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橙色海岸にて名付ける
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ライブ開演前のゲネプロ。
久々に今日はワンマンだ。しかしどうにも、山口と高畑の表情は、いつもよりhappyじゃない。
終わりの始まり。そう、そんなライブなんだ。
北海道、下北沢、渋谷、名古屋、福島、大阪、福岡、最後にもう一度北海道。これを3ヶ月くらい掛けて、メンバーが終わる。
出発点の北海道ではデビューの頃から休業前くらいの曲をやった。
今日はちょっとしたダンスナンバーを中心にやろうかなと、一応ここ3日くらい、珍しくあまり飲まずに練ってセトリを考えているが、まだ二人に見せていない。
まだお客さんもいない、小さめなライブハウスのステージでチューニングをする。
中畑が、「ここの照明もう少し赤くてもいいね」とか言うのが聞こえる。
「んー…」
なんか今日、チューニング合わないなぁ。
「どしたの、のん」
「チューニング合わねぇんだよね」
DがズレてAがズレる。嫌だなぁ、気持ち悪い。
ちゃんちゃんちゃん、ちゃんちゃんちゃん、と、ペグをくるくるしながら弾いてみる。
ちゃんちゃ、あ、DはOK。
「珍しいねのん」
「あれ、」
Dが合ったら他もズレた気がする。あれ、Bは?
「なんか合わないなぁ」
ちゃんちゃんちゃん、
「どれ、貸してみ?」
にこにこしながら何かを企んでいそうに高畑が言ったけど、まぁいいやと渡せば、「へっへ、」と笑い、オープンGから2弦を下げて渡された。
「あっ、」
「やろうやろう」
「違うやつやろうと思ってたよ」
「まぁいいじゃん、ちょっと暴れてよ」
「うーん、わかった」
チューニングを戻した。
出来た。
「あっ、のん」
「出来た。やろっか」
高畑は「へっへ、」と、また楽しそうに笑った。
ダンスナンバーでやっぱり今日はやろうかなぁ。なんとなくそう思った。
今日はhappyにやりたい。
「Let's go start
今行こう
Let's go down
僕らの世界へ
Let's go start
空高く
Let's go down
知らない世界へ」
この曲を作ったとき。
ぶっちゃけこんなに明るい気持ちじゃなかったなぁ。あのとき突然に上京することが決まったからなぁ。
「I want dancing baby!」
だから楽しくなるように作ったんだ。ちょっとの反抗心と不安とたくさんがあって。
やっぱ、ヘタクソだなぁ、俺。
軽く流して何曲かやって、まぁ機材はOK。
三人で楽屋に戻って漸く、考えたセトリを見せ、それからバーカウンターで酒を買ってきて会議。
俺がセトリを書いてきた紙は早くも高畑と山口が赤線引いたり曲名を書き直したりしていた。
「あーあ。せっかく酔わずに書いてきたのに。3日も」
「のんの気分はhappyじゃなかったの?」
うん、そうだよ全然本当はhappyじゃなかったの。だからhappyでいようよって。
「でもさぁ、のん。happy曲繋げるなら、飽きちゃうからほらこれこれ、ぽつんとdarkも入れようよ」
「あうん、いいよ」
山口が書いた字。タイトル。
俺の不安定を読んでくれたような、そんな曲。
「でも全部やりたいからこれとこれとこれは次やろうよ、のん」
「うん、いいよ」
「毎回happyだな」
「てかのん、happy音楽多いね」
「うん」
「でもさぁ、」
高畑が凄く笑顔で言う。
「山ちゃん、これ俺らも作ったんだよね」
「…まぁね」
「凄くハッピーだね」
あぁ、なんかこう。
でも言わないでおこ。そう思ったんだけど。
「終わるの嫌だなぁ、やっぱ」
山口がそう言えば高畑が「まぁね」と、笑顔だけどなんかセンチメンタルで。
嫌だなぁ、俺、もっとさ。
「何言ってんだよ二人とも。
グラシアは終わらないよ。俺がやるのさ」
「のん、」
「なんか、ごめんな」
「センスないよ山ちゃん!
ちゃんと地元でも見てよね俺を。俺ひとりぼっちでも、happy出来るから」
「なんかそれさ…」
俺を見て耐えかねたように高畑が笑だし、それにつられて「ちょっと高畑ぁ、」と山口も笑い始めた。
なんか変なこと言ったかな。
「変な日本語、相変わらず!」
「ま、のんだから」
そうそう。
俺のんだから。
「そうかなぁ、変?」
「いや、のんらしいや。元気出るわ」
けれどどうして。
笑ったまま何も言わない二人から伝わる。
わかってる。俺だって。
「カシスウーロン買ってくるわ…」
空になったプラスチックを持って高畑が楽屋を抜ける。
「のん、」
山口に呼ばれればやっぱりそうで。
「大好きだよのんの歌」
わかってる。
凄く、寂しい。
「…そ、りゃぁそうなの!俺も俺の歌、大好きだから」
噛んじゃった。
けど山口はまだ笑ったままで、「サイコーのライブにしようぜ」と言った。
「もう死んじゃったってくらい、燃え尽きよう」
やめろよ、山口。
「まだまだだよ~、まだ、2日目で東京だよ」
「でも出し切るんだ、大好きだよって、胸張るんだ」
なんでこんなに。
「山ちゃん、スクリュードライバー買ってきたぞ」
高畑の声が真後ろで俺を飛び越えて山口に言う。
山口はやっぱり笑ったままだった。
久々に今日はワンマンだ。しかしどうにも、山口と高畑の表情は、いつもよりhappyじゃない。
終わりの始まり。そう、そんなライブなんだ。
北海道、下北沢、渋谷、名古屋、福島、大阪、福岡、最後にもう一度北海道。これを3ヶ月くらい掛けて、メンバーが終わる。
出発点の北海道ではデビューの頃から休業前くらいの曲をやった。
今日はちょっとしたダンスナンバーを中心にやろうかなと、一応ここ3日くらい、珍しくあまり飲まずに練ってセトリを考えているが、まだ二人に見せていない。
まだお客さんもいない、小さめなライブハウスのステージでチューニングをする。
中畑が、「ここの照明もう少し赤くてもいいね」とか言うのが聞こえる。
「んー…」
なんか今日、チューニング合わないなぁ。
「どしたの、のん」
「チューニング合わねぇんだよね」
DがズレてAがズレる。嫌だなぁ、気持ち悪い。
ちゃんちゃんちゃん、ちゃんちゃんちゃん、と、ペグをくるくるしながら弾いてみる。
ちゃんちゃ、あ、DはOK。
「珍しいねのん」
「あれ、」
Dが合ったら他もズレた気がする。あれ、Bは?
「なんか合わないなぁ」
ちゃんちゃんちゃん、
「どれ、貸してみ?」
にこにこしながら何かを企んでいそうに高畑が言ったけど、まぁいいやと渡せば、「へっへ、」と笑い、オープンGから2弦を下げて渡された。
「あっ、」
「やろうやろう」
「違うやつやろうと思ってたよ」
「まぁいいじゃん、ちょっと暴れてよ」
「うーん、わかった」
チューニングを戻した。
出来た。
「あっ、のん」
「出来た。やろっか」
高畑は「へっへ、」と、また楽しそうに笑った。
ダンスナンバーでやっぱり今日はやろうかなぁ。なんとなくそう思った。
今日はhappyにやりたい。
「Let's go start
今行こう
Let's go down
僕らの世界へ
Let's go start
空高く
Let's go down
知らない世界へ」
この曲を作ったとき。
ぶっちゃけこんなに明るい気持ちじゃなかったなぁ。あのとき突然に上京することが決まったからなぁ。
「I want dancing baby!」
だから楽しくなるように作ったんだ。ちょっとの反抗心と不安とたくさんがあって。
やっぱ、ヘタクソだなぁ、俺。
軽く流して何曲かやって、まぁ機材はOK。
三人で楽屋に戻って漸く、考えたセトリを見せ、それからバーカウンターで酒を買ってきて会議。
俺がセトリを書いてきた紙は早くも高畑と山口が赤線引いたり曲名を書き直したりしていた。
「あーあ。せっかく酔わずに書いてきたのに。3日も」
「のんの気分はhappyじゃなかったの?」
うん、そうだよ全然本当はhappyじゃなかったの。だからhappyでいようよって。
「でもさぁ、のん。happy曲繋げるなら、飽きちゃうからほらこれこれ、ぽつんとdarkも入れようよ」
「あうん、いいよ」
山口が書いた字。タイトル。
俺の不安定を読んでくれたような、そんな曲。
「でも全部やりたいからこれとこれとこれは次やろうよ、のん」
「うん、いいよ」
「毎回happyだな」
「てかのん、happy音楽多いね」
「うん」
「でもさぁ、」
高畑が凄く笑顔で言う。
「山ちゃん、これ俺らも作ったんだよね」
「…まぁね」
「凄くハッピーだね」
あぁ、なんかこう。
でも言わないでおこ。そう思ったんだけど。
「終わるの嫌だなぁ、やっぱ」
山口がそう言えば高畑が「まぁね」と、笑顔だけどなんかセンチメンタルで。
嫌だなぁ、俺、もっとさ。
「何言ってんだよ二人とも。
グラシアは終わらないよ。俺がやるのさ」
「のん、」
「なんか、ごめんな」
「センスないよ山ちゃん!
ちゃんと地元でも見てよね俺を。俺ひとりぼっちでも、happy出来るから」
「なんかそれさ…」
俺を見て耐えかねたように高畑が笑だし、それにつられて「ちょっと高畑ぁ、」と山口も笑い始めた。
なんか変なこと言ったかな。
「変な日本語、相変わらず!」
「ま、のんだから」
そうそう。
俺のんだから。
「そうかなぁ、変?」
「いや、のんらしいや。元気出るわ」
けれどどうして。
笑ったまま何も言わない二人から伝わる。
わかってる。俺だって。
「カシスウーロン買ってくるわ…」
空になったプラスチックを持って高畑が楽屋を抜ける。
「のん、」
山口に呼ばれればやっぱりそうで。
「大好きだよのんの歌」
わかってる。
凄く、寂しい。
「…そ、りゃぁそうなの!俺も俺の歌、大好きだから」
噛んじゃった。
けど山口はまだ笑ったままで、「サイコーのライブにしようぜ」と言った。
「もう死んじゃったってくらい、燃え尽きよう」
やめろよ、山口。
「まだまだだよ~、まだ、2日目で東京だよ」
「でも出し切るんだ、大好きだよって、胸張るんだ」
なんでこんなに。
「山ちゃん、スクリュードライバー買ってきたぞ」
高畑の声が真後ろで俺を飛び越えて山口に言う。
山口はやっぱり笑ったままだった。
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