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Hydrangea
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そんな風に収集がつこうとしていたときだった。
病室の扉が勢いよく開いた。
「光也!生きとるか!」
久しぶりに見た遥子お姉ちゃん、相変わらずだった。
「よう!心配かけたわ」
と言って手をあげて微笑むみっちゃん。
「うわっ、生きとるやないか!幽霊かいな!」
駆け寄る遥子お姉ちゃんはやはり8年分の歳と、あとは疲れが見て取れた。
「触れるなぁ」
「当たり前やないか、ちょ、痛いわアホ!」
「いやぁ、皆さんホンマ申し訳ない、おおきになぁ!」
「遥子ちゃんこそお疲れさま。こんなバカのせいで遠い所からわざわざどうも」
「いえいえーってそれウチのセリフやない?」
「あぁ、幽霊と言えばほら、小夜だよ」
幽霊なんて失礼な。
遥子お姉ちゃんは私を見ると一瞬固まって、「へ?」と言ったのち、
「大きゅうなったな!美人さんやないかー!久しぶりー!え?どないしたん?」
「まぁ後でね。こっちに引っ越してきたんだ」
「なんや、いつでも会えるな!」
こうして遥子お姉ちゃんとの再会を果たした。
「遥子、」
そんな時、後ろから声がしてふと振り返る。
「あっ…」
友禅染のような着物をびしっと決めた品のあるご婦人が、貫禄ある感じですっと立っていた。どことなく、遥子お姉ちゃんに似ているような気がする。
みっちゃんが息を飲んでその人を見つめる。
「朱鷺子さん…」
「え?」
「誰?」
「あぁ、光也ごめん、言うてなかったわ…。あまりに嬉しかったから…。お母さん、来てくれたんよ」
「お、お母さん!?」
それを聞いて驚愕の後に柏原さんが頭を下げるも、お母さんは全然柏原さんを見ない。
「姉ちゃん…なんで先に言わないんや…」
「光也」
「この度はお忙しい中、私事で大変ご迷惑をお掛け致しました」
みっちゃんは、まるで母親相手とは思えないほどの他人行儀感でお母さんに頭を下げる。
「東の言葉やね。嫌味かいな」
それには何も言い返さない。
「父親の葬式にもこんと何しとるんかと思えばなんやこの様は」
「は?」
「え、お母さん?」
「…申し訳ありません」
急に空気が張りつめる。
「お母さん、何言うてんの」
「姉ちゃん、俺が悪いんや」
そう言って笑うみっちゃんが何だか悲しそうで。
「どこで躾を間違えたんやろな。多分躾やないね」
「待てやこらくそばばあ!」
「でもさ!」
マリちゃんがキレたのを制するようにみっちゃんが叫んだ。
「でも朱鷺子さん、これでもう、もう…切れるやろ。あんたが間違うたんじゃない、俺が間違うただけや。俺が、俺がそもそも…」
言葉に詰まってまた意を決したように言ったら咳き込んで辛そうだった。
「あー、やめいややめいや。どっかの誰かさんの死に際にそっくりやな」
「…はい、すみませんね」
「そーゆーとこもホンマ」
「でもさ、これでホンマに切れるから。朱鷺子さん。もう、ええよ」
話が二人の間で急速に進んで話が見えない。
「なに?それ」
「…姉ちゃん…。
俺さ、言わなかったことある。
俺ね、その人の子じゃないんだよ」
驚愕の事実に一瞬みんなついていけなくて間が生まれる。その間が重すぎて理解するのに、返って頭が回転した。
「は?」
「俺は父さんの…愛人の子なんだよ、姉ちゃん」
「な、は?え?ど…ゆ?」
遥子お姉ちゃんの驚いた顔に、みっちゃんの、穏やかだけど泣きそうな笑顔。そっぽ向いたお母さんの顔。それぞれの感情が、交差して行き着く先はただの深い闇のように感じた。
「俺の母さんはどこの誰かもわからない。確かになったのはいま朱鷺子さんが言ったセリフ。多分こんな感じで死んだんだよ。ごめんね黙ってて。ずっと黙ってた」
「なんで、なんっ」
「外聞悪いからに決まっとるやろ」
