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TriazoruM
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「………じゃ、終わり?」
「いや」
「は?」
「不毛って言うのは幸せじゃないってわかったから。
何も、我慢してるのはお前だけじゃないってのは、大分昔に話したと思う…」
芳明は到って普通な面でナビを追っているけれど、いま確実に春雪を“お前”と言った、一枚壁を隔てた。
ナビの機械アナウンスと語尾が逃げた芳明の一言。
「…じゃあ」
言うのは怖い、もう死にそうだけど。
死が見えると、不思議だ。
「芳明は俺といてなんの幸せがあるの」
自分はこうして結構、狂ったようにそのナイフでグリグリぐちゃぐちゃとやってしまうタイプなんだ。
芳明は変わらない表情のまま「全部幸せかもしれないし」と続ける。
「少し幸せじゃないかもしれない」
なのにそう…そのぐちゃぐちゃと何度も刺し潰す血塗れの手を、赤信号でふわっと握るその手の指環の冷たさを、感じさせるような人で。
青信号の前にふっと、芳明は春雪の顔を見て「もうすぐ着くから」と言った。
多分、ブス顔してたんだろうなと「わかった」と答える不条理。
「世の中全部に理屈を付けるのは止めたんだよ、ユキといるうちに」
その声は柔らかかった。
…いつの間にか刃物は、春雪の手から消えていた。
震える前に、思考が無化していく。
「…変なこと言ってごめん」
「いや、まぁ………いいよ。俺も昨日、色々考えたもんなぁ…」
また発進する。
確かにチキン南蛮、重いな。
でも腹は減っていたから食べられたし、過酷な撮影には耐えられそう。
子供の頃は、「あと少し、もう少し、大人になるまで待っていてくれたら」と思ったのに、不思議だ。その夢を叶えてしまうと今度は何度も、「別れようか」と芳明へ言おうと思うことがある。
けれど言えず互いに「まぁ次へ」と…はぐらかすような、そうじゃないようなという微妙さがこうやって、何度も循環していくのだ。まるで血液のように。
「そんなことより。
具合が悪くなったらちゃんと帰ってくるんだよ、ユキ。わかった?」
そんなこと、か。
良いような悪いような一言だと感じた。
そうして平中レイアのマンションの前に車を停め、建物の上まで眺めて「やっぱ良いとこ住んでんのなー」という一般感覚の芳明に「う、裏手に停めてよ」ヒヤヒヤする。
「裏手?」
「ああうんえっと…」
「停めて良いの?これ住人が駐車場契約とかして」
「あるの、事務所で。奥まで入っちゃっていい、804、空いてるから!」
車を動かしながら「8階なの?」と、芳明は至って自分のペースで駐車場に入っていく。
「うん」
「最上階…ではないのか?」
「そうだね、」
「ふーん」
裏手にあるエレベーターを見て「うわぁなるほど」と納得した芳明に構わず、春雪はスマホで平中くんを呼び出した。
見て早々に少し顔をしかめて歩いてくる平中くんを見て、まだマイペースに「テレビで見るより大人っぽいな」と芳明は言った。
当たり前だ、ドラマでは学生服だし。
怪訝そうに車の側に来て、後部座席を指し首を傾げる平中くんに頷いたのは芳明の方だった。
ドアを開け、珍しく奥の方へ座った平中くんへ芳明は「珍しいですね」と、よく意味が汲み取れない一言を放ち発進した。
「…えっと、」
「昔クモスケ…あぁえっと…、タクシーの人に聞いたことがある。奥座る人、あまりいないらしいですよ。確かに、出るとき手間じゃないですか?
