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Are you hollow?
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廃工場。
見えてきた時点で異常事態が発生しているのはわかる。フェンス越しに見える無数のバイク。人通りのなさ。
まばらに数台のバイクが横を通る。
皆メットは被らない若者ばかりで、読み取れないが派手な赤字に黒の何かのロゴが入ったステッカーをつけている。唯一読めるのは恐らく頭文字だろう“S”。
タバコを吸いながら後部座席で、流れゆく景色の如く横目で眺める文杜の空虚な瞳に殺気はなかった。
ただ、どうにも怖いと感じた。
彼はそう、どこかで。
どこかで袖を掴んでやらなければ、炎に身を投じてしまうから。
「文杜」
絞り出すような掠れた真樹の一声に文杜はふと我に返り、真樹を見つめた。
その、果てがないビー玉のような網膜が、いつだって、そう。
視線をふと落として目の前の茶色い瞳が綺麗に、行き着いた先はポケットから、指先に挟まれたラッキーストライク。
君はずっと、あれからずっと、それを吸っているのか。
そしてくわえて見上げる様が、なんとも憂いを帯びた官能と、映画のワンシーンみたいで。
シガーキスをすれば、少しは満足そうに真樹の表情筋が緩んだ気がした。
「ありがと」
「…真樹」
「帰ってくるまで待ってるから」
ねぇ君って罪なやつなんだよそうやって。
「…帰ってくるよ」
「うん」
本当はどうにか。
帰る場所くらい失ってみたいよ。火をつけて誰も知らない何もないところに一人で、逃げたいよ。だからそれを君が言うのは罪なんだ。どうして君が言うんだ。
「でももし帰ってこなかったらさ」
「待ってる」
「…ワガママ」
後部座席の二人の静かな会話を聞いて、ナトリは、やっぱり真樹と俺でよかった。真樹をこいつのところへ連れ出せてよかったと思った。
それが出来るのは国木田だけなんだろう、と、妙に一之江は納得した。
お前らすげぇな。じゃなきゃお前らの空虚はどうしたって埋まらないんだな。
現地、入り口の廃れたフェンスが外れている。人通りがない。その高級外車はとても景色から浮いていた。
何も言わず文杜は後部座席から出ていき、ふらっと、ポケットに手を突っ込んだ猫背姿が狂気的だった。
フェンスを蹴破り、軽い拍子で仲間にふらっと手を上げて回りを見つめて挨拶。
見えた横顔にいつもの優しさがなくなっていた。
これはあかんな。
そう感じてナトリは出て行こうか、出て行って見守っているべきではないかと思ったが、先に出て行ったのはどうやら後部座席の真樹だった。
「あっ」
こうなってしまっては否が応でも出ねばならない。仕方ない。
車のドアを開け、フェンスの前で立ち尽くした真樹の後ろから眺めた。
なるほど、惨状。
武器があったりなかったり、とにかくわりとぶん殴り合っている最中で。
どうやら武器を所持しているのは文杜が属している方でない、リーダー側の勢力らしい。
文杜がよく言う喧嘩心情、「拳で語り合え」に反する。これは解散して正解だ。
だが大丈夫か。相手方、最早喧嘩屋ではなくチンピラだ。金属バットや鉄パイプなんて、打ち所悪けりゃ仏さんじゃないか。
「酷いもんだなこりゃ」
「あいつ…」
「そんでも見てんのか、チビ」
声を掛ければ真樹は見上げぎこちなく頷いた。
それにナトリは無表情で頭に手を置く。
「なに食いたい?帰ったら。思い付く料理は八宝菜なんだけど」
「台湾まぜそばってのがあるらしいよ」
「マジ?どこ?台湾?ホントにそれ台湾料理?」
「名古屋」
「出たよ日本人の悪いとこ。たまにこうなんて言うか韓国じみてるよな日本って。まぁそのアバウトさがアットホームなんだけど。でも案外そーゆーの美味かったりするんだよなぁ」
