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菖蒲の盛りに
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條徳寺は現在、葬儀・出棺までを手伝っている。
墓所は遺族が探してくる手順となったが、当たり前に遺族はそれほど葬儀や埋葬に詳しくはない。
結果、葬儀以外はこちらが墓所の助言などをするという形になったが、どの寺が管理をするのかという仲介、調整の方が少々難航していた。
遺体を引き受けてまではくれるのだが、そもそもこちらが真言宗、密教とまで言われているし、どうやら悠禅の話ではないが、空海の宗派は決まり事が多い。
例えば、読む経が違うこともある。
殆どの宗派で共通の“般若心経”でいいのだが、真言宗の特徴である「南無大師遍照金剛」と冒頭で読むのかどうかという、至極どうでもいいと感じることだが、寺側はそうもいかないらしい。
檀家側は案外さっぱりしているのに対し、寺側が微妙。
勿論神は神でしかないのだから「嫌だ」と言う宗教家もあまりいない…ぶっちゃけ、そんな者はその寺でも遠巻きにされるような人物だったりするようだが、いるにはいる。
取り扱うのも生きた穀潰しの浪人よりはましだし一見順調にいきそうに見えて、この件に関しては同じ神職故に、相手側が遺族へ気を遣ってしまっている印象があった。
なので正直、元々ある場所から離れるという壮士の申し出は、有り難いものだった。
何故だろうな、と考える。
本当は坊主など、下手に自分に酔い、所謂「顧客」に押し付ける側でもないのになと、今日返信が来たどこぞの寺からの手紙で感じた。
遺族が満足することを第一とする自分とここは、縁がないらしい。
死者も、確かに大切なものではあるけれども。
このなんとも言えないやり取りにモヤモヤしていく日々にも、慣れてきていた。
「仕事だけは早いんやけどなあ」
返信を考えていた最中、壮士の声がして我に返った。
何も言わず、まるで鼻に掛けるように去る壮士と入れ換えで、少し機嫌が悪そうな翡翠が、坂本と…何やら小汚ない、簑を被った男を連れている。
「…どうも」
「南條の坊さん、ちょーっち、今日はこん人と」
「えらい驚きやで、この人、あの桂小五郎や言うんやから」
簑と泥を被り髪の毛をボサボサにした、如何にも「穢多」のような男が「忝ない…」と顔をごしごしと擦れば確かに、見覚えのある…上流階級の男だった。
…そんなにも酷いのか、長州への風当たりはと感じ言葉を失ったがすぐ、「無礼ですが、変装でして…」と桂は言った。
「……変装!?」
「はい…」
「いや凄…てっきりそんなに酷いのかと…いや、酷いか…それはそうでもしないと…ということですか?全く誰だかわからなかった…」
「はいまぁ…」
妙な間が流れる。
翡翠はなげやりに「あれからこん人に人探しを頼まれまして」と坂本を見据えた。
「郭にいたなら、こんなん得意やろうと」
「いんやまっこと見事じゃった」
「…あんさん一直線に失礼な人ですよねぇ。お役に立てて何よりですが。
あんさんは前も頼まれましたよ。当の、吉田稔麿から」
「本当に忝ない…」
「いいえ、あんさんが悪いわけでもありませんやろ。今回のは確かにと思いますわ。せやけど坊主に聞かせる話やな」
「いや、そう言われると気になるに決まってんだろうよ…なにそれ…。
まぁ、風呂でもどうぞ…沸かして」
「わても最初はトキさんと同じこと、思いましたんで沸かしておきましたわ。どうぞおあがりなさいな」
「何から何まで忝な」
「わしゃあ腹が減っちゅうがよ」
朱鷺貴、翡翠は目を見合い、溜め息が出るのも同時だった。
腰低く申し訳なさそうな桂と、「飯じゃ飯じゃ」と対照的な坂本は、一度部屋を出て行く。
「…で、どーしたのあの人たちは」
「聞かせちゃならんというより…ホンマはわりとええんかもしれまへんが、あの守銭奴間者はどうやら恐ろしい企てをしてるんやないかて、二人はその企てを止めたいらしいです」
「恐ろしい企て?」
「なんでも、御所を放火するとか…」
「……御所を放火!?」
「はい」
「あの、政変でか?それにしても…」
長州で言えば高杉晋作が、英国大使館を放火したことがある、それを思い出した。
…あれから、高杉の話を全く耳にしなくなったのも、心のどこかでは多分、引っ掛かっている。
「どうとか、詳細は二人も知らんらしいけど、それを知るのも含め、まずは説得へ向かいたいようです。
桂さんのあの様を見ると、もしかすると本気なんやないかて思いますよね」
「壬生浪もいるし見廻り組もいる。そんな夢のような話…どうするつもりなんだあの番頭と…確かに気になるな。
放っておける事でもないとなると…気が狂いそうだな」
英国大使館の焼討ちも、どうやら世間も震撼させたようだが考えてみれば、あれは本来の意味での「攘夷」だ。
攘夷は上が掲げているもので、いま薩摩や長州がやっているエゲレスとの戦争もまた然りだ。
そこに桂が…いや、長州が掲げる「天皇が兵を持て」という思考も…斬新だが筋は通っている。なのに、長州は世間の逆境に立った。
墓所は遺族が探してくる手順となったが、当たり前に遺族はそれほど葬儀や埋葬に詳しくはない。
結果、葬儀以外はこちらが墓所の助言などをするという形になったが、どの寺が管理をするのかという仲介、調整の方が少々難航していた。
遺体を引き受けてまではくれるのだが、そもそもこちらが真言宗、密教とまで言われているし、どうやら悠禅の話ではないが、空海の宗派は決まり事が多い。
例えば、読む経が違うこともある。
殆どの宗派で共通の“般若心経”でいいのだが、真言宗の特徴である「南無大師遍照金剛」と冒頭で読むのかどうかという、至極どうでもいいと感じることだが、寺側はそうもいかないらしい。
檀家側は案外さっぱりしているのに対し、寺側が微妙。
勿論神は神でしかないのだから「嫌だ」と言う宗教家もあまりいない…ぶっちゃけ、そんな者はその寺でも遠巻きにされるような人物だったりするようだが、いるにはいる。
取り扱うのも生きた穀潰しの浪人よりはましだし一見順調にいきそうに見えて、この件に関しては同じ神職故に、相手側が遺族へ気を遣ってしまっている印象があった。
なので正直、元々ある場所から離れるという壮士の申し出は、有り難いものだった。
何故だろうな、と考える。
本当は坊主など、下手に自分に酔い、所謂「顧客」に押し付ける側でもないのになと、今日返信が来たどこぞの寺からの手紙で感じた。
遺族が満足することを第一とする自分とここは、縁がないらしい。
死者も、確かに大切なものではあるけれども。
このなんとも言えないやり取りにモヤモヤしていく日々にも、慣れてきていた。
「仕事だけは早いんやけどなあ」
返信を考えていた最中、壮士の声がして我に返った。
何も言わず、まるで鼻に掛けるように去る壮士と入れ換えで、少し機嫌が悪そうな翡翠が、坂本と…何やら小汚ない、簑を被った男を連れている。
「…どうも」
「南條の坊さん、ちょーっち、今日はこん人と」
「えらい驚きやで、この人、あの桂小五郎や言うんやから」
簑と泥を被り髪の毛をボサボサにした、如何にも「穢多」のような男が「忝ない…」と顔をごしごしと擦れば確かに、見覚えのある…上流階級の男だった。
…そんなにも酷いのか、長州への風当たりはと感じ言葉を失ったがすぐ、「無礼ですが、変装でして…」と桂は言った。
「……変装!?」
「はい…」
「いや凄…てっきりそんなに酷いのかと…いや、酷いか…それはそうでもしないと…ということですか?全く誰だかわからなかった…」
「はいまぁ…」
妙な間が流れる。
翡翠はなげやりに「あれからこん人に人探しを頼まれまして」と坂本を見据えた。
「郭にいたなら、こんなん得意やろうと」
「いんやまっこと見事じゃった」
「…あんさん一直線に失礼な人ですよねぇ。お役に立てて何よりですが。
あんさんは前も頼まれましたよ。当の、吉田稔麿から」
「本当に忝ない…」
「いいえ、あんさんが悪いわけでもありませんやろ。今回のは確かにと思いますわ。せやけど坊主に聞かせる話やな」
「いや、そう言われると気になるに決まってんだろうよ…なにそれ…。
まぁ、風呂でもどうぞ…沸かして」
「わても最初はトキさんと同じこと、思いましたんで沸かしておきましたわ。どうぞおあがりなさいな」
「何から何まで忝な」
「わしゃあ腹が減っちゅうがよ」
朱鷺貴、翡翠は目を見合い、溜め息が出るのも同時だった。
腰低く申し訳なさそうな桂と、「飯じゃ飯じゃ」と対照的な坂本は、一度部屋を出て行く。
「…で、どーしたのあの人たちは」
「聞かせちゃならんというより…ホンマはわりとええんかもしれまへんが、あの守銭奴間者はどうやら恐ろしい企てをしてるんやないかて、二人はその企てを止めたいらしいです」
「恐ろしい企て?」
「なんでも、御所を放火するとか…」
「……御所を放火!?」
「はい」
「あの、政変でか?それにしても…」
長州で言えば高杉晋作が、英国大使館を放火したことがある、それを思い出した。
…あれから、高杉の話を全く耳にしなくなったのも、心のどこかでは多分、引っ掛かっている。
「どうとか、詳細は二人も知らんらしいけど、それを知るのも含め、まずは説得へ向かいたいようです。
桂さんのあの様を見ると、もしかすると本気なんやないかて思いますよね」
「壬生浪もいるし見廻り組もいる。そんな夢のような話…どうするつもりなんだあの番頭と…確かに気になるな。
放っておける事でもないとなると…気が狂いそうだな」
英国大使館の焼討ちも、どうやら世間も震撼させたようだが考えてみれば、あれは本来の意味での「攘夷」だ。
攘夷は上が掲げているもので、いま薩摩や長州がやっているエゲレスとの戦争もまた然りだ。
そこに桂が…いや、長州が掲げる「天皇が兵を持て」という思考も…斬新だが筋は通っている。なのに、長州は世間の逆境に立った。
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