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海洋
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「…駐在にはどこまでが出来る?」
「…聞いていて考えていたが…まわりに聞き込みをし報告書を出して県警へとなりそうな…。
ただ、今日な、」
「うん」
「来てくれると良いなと少し期待している…。
悔しいな、何か起こらなきゃ動けないなんて」
「…逆にこっちはなんか起きてもなんも出来ないんだよ」
…これはかなりデリケートな問題だ。でも。
「…一つ言うと、母子家庭だな、あの母親は男を連れ込んでる。その線で」
「支援を打ち切られたらそれこそ断薬となんら変わらない」
「そうだよなぁ…」
「あり得るのは、薬をそれだけ服用していた、単純計算でも用法用量を守れば例え二人分だとしても1週間後にくるよな。
過剰摂取や薬の濃度を下げたことによる突発的な異常行動だとしたら」
「突発的な、異常行動…」
なるほど。
「まぁ、ありがとう。まだ詰めている段階だ。また来るかもしれない。
しかし、何故母親は息子を連れて来ないんだろうか。息子の医療費免除を申し出たわけでもないんだろ?「いるかいないか、いたら大変だ」とそうもなったんだろうし…」
「そうなんだよなぁ…学生だからと母親は言うが…確かにウチは、学生に合った診療時間じゃない。
だがそうだな…どこの学校かわかれば、SCと連絡が取れるかもしれないが…まぁここは出来るかわからないとして、でも、休ませても来るよなぁ、病院って。例え代理ミュンヒハウゼンじゃなくても。特殊過ぎてどこがどうズレているのか…」
「…まぁ、ありがとう。もう少し慎重に詰めてみるよ。助かった」
充分な収穫だった。
駐在が出来ることは捜査じゃない。何かあっても詳しい捜査は結局県警へ引き渡しだ。
高梨のクリニックを出る。
互いに心苦しい。一人の少年がいま、苦しんでいるのだろうから。
さて、そうともなればあの男は一体誰なんだろう。犯罪の可能性が浮上してきた。
一度交番勤務に戻り、署長の昼休憩と交代した。
出来れば下校時間あたりには署で待ちたいが、そもそもあの子がその様子だ。ちゃんと学校に行けていてその時間に現れるかは定かじゃない。
本当は勤務に外するが、署長には少年が現れたら、という話をして再びパトロールの名目で芳沢春雪の付近を聞き込みすることにした。
彼の家は予想通り、カーテンも全く微動だにしないような、閉めっぱなしの状態だった。
人の気配があるかどうかもわからない。リビングにあたるだろう、あのバルコニーの部屋も人はいない雰囲気だったが。
隣の寝室部分だろうか、部屋のカーテンは微かに揺れているような気がしなくもなかった。
俺は次に、アパートの大家にコンタクトを取った。
還暦を過ぎたおじいさんで、彼は「あぁ、芳沢さん家か」と首を捻る。
「いやぁあそこはね…なんともわからんのだけど、私は毎朝散歩をするんですよ」
大家は言った、「良い人だよ」と。
「今時なかなか挨拶なんて、大家にもしませんからねぇ。あの子が来たときはちゃーんとゼリーを持ってきてくれたよ、息子さんと一緒に。
あとは、何度か家賃の払い忘れがあって言ったくらいかなぁ。
でも最近じゃ…そう、あそこ多分男がコロコロ変わるんですよ。あの人綺麗だから。
息子さんはたまにちゃんと見掛けますよ、学校に行ってるの。
最近管理会社からも確かに話は来ましたよ、タバコの苦情ね。202の人からさ。洗濯物がタバコ臭いって。あの人大の嫌煙家でさぁ。
別に今流行りの禁煙だけの賃貸じゃぁないんだけどさ、だからちょっとした手紙を入れるのみにしたって」
ふむ。本来だったら役所に垂れ込みたいくらいだ。男が住み込んでいるのなら資金援助か流出があるはずだ、それでは母子家庭が成り立たない。
大家に礼を言って交番に戻る。
役所事情もあるとなればより難しい。正直一駐在でどうにか出来る話でもないな。
こういうときは一番の弱者である子供を盾にするべきだが、なんせ、母親もすでにそれを使っている、それでは引っ張り合いになってしまう。
このまま行けば多分、充分に聴取を取り報告書を提出して交番での仕事は終了。あの子は俺の手を離れることになる。
その後どうなるかを知るのは署長が昇格すればだが、ただそれだけしかないなんて。
俺は何を熱くなっているんだろうかと一昨日の風景を思い出す。橋の上で一人、10月にワイシャツとスウェットズボンの血塗れの少年。橋を渡り交番へ帰る際に、少年がいた場所で立ち止まる。
…結論は出た。俺ではどうにもならない。
彼はここで星を見ていた。その姿が思い出される。寒そうで…寂しそうで。
交番ですぐにポケットから出したカッター。誰かに危害を加えたにしては損傷がなく、明らかにあの白い腕に刻み付けた傷の錆だった。
『川に謝っといて、髪流しちゃったから』
少年は眠そうにそう言っていた。
…あの場で髪を切ったんだろうか、あのカッターで。ざっくばらんで全然揃っていなかった。
なんでそんなことをしたのだろう。
