Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
54 / 129
夢の日々

2

しおりを挟む
 ふと翡翠が、朱鷺貴よりも前に出る。

「壬生浪さんは口も素行も悪いですが、悪い方々ではないはずなんで。まぁ、少々喧嘩っ早いようですが」

 そう言って悠禅の手を取り「気張って」と声を掛けている。

 話していくうちに悠禅は、壬生寺に行くことで了承してくれたのだ。
 悪いことだとは思っていないが、妥協をさせたような気もしてしまっている。
 悠禅は良くも悪くもどこか聞き分けが良く、利口な子供だった。

「…翡翠さん、今までありがとうございました。
 最初は実は…私は貴方を妙に苦手でした。敵対心のようなものすら、多分あった」

 …そうだったな。

「ははは、まぁ、そうやろう、自然ですよ。言うてくれておおきにな」
「今では好きですよ。是非、この寺…いや、朱鷺貴殿のお手伝いを、果たしてください」
「なんや、そうもあんさんに言われると染みるなぁ、やめてや、今生の別れやないんやで、全く…。
 あんさん町中や、ホンマに気ぃつけてな」

 ぎゅっと手を握るのを見てつい、「悠禅、」と声ばかりが出て行く。

「…何一つ俺は、君にしてやれることが、なかったけど……」

 辛いことを増してしまったような気がする、大人としての押し付けばかりを背負わせてしまったという自戒が、朱鷺貴にはずっとあった。

「…では、始まりとして…
 我昔所造がしゃくしょぞう 諸悪業 しょあくごう …しかし、少し勉強致しました。律宗りっしゅうは真言であっても、経より規則という考えなんですって。
 私はこれから250の具足戒ぐそくかいを受けに行ってきます」
「…そうか、」

 語った悠禅の笑みに、朱鷺貴もふと笑い「なるほどな」と返す。

「元気で」

 それに悠禅がペコッと頭を下げる。

 小姓には泣く者もいた、朱鷺貴にも感慨深かったし、立派に去る背に上がってくる熱い感情もあった。
 それは充分に志士にも引けを取らぬ背だと感じる。

 彼は朱鷺貴より半分も若い。
 これからも自分の学びに突っ掛かりながら、掴みながら、広い心を持つのだろう。

 舎利子よ、この上なき悟れ。君は、遠離一切転倒夢想の境地へと。

 「なんや寂しゅうなりまんなぁ…」と、素直に言った翡翠へ「今生の別れじゃないんだから」と反芻しておいた。

 背も見えなくなったところで「さて、仕事だ仕事」と手を叩く。
 これでも、いたく平和な日常なのだから。

「君たちも知恵の完成へ。俺は一通り仕事を終えたし部屋にいるから。何か思い付いたