蜉蝣

二色燕𠀋

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紫煙

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 ふと空太を見ると空太は空太で自分のページやらスケッチやらを見返している。

 やはり我々は創作者。同じような衝動にぶつかり、悩みやインスパイアがあるようだ。その脳の仕組みは変わらない。至ってシンプルなもの。
 時に衝動、時に交錯、時に破壊してまた創造をする。それが感性であり想像であり、リアリティとフィクションを渡り歩いた結果のエキセントリックな現象へ投じる。

 自然な動作で蛍はセブンスターを一本取り出しては火をつけた。
 まろやかな苦味と喉に留まる有害物質は血の味のようだ。これは頭が冴える。ふわっと広がる血液とぼんやりした陶酔に似た何か。ニコチンとタールにはそれがある。酒には出せない浸水感。

 そう、例えるなら。
 あまり上手い例えでもないが。

 煙草はきっと水中へ入る瞬間。肺を水浸しにするような感覚で、酒は、気付いたら溺れている、そんな感覚なんだろうか。これはあくまで自分の感覚だが。

 いつも酒を飲み始めているときは、果たしていつから飲んでいたのか思い出せないが、何故かその流れで書いた原稿だけははっきりと覚えている。どこからどこまで書いたのかというのが。
 これは不思議なものだと蛍には思える。意識したことはなかったが、しかしあれだ。泥濘でいねいして書き込んでいるときはアルコールが行き過ぎていない、妙な泥酔でいすいの感覚なのかもしれないな、とふと思った。

 たまに怖いくらいに刃物として頭を切り裂くような言葉を連ねる自分がいる。冴えている、筆が進んでいく。予想だにしない。
 それは未知との遭遇のようでそんな時、自分の沸き起こるこれが素なのか才能なのかと興奮のような、とにかくアドレナリンに任せて筆を進めることがある、そんな瞬間が、上柴楓にはある。

 しかし同時にどこか恐怖もあるのだ。そして、それに手が、筆が付いていかない、身震いするような思いになり深呼吸を兼ねてみることがある。冷静になって読み返して今みたいに煙草を吸う。これで納得がいけば大体満足。そうでなければ結構支離滅裂。

 自分は恐らく生まれもった才能云々とかそういった類いのタイプではないと言う自覚は蛍の中にはある。
 例えばよく言う、『言葉が降ってきた』と言う小説家や詩人や作詞家がいる。つまり自分はそれじゃない。何故なら、今現在25年を生きてきて言葉が降ってきたことなど、一度たりともないからだ。

 大体なんだそれ、宗教かよ。神のお告げ的なことを言いたいなら表現が間違っている気がしてならないと思ってしまうあたりがまず偏屈なのだろうか。

 降っては来ないが浮かんでは来る。違うのだろうか。と言うかどこから降ってくるんだ君たちと一度聞いてみたい。やはり偏屈なのだろう。売れないくせに無駄に偏屈だ。これは卑屈である。

 今回の書き出しは自分の中で、どうなんだ。点数的には65。いや、下げてもいいな、60。
 プロットを作らないせいか上柴はどうも書き出しがいまいちな気がしてならない。
 多分まだ、作品に思い入れがないからだ。まぁいい。ならば思い入れが入った頃に書き直そうか。

 黙々と、ただ黙々と。
 自分が突き進むままに上柴楓が万年筆を走らせては止め、止める回数が減り始めた頃だった。
 肩を叩かれ耳元で、「上柴先生」と聞き慣れた声がしたが、煩わしく思い手で無意識に払ってしまった。

 しかし何分なにぶん現実が近かくに訪れた気がして興醒めしてしまい、原稿から顔を上げる。

 そこで漸く、この幼馴染みがこんな濃厚と言うか、一周回って親しみを込めた自分の上柴スイッチを切ったのかと理解した。
 思わず「あぁ…はぁ…」なんて、間の抜けた、と言うより空気の抜けたような返事を返してから立ち上がった。

 担当の野山さんが申し訳なさそうに立っていた。控えめな笑顔、小柄なわりに肩幅が広い、しかしながらビジネススーツは灰色できちんと質素だ。大体女性はスーツとなると、シャツがフリフリだったりパンツだったり、まぁ別に良いのだけど、なんというか野山さんはそういったタイプではない。本当に質素というか、ある意味古風というか、そんな人だ。40代前半という年齢もあるのかもしれないが。

「あぁ…すみません、お茶でもいれますので、どうぞお掛けください」
「いえいえ。執筆中にすみません。お構い無く。少し話をしに来ただけなので」
「まぁ、奥へ…」

 気を利かせたのか空太が野山さんを促したので、蛍も腰を上げて居間へ案内する。
 お茶は然り気無く空太がいれてくれた。野山さんはちゃぶ台を前にして正座し、「どうですか?筆の具合は」と聞いてきた。
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