Slow Down

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
59 / 110
I'm ソーダ

7

しおりを挟む
 果たして真樹はどうしたかなぁ。
 どこでこれを、まぁ、音楽室かも。ピアノとか、聴こえたかも。

 開けようとして、「ダメだっつうの」という、男の、笑いを含んだような声が聞こえて文杜は放送室の前でピタッと止まった。

『は、いいなそれ。ほら、ダメだよ、奥を、こう反らして、ほら、喉死ぬぞ、ほら、なぁ』

 咳き込むような、掠れた息が聞こえる。

『ダメか。仕方ないなぁ、まあいいよ。ほら手えついて』

 そして聞こえてくる、小さな、『痛い、』と言う、あの声。

『好きにしてんだから、そりゃ、仕方ないなっ、はぁ、んなこと言って、ほら、こーゆーの、好きなくせに』

 あぁ、これって俺実は今。
 ものすっごく最悪なシーンに出くわしてねぇ?

 目を閉じてみて、深呼吸した。
 「うぁぁ、はぁ、よしゆき、先輩?」完璧だ。これ、やっと聞こえたこの、真樹よりは少し低い声。しかしどうも声、出しにくそう。

「今は、はぁ、あんたの、物だね、俺」

 なんだそれ。

「でも、はぁ、最後だかうぅ、」
「何か言ったか、ん?」
「痛、やだ、」
「萎えてんじゃねぇっ、て、穂。はは、泣くなよ」
「あ゛っ、」
「あ、血」
「…んの、はぁ、っそやろっ、あっ、」

 何故?
 開けてやろうかと思ったのに。

「は、でも、俺しかいねぇだろ?」
「…うん、」

 泣きそうな穂の声がして。
 文杜はドアに掛けた手を下ろした。
 しばらく立ち往生して、なんとなく、終わった頃合いまで動けなくて。

 様々な感情が揺れ動いた。激しく椅子が動く音や、最早机の、動く音まで聞こえた気がして。

「立てねぇの?じゃぁな」

 一連の中で相手の、一番無慈悲な一言のタイミングで文杜はドアを開けた。

 振り向いたそいつは銀髪の、ホストみてぇに整った顔した吊り目の性格悪そうなやつで、文杜を見るなり意地悪そうににやりと笑い、「おい穂、早く立ったら?みっともねぇ」と振り返る。

 穂は机に突っ伏すように蹲っていた。
 両腕だけが投げ出されたかのよう。しゃがんだ状態で振り返り、見上げた穂の一瞬見せた殺伐とした疲労が文杜の胸を打った。

 腹の底に渦巻く感情を処理しきれない。Listen to the感情が不発に終わるのは穂が、それでも無理に笑顔を作りきれず、ぎこちなく、「あぁ、来たんだ」と、弱々しく言ったからだった。

「…に、してん、」

 声になって出ていくのは感情ばかりが先立ってしまって言葉が出ていかない。

 それに穂が無理をするように反動をつけて、立ち上がろうとするのをまずは制そう、というより助けようとして文杜は駆け付けるように、側へ寄る。多分、銀髪野郎はちょっとくらいすっ飛ばしたかもしれない。

「…ちょっ、ねぇ、いいよ、座れる?」 
「…はぁ?」
「無理して立たなくていいから。あ、肩貸すべきなの?これって…じゃはい、取り敢えず…」

 手を差しのべてみたら。
 穂にきょとんとされてしまった。

 何か間違っただろうか。だが後ろで「ふ、」と銀髪に笑われた。

 てゆうか銀髪、まだいたのかよ。早く帰れよとか言うのもどうでもいい。
 ただ穂はどうするのだろうと思い文杜が見つめていれば、穂の浮きかけた、立とうとしたその腰がすたんと、床に落ちるように転んで尻餅をついて。

 反射的に床についた手はどうやら痛かったみたいだ。庇うのはクセにもなっているようで右腕を床から離し、穂はそれをぼんやり眺めていて。それからゆっくり、息を一つ吐いた。

 「ふ、」と、銀髪がまた嘲笑うと、漸く去ろうとドアへ向かうので何か言ってやろう、なんならぶん殴ってやろうかと文杜は思ったが、その背を見て穂が一言、「よしゆき先輩、またね」と言った。

 それに対して銀髪、よしゆき先輩は、答えずに、ただ一瞬振り返ろうとした気はする。

 ドアを荒々しく閉め、反動で音は反響し、少し、開いてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...