「じゃ台湾まぜそばにしよ」
「どこにあるの?食える?どっかで」
「ないと思う」
「なんだよ!てかどこで知ったのそれ」
「よーちゃん家のなんか雑誌。名古屋特集」
「胡散臭いからやめよう。なんか刺激的なもん食わそうよ」
「ラーメンじゃない?長浜」
「野郎しかいないしな。金はオカモト先生が出してくれるよねラーメンだったら15人くらい」
「傷に染みるねぇ、きっと」
二人でふと笑い合ってまたフェンスの向こうを見つめる。
武器を持ってる腕をへし折らん勢いで蹴っ飛ばしたりしながら文杜は、「ごっ、じゃ、ごっじゃ、ごっじゃずたぁぁい!」と、やっぱり選曲はミッシェル。
「なんでいつもあいつミッシェルなんだろうな」
「確かに。ハイテンポだからじゃない?」
「なにそれよくわかんない」
「ジョブしてみる?ほら、なんかさ、ごっ、じゃず、ごっ、じゃず、ほらほらぁ、殴りやすいんだよ!あこれ楽しい」
急に真樹が右左と拳を繰り出してくるもんだから。
しかもそれから調子に乗り、「うちゅーの果てまでぶっ、飛んでいけぇる!」とか唄いながら回し蹴りまで始めてしまったので「やめりゃぁこのアホ!」とナトリは真樹の足をぶっ叩き落とす。
車から見ている一之江からすれば。
なにやってんだあのクソガキ共。
これに尽きる。
何故楽しそう?かと思えば野球観戦でもしているかのようにヤジを飛ばしているのが見える。ヤジか?なんか歌ってんのか?なんだあれは。
しかしまぁこうしてみると身長差、真樹はナトリの肩下だ。真樹は確かに小さいがナトリは長身だ。車の中から見る一之江すらそう思う。
「ふらーぁぁぁい!ふらーぁぁぁい!ばぁぁぁ!めぇぇぇぇん!」
あ、なるほどな。
これ、最近観た。何の何処でだったか。
スーツの4人組が地下室で、バンドをやってる。嗄れ声のボーカルで。それをヤジで、この二人叫んでんのか。なるほど。
友情って、そーゆー事情で出来てんのか。だとしたら、なかなか、素質だなぁ、お前ら。
見えてきた時点で異常事態が発生しているのはわかる。フェンス越しに見える無数のバイク。人通りのなさ。
まばらに数台のバイクが横を通る。
皆メットは被らない若者ばかりで、読み取れないが派手な赤字に黒の何かのロゴが入ったステッカーをつけている。唯一読めるのは恐らく頭文字だろう“S”。
タバコを吸いながら後部座席で、流れゆく景色の如く横目で眺める文杜の空虚な瞳に殺気はなかった。
ただ、どうにも怖いと感じた。
彼はそう、どこかで。
どこかで袖を掴んでやらなければ、炎に身を投じてしまうから。
「文杜」
絞り出すような掠れた真樹の一声に文杜はふと我に返り、真樹を見つめた。
その、果てがないビー玉のような網膜が、いつだって、そう。
視線をふと落として目の前の茶色い瞳が綺麗に、行き着いた先はポケットから、指先に挟まれたラッキーストライク。
君はずっと、あれからずっと、それを吸っているのか。
そしてくわえて見上げる様が、なんとも憂いを帯びた官能と、映画のワンシーンみたいで。
シガーキスをすれば、少しは満足そうに真樹の表情筋が緩んだ気がした。
「ありがと」
「…真樹」
「帰ってくるまで待ってるから」
ねぇ君って罪なやつなんだよそうやって。
「…帰ってくるよ」
「うん」
本当はどうにか。
帰る場所くらい失ってみたいよ。火をつけて誰も知らない何もないところに一人で、逃げたいよ。だからそれを君が言うのは罪なんだ。どうして君が言うんだ。
「でももし帰ってこなかったらさ」
「待ってる」
「…ワガママ」
後部座席の二人の静かな会話を聞いて、ナトリは、やっぱり真樹と俺でよかった。真樹をこいつのところへ連れ出せてよかったと思った。
それが出来るのは国木田だけなんだろう、と、妙に一之江は納得した。
お前らすげぇな。じゃなきゃお前らの空虚はどうしたって埋まらないんだな。