「うん…。せやから、朱鷺子さん、もう大丈夫。これでやっと他人になれたんやね。もうええんよ。もう…父さんというしがらみもない…繋がる必要がないんやで」
「そうやね。ほなさいなら」
そう言うとお母さんは背中を向けてあっさりと立ち去ろうとした。
「ひとつだけ。
それでもここまで親子としてやって来てくれたんはホンマに感謝しとります。それは感謝しきれない。おおきに…母さん」
少しだけ振り向いて、だけどそのまま立ち去った。
「なんでや光也。なん…どないしたらええんや私は!」
「なんもせんでええねん。ただ、間違いが修正されただけの話や」
「間違いじゃない!あんた別に間違っとらんやんけ!」
「そもそも産まれてこないほうがよかったんや!」
「なんでや!お母さん…あんたなぁ、お母さんなんでここに来たかわかっとらんのかお前は!」
居ても立ってもいられないと言った感じでマリちゃんがお母さんを追いかける。そんな暴走気味のマリちゃんを止めようと私も病室を出る。
マリちゃんはまるで肩を鷲掴むようにお母さんの肩を掴んで引き留めていた。
「息子の話一言くらい聞いてけやババア!あんたの気持ちも一言くらい言ってやれよ!」
「マリちゃん!」
だけどお母さんは、マリちゃんの手を、虫けらでも払うかのように払い除けた。
「無作法やね」
そのたった一言でお母さんはまたすたすたと歩き出した。後ろから遥子お姉ちゃんが走ってお母さんを追いかけ、柏原さんが私の肩に手を置いた。
「お母さん!」
「ここにおると気分が悪いわ。帰るわ」
吐き捨てるように言った言葉が本当になんだか唾のように吐かれたような気がした。
だけども不思議とその背中にはとてつもない哀愁が漂っていて見ているのが辛くなった。
本当は、絶対にお互いもっと違うでしょ?そう言いたいけど、これを言っても多分伝わらないことはもう察するしかなかった。
泣きながら後を追う遥子お姉ちゃんの声が遠くなる。マリちゃんの握られた拳がずっと震えていて、それを見る柏原さんにも後悔しか浮かんでなかった。
病室の扉が勢いよく開いた。
「光也!生きとるか!」
久しぶりに見た遥子お姉ちゃん、相変わらずだった。
「よう!心配かけたわ」
と言って手をあげて微笑むみっちゃん。
「うわっ、生きとるやないか!幽霊かいな!」
駆け寄る遥子お姉ちゃんはやはり8年分の歳と、あとは疲れが見て取れた。
「触れるなぁ」
「当たり前やないか、ちょ、痛いわアホ!」
「いやぁ、皆さんホンマ申し訳ない、おおきになぁ!」
「遥子ちゃんこそお疲れさま。こんなバカのせいで遠い所からわざわざどうも」
「いえいえーってそれウチのセリフやない?」
「あぁ、幽霊と言えばほら、小夜だよ」
幽霊なんて失礼な。
遥子お姉ちゃんは私を見ると一瞬固まって、「へ?」と言ったのち、
「大きゅうなったな!美人さんやないかー!久しぶりー!え?どないしたん?」
「まぁ後でね。こっちに引っ越してきたんだ」
「なんや、いつでも会えるな!」
こうして遥子お姉ちゃんとの再会を果たした。
「遥子、」
そんな時、後ろから声がしてふと振り返る。
「あっ…」
友禅染のような着物をびしっと決めた品のあるご婦人が、貫禄ある感じですっと立っていた。どことなく、遥子お姉ちゃんに似ているような気がする。
みっちゃんが息を飲んでその人を見つめる。
「朱鷺子さん…」
「え?」
「誰?」
「あぁ、光也ごめん、言うてなかったわ…。あまりに嬉しかったから…。お母さん、来てくれたんよ」
「お、お母さん!?」
それを聞いて驚愕の後に柏原さんが頭を下げるも、お母さんは全然柏原さんを見ない。
「姉ちゃん…なんで先に言わないんや…」
「光也」
「この度はお忙しい中、私事で大変ご迷惑をお掛け致しました」
みっちゃんは、まるで母親相手とは思えないほどの他人行儀感でお母さんに頭を下げる。
「東の言葉やね。嫌味かいな」
それには何も言い返さない。
