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第四話
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花火会場に着くと、始まる30分前だと言うのに場所があんまりなかった。やっと取れた場所は運よくそこそこ場所がよかった。
テキトーにシートを敷いて、始まるまでは真里が屋台に行って色々買ってきてくれた。
「小夜初めてなんだろ?花火くんの」
「うん!マリちゃんは?」
「俺チビの時あるよ。久しぶりにきたなー花火とか。チビの時音にビビっちゃってさ、泣いてたなー」
「そんなおっきいの?」
「そーだよ」
「でもみっちゃんもマリちゃんもいるから怖くないね!いつでも守ってくれるもん!」
「甘えん坊だなぁ、小夜は」
「一人でも頑張れるようにならないとな」
俺がそう言ってしまうと、一瞬空気が変わった。だが構わない。
「みっちゃん、マリちゃん」
「ん?」
「なんだよ?」
「大人になっても、家族だよね?」
真里は答えない。だから俺が言おう。
「当たり前じゃん。ずっと一緒だよ」
出来るだけ笑顔を作って嘘を吐いた。真里と目が合うと、真里は悲しそうに俯いた。
「よかった」
そう小夜が言ったところで始まりの合図の花火が鳴り、放送が入る。そして、空一面に大きな花火が打ち上げられた。
「うわぁ!凄い!」
赤、青、金、ピンク、全てが一瞬で咲き、散って逝く。まるで一夏の象徴。中には花以外も打ち上がったりして。
本当に幻想的で綺麗だ。ただ、花火を最初に作った人は、これを見てどう思っただろう。
自分が恐ろしく寂しい物を作ってしまったことに、どんな思いを抱いただろう。確かに綺麗だ。移ろいやすい、花を表現するにはぴったりなのかもしれないけど。
ほんの一瞬の命で終わる夜空に咲く花。これほど寂しい美しさを表現できた人物は、多分相当ネクラだったんだろうなと思えてならない。
「色んな色があるんだねー」
無邪気に楽しむ小夜。楽しそうで何よりだ。
「儚いねぇ、花火って」
「そうだな」
いつの間に買ってきたのか真里は缶ビールを飲んでいた。
「飲む?」
「いい、帰ったら飲む」
「あ、そうだね」
「あれスゴいね!顔の形!にっこりしてるよ!」
「そうだな」
なんだかんだで観る者を釘付けにする夏の風物詩。これにたくさんの種類がある。ホントに凄いもんだ。
クライマックスのナイアガラは、小夜が飛び上がるんじゃないかっていうくらいの興奮ぶりだった。
よく考えたら俺も何年ぶりに花火を見たんだろう。こんな機会がなければ絶対に来なかっただろう。
およそ4500発、1時間くらいで花火は終了した。
帰りは、人ごみも凄かったし、少し余韻に浸りたかったのもあるし、何より別れを先延ばしにしたかったのもあってしばらく座ったままでいた。
「帰らないの?」
だけど何も知らない小夜がそう言うから。
「うん。帰らない」
「え?」
「小夜、今日な、小夜のお父さん来てるんだ」
「え?」
突然の宣告に、小夜は戸惑う。
「真里、そろそろ電話してくれ。場所は…ここは三番階段付近かな」
「OK」
そう言うと真里はその場で水野さんに電話をかけた。
「もしもしー。はい、あ、三番階段付近にいます。あ、近くにいます?はい、待ってまーす」
「…どーゆーこと?」
「今日から小夜は、お父さんと一緒に住むんだよ」
「え、急に?」
「…ごめん、急に言って。ホントはちょっと前から決まってた」
「え、そんな急に言われても…心の準備が」
「ごめん」
「…みっちゃんとマリちゃんは、もうこれでお別れ?」
「あ、水野さーん!こっちこっち!」
真里が遠くに手を振る。そちらを見ると、水野さんが駆け寄ってきた。
「お父さん…」
「うん」
「お待たせしました」
「あ、ちっと俺荷物取ってくる…」
「…みっちゃん!マリちゃん!」
小夜が叫ぶように言った。それを見た水野さんは、「僕が取ってきます…鍵、借りてもいいですか?」と言い、真里から鍵を受け取ってまた消えてしまった。
今度は、駄々はこねなくなった。ただただ、俯いて泣いていた。
「もう、会えなくなっちゃうの?」
「…そんなことない」
「うそつき!だって、だって私は、お父さんと遠くへ行くんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃぁもう会えないじゃん!」
「会えるよ。小夜、」
「うそだうそだぁ!!」
「小夜、聞いて」
俺は小夜の肩に手を置いて、ちゃんと顔を見て話す。
「小夜、昼間言ったよね。出会いがあれば別れがあるんだよ。これから小夜は何十年って生きていくなかで、たくさんの出会いと別れを経験するんだよ。
今日がその一回目だ」
「嫌だよ…嫌だよ!