現地、入り口の廃れたフェンスが外れている。人通りがない。その高級外車はとても景色から浮いていた。
何も言わず文杜は後部座席から出ていき、ふらっと、ポケットに手を突っ込んだ猫背姿が狂気的だった。
フェンスを蹴破り、軽い拍子で仲間にふらっと手を上げて回りを見つめて挨拶。
見えた横顔にいつもの優しさがなくなっていた。
これはあかんな。
そう感じてナトリは出て行こうか、出て行って見守っているべきではないかと思ったが、先に出て行ったのはどうやら後部座席の真樹だった。
「あっ」
こうなってしまっては否が応でも出ねばならない。仕方ない。
車のドアを開け、フェンスの前で立ち尽くした真樹の後ろから眺めた。
なるほど、惨状。
武器があったりなかったり、とにかくわりとぶん殴り合っている最中で。
どうやら武器を所持しているのは文杜が属している方でない、リーダー側の勢力らしい。
文杜がよく言う喧嘩心情、「拳で語り合え」に反する。これは解散して正解だ。
だが大丈夫か。相手方、最早喧嘩屋ではなくチンピラだ。金属バットや鉄パイプなんて、打ち所悪けりゃ仏さんじゃないか。
「酷いもんだなこりゃ」
「あいつ…」
「そんでも見てんのか、チビ」
声を掛ければ真樹は見上げぎこちなく頷いた。
それにナトリは無表情で頭に手を置く。
「なに食いたい?帰ったら。思い付く料理は八宝菜なんだけど」
「台湾まぜそばってのがあるらしいよ」
「マジ?どこ?台湾?ホントにそれ台湾料理?」
「名古屋」
「出たよ日本人の悪いとこ。たまにこうなんて言うか韓国じみてるよな日本って。まぁそのアバウトさがアットホームなんだけど。でも案外そーゆーの美味かったりするんだよなぁ」
「じゃ台湾まぜそばにしよ」
「どこにあるの?食える?どっかで」
「ないと思う」
「なんだよ!てかどこで知ったのそれ」
「よーちゃん家のなんか雑誌。名古屋特集」
「胡散臭いからやめよう。なんか刺激的なもん食わそうよ」
「ラーメンじゃない?長浜」
「野郎しかいないしな。金はオカモト先生が出してくれるよねラーメンだったら15人くらい」
「傷に染みるねぇ、きっと」
二人でふと笑い合ってまたフェンスの向こうを見つめる。
武器を持ってる腕をへし折らん勢いで蹴っ飛ばしたりしながら文杜は、「ごっ、じゃ、ごっじゃ、ごっじゃずたぁぁい!」と、やっぱり選曲はミッシェル。
「なんでいつもあいつミッシェルなんだろうな」
「確かに。ハイテンポだからじゃない?」
「なにそれよくわかんない」
「ジョブしてみる?ほら、なんかさ、ごっ、じゃず、ごっ、じゃず、ほらほらぁ、殴りやすいんだよ!あこれ楽しい」
急に真樹が右左と拳を繰り出してくるもんだから。
しかもそれから調子に乗り、「うちゅーの果てまでぶっ、飛んでいけぇる!」とか唄いながら回し蹴りまで始めてしまったので「やめりゃぁこのアホ!」とナトリは真樹の足をぶっ叩き落とす。
車から見ている一之江からすれば。
なにやってんだあのクソガキ共。
これに尽きる。
何故楽しそう?かと思えば野球観戦でもしているかのようにヤジを飛ばしているのが見える。ヤジか?なんか歌ってんのか?なんだあれは。
しかしまぁこうしてみると身長差、真樹はナトリの肩下だ。真樹は確かに小さいがナトリは長身だ。車の中から見る一之江すらそう思う。
「ふらーぁぁぁい!ふらーぁぁぁい!ばぁぁぁ!めぇぇぇぇん!」
あ、なるほどな。
これ、最近観た。何の何処でだったか。
スーツの4人組が地下室で、バンドをやってる。嗄れ声のボーカルで。それをヤジで、この二人叫んでんのか。なるほど。
友情って、そーゆー事情で出来てんのか。だとしたら、なかなか、素質だなぁ、お前ら。
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