大抵の金髪というのは染色であるという定説を置き。
「…バザロフです。どうぞお掛けになってください」
ユーリイは使用人に茶の用意を頼み、朔太郎とアレックスを促した。
「今日はわざわざご足労を。ざっくりとミハイルから伺いましたがどうにも、軍事係総括、アニシン氏の話だったか」
「はい」
「ミハイルの言い方違いでなければ、彼が明日の昇進会で私を狙っているということだったが」
「いや、あくまでまだ捜査段階なので、実質は防衛科の協力要請も兼ねて、ですが」
「まぁ、そうだろうけど話がまだ見えていない。詳しく聞きたいところだけど」
「この人物に見覚えはありませんか」
アレックスとユーリイの挨拶のような説明を他所に朔太郎はすっと、クロエの写真をテーブルに出す。
出した瞬間ですら眉を潜めたユーリイと、眼球を少し大きくし動揺を見せたミハイルの返答を待たずして「ご存じですね」と朔太郎は畳み掛ける。
「…この写真は19歳の頃のようですが、クロエ・アヴェリンと名乗る人物で、彼は去年の“アニシン第二基地爆発事故”で行方不明になっている男です」
「…行方不明?」
「はい。
死傷者19名の内6名は現場で死亡が確認されていますが、残り13名は行方不明で処理されているのが現状です。
その内7名の身元は確認できているが、その7名は過激派テロ組織「DO」への加入が確認されています」
「…DOって、最近よく聞く」
「はい。
残り6名は現在も行方不明ですが、一応このクロエという人物はその6名に入ります」
「そうか…」
「安心しましたか」
不躾克つ単刀直入に聞いた朔太郎にユーリイは黙り込んで思慮深く見つめるのだが、一変してミハイルが「はい。安心しました」と言った。
「…彼は俺の兄ですから」
「ミハイル、」
「父さん、恐らく事は重大です。
公安科はそのテロ組織に関して捜査しているということでしょうか」
「それは勿論お分かり頂けたと思いますが、第一にバザロフ氏の身の安全を守るのが私の仕事です。捜査はアレックスが所属する特殊犯罪1部隊に任せるとして」
「そのままクロエを行方不明という事で処理しておくには何が必要だ?」
「は?」
「少々お待ち下さい父さん。
しかしクロエの話が出るということはクロエは見つかったということでしょうか」
「いえ。捜索依頼をされた段階です。件の、アニシン氏から」
思わぬところで結果が出たなと、アレックスが朔太郎に目配せをした。
「…依頼された部署は警察係捜索部隊ですけどね。何故私が護衛を要請したかという話ですが、我々特殊犯罪1部隊では、行方不明者が多い点と、その行方不明者の半数がテロへ荷担しているという事実では当然、残りの行方不明者について疑いを掛けるのも仕事の内のひとつです。
バザロフ氏にとってはスキャンダル、この程度で済めば却って安泰なので公安は手を引いても構わないのですが…バザロフ氏の昇進と被った点で、ここはひとつ話を聞いてみなければという限りで」
「…その点に関しては私が補足させて頂きますと、父も私も兄の現状に関してはいま初めて知った、というのをお答えしておきます」
「…その話を信用するなら尚更疑問じゃありませんか?何故このタイミングでアニシン氏がこの話を持ち出したのか」
「…それは私の昇進が、」
「ただの妨害、脅しであるなら良いんですけどね。取り越し苦労であることも願いたいもんですが、アニシン氏管轄の不始末の中にバザロフ氏の因縁が見て取れれば、“公安”としては第一に命の危険を考えるもんです。まぁ、簡単に言えば職業病でしょうか、俺としては犯行声明と捉えました。マスコミにリーク、というよりも手順を踏んでいるようですし。
案外あんたらがあっさり関係性を匂わせてくれたんで話は早い。あんたらがひた隠しにしていれば何が起きても今なら事案を闇に葬りやすい。
重要事項の質問を単刀直入にすれば、殺される覚えはありますか、と、俺からは以上ですが」
却ってレトロ。それだけで代々由緒正しい、といったような威厳を感じさせる。
「行政公安科警察係、特殊犯罪1部隊のアレックス・シンドラーです。お話ししていた、明日の祭事について事前打ち合わせに参りした」
警察用の身分証をアレックスは使用人の女性に見せた。
「10時訪問予定のアレックス・シンドラー様ですね。ご案内致します」
対応した使用人は“メイドさん”や“執事さん”ではなく、どちらかと言えば「SP」などをイメージする、きっちりしたビジネススーツの白人女性だった。
案内された豪邸の中では皆そういった格好で、違いがあるとすればせいぜい、清掃員はなんとなく動きやすそうな格好をしている、くらい。
恐らく一階の奥の「客間」で祭事は行われるだろう。入ってすぐは階段で、二階へ案内されているのだから寝室などのライフスペースは二階なのかもしれない。
二階の左手側の一番奥、一番広そうな部屋に案内された。
「どうも始めまして。今回担当させていただくアメリカ人のアレックス・シンドラーです。
こちらは貴方の護衛を担当する日本人、サクタロウ・シバタです」
朔太郎はアレックスの紹介に預かり、目の前のソファーに座るロシア系の紳士に頭を下げた。
ユーリイは白髪も目立たない、金髪で茶色の瞳。
側には、恐らく息子のミハイルであろう、同じく短い金髪で茶色の目をした背の高い青年がいる。ここには血縁をきちんと感じた。
…勿論、大抵の金髪というのは染色であるという定説を置き。
「…バザロフです。どうぞお掛けになってください」
ユーリイは使用人に茶の用意を頼み、朔太郎とアレックスを促した。
「今日はわざわざご足労を。ざっくりとミハイルから伺いましたがどうにも、軍事係総括、アニシン氏の話だったか」
「はい」
「ミハイルの言い方違いでなければ、彼が明日の昇進会で私を狙っているということだったが」
「いや、あくまでまだ捜査段階なので、実質は防衛科の協力要請も兼ねて、ですが」
「まぁ、そうだろうけど話がまだ見えていない。詳しく聞きたいところだけど」
「この人物に見覚えはありませんか」
アレックスとユーリイの挨拶のような説明を他所に朔太郎はすっと、クロエの写真をテーブルに出す。
出した瞬間ですら眉を潜めたユーリイと、眼球を少し大きくし動揺を見せたミハイルの返答を待たずして「ご存じですね」と朔太郎は畳み掛ける。
「…この写真は19歳の頃のようですが、クロエ・アヴェリンと名乗る人物で、彼は去年の“アニシン第二基地爆発事故”で行方不明になっている男です」
「…行方不明?」
「はい。
死傷者19名の内6名は現場で死亡が確認されていますが、残り13名は行方不明で処理されているのが現状です。
その内7名の身元は確認できているが、その7名は過激派テロ組織「DO」への加入が確認されています」
「…DOって、最近よく聞く」
「はい。
残り6名は現在も行方不明ですが、一応このクロエという人物はその6名に入ります」
「そうか…」
「安心しましたか」
不躾克つ単刀直入に聞いた朔太郎にユーリイは黙り込んで思慮深く見つめるのだが、一変してミハイルが「はい。安心しました」と言った。
「…彼は俺の兄ですから」
「ミハイル、」
「父さん、恐らく事は重大です。
公安科はそのテロ組織に関して捜査しているということでしょうか」
「それは勿論お分かり頂けたと思いますが、第一にバザロフ氏の身の安全を守るのが私の仕事です。捜査はアレックスが所属する特殊犯罪1部隊に任せるとして」
「そのままクロエを行方不明という事で処理しておくには何が必要だ?」
「は?」
「少々お待ち下さい父さん。
しかしクロエの話が出るということはクロエは見つかったということでしょうか」
「いえ。捜索依頼をされた段階です。件の、アニシン氏から」
思わぬところで結果が出たなと、アレックスが朔太郎に目配せをした。
「…依頼された部署は警察係捜索部隊ですけどね。何故私が護衛を要請したかという話ですが、我々特殊犯罪1部隊では、行方不明者が多い点と、その行方不明者の半数がテロへ荷担しているという事実では当然、残りの行方不明者について疑いを掛けるのも仕事の内のひとつです。
バザロフ氏にとってはスキャンダル、この程度で済めば却って安泰なので公安は手を引いても構わないのですが…バザロフ氏の昇進と被った点で、ここはひとつ話を聞いてみなければという限りで」
「…その点に関しては私が補足させて頂きますと、父も私も兄の現状に関してはいま初めて知った、というのをお答えしておきます」
「…その話を信用するなら尚更疑問じゃありませんか?何故このタイミングでアニシン氏がこの話を持ち出したのか」
「…それは私の昇進が、」
「ただの妨害、脅しであるなら良いんですけどね。取り越し苦労であることも願いたいもんですが、アニシン氏管轄の不始末の中にバザロフ氏の因縁が見て取れれば、“公安”としては第一に命の危険を考えるもんです。まぁ、簡単に言えば職業病でしょうか、俺としては犯行声明と捉えました。マスコミにリーク、というよりも手順を踏んでいるようですし。
案外あんたらがあっさり関係性を匂わせてくれたんで話は早い。あんたらがひた隠しにしていれば何が起きても今なら事案を闇に葬りやすい。
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