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雨雫
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色々を考えながら帰路につく。店の前まで来て少しの空気の違いがあった。傘を閉じると背中に「おかえりなさい」と声が掛かった。あまり聞き慣れないような声だった。
椅子に翠が座って、今月の『月刊 文蝶』を読んでいた。番台で頬杖をついた空太と目が合うと、空太はぼんやりと蛍を眺め、「どうだった?」と聞いてくる。
「明日仕事だよ」
「え?」
「対談」
蛍がちらっと翠を見ると、空太は察したように、追求をやめる。ひとつ、蛍の頭から爪先までをぼんやりと眺め、「なんかさ」と口を開いた。
「異風だね」
「なにが」
「出で立ちが。なんだろう、どっかで見たことある。けどまぁ、」
変だ。
それを空太は飲み込んだ。
蛍はどうも、がさつというか無頓着なところがある。
例えば今だって、薄水色の着流しに、黒い羽織。それと、足元が雨靴。それと明らかに小さめのビニール傘。
最早どこからツッコミを入れたらいいかわからない出で立ちなのだ。これは言葉で表すなら異風でぴったりだろうと空太は心で、自分の語彙センスを自画自賛した。
「坂本龍馬ですか?」
「あぁ、」
翠に言われてなるほどと、空太は納得した。
言われてみればと蛍は自分の全身を見渡してみて、確かにと納得する。
「好きなの?」
「え?」
取り敢えず蛍は玄関というか、段になっているところに腰掛け、クロックスに履き替えた。どうせこれから遠出はしない。
返答なく妙だなと思って顔を上げればと依然として空太は暇そうに、手元の、恐らくスケッチブックに鉛筆で何かを描いている。翠はどうやら俯いている。
「シバさんなんかいいんじゃない?彼はなかなかこう…いや、大体史実通りに書いているのをわかるからこその面白さがあると思うんだよね」
「はい?」
「『竜馬がゆく』名作でしょ」
何故か空太が吹き出した。何故だろう、物凄くバカにされた気がする。
だが翠も「あぁ、」と微笑んで言い、それから、「坂本龍馬ですか」と、手元の本を閉じた。
「どんな本ですか?」
「日本史入門小説」
「なるほど…」
「ねぇ翠くん」
「はい?」
「珍しいね、月刊誌」
「まぁ、はい。最近わりと読みます。好きな作家さんの連載が載ってるんです」
「へぇ…」
「空太さんが読んでたんで。
空太さん、これの編集に携わってるらしいじゃないですか。安く売ってくれて…もう嬉しくて」
それを聞いて蛍は思わず空太を睨み付ける。その蛍の視線を感じて空太は不自然に顔を横へ背けた。
ろくでもないとはこの事だ。高校生からこうして、小金をせしめやがって。
「…仲良くなったみたいで」
「まぁ、はい」
「こんな大人にならないでね」
「なんだよ」
「ろくでもないと言いたいんだよ」
これまた語彙が秀逸ですねと、空太は心の中で蛍に呟いた。思いが伝わればいいのにと思い、蛍を見れば、自分がついつい描いてしまった坂本龍馬の似ていない落書きを眺めて蛍が顔をしかめている。
これは気まずい。無言で番台から退くと、蛍は上がり込んで何食わぬ顔で、いま空太が座っていた番台に取って変わった。
「でもちゃんと宣伝でしょ…?」
「何が?」
「好きなんだってよ」
にやにやしながら空太が告げてくる。
なんだこの気持ち悪い空気。なんだかしてやられているような、上手く丸め込まれてるような。
「次の扉絵この龍馬にしようかな」
「よくわからないんだけど」
「まぁ、インスピレーション?」
なにがインスピレーションだ。しかしまぁ、なんかそういえば猫と文豪の話だし。でもそれってなんかちぐはぐじゃないか?
