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アンビバレンス
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ぼんやりした白、気が狂いそうな無音。
そのとき自分は白い誰かに掴み掛かった。音楽を、頼むから、音楽を聴かせてくださいと。
イヤホンも持ち込めなかった滅菌で。
まだまだどうにか、頑張りたかった。
ぱっと目が覚める。
目が覚めれば汗に気付き、意識が始まれば呼吸が荒くなった。
喉が切れそう、ぼんやりそう思った瞬間にじんわりと、側で頭を撫でられるのを感じた。
はぁはぁ、過呼吸で隣を見ればふわっと茶色い髪。
徐々に目を開けた誠一がふぅ、とゆったり息を吐くように「おはよう」と言った。
息を取り戻していけば、誠一が「何時、」と無機質な声で言い眼鏡を掛ける。3:07。
「…陽も昇ってないな」
誠一は皮肉そうにそう言い、やはりわざとらしく溜め息を吐いたが、眼鏡を外してぎゅっと抱き締めてくれた。
「…ごめんなさい」
特に何も返事はせず、ただもぞもぞと足で挟み込んでくる。
朝勃ち仕掛けたそこを少し押し付けてくるけれど、ただ何も言わず心臓の音を聴かせるのみで、誠一はまた目を閉じた。
この人と初めて寝たのは案外、出会ってから時間が経った頃だった。
こんな風にふとした瞬間にひょっこりと出てきてしまった過去を持ち出して、特に同意という概念もないまま、まるで自分を傷付けるようにこの人は自分を抱いたのだ。
そんなトラウマを知ってからか、たまにどうしても悪夢に犯されるとき、誠一はこうして胸の音を聴かせてくれる。
自分よりも早く感じるその音。それに自分の音が負けてくる。
左手をきゅっと握った。
小さく、丸まったような気持ち。
「うーん………」と、まるで寝ぼけたように、誠一は頭をポンポンしてくる。
目は閉じたまま、まだ眠いのだろう。素直に寝ないとな、とは思うけど、まだ悪夢に動悸がして目すら閉じられない。
流石に気が散ったのか、誠一が再び薄く目を開け「慧」と低く呼んだ。
「眠れないの?」
「…うん、ごめんなさい」
「別にいいよ」
額に軽くキスをし「少しだけね」と温度もなく言う。
ただ細めたその目が、妙に優しく感じることがある。
そのうちまた目を閉じ、すりすりと背を擦ってくれるのについ、しがみつく。
「……何か、音楽でも聴いてみたら」
「……うん」
「それか、少し話でもする?」
「うん」
「じゃぁ話にしよう。俺妹がいるんだけどさ」
「えっ、」
「3つ下。慧何歳だったっけ」
「26だけど…」
「あぁ、そうか。妹の方が若干上なのか。慧くらいかなって思ってたんだけど。まぁ、あんま変わらないか。
今頃何してんのかなって思ったタイミングでぽんっと連絡来んの」
「…うん」
「少し前に来たんだけど、20も歳上の男と結婚したんだってさ」
「…マジで?」
「だよなぁ。相手が両親とあまり変わらなくて俺もビックリした。
好きにすればって、人の恋愛って興味なかったし例え何があっても受け入れるだろうと思ってたけど、案外どこか、「この男本当に大丈夫なんだろうか、裏でもあるんじゃないか」って、実際見ると思うもんなんだな」
「…そうなんだ」
「職業病なのかなぁ。会ってないから余計にそう思ってね。
俺、歳の差婚とか何に対しても結構寛容だと思ってたんだけどなぁ」
「…妹さんには…それ、言っちゃいました?」
「流石に取り繕った、メールだけど。後で見返して結構冷たく返したようにも思えていまモヤモヤしてる」
「そうだったんだ」
何故だかふふ、と笑ってしまった。
ぼんやりと誠一が見つめてくるのに「あ、ごめんなさい」と謝る。
「なんか、意外で」
「そう?」
「うん。セイさんが自分で思ってたように、俺もセイさんってなんか、淡白なんだと思ってた」
「意外な自分を発見したよ。別に妹とも普通だったのにな」
「4年いていま知った」
「そうだね」
結婚式とか呼ばれなかったのかな、しなかったのかな。きっと、なんとなく疎遠なのかもしれない。
マトリはいつ撃たれて死ぬかわからないし、とか、そういえば言っていたのを思い出した。
話したら話したでふぅ、と、また目を閉じてしまったけれど、おかげで少し落ち着いた。
しかしふと気付き「そう言えばセイさん何歳なの」とつい口から出てしまった。
「んー31だよ」
「あ、そうだったんだ」
「うん……」
やはり眠いらしい。これ以上は何も言わず、見守ろうかと思えた。
雰囲気的になんとなく、江崎の方が誠一よりも年上だろうとは思っていた。多分そんなに変わらないだろうけど。
つまりまだ、自分は二人と出会った頃の年齢にすら、到達していないようだ。
じゃぁ、その頃の誠一は何をしていたんだろう。例えば…それこそ20歳とかも。勉強をしていたんだろうな。
マトリになるには大学院くらいは出なければと、ふと興味本意で調べたときに、ネットで見つけた。
自分とは随分違うだろう、きっと。
自分は31歳になったら何をしているんだろう。特に何もない自分。生きているのか死んでいるのかもわからない。