だって、みっちゃんは、マリちゃんは、いっぱいいっぱい楽しかったんだよ?お母さんから助けてくれたんだよ?もうわがまま言わない、わがまま言わないからみっちゃんとマリちゃんだけは、別れたくないよ…!たくさん…たくさん…」
「小夜、俺もたくさんいいことあった。小夜といてホントに楽しかったんだ。いままでで、一番楽しかったよ。
三人でバカやったりさ。小夜が俺に、忘れてたこといっぱい思い出させてくれたりさ。ホントに、俺だってスッゲー楽しかったよ。
こんなクソみてぇな人生しか送って来てなかったのにたった三ヶ月が、とっても色濃くてさ。
小夜と会うまで紫陽花なんてまともに見たことなかったよ。蝉の羽化なんてどうでもよかったよ。飯なんて上手く作ろうとか思わなかったんだよ、自分の名前とか人の名前の漢字ってこんなんだっけなんて考えなかったんだよ。誰かのために生きてようなんて、思わなかったんだよこれっぽっちもさ。
小夜のおかげなんだよ全部。小夜がいて真里がいて。それが、すっげぇ楽しくて仕方なくて…ホントは俺だって別れたくねぇよ!」
「うぅ、みっちゃん…!」
「だからさ…ありがとう、小夜」
小夜は大泣きして抱きついてきた。そんな小夜の頭を撫でる。きっとこれが最後だ。
いつの間に戻って来たのか、水野さんが後ろで見守ってくれていた。
「小夜、いいこと教えてやるよ。俺たちはまた会えるよ。神様が会わせてくれるよ。だって小夜、お父さんにだって会えただろ?
次に会う頃にはもう少し大人になってるね。
そしたらまた、本当のこと教えてあげる」
俺は小夜を半ば無理矢理離した。
「それまでにちゃんと大人になってろよ」
それだけ言って立ち上がった。
「真里、行くぞ。
水野さん、遅くなりました。小夜をよろしくお願いします」
水野さんに頭を深々と下げ、シートを片付けて背を向けた。
「みっちゃん!マリちゃん!」
小夜の叫びに真里は震える声で、「じゃぁなクソガキ!」と叫び返した。俺は何も言えずに後ろ手を振って振り向きもしなかった。
テキトーにシートを敷いて、始まるまでは真里が屋台に行って色々買ってきてくれた。
「小夜初めてなんだろ?花火くんの」
「うん!マリちゃんは?」
「俺チビの時あるよ。久しぶりにきたなー花火とか。チビの時音にビビっちゃってさ、泣いてたなー」
「そんなおっきいの?」
「そーだよ」
「でもみっちゃんもマリちゃんもいるから怖くないね!いつでも守ってくれるもん!」
「甘えん坊だなぁ、小夜は」
「一人でも頑張れるようにならないとな」
俺がそう言ってしまうと、一瞬空気が変わった。だが構わない。
「みっちゃん、マリちゃん」
「ん?」
「なんだよ?」
「大人になっても、家族だよね?」
真里は答えない。だから俺が言おう。
「当たり前じゃん。ずっと一緒だよ」
出来るだけ笑顔を作って嘘を吐いた。真里と目が合うと、真里は悲しそうに俯いた。
「よかった」
そう小夜が言ったところで始まりの合図の花火が鳴り、放送が入る。そして、空一面に大きな花火が打ち上げられた。
「うわぁ!凄い!」
赤、青、金、ピンク、全てが一瞬で咲き、散って逝く。まるで一夏の象徴。中には花以外も打ち上がったりして。
本当に幻想的で綺麗だ。ただ、花火を最初に作った人は、これを見てどう思っただろう。
自分が恐ろしく寂しい物を作ってしまったことに、どんな思いを抱いただろう。確かに綺麗だ。移ろいやすい、花を表現するにはぴったりなのかもしれないけど。
ほんの一瞬の命で終わる夜空に咲く花。これほど寂しい美しさを表現できた人物は、多分相当ネクラだったんだろうなと思えてならない。
「色んな色があるんだねー」
無邪気に楽しむ小夜。楽しそうで何よりだ。
「儚いねぇ、花火って」
「そうだな」
いつの間に買ってきたのか真里は缶ビールを飲んでいた。
「飲む?」
「いい、帰ったら飲む」
「あ、そうだね」
「あれスゴいね!顔の形!にっこりしてるよ!」
「そうだな」
なんだかんだで観る者を釘付けにする夏の風物詩。これにたくさんの種類がある。ホントに凄いもんだ。
クライマックスのナイアガラは、小夜が飛び上がるんじゃないかっていうくらいの興奮ぶりだった。
よく考えたら俺も何年ぶりに花火を見たんだろう。こんな機会がなければ絶対に来なかっただろう。
およそ4500発、1時間くらいで花火は終了した。
帰りは、人ごみも凄かったし、少し余韻に浸りたかったのもあるし、何より別れを先延ばしにしたかったのもあってしばらく座ったままでいた。
「帰らないの?」
だけど何も知らない小夜がそう言うから。
「うん。帰らない」
「え?」
「小夜、今日な、小夜のお父さん来てるんだ」
「え?」
突然の宣告に、小夜は戸惑う。
「真里、そろそろ電話してくれ。場所は…ここは三番階段付近かな」
「OK」
そう言うと真里はその場で水野さんに電話をかけた。
「もしもしー。はい、あ、三番階段付近にいます。あ、近くにいます?はい、待ってまーす」
「…どーゆーこと?」
「今日から小夜は、お父さんと一緒に住むんだよ」
「え、急に?」
「…ごめん、急に言って。ホントはちょっと前から決まってた」
「え、そんな急に言われても…心の準備が」
「ごめん」
「…みっちゃんとマリちゃんは、もうこれでお別れ?」
「あ、水野さーん!こっちこっち!」
真里が遠くに手を振る。そちらを見ると、水野さんが駆け寄ってきた。
「お父さん…」
「うん」
「お待たせしました」
「あ、ちっと俺荷物取ってくる…」
「…みっちゃん!マリちゃん!」
小夜が叫ぶように言った。それを見た水野さんは、「僕が取ってきます…鍵、借りてもいいですか?」と言い、真里から鍵を受け取ってまた消えてしまった。
今度は、駄々はこねなくなった。ただただ、俯いて泣いていた。
「もう、会えなくなっちゃうの?」
「…そんなことない」
「うそつき!だって、だって私は、お父さんと遠くへ行くんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃぁもう会えないじゃん!」
「会えるよ。小夜、」
「うそだうそだぁ!!」
「小夜、聞いて」
俺は小夜の肩に手を置いて、ちゃんと顔を見て話す。
「小夜、昼間言ったよね。出会いがあれば別れがあるんだよ。これから小夜は何十年って生きていくなかで、たくさんの出会いと別れを経験するんだよ。
今日がその一回目だ」
「嫌だよ…嫌だよ!
だって、みっちゃんは、マリちゃんは、いっぱいいっぱい楽しかったんだよ?お母さんから助けてくれたんだよ?もうわがまま言わない、わがまま言わないからみっちゃんとマリちゃんだけは、別れたくないよ…!たくさん…たくさん…」
「小夜、俺もたくさんいいことあった。小夜といてホントに楽しかったんだ。いままでで、一番楽しかったよ。
三人でバカやったりさ。小夜が俺に、忘れてたこといっぱい思い出させてくれたりさ。ホントに、俺だってスッゲー楽しかったよ。
こんなクソみてぇな人生しか送って来てなかったのにたった三ヶ月が、とっても色濃くてさ。
小夜と会うまで紫陽花なんてまともに見たことなかったよ。蝉の羽化なんてどうでもよかったよ。飯なんて上手く作ろうとか思わなかったんだよ、自分の名前とか人の名前の漢字ってこんなんだっけなんて考えなかったんだよ。誰かのために生きてようなんて、思わなかったんだよこれっぽっちもさ。
小夜のおかげなんだよ全部。小夜がいて真里がいて。それが、すっげぇ楽しくて仕方なくて…ホントは俺だって別れたくねぇよ!」
「うぅ、みっちゃん…!」
「だからさ…ありがとう、小夜」
小夜は大泣きして抱きついてきた。そんな小夜の頭を撫でる。きっとこれが最後だ。
いつの間に戻って来たのか、水野さんが後ろで見守ってくれていた。
「小夜、いいこと教えてやるよ。俺たちはまた会えるよ。神様が会わせてくれるよ。だって小夜、お父さんにだって会えただろ?
次に会う頃にはもう少し大人になってるね。
そしたらまた、本当のこと教えてあげる」
俺は小夜を半ば無理矢理離した。
「それまでにちゃんと大人になってろよ」
それだけ言って立ち上がった。
「真里、行くぞ。
水野さん、遅くなりました。小夜をよろしくお願いします」
水野さんに頭を深々と下げ、シートを片付けて背を向けた。
「みっちゃん!マリちゃん!」
小夜の叫びに真里は震える声で、「じゃぁなクソガキ!」と叫び返した。俺は何も言えずに後ろ手を振って振り向きもしなかった。
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