「空太さんが扉絵をやっているなんて感激ですよ。上柴楓の雰囲気ぴったりですよね。思わずサイン貰っちゃった」
なんだそれ。
椅子に翠が座って、今月の『月刊 文蝶』を読んでいた。番台で頬杖をついた空太と目が合うと、空太はぼんやりと蛍を眺め、「どうだった?」と聞いてくる。
「明日仕事だよ」
「え?」
「対談」
蛍がちらっと翠を見ると、空太は察したように、追求をやめる。ひとつ、蛍の頭から爪先までをぼんやりと眺め、「なんかさ」と口を開いた。
「異風だね」
「なにが」
「出で立ちが。なんだろう、どっかで見たことある。けどまぁ、」
変だ。
それを空太は飲み込んだ。
蛍はどうも、がさつというか無頓着なところがある。
例えば今だって、薄水色の着流しに、黒い羽織。それと、足元が雨靴。それと明らかに小さめのビニール傘。
最早どこからツッコミを入れたらいいかわからない出で立ちなのだ。これは言葉で表すなら異風でぴったりだろうと空太は心で、自分の語彙センスを自画自賛した。
「坂本龍馬ですか?」
「あぁ、」
翠に言われてなるほどと、空太は納得した。
言われてみればと蛍は自分の全身を見渡してみて、確かにと納得する。
「好きなの?」
「え?」
取り敢えず蛍は玄関というか、段になっているところに腰掛け、クロックスに履き替えた。どうせこれから遠出はしない。
返答なく妙だなと思って顔を上げればと依然として空太は暇そうに、手元の、恐らくスケッチブックに鉛筆で何かを描いている。翠はどうやら俯いている。
「シバさんなんかいいんじゃない?彼はなかなかこう…いや、大体史実通りに書いているのをわかるからこその面白さがあると思うんだよね」
「はい?」
「『竜馬がゆく』名作でしょ」
何故か空太が吹き出した。何故だろう、物凄くバカにされた気がする。
だが翠も「あぁ、」と微笑んで言い、それから、「坂本龍馬ですか」と、手元の本を閉じた。
「どんな本ですか?」
「日本史入門小説」
「なるほど…」
「ねぇ翠くん」
「はい?」
「珍しいね、月刊誌」
「まぁ、はい。最近わりと読みます。好きな作家さんの連載が載ってるんです」
「へぇ…」
「空太さんが読んでたんで。
空太さん、これの編集に携わってるらしいじゃないですか。安く売ってくれて…もう嬉しくて」
それを聞いて蛍は思わず空太を睨み付ける。その蛍の視線を感じて空太は不自然に顔を横へ背けた。
ろくでもないとはこの事だ。高校生からこうして、小金をせしめやがって。
「…仲良くなったみたいで」
「まぁ、はい」
「こんな大人にならないでね」
「なんだよ」
「ろくでもないと言いたいんだよ」
これまた語彙が秀逸ですねと、空太は心の中で蛍に呟いた。思いが伝わればいいのにと思い、蛍を見れば、自分がついつい描いてしまった坂本龍馬の似ていない落書きを眺めて蛍が顔をしかめている。
これは気まずい。無言で番台から退くと、蛍は上がり込んで何食わぬ顔で、いま空太が座っていた番台に取って変わった。
「でもちゃんと宣伝でしょ…?」
「何が?」
「好きなんだってよ」
にやにやしながら空太が告げてくる。
なんだこの気持ち悪い空気。なんだかしてやられているような、上手く丸め込まれてるような。
「次の扉絵この龍馬にしようかな」
「よくわからないんだけど」
「まぁ、インスピレーション?」
なにがインスピレーションだ。しかしまぁ、なんかそういえば猫と文豪の話だし。でもそれってなんかちぐはぐじゃないか?
「空太さんが扉絵をやっているなんて感激ですよ。上柴楓の雰囲気ぴったりですよね。思わずサイン貰っちゃった」
なんだそれ。
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