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水流の義士
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あの御方は会津で落ち合った、負け戦の最中、お部屋に私を呼びましてこちらの文を私に授けて下さいました。
其一
孤軍援絶作囚俘 顧念君恩涙更流一片丹衷能殉節 雎陽千古是吾儔
其二
靡他今日復何言 取義捨生吾所尊快受電光三尺劔 只將一死報君恩
漢文の、局長の時世の句なんだと、あの御方は言いました。確かに局長は漢文がお好きでした。しかし、彼は少し哀しそうに、
「俺ぁ根っから学がねぇんだ。正直、なんと遺したか、情けなくも解らなくてな」
なんて、そんな気障な言いつけを私になさったのです。
「其の一
孤軍 援け絶えて俘囚となる 顧みて君恩を思へば涙 更に流る
一片の丹衷 能く節に殉ず 雎陽は千古是れ吾が儔
其の二
他に靡き今日復た何をか言はん 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所
快く受けん電光三尺の剣 只に一死をもって君恩に報いん」
最早己も情けなく、内容を彼にお話出来たか、詰まる詰まる噛み締めるように、局長の意を読み解きました。
しかしあの御方はやはり、後半辺りではうんうんと頷き、読んで感極まった私に酒を振る舞い、言ったのでした。
「君が持っておけ立川。俺には少々、邪魔になる」
なんて、こんな時分までも彼は私達下々に、弱気は見せず、しかしどこか口下手であると私は痛く思い入れました。
私は恐らく死ぬなと、あの人の勝手な、しかし筋ある言い分を、その場で呑み込めず時間も掛かりました。それこそ、放免までの間、ずっと私は考え続けました。
本日、佐藤様、貴方様にこの、私の盟友である安富の書いた手紙を見せられるまで、私はこのまま生き残ることは良いのだろうか、道徳に反してはいないかと、ずっと、どこかで胸が痞ておりました。
この、我が盟友であり彼の直属の部下であった安富才介が記した手紙にあります通り、どうやら我々はこの戦の時はお供をしておりませんでしたが、彼、土方歳三氏の案にて、宇都宮城は半日で全壊したと聞き及びました。
負傷し床に就いていたようですが、彼は文官に枕を投げつけたそうですね。
その場に居た者に聞き及んだ際、やはり彼はそうか、捨てては居なかったんだなぁ、と、不謹慎ながら微笑ましいような、なんと申し上げるか、人柄を見たなぁと私も安富も感じました。彼は最期まで、貫きはあったのだと感じます。
光景が目に浮かぶようで。
あぁ奥さま、お茶など、結構ですよ。私めにお構い無く。
あぁ、そうですか。では…頂きます。
どこまでお話をしましたでしょうか。まだ、宇都宮ですか。
私共はと申しますと、再三申し上げる通り、宇都宮の頃には彼とは別行動をしておりました。先に会津で待つと。
そうです、近藤局長が降伏した辺り。私はそれで、会津の寺に局長の戒名を奉じたのです。
恐らく局長が降伏を決意したのは、永倉様と原田様の離脱で心身が、お疲れだったのもあるように私は感じました。
彼らは、この地、局長の道場時代からお二人の盟友であっと局長本人から聞きました。
彼らは局長が諭すも、最早無意味。恐らくは伏見だとか、もっと前かもしれませんが、それはもう、決意していたのでしょう。そんな気がしていました。態度が頑なでしたから。
…そうですね。
私はその当時、どうしてなんだと永倉様、原田様に思うほど、血気はありました。近藤局長が無理にでも引き止めようとする、それほどの信頼だったに違いありません。
しかし、いま己がこうした身の上になってみると、去ったお二人の心中も解る気がするのです。
どこか、会津まではまだ、幕府を信じていたい気持ちが我々を動かしていたのも事実だと思います。
しかし我々は会津の激戦で援軍を…庄内藩に求めましたが、入城どころか足払いのような待遇を受けました。そして仕方なしに仙台に向かったのです。
斎藤様が会津への忠誠を訴えたことが恐らく、あの御方の決意を厚くしたのだろうと考えます。
それからの新撰組…と言いましょう、新撰組の復帰を考えたら、多分、そうだったのだろうと。あの御方は新撰組を離れていましたから。
ついに新撰組の分裂を決めたのもあの御方でした。大鳥圭介氏率いる隊士との離別となります。
城下に残る数名の隊士と、局長を葬った場所から我々は仙台へ行き、仙台にて榎本武揚氏と合流し奥羽越列藩同盟に参加。
