蜉蝣

二色燕𠀋

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懐古

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 湿った金属は無惨なまでの真紅を彩り、床へ落下する。力亡くした息子の背中は存外小さすぎるのだと、男は唖然とした気持ちで二人の若者を眺める。

 息子の浅い緑の着物の端を染めていくそれは滝のようだと、陳腐な装飾しか浮かばぬ程には動揺しているのかもしれないが己の心境を振り返ればこれが体言なのかと、芯は冴えて底冷えするように浮かんでくるものは羨望に近いものがあった。

 己に実現が不可能であった遠い希望を、堕落の合間に見つけた、友人の行動力から感化されてやり遂げてしまう息子は一重ひとえに、人間として欠落はしていない。ただ、人間関係は一つの欠陥でしかない。今一つの刺激にしかならない、それは予想外に感情論が物語った結論だ。

 恐らく、男が死んでしまった世界で生きた二人はこのようにして生きた、それをまざまざと見せつけられた気がした。

 なるほど、一度死んだ存在だけある。これは離脱症状や幽体離脱ではなかった。真実、俺はどうやら死んだらしい。彼らのなかでの俺は最早屍であった。

 それを望んだような気がしていた。冴えない惰性感の片隅でそれはどこかを掠めていて、単に、だがどこか核心は突かれてしまったのもここへ来て、事実だった。

 単に健忘出来ない何かがあったのだと認められない己を空白が埋めてしまった今、そのジレンマへの隙間を埋める行動は予想を脱する。

 息子の言う筋だったのかもしれないが、それを突き刺された今、それでも生きたいと、書きたいと思えない贅沢病と対峙して、だが羨望している自分のまざまざとした醜態に限度の加減を見極めているような、そんな情緒が有り余る。

 己が果たして何をしたかったのかと言うのは最早栓のない、センスが欠如した話なのだ。何がしたかったか、わかりきっている。男は何もしたくはなかったのだ。

 しかし思い返してみればあの時の。
 あの低酸素に魘されて呼吸を渇望したあの生理現象の実態と、そこから立ち去った瞬間に見た手の震えは最早、一酸化炭素中毒ではない、また別の何かではないか、不意に浮遊して沸騰して踊り狂った、ゴミのような記憶、あれはあのとき確かに。

 恐怖のようなものかもしれない。

 全てを失いここに来て現状を見つめて心臓を突き刺した事実の刃。懐古に縛られていたのは、固執、執着していたのは自分自身の自尊心以外の何者でもなく、だからこそ彼は、息子は私を殺せなかった。そう考えれば合点がいって己は敗北をしたのかもしれない。

 ならばそう、息子がこうして守ったこれは何なのかと思いを馳せても、至極残念なことに男には最早歩み寄れない境地だと知る。こんな臓物はもう、どす黒くなってしまっている。

 同じ道を歩んだような気にならないで欲しい。シンプルなこの、願いに似た陶酔のような、アルコールに近いそれは恐らく副作用である。男は何よりどこかの中毒者だ。頭はおかしい分類だ。

 その後の彼らをどうしたか、どうなったかを語るのは恐らく私には出来ないことだ。これは最期の作家としての末路を語る、それである。

 身を振り出しに戻すも考え、けれどもやる気はないのだから、またどこかで細く息を吸うのかもしれない。私はどうしても、死ねない作家であることは間違いない。いつか猫のように、また、気が向いたら、書き始めるのかも、しれない。
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