もう少し髪が長かったのかもしれないがあまり切れている感じではなかった…異常行動なんだろうか、高梨が言った「精神病は何かへの怯えだ」と言う言葉。
「…聞いていて考えていたが…まわりに聞き込みをし報告書を出して県警へとなりそうな…。
ただ、今日な、」
「うん」
「来てくれると良いなと少し期待している…。
悔しいな、何か起こらなきゃ動けないなんて」
「…逆にこっちはなんか起きてもなんも出来ないんだよ」
…これはかなりデリケートな問題だ。でも。
「…一つ言うと、母子家庭だな、あの母親は男を連れ込んでる。その線で」
「支援を打ち切られたらそれこそ断薬となんら変わらない」
「そうだよなぁ…」
「あり得るのは、薬をそれだけ服用していた、単純計算でも用法用量を守れば例え二人分だとしても1週間後にくるよな。
過剰摂取や薬の濃度を下げたことによる突発的な異常行動だとしたら」
「突発的な、異常行動…」
なるほど。
「まぁ、ありがとう。まだ詰めている段階だ。また来るかもしれない。
しかし、何故母親は息子を連れて来ないんだろうか。息子の医療費免除を申し出たわけでもないんだろ?「いるかいないか、いたら大変だ」とそうもなったんだろうし…」
「そうなんだよなぁ…学生だからと母親は言うが…確かにウチは、学生に合った診療時間じゃない。
だがそうだな…どこの学校かわかれば、SCと連絡が取れるかもしれないが…まぁここは出来るかわからないとして、でも、休ませても来るよなぁ、病院って。例え代理ミュンヒハウゼンじゃなくても。特殊過ぎてどこがどうズレているのか…」
「…まぁ、ありがとう。もう少し慎重に詰めてみるよ。助かった」
充分な収穫だった。
駐在が出来ることは捜査じゃない。何かあっても詳しい捜査は結局県警へ引き渡しだ。
高梨のクリニックを出る。
互いに心苦しい。一人の少年がいま、苦しんでいるのだろうから。
さて、そうともなればあの男は一体誰なんだろう。犯罪の可能性が浮上してきた。
一度交番勤務に戻り、署長の昼休憩と交代した。
出来れば下校時間あたりには署で待ちたいが、そもそもあの子がその様子だ。ちゃんと学校に行けていてその時間に現れるかは定かじゃない。
本当は勤務に外するが、署長には少年が現れたら、という話をして再びパトロールの名目で芳沢春雪の付近を聞き込みすることにした。
彼の家は予想通り、カーテンも全く微動だにしないような、閉めっぱなしの状態だった。
人の気配があるかどうかもわからない。リビングにあたるだろう、あのバルコニーの部屋も人はいない雰囲気だったが。
隣の寝室部分だろうか、部屋のカーテンは微かに揺れているような気がしなくもなかった。
俺は次に、アパートの大家にコンタクトを取った。
還暦を過ぎたおじいさんで、彼は「あぁ、芳沢さん家か」と首を捻る。
「いやぁあそこはね…なんともわからんのだけど、私は毎朝散歩をするんですよ」
大家は言った、「良い人だよ」と。
「今時なかなか挨拶なんて、大家にもしませんからねぇ。あの子が来たときはちゃーんとゼリーを持ってきてくれたよ、息子さんと一緒に。
あとは、何度か家賃の払い忘れがあって言ったくらいかなぁ。
でも最近じゃ…そう、あそこ多分男がコロコロ変わるんですよ。あの人綺麗だから。
息子さんはたまにちゃんと見掛けますよ、学校に行ってるの。
最近管理会社からも確かに話は来ましたよ、タバコの苦情ね。202の人からさ。洗濯物がタバコ臭いって。あの人大の嫌煙家でさぁ。
別に今流行りの禁煙だけの賃貸じゃぁないんだけどさ、だからちょっとした手紙を入れるのみにしたって」
ふむ。本来だったら役所に垂れ込みたいくらいだ。男が住み込んでいるのなら資金援助か流出があるはずだ、それでは母子家庭が成り立たない。
大家に礼を言って交番に戻る。
役所事情もあるとなればより難しい。正直一駐在でどうにか出来る話でもないな。
こういうときは一番の弱者である子供を盾にするべきだが、なんせ、母親もすでにそれを使っている、それでは引っ張り合いになってしまう。
このまま行けば多分、充分に聴取を取り報告書を提出して交番での仕事は終了。あの子は俺の手を離れることになる。
その後どうなるかを知るのは署長が昇格すればだが、ただそれだけしかないなんて。
俺は何を熱くなっているんだろうかと一昨日の風景を思い出す。橋の上で一人、10月にワイシャツとスウェットズボンの血塗れの少年。橋を渡り交番へ帰る際に、少年がいた場所で立ち止まる。
…結論は出た。俺ではどうにもならない。
彼はここで星を見ていた。その姿が思い出される。寒そうで…寂しそうで。
交番ですぐにポケットから出したカッター。誰かに危害を加えたにしては損傷がなく、明らかにあの白い腕に刻み付けた傷の錆だった。
『川に謝っといて、髪流しちゃったから』
少年は眠そうにそう言っていた。
…あの場で髪を切ったんだろうか、あのカッターで。ざっくばらんで全然揃っていなかった。
なんでそんなことをしたのだろう。
もう少し髪が長かったのかもしれないがあまり切れている感じではなかった…異常行動なんだろうか、高梨が言った「精神病は何かへの怯えだ」と言う言葉。
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