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海洋
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朝一、報告書の書き直しを食らった。
問題の箇所は橋の上の少年を保護した時間と、一晩明けて自宅に帰した行動は勤務外だということ。
ここを、「少年の保護が23時に近かった為一度自宅へ帰したのだが、次の日の出勤時早朝に再び同少年が一人でいるところを付近のコンビニで発見した」と調整をした。
書類チェックをした署長には真実が伝わったので、俺の午前パトロールは少年の家付近を重点的にまわる、という了承を得ることが出来た。
まず、署長公認でメンタルクリニックへ赴き高梨から事情を聞くところから始めた。
久々に会った大学の同級生は、どうやらコンタクトからメガネに変えたようだった。
「…まさかと思ったけどな」
少年の母親、芳沢夏菜はやはり例の患者だった。
「…昨日来たときの様子か…今回二週間分薬を処方するんだが、三日で来るって話はしたよな」
「今回?」
「うん、普段は一週間分。たまたま試してみた期間だったんだ」
高梨が見せてくれた処方薬は、橋の上のリスカ少年、芳沢春雪が「コンドームみたいだよね」と言っていたものと同じだった。
「これはまぁ、超短期型の睡眠導入剤だ。
入眠用というかな…まぁ、近年は精神薬としても使われているわけだが、一応芳沢さんには入眠、として出している。昼間に帰宅するもんだから眠れないんだと」
「…あぁ、」
あの、派手な出で立ちの母親の姿が思い浮かぶ。
「…そんなに増えているなら0.5ミリで様子を見てもいいかと思っていたんだが…つまり、0.25を一日二回ってのを短期的にさ。
身体が眠るのを覚えりゃ良いわけだから、もう少しガッツリ眠れるような薬かと迷っていたが、職業柄夜に起きられないのは困ると、言ってることとやってることが無茶苦茶でな。
そもそもが虚偽ばかりの病だし慣れてるけど、なら治療方針を変え睡眠よかぁ精神安定とカルテに書いたもんで。
あぁ、芳沢さんは母子家庭でな。医療費は自治体からある程度支給されるというのを前提として」
「…母子家庭」
あの朝、芳沢家のベランダでタバコを吸っていた男の姿が浮かんだ。現時点で虚偽申告…とも言いにくい。友人だと言われればこちらは踏み込むことが不可能だ。
「んーっと…それで、本当に芳沢さんの息子に会ったんだな?どんな様子だった?」
「…高校生、15歳だと言っていた。橋の上で一人、双眼鏡で星を見ていたんだ、22時過ぎに。
左手が血塗れ…リストカットしてるみたいでな、カッターは錆びてて殺傷ではないとすぐにわかる感じだった。傷は手当てしカッターは回収した」
「それ聞くとやっぱ…まぁこっちは方針決めたいし、理由を付けて薬を減らしたが、幸いしたな…15歳だと、本当に危険だったかもしれない。聞けてよかった」
「確かにこの薬だった、これを何個もその場で飲んでいて…そう、言ってることがよくわからなかったが、薬が下がったと。そういうわけだったのか」
「そう。
芳沢さんはいつもウチに来ると言うんだ、息子にあげるからもっとくださいって。
なら息子を連れて来いと何度も言うがいつも変わらない。確かに、息子がリストカットしてしまうから寝かしつけたいんだと言っていた。
が、濫用率も高い薬だから…妄言ならまだいいが、もしも誰かが裏で薬を売りさばいてたらとかさ…困ってたんだよ、正直」
このへんは現在いたちごっこになっているからな…。どこも関与が難しいところだが…。
「例えば…息子の方な、断薬なんかは出来るのか?」
「聞いている限りだと…どれくらいの期間どれくらい飲んでいたかわからないけど、その日だけの一過性な行動でなかったとしたらな、離脱症状が酷いと思う」
「離脱症状?」
「重度の副作用に近いよ。頭痛や目眩はもちろん、幻覚幻聴もある。イライラして攻撃的にもなることも」
「少しは調べたんだけど…」
「違うタイプの薬へ移行するとしても徐々に減らしてからか、いっそずっとそれを飲むかが大半で…彼女すら、何年通ってるかな…充分中毒なんだよ。
このままだと仕事をさせられませんよという持って行き方なんだが、まぁそれはこっちの話として。
そこで息子に渡すと仄めかされたから、そうなるとあまり強い薬ともいかない。慣れるかどうかとか…まぁ、だからある意味、今回は息子の存在も出たし、色々な理由をつけて試しに一段下げたんだ」
「…なるほど」
「…電話で話したか、ミュンヒハウゼン症候群の話を。
根本的な症状は、わざと転んだりして…同情を集めたり、代理であれば対象がいる。対象に怪我をさせて通院し、良い人を演じるんだ。
この病の怖いところは、対象は子供のケースが多い。相手に従ってしまうんだよ」
「確かに…親は生きる糧だからな…」
「互いに依存度も増す。だから例えばいま息子がちゃんと受診するようになっても、きっと本当のことは言わない。自分のせいで母親が苦しんでいる、と捉えると思う」
…なんて不毛で理不尽な。
「…引き剥がすことは」
「リスクがある、母子家庭なら。普通なら大体はそうなるんだけど…不思議だな。
…代理にあたるか微妙だが、母親は息子のリスカを利用しているし…息子も実際薬を与えられていて、リスカで母親をどうこうってわけじゃない、やっぱ母親が代理ミュンヒハウゼン、て診断かな…」
高梨は髪をぐしゃぐしゃ掻き「難しいな、」と言った。
問題の箇所は橋の上の少年を保護した時間と、一晩明けて自宅に帰した行動は勤務外だということ。
ここを、「少年の保護が23時に近かった為一度自宅へ帰したのだが、次の日の出勤時早朝に再び同少年が一人でいるところを付近のコンビニで発見した」と調整をした。
書類チェックをした署長には真実が伝わったので、俺の午前パトロールは少年の家付近を重点的にまわる、という了承を得ることが出来た。
まず、署長公認でメンタルクリニックへ赴き高梨から事情を聞くところから始めた。
久々に会った大学の同級生は、どうやらコンタクトからメガネに変えたようだった。
「…まさかと思ったけどな」
少年の母親、芳沢夏菜はやはり例の患者だった。
「…昨日来たときの様子か…今回二週間分薬を処方するんだが、三日で来るって話はしたよな」
「今回?」
「うん、普段は一週間分。たまたま試してみた期間だったんだ」
高梨が見せてくれた処方薬は、橋の上のリスカ少年、芳沢春雪が「コンドームみたいだよね」と言っていたものと同じだった。
「これはまぁ、超短期型の睡眠導入剤だ。
入眠用というかな…まぁ、近年は精神薬としても使われているわけだが、一応芳沢さんには入眠、として出している。昼間に帰宅するもんだから眠れないんだと」
「…あぁ、」
あの、派手な出で立ちの母親の姿が思い浮かぶ。
「…そんなに増えているなら0.5ミリで様子を見てもいいかと思っていたんだが…つまり、0.25を一日二回ってのを短期的にさ。
身体が眠るのを覚えりゃ良いわけだから、もう少しガッツリ眠れるような薬かと迷っていたが、職業柄夜に起きられないのは困ると、言ってることとやってることが無茶苦茶でな。
そもそもが虚偽ばかりの病だし慣れてるけど、なら治療方針を変え睡眠よかぁ精神安定とカルテに書いたもんで。
あぁ、芳沢さんは母子家庭でな。医療費は自治体からある程度支給されるというのを前提として」
「…母子家庭」
あの朝、芳沢家のベランダでタバコを吸っていた男の姿が浮かんだ。現時点で虚偽申告…とも言いにくい。友人だと言われればこちらは踏み込むことが不可能だ。
「んーっと…それで、本当に芳沢さんの息子に会ったんだな?どんな様子だった?」
「…高校生、15歳だと言っていた。橋の上で一人、双眼鏡で星を見ていたんだ、22時過ぎに。
左手が血塗れ…リストカットしてるみたいでな、カッターは錆びてて殺傷ではないとすぐにわかる感じだった。傷は手当てしカッターは回収した」
「それ聞くとやっぱ…まぁこっちは方針決めたいし、理由を付けて薬を減らしたが、幸いしたな…15歳だと、本当に危険だったかもしれない。聞けてよかった」
「確かにこの薬だった、これを何個もその場で飲んでいて…そう、言ってることがよくわからなかったが、薬が下がったと。そういうわけだったのか」
「そう。
芳沢さんはいつもウチに来ると言うんだ、息子にあげるからもっとくださいって。
なら息子を連れて来いと何度も言うがいつも変わらない。確かに、息子がリストカットしてしまうから寝かしつけたいんだと言っていた。
が、濫用率も高い薬だから…妄言ならまだいいが、もしも誰かが裏で薬を売りさばいてたらとかさ…困ってたんだよ、正直」
このへんは現在いたちごっこになっているからな…。どこも関与が難しいところだが…。
「例えば…息子の方な、断薬なんかは出来るのか?」
「聞いている限りだと…どれくらいの期間どれくらい飲んでいたかわからないけど、その日だけの一過性な行動でなかったとしたらな、離脱症状が酷いと思う」
「離脱症状?」
「重度の副作用に近いよ。頭痛や目眩はもちろん、幻覚幻聴もある。イライラして攻撃的にもなることも」
「少しは調べたんだけど…」
「違うタイプの薬へ移行するとしても徐々に減らしてからか、いっそずっとそれを飲むかが大半で…彼女すら、何年通ってるかな…充分中毒なんだよ。
このままだと仕事をさせられませんよという持って行き方なんだが、まぁそれはこっちの話として。
そこで息子に渡すと仄めかされたから、そうなるとあまり強い薬ともいかない。慣れるかどうかとか…まぁ、だからある意味、今回は息子の存在も出たし、色々な理由をつけて試しに一段下げたんだ」
「…なるほど」
「…電話で話したか、ミュンヒハウゼン症候群の話を。
根本的な症状は、わざと転んだりして…同情を集めたり、代理であれば対象がいる。対象に怪我をさせて通院し、良い人を演じるんだ。
この病の怖いところは、対象は子供のケースが多い。相手に従ってしまうんだよ」
「確かに…親は生きる糧だからな…」
「互いに依存度も増す。だから例えばいま息子がちゃんと受診するようになっても、きっと本当のことは言わない。自分のせいで母親が苦しんでいる、と捉えると思う」
…なんて不毛で理不尽な。
「…引き剥がすことは」
「リスクがある、母子家庭なら。普通なら大体はそうなるんだけど…不思議だな。
…代理にあたるか微妙だが、母親は息子のリスカを利用しているし…息子も実際薬を与えられていて、リスカで母親をどうこうってわけじゃない、やっぱ母親が代理ミュンヒハウゼン、て診断かな…」
高梨は髪をぐしゃぐしゃ掻き「難しいな、」と言った。
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