心理学とかやってるヤツに聞いたら、結構引っ張って行くような、そう言うタイプが多いらしいです」
…心理学っていうか占いっぽい話だな…。春雪は占いもあまり信じないタイプだ。
「はぁ…えっと平中レイアです」
「あ、すみませんね。滑りましたね。
んーと、君のマネージャーのマネージャー?西賀芳明と申します。いきなりすみません」
右斜め後ろから平中くんの視線を感じる…。
まぁそうなるよなと思えば「今日ちょっとこの人具合がいまいちで」と、あっさり芳明は言った。
「え、」
「朝収録って出社前直接現場って聞いたからさ。そういえばそういう時って、朝に喋る内容とか、夜会議で決まってんの?」
ごく普通に流した芳明に「うん、まぁ…」と春雪が答える。
「平中レイアくん、いやぁドラマ観てますよ。実物の方が大人っ…っふふ、ははは、ヤバイな昨日の思い出し」
「ダメ!」
と春雪は制した。恐らくあの公開処刑眼福学生写真の件だ。
「…ごめんね平中くん。例の旦那です」
「え、まぁわかる、言われなくても」
「あ、旦那って言ってあるんだ。じゃー大丈夫か取り繕わなくても。俺も出勤時間被ったからって…。
ウチのいまね、眠剤効いてるから運転しちゃならんのよ。そんでついでに送りに来た、いきなりで申し訳ないね。
まぁ数時間で多分しゃっきりしてバンバン車乗れるから安心して。昨日帰りが遅かったからこう…薬の?時間がズレたかもなと、一応、心配で」
「あ、そうだったんですね。大丈夫っすか?」
「あ、うん。なんとか」
「と、ウチのは言うと思ったんで、もしヤバそうなら…まぁ業界に関しては俺わからんからなんともだけど、仕事に差し支えあったら帰していいから。
君がいま一番近くにいそうかなと思って言っとくけど」
「…わかりました」
「ちなみに、一応。警視庁生活安全部なんだ俺。
うーんとだから色々説明すると長いんだけど情報漏洩とかマジで普通よりうるさい場所にいるから、君の事を話したりはしない。安心してくれ」
「そうなんですね、わかりました」
「あ、そうだ芳明。今日暑いんだよね?コンビニ寄って…ルイボスティー買ってこ」
「いや」
「は?」
「不毛って言うのは幸せじゃないってわかったから。
何も、我慢してるのはお前だけじゃないってのは、大分昔に話したと思う…」
芳明は到って普通な面でナビを追っているけれど、いま確実に春雪を“お前”と言った、一枚壁を隔てた。
ナビの機械アナウンスと語尾が逃げた芳明の一言。
「…じゃあ」
言うのは怖い、もう死にそうだけど。
死が見えると、不思議だ。
「芳明は俺といてなんの幸せがあるの」
自分はこうして結構、狂ったようにそのナイフでグリグリぐちゃぐちゃとやってしまうタイプなんだ。
芳明は変わらない表情のまま「全部幸せかもしれないし」と続ける。
「少し幸せじゃないかもしれない」
なのにそう…そのぐちゃぐちゃと何度も刺し潰す血塗れの手を、赤信号でふわっと握るその手の指環の冷たさを、感じさせるような人で。
青信号の前にふっと、芳明は春雪の顔を見て「もうすぐ着くから」と言った。
多分、ブス顔してたんだろうなと「わかった」と答える不条理。
「世の中全部に理屈を付けるのは止めたんだよ、ユキといるうちに」
その声は柔らかかった。
…いつの間にか刃物は、春雪の手から消えていた。
震える前に、思考が無化していく。
「…変なこと言ってごめん」
「いや、まぁ………いいよ。俺も昨日、色々考えたもんなぁ…」
また発進する。
確かにチキン南蛮、重いな。
でも腹は減っていたから食べられたし、過酷な撮影には耐えられそう。
子供の頃は、「あと少し、もう少し、大人になるまで待っていてくれたら」と思ったのに、不思議だ。その夢を叶えてしまうと今度は何度も、「別れようか」と芳明へ言おうと思うことがある。