取り敢えず明日はスタジオ。近くの出来事に意識が返ってくると、自然と目を閉じることが出来た。
そのとき自分は白い誰かに掴み掛かった。音楽を、頼むから、音楽を聴かせてくださいと。
イヤホンも持ち込めなかった滅菌で。
まだまだどうにか、頑張りたかった。
ぱっと目が覚める。
目が覚めれば汗に気付き、意識が始まれば呼吸が荒くなった。
喉が切れそう、ぼんやりそう思った瞬間にじんわりと、側で頭を撫でられるのを感じた。
はぁはぁ、過呼吸で隣を見ればふわっと茶色い髪。
徐々に目を開けた誠一がふぅ、とゆったり息を吐くように「おはよう」と言った。
息を取り戻していけば、誠一が「何時、」と無機質な声で言い眼鏡を掛ける。3:07。
「…陽も昇ってないな」
誠一は皮肉そうにそう言い、やはりわざとらしく溜め息を吐いたが、眼鏡を外してぎゅっと抱き締めてくれた。
「…ごめんなさい」
特に何も返事はせず、ただもぞもぞと足で挟み込んでくる。
朝勃ち仕掛けたそこを少し押し付けてくるけれど、ただ何も言わず心臓の音を聴かせるのみで、誠一はまた目を閉じた。
この人と初めて寝たのは案外、出会ってから時間が経った頃だった。
こんな風にふとした瞬間にひょっこりと出てきてしまった過去を持ち出して、特に同意という概念もないまま、まるで自分を傷付けるようにこの人は自分を抱いたのだ。
そんなトラウマを知ってからか、たまにどうしても悪夢に犯されるとき、誠一はこうして胸の音を聴かせてくれる。
自分よりも早く感じるその音。それに自分の音が負けてくる。
左手をきゅっと握った。
小さく、丸まったような気持ち。
「うーん………」と、まるで寝ぼけたように、誠一は頭をポンポンしてくる。
目は閉じたまま、まだ眠いのだろう。素直に寝ないとな、とは思うけど、まだ悪夢に動悸がして目すら閉じられない。
流石に気が散ったのか、誠一が再び薄く目を開け「慧」と低く呼んだ。
「眠れないの?」
「…うん、ごめんなさい」
「別にいいよ」
額に軽くキスをし「少しだけね」と温度もなく言う。
ただ細めたその目が、妙に優しく感じることがある。
そのうちまた目を閉じ、すりすりと背を擦ってくれるのについ、しがみつく。
「……何か、音楽でも聴いてみたら」
「……うん」
「それか、少し話でもする?」
「うん」
「じゃぁ話にしよう。俺妹がいるんだけどさ」
「えっ、」
「3つ下。慧何歳だったっけ」
「26だけど…」
「あぁ、そうか。妹の方が若干上なのか。慧くらいかなって思ってたんだけど。まぁ、あんま変わらないか。
今頃何してんのかなって思ったタイミングでぽんっと連絡来んの」
「…うん」
「少し前に来たんだけど、20も歳上の男と結婚したんだってさ」
「…マジで?」
「だよなぁ。相手が両親とあまり変わらなくて俺もビックリした。
好きにすればって、人の恋愛って興味なかったし例え何があっても受け入れるだろうと思ってたけど、案外どこか、「この男本当に大丈夫なんだろうか、裏でもあるんじゃないか」って、実際見ると思うもんなんだな」
「…そうなんだ」
「職業病なのかなぁ。会ってないから余計にそう思ってね。
俺、歳の差婚とか何に対しても結構寛容だと思ってたんだけどなぁ」
「…妹さんには…それ、言っちゃいました?」
「流石に取り繕った、メールだけど。後で見返して結構冷たく返したようにも思えていまモヤモヤしてる」
「そうだったんだ」
何故だかふふ、と笑ってしまった。
ぼんやりと誠一が見つめてくるのに「あ、ごめんなさい」と謝る。
「なんか、意外で」
「そう?」
「うん。セイさんが自分で思ってたように、俺もセイさんってなんか、淡白なんだと思ってた」
「意外な自分を発見したよ。別に妹とも普通だったのにな」
「4年いていま知った」
「そうだね」
結婚式とか呼ばれなかったのかな、しなかったのかな。きっと、なんとなく疎遠なのかもしれない。
マトリはいつ撃たれて死ぬかわからないし、とか、そういえば言っていたのを思い出した。
話したら話したでふぅ、と、また目を閉じてしまったけれど、おかげで少し落ち着いた。
しかしふと気付き「そう言えばセイさん何歳なの」とつい口から出てしまった。
「んー31だよ」
「あ、そうだったんだ」
「うん……」
やはり眠いらしい。これ以上は何も言わず、見守ろうかと思えた。
雰囲気的になんとなく、江崎の方が誠一よりも年上だろうとは思っていた。多分そんなに変わらないだろうけど。
つまりまだ、自分は二人と出会った頃の年齢にすら、到達していないようだ。
じゃぁ、その頃の誠一は何をしていたんだろう。例えば…それこそ20歳とかも。勉強をしていたんだろうな。
マトリになるには大学院くらいは出なければと、ふと興味本意で調べたときに、ネットで見つけた。
自分とは随分違うだろう、きっと。
自分は31歳になったら何をしているんだろう。特に何もない自分。生きているのか死んでいるのかもわからない。
取り敢えず明日はスタジオ。近くの出来事に意識が返ってくると、自然と目を閉じることが出来た。
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