蜉蝣

二色燕𠀋

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泥濘

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 それから二人はさつきにパーンと背中を押され、病室から追い出された。
 互いに目を合わせ、「煙草吸うか…」と溜め息混じりに空太が提案をした。
 二人でそのまま屋上に行き、「寒っ」と言いつつ空太は煙草に火をつけた。

 蓮はというと、白い機械じみた、と言うよりは玩具がんぐにしか見えない道具をポケットから取り出す。吸い口は確かにどうも煙草らしい。その、アイコスの吸い口を蓮は咥えている。

 これは確かに、タバコなのか。吸ってみたいという興味はないが、「美味いか?」と空太は蓮に聞いてみる。

「煙草なんだよなそれ」
「空太のまわりにはいない?」
「いるにはいる」
「でもさぁ」

 空太の指に挟まれた煙草を見つめて蓮はぼんやりと言う。

「空太ってわりと似合うよね」
「何が?」
「煙草。指が綺麗」
「あそう…」

 そういえば蛍もよく、人のタバコ姿を眺める。

「蛍もそういえばよく…」
「蛍はさぁ、」

 蓮が急に投げやるように言った。
 一体どうしたのか。

「今回はどうしたの」
「…なんか、前日から少し情緒不安定だったな。寝れなかったみたいだし」
「前日から?」
「俺ら今共同で作業してて。俺今蛍ん家に泊まってんだよ、ここ数日な」
「なるほどね。え、週刊連載辞めたのに?」
「だからだよ。こうなるんじゃないかと思って…担当が配慮してくれたんだけど」
「あぁ、それは空太じゃだめだね」

 そう、しれっと言う蓮は、早めに夕方を見せる晴れた景色を見つめながら空太に言い刺した。 

 秋から冬にかけて、陽が落ち込むのが酷く早い。夜になるのはあっという間、朝が来るのが少し遅い。光が、短くなっている。

「どーゆー意味?」
「空太はだって、お人好しじゃないか」
「まぁ…」

 そこまではっきり言われるとこちらも気分はよくない。

 まぁ確かに、お前に、好きな女の子を取られたことだし。しがない営業だし売れない画家だし、説得力ハンパないわな、それ。

「流石幼馴染みだね。よくわかってんな、」
「まぁな。なんせ俺は君から」
「それ以上言うなよ。喧嘩したくないんだけど」
「どうして?」

 やりきれない気持ちで空太は煙草を足元に捨て、踏み消した。
 何故か知らんが蓮はどうやら機嫌が悪い。

「空太はまだうちの嫁に未練があるのかい?」
「ねぇよ、そうじゃなくてさ」
「俺はあるよ」

 蓮はアイコスから煙草を抜いてケータイ灰皿に吸い殻を捨てた。そんな仕組みなのかと少し感心した。

「俺は空太、さつきが欲しかった。さつきを愛してるさ。だけどね、同じくらいに蛍も愛していて空太も好きさ」

 あまりにもあっさり純粋そうに蓮が語り始め、それに思わず口が開いてしまった。

「ん?待って」
「うん、待とう、俺おかしいな、うん、俺は何が言いたい?」
「わかんない」
「それがさぁ」

 そして蓮は急に溜め息を吐き、手摺りに寄り掛かり、空太に煙草を要求してきた。

「俺な、最近思うんだ。
 さつきのこと好きだよ?全然いまだに笑った顔とかぶっさいくな寝顔とか」
「ここに来てノロケかよ。お前情緒大丈夫か?」
「でもな、なんて言うか。
 うーん」
「なによ、気になる」
「俺さっき蛍の寝顔見て凄くときめいたどうしよう」

 飲み物を飲んでいたら多分吐き出していた。そんな詰まり方をした。

「は、はぁ!?」
「いや驚くよねでもね、俺実は他にもちょっと覚えがあると言うか…」
「うん…はぁ」
「ぶっちゃけあぁどうしょう再燃してきた…はぁ、俺怒ってたんだよ、空太。君がいながらにしてなんで蛍があんなことになってんのか」
「わかんない、全然わかんない」

 ここに来て一瞬脱線したが話が戻ったようだ。ただ、凄く偉そうに言われてしまった、このアパレルクソ野郎に。

「…さつきと上手くいってないのか?」
「いってるよ!なんなら毎日いってきます、ただいまはちゅーだよ!」

 どうしよう凄くどうでもいい。
 と言うか幼馴染みだけあってあまり想像したくない。
 というかそこでムダに照れないでくれ聞いたこっちがやるせない。

「じゃぁいいじゃん…」
「けどさ、わかんねぇやつだなお前な、それも俺の中ではなんと言うか…ルーティンワークみたいな。別に特別な意味がないというかな、なんか空気吸って二酸化炭素吐いてんのと変んないわけ」
「うわぁ、ひでぇ」

 浮気するやつの典型的なそれじゃないか、それ多分。

「てか、これぶっちゃけると…。
 あいいやめよう。今夜は飲もう。したら話すわ」
「は?」

 なんだろう凄く聞きたくないような聞きたいような嫌な感じだ。

「ほら、ぼさっとしてるとさつきに殴られるぞ空太。早く行こう」
「…はぁ」

 凄く向いてると思うんだが、さつきと蓮。

 空太は想像してみた。
 自分がさつきの旦那だったら。
 全く想像が出来なかった。まぁ、蓮の時もそうだったのだけど。もともと蓮はアパレル関係に就きそうな、なんと言うか目立ったタイプでもなかったし。正直すぐに二人は終わるかもしれないと、どこかで空太は思っていた。以前の蓮はこんなに喋るタイプでもなかったし。

「でも空太は…」

 ふと、階段の前で蓮が振り向く。

「いや、ムカつくからやっぱ今夜ね」

 なんなんだ蓮。

「…お前さつきに似てきたんじゃない」
「うるせぇ」

 しかし、少し哀愁が取れたのもまた事実ではある。それは蓮のおかげで、さつきのおかげだった。
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