我々の「朝敵」取り消しを要求するも、拒否の意を頂き、北部政権を目的とする物に奥羽越列藩同盟は変転してしまいますが、敢えなく解散となり、我々は蝦夷の地へ向かうことになったのです。
其一
孤軍援絶作囚俘 顧念君恩涙更流一片丹衷能殉節 雎陽千古是吾儔
其二
靡他今日復何言 取義捨生吾所尊快受電光三尺劔 只將一死報君恩
漢文の、局長の時世の句なんだと、あの御方は言いました。確かに局長は漢文がお好きでした。しかし、彼は少し哀しそうに、
「俺ぁ根っから学がねぇんだ。正直、なんと遺したか、情けなくも解らなくてな」
なんて、そんな気障な言いつけを私になさったのです。
「其の一
孤軍 援け絶えて俘囚となる 顧みて君恩を思へば涙 更に流る
一片の丹衷 能く節に殉ず 雎陽は千古是れ吾が儔
其の二
他に靡き今日復た何をか言はん 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所
快く受けん電光三尺の剣 只に一死をもって君恩に報いん」
最早己も情けなく、内容を彼にお話出来たか、詰まる詰まる噛み締めるように、局長の意を読み解きました。
しかしあの御方はやはり、後半辺りではうんうんと頷き、読んで感極まった私に酒を振る舞い、言ったのでした。
「君が持っておけ立川。俺には少々、邪魔になる」
なんて、こんな時分までも彼は私達下々に、弱気は見せず、しかしどこか口下手であると私は痛く思い入れました。
私は恐らく死ぬなと、あの人の勝手な、しかし筋ある言い分を、その場で呑み込めず時間も掛かりました。それこそ、放免までの間、ずっと私は考え続けました。
本日、佐藤様、貴方様にこの、私の盟友である安富の書いた手紙を見せられるまで、私はこのまま生き残ることは良いのだろうか、道徳に反してはいないかと、ずっと、どこかで胸が痞ておりました。
この、我が盟友であり彼の直属の部下であった安富才介が記した手紙にあります通り、どうやら我々はこの戦の時はお供をしておりませんでしたが、彼、土方歳三氏の案にて、宇都宮城は半日で全壊したと聞き及びました。
負傷し床に就いていたようですが、彼は文官に枕を投げつけたそうですね。
その場に居た者に聞き及んだ際、やはり彼はそうか、捨てては居なかったんだなぁ、と、不謹慎ながら微笑ましいような、なんと申し上げるか、人柄を見たなぁと私も安富も感じました。彼は最期まで、貫きはあったのだと感じます。
光景が目に浮かぶようで。
あぁ奥さま、お茶など、結構ですよ。私めにお構い無く。
あぁ、そうですか。では…頂きます。
どこまでお話をしましたでしょうか。まだ、宇都宮ですか。
私共はと申しますと、再三申し上げる通り、宇都宮の頃には彼とは別行動をしておりました。先に会津で待つと。
そうです、近藤局長が降伏した辺り。私はそれで、会津の寺に局長の戒名を奉じたのです。
恐らく局長が降伏を決意したのは、永倉様と原田様の離脱で心身が、お疲れだったのもあるように私は感じました。
彼らは、この地、局長の道場時代からお二人の盟友であっと局長本人から聞きました。
彼らは局長が諭すも、最早無意味。恐らくは伏見だとか、もっと前かもしれませんが、それはもう、決意していたのでしょう。そんな気がしていました。態度が頑なでしたから。
…そうですね。
私はその当時、どうしてなんだと永倉様、原田様に思うほど、血気はありました。近藤局長が無理にでも引き止めようとする、それほどの信頼だったに違いありません。
しかし、いま己がこうした身の上になってみると、去ったお二人の心中も解る気がするのです。
どこか、会津まではまだ、幕府を信じていたい気持ちが我々を動かしていたのも事実だと思います。
しかし我々は会津の激戦で援軍を…庄内藩に求めましたが、入城どころか足払いのような待遇を受けました。そして仕方なしに仙台に向かったのです。
斎藤様が会津への忠誠を訴えたことが恐らく、あの御方の決意を厚くしたのだろうと考えます。
それからの新撰組…と言いましょう、新撰組の復帰を考えたら、多分、そうだったのだろうと。あの御方は新撰組を離れていましたから。
ついに新撰組の分裂を決めたのもあの御方でした。大鳥圭介氏率いる隊士との離別となります。
城下に残る数名の隊士と、局長を葬った場所から我々は仙台へ行き、仙台にて榎本武揚氏と合流し奥羽越列藩同盟に参加。
我々の「朝敵」取り消しを要求するも、拒否の意を頂き、北部政権を目的とする物に奥羽越列藩同盟は変転してしまいますが、敢えなく解散となり、我々は蝦夷の地へ向かうことになったのです。
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