けれど言えず互いに「まぁ次へ」と…はぐらかすような、そうじゃないようなという微妙さがこうやって、何度も循環していくのだ。まるで血液のように。
「そんなことより。
具合が悪くなったらちゃんと帰ってくるんだよ、ユキ。わかった?」
そんなこと、か。
良いような悪いような一言だと感じた。
そうして平中レイアのマンションの前に車を停め、建物の上まで眺めて「やっぱ良いとこ住んでんのなー」という一般感覚の芳明に「う、裏手に停めてよ」ヒヤヒヤする。
「裏手?」
「ああうんえっと…」
「停めて良いの?これ住人が駐車場契約とかして」
「あるの、事務所で。奥まで入っちゃっていい、804、空いてるから!」
車を動かしながら「8階なの?」と、芳明は至って自分のペースで駐車場に入っていく。
「うん」
「最上階…ではないのか?」
「そうだね、」
「ふーん」
裏手にあるエレベーターを見て「うわぁなるほど」と納得した芳明に構わず、春雪はスマホで平中くんを呼び出した。
見て早々に少し顔をしかめて歩いてくる平中くんを見て、まだマイペースに「テレビで見るより大人っぽいな」と芳明は言った。
当たり前だ、ドラマでは学生服だし。
怪訝そうに車の側に来て、後部座席を指し首を傾げる平中くんに頷いたのは芳明の方だった。
ドアを開け、珍しく奥の方へ座った平中くんへ芳明は「珍しいですね」と、よく意味が汲み取れない一言を放ち発進した。
「…えっと、」
「昔クモスケ…あぁえっと…、タクシーの人に聞いたことがある。奥座る人、あまりいないらしいですよ。確かに、出るとき手間じゃないですか?
心理学とかやってるヤツに聞いたら、結構引っ張って行くような、そう言うタイプが多いらしいです」
…心理学っていうか占いっぽい話だな…。春雪は占いもあまり信じないタイプだ。
「はぁ…えっと平中レイアです」
「あ、すみませんね。滑りましたね。
んーと、君のマネージャーのマネージャー?西賀芳明と申します。いきなりすみません」
右斜め後ろから平中くんの視線を感じる…。
まぁそうなるよなと思えば「今日ちょっとこの人具合がいまいちで」と、あっさり芳明は言った。
「え、」
「朝収録って出社前直接現場って聞いたからさ。そういえばそういう時って、朝に喋る内容とか、夜会議で決まってんの?」
ごく普通に流した芳明に「うん、まぁ…」と春雪が答える。
「平中レイアくん、いやぁドラマ観てますよ。実物の方が大人っ…っふふ、ははは、ヤバイな昨日の思い出し」
「ダメ!」
と春雪は制した。恐らくあの公開処刑眼福学生写真の件だ。
「…ごめんね平中くん。例の旦那です」
「え、まぁわかる、言われなくても」
「あ、旦那って言ってあるんだ。じゃー大丈夫か取り繕わなくても。俺も出勤時間被ったからって…。
ウチのいまね、眠剤効いてるから運転しちゃならんのよ。そんでついでに送りに来た、いきなりで申し訳ないね。
まぁ数時間で多分しゃっきりしてバンバン車乗れるから安心して。昨日帰りが遅かったからこう…薬の?時間がズレたかもなと、一応、心配で」
「あ、そうだったんですね。大丈夫っすか?」
「あ、うん。なんとか」
「と、ウチのは言うと思ったんで、もしヤバそうなら…まぁ業界に関しては俺わからんからなんともだけど、仕事に差し支えあったら帰していいから。
君がいま一番近くにいそうかなと思って言っとくけど」
「…わかりました」
「ちなみに、一応。警視庁生活安全部なんだ俺。
うーんとだから色々説明すると長いんだけど情報漏洩とかマジで普通よりうるさい場所にいるから、君の事を話したりはしない。安心してくれ」
「そうなんですね、わかりました」
「あ、そうだ芳明。今日暑いんだよね?コンビニ寄って…ルイボスティー買ってこ」
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