「父親の葬式にもこんと何しとるんかと思えばなんやこの様は」
「は?」
「え、お母さん?」
「…申し訳ありません」
急に空気が張りつめる。
「お母さん、何言うてんの」
「姉ちゃん、俺が悪いんや」
そう言って笑うみっちゃんが何だか悲しそうで。
「どこで躾を間違えたんやろな。多分躾やないね」
「待てやこらくそばばあ!」
「でもさ!」
マリちゃんがキレたのを制するようにみっちゃんが叫んだ。
「でも朱鷺子さん、これでもう、もう…切れるやろ。あんたが間違うたんじゃない、俺が間違うただけや。俺が、俺がそもそも…」
言葉に詰まってまた意を決したように言ったら咳き込んで辛そうだった。
「あー、やめいややめいや。どっかの誰かさんの死に際にそっくりやな」
「…はい、すみませんね」
「そーゆーとこもホンマ」
「でもさ、これでホンマに切れるから。朱鷺子さん。もう、ええよ」
話が二人の間で急速に進んで話が見えない。
「なに?それ」
「…姉ちゃん…。
俺さ、言わなかったことある。
俺ね、その人の子じゃないんだよ」
驚愕の事実に一瞬みんなついていけなくて間が生まれる。その間が重すぎて理解するのに、返って頭が回転した。
「は?」
「俺は父さんの…愛人の子なんだよ、姉ちゃん」
「な、は?え?ど…ゆ?」
遥子お姉ちゃんの驚いた顔に、みっちゃんの、穏やかだけど泣きそうな笑顔。そっぽ向いたお母さんの顔。それぞれの感情が、交差して行き着く先はただの深い闇のように感じた。
「俺の母さんはどこの誰かもわからない。確かになったのはいま朱鷺子さんが言ったセリフ。多分こんな感じで死んだんだよ。ごめんね黙ってて。ずっと黙ってた」
「なんで、なんっ」
「外聞悪いからに決まっとるやろ」
「うん…。せやから、朱鷺子さん、もう大丈夫。これでやっと他人になれたんやね。もうええんよ。もう…父さんというしがらみもない…繋がる必要がないんやで」
「そうやね。ほなさいなら」
そう言うとお母さんは背中を向けてあっさりと立ち去ろうとした。
「ひとつだけ。
それでもここまで親子としてやって来てくれたんはホンマに感謝しとります。それは感謝しきれない。おおきに…母さん」
少しだけ振り向いて、だけどそのまま立ち去った。
「なんでや光也。なん…どないしたらええんや私は!」
「なんもせんでええねん。ただ、間違いが修正されただけの話や」
「間違いじゃない!あんた別に間違っとらんやんけ!」
「そもそも産まれてこないほうがよかったんや!」
「なんでや!お母さん…あんたなぁ、お母さんなんでここに来たかわかっとらんのかお前は!」
居ても立ってもいられないと言った感じでマリちゃんがお母さんを追いかける。そんな暴走気味のマリちゃんを止めようと私も病室を出る。
マリちゃんはまるで肩を鷲掴むようにお母さんの肩を掴んで引き留めていた。
「息子の話一言くらい聞いてけやババア!あんたの気持ちも一言くらい言ってやれよ!」
「マリちゃん!」
だけどお母さんは、マリちゃんの手を、虫けらでも払うかのように払い除けた。
「無作法やね」
そのたった一言でお母さんはまたすたすたと歩き出した。後ろから遥子お姉ちゃんが走ってお母さんを追いかけ、柏原さんが私の肩に手を置いた。
「お母さん!」
「ここにおると気分が悪いわ。帰るわ」
吐き捨てるように言った言葉が本当になんだか唾のように吐かれたような気がした。
だけども不思議とその背中にはとてつもない哀愁が漂っていて見ているのが辛くなった。
本当は、絶対にお互いもっと違うでしょ?そう言いたいけど、これを言っても多分伝わらないことはもう察するしかなかった。
泣きながら後を追う遥子お姉ちゃんの声が遠くなる。マリちゃんの握られた拳がずっと震えていて、それを見る柏原さんにも後悔しか浮かんでなかった。
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