朝に愁いじ夢見るを

二色燕𠀋

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「臭みもないし凄い……これは、ゆず、ですか?」

 頷けば「どれくらいなんでしょう」と会話が続いていく。
 考えたことはなかったのでふっと阿蘇さんを見ると、「…ゆずは生姜もあるから本当に何切れか皮の上っ面を」とポツリと説明してくれた。

「み空、早く食って膳持ってけ。あれだ、こうの見世に」

 それなら茶を用意するついでにと茶漬けにし、ちゃっちゃと食べた。

 ふっと玄関の声に目を向ける。
 あの作家が玄関で座って待っていた。だが、あてに話は来てないな。

 …そっか、顔を合わせにくくなったのか。

 何故それに対し今、彼を嘲笑する思いなのだろう。それほどには捉えてくれたのだろうと思うのに。

 でもこれは、あぁ、そうだ。阿蘇さんと寝るときの気持ちに似ているなと考えた矢先、ふらっと一が作家に邑楽を紹介しているのが見えた。

 そういえばあの作家の連れも邑楽と遊んでいたな。まぁ、あの子は若いし、きっと一も取り敢えず売り出しているんだろうと、あては仕事に戻る。

 本当はわかっている。
 一はまず、あての客を少しずつ別の太夫に流しているのだ。

 あてなんて、ぼってるんだし大体一回切りの関係までなんだけどな。
 まぁ確かに、珍しく今回新規だったあの二人は、計3回通ってくれていたけど。多分遊郭狂いなんだろう、あの二人。

 一がそんなことをしなくても、行き場もないしあてはここを出て行こうと思っていないのに。
 ただ、それはそれで一には「お前のせいで」とあてから言われている気分になってしまうのかな…と、少しだけ今日はそう思った。

 全部違うのにな。あてはあてで選んで生きているのに、そんなに惨めに見えるのかな。

 一が「離れろ」と言えばわからない、出て行くかもしれないしなんて…あては一に投げっぱなしだ。
 あの子は、多分そう言わないしあてが出て行くのを、もしかすると待っているかもしれないのに。

 それも惨めにされてしまうのだろうか。

 確かに、一の母親はあての母を殺したようなものではある。
 ただそれだけなのに、あてが勝手にあの時の一の手や、記憶を忘れられないだけなんだ。

 一はあてを惨めにはしない。だから、解放してたげた方がいいのだろうか、なんて思いながら月日は流れている。

 こんな気持ちはきっと、あてに声が出せたとしても言わないことだろうと思う。
 本当は一だってそれほど考えてないかもしれないしと、結局互いに惰性でしかないのだ。

 情というものほど厄介なものはない。誰も何も良くも悪くもならない関係。
 ただ、一新しなくても別に良いと、悪いことなんかではないんだと、今日思ったことはそれだな。

 そう考えたまま、いつも申し訳ないのだが皆より早めに仕事を切りげ湯船に浸かり、見世に戻った。

 布団に入ると、どっと身体が重くなる。やっぱり今日はいつもより疲れたなと額に触れてみると、少し汗ばんでいた。

 葛湯でも貰ってこようかと一度一階に戻り…片付け等を始めた調理場に申し訳なかったが、「あれ、顔色そんなに悪かったっけ?」と誰かが言ったので阿蘇さんに、額に手を当てる動作をすれば「葛湯か」と、ぱぱっと器に作ってくれた。

 含みなく、阿蘇さんは「いろはが来て力でも抜けたんだろ」と言った。
 感謝に頭を下げようとすればキーンとした痛みに、蟀谷をぐりぐりやってへらへらすれば「いーから、寝とけ」と言われてしまった。

「終わったら行こうか?一人じゃ…うーん奈木に言っと」

 ぱっと手を翳し断ると、阿蘇さんは口吃り「まぁ、なんかたまに行くから、夜食とか、安心して寝ろ」とまた作業に戻ていった。

 言われた通り葛湯を飲んでまた布団に入り、うとうととした。

 いつの間にか、意識下に子供の頃の夢を見た。

 母は花魁だったし、あての存在は客には知られてはならなかった。仕事に出ていて、あての側にいなかったことも多々ある。

 いつも顔を覗かせてくれる太夫があての異変に気付いてくれて、「姉さん、」と呼んだが、仕事の際の母は別人だった。

「寝かしときな」

 と言って母は去ったが、代わる代わる誰かが様子を見てくれていた。
 夜中に帰ってきた母は「大事ないか、み空」と葛湯を飲ませてくれたりした。

 今思うと寂しかったような気もするし、そんなことより辛かったのかもしれない。大人になれば、熱なんて少ししんどい、くらいだけれども。

 本当に肩の力が抜けたのかもなと、夢の中でまで思っているほどの意識なのに「み空兄さん?」という少年の高めの声と白粉の匂いにはっと目が覚めた。

 邑楽があての腹に乗ってきて、ふっと笑い「こんばんはぁ、」と、顔を側まで近付けてくる。

 …なんだ、一体。

 様子を伺っていると、邑楽はかんざしを抜き髪を下ろしながら「今日、兄さんのお客さんと寝てなぁ」とあての上で単をスルッと脱ぐ。

 …見世に入ってこられたことすら全く気付かなかった。

 一体なんのつもりかと邑楽の様子を更に伺っていれば、邑楽はそのまま前のめりにあての喉を舐め、「あの、作家の先生なんだけどさ」と、情事に及ぼうとしているのはわかる。
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