drop【途中完結】

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
2 / 59
#0

2

しおりを挟む
 写真の少年は19歳、どうやら年譜では6年前に陸軍へ入隊した、のみしか情報がなかった。

「虫も殺せなそう…」
「俺もそう思う」
「言われなければ陸軍とか…なにより少年だとかいう意識すら滑りそうだな」
「な」
「確かに可愛い…」
「テンション上がった?」
「内容によりそう」
「ん。所属の基地を見てくれ」
「…アニシン第2基地」
「そ」

 アレックスが腕を組みわざとらしく溜め息を吐いた。

「一年ほど前に全壊したんだよ第2は」
「…アニシン……。
 記憶が正しければ去年、総括になった奴か」
「そ。そして今回の依頼主様」

 仕方がないと朔太郎は立ち、本棚の「事故」あたりを眺めようとするが、「打ち切りじゃねぇしそもそも公になってない」とアレックスは笑う。

「…全壊っていうのはなんだ?」

 ついでだしと、朔太郎は役員名簿を漁り、ファイルを開いた。

「爆発事故で、上がってきてるのは食堂のガス漏れということになっているようだが」
「…なるほど、防衛大臣候補、ユーリイ・ロマーノヴィッチ・バザロフ53歳レイラ・バーベリ・バザロヴァ47歳とには息子が一人…ミハイル…25歳、ユーリイの秘書か」
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。処理してるから続けろ」
「…流石変態だよ」
「いーから」
「ハイハイ。
 その事故で19名の死傷者が出ている。
 そのうち6名は確かに現場監視官が確認済みだが13名は実質行方不明として処理された」
「その中にこいつが紛れてるわけか。生きてりゃ探せるが死んでりゃ無理だぞ」
「まぁ早るな早るな。
 その13名のうち7名は更に、テロ組織へ加入していることがわかった。クロエはその7名にも溢れていて、責任者のカフカはこいつを探したいわけだ」
「まぁ最大のスキャンダルだからなぁ。
 カフカ・オレーゴヴィッチ・アニシン53歳、妻はアメリカ国籍ニーナ・アニシン35歳、へえ、奥さん若いな、子供はなし…と」
「で、ユーリイの昇進祝いが近々自宅で開かれるそうだ」
「…ん?」

 朔太郎が資料から目を上げるとアレックスは「上手い飯食いたくないか?」とにやっと笑った。

「…ユーリイの大臣就任はほぼ確定になった、と言うことで。まだ椅子は開かないが年内に老いぼれが引退する」
「…カフカとユーリイの繋がりはユーリイが防衛大臣になりカフカがその配下ということしか…壮大な話になるか?」
「さぁね。だからお前に頼んでる」
「…だとしたら、持ってきた以上カフカとユーリイの因果まで知りたいが、不確定だからここに来たんだよな」
「うん、話が早くて助かるね」
「そもそも引っ掛かっているんだがこの…クロエとユーリイは別姓だな。ユーリイは離婚しているのか?ここにはないが」
「離婚はしてないらしいよ。
 ユーリイの本妻の旧姓がアヴェリナなんだよ。ルカ・キーロヴナ・アヴェリナ45歳」
「…なるほどね。クロエは母方の姓を名乗っているわけか」

 つまりこの…クロエの異母兄にあたるミハイルの母は本妻ではない。
 では本妻はどうしたというのだろう。

「…プライベートまで絡んできそうだな」
「そうくると思って明日アポとっといたよ」

 …流石は出世部署にいるだけある。仕事が早い。

「護衛なんていかが?」
「護衛?」
「そ。お父様に何かあったら大変だし、良い口実かと。本当のところは面倒そうだからこの件に関しては防衛科とパイプを繋ぎたい」
「うーん、まぁわかった。取り敢えずそっちで話を持っていこう。明日までにこの電気代の領収書を経理に掛け合ってくれ」
「了解しましたぁ」

 朔太郎がまた物欲しそうにアレックスを見れば、気前よくタバコを一本与えてくれ、「タバコも奢ってやるよ」と言った。

「日本のタバコだったよね」
「うん、セブンスター」
「七つ星、かっこいいねぇ。けど高いからこっちのタバコにしない?」

 アレックスが寄越すタバコがラッキーストライクなのだから「嫌だ」と朔太郎は断る。

「ラッキーストライクは原爆記念だって日本じゃ言われてるから」
「そーなの?あらごめんね」
「濃いし好きじゃない」
「我が儘言うなよ全く」
「ははっ、冗談だよ」

 しかし朔太郎が本日初で笑ったことに、アレックスは好感触を得た。
 この男が乗るということはやはり影が深いのだと確信する。この男、柴田しばた朔太郎さくたろうは、クールな顔立ち通り、良くも悪くもクールな仕事をする男だった。
 隅に追いやられるほどに恐ろしい潜在能力、そこには勘も含まれた物を持っているとアレックスは知っている。

「サクはもー、ここには慣れたかい?」
「まぁ、確かに死にそうだけどこれはこれで優越感がある」
「…そうか」

 少し諦めのある表情を浮かべたアレックスにやはりそういうもんかと思うことも、案外朔太郎には慣れてきている。
 5年という月日はそんなところだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天泣の音【途中完結】

二色燕𠀋
青春
明日のことを、何も知らない。 青春って、なんだろう? ※誘導ではなくどこにも続きはありません。

水面の蜻蛉

二色燕𠀋
現代文学
水の中から、成虫へ 不完全変態現象の蜻蛉 飛び立つ先は、灰色かもしれなくて

心中 Rock'n Beat!!

二色燕𠀋
現代文学
和とロックの不協和音? どうしてこんなに 食い違ってんの、けど噛み合っちゃう二人

うたかたに燃ゆ

二色燕𠀋
歴史・時代
──叔父のことを知りたいのです── ある日、少年が木彫りの人形を持ち質屋に訪れた…。 江戸時代のお話。 短編か中編か微妙な長さです。

水に澄む色

二色燕𠀋
現代文学
メロウに揺蕩う、その退廃が。

蜉蝣

二色燕𠀋
現代文学
売れない小説家と売れない画家の話 過去と未来と、幻想と現実 この声が君に届くとき 過去の君は、何処にいる 未来の自分と、蜉蝣する

ポラリスの箱舟

二色燕𠀋
現代文学
ポラリス、それは 北極星は記憶を廻り 照らし続けて、箱舟の目印に。 ※2023年11月29日、「シリウスに黄昏」と再統合

碧の透水

二色燕𠀋
現代文学
透明な水を誰も知らない。 透明な青を誰も知らない。 無色透明を、誰も知らない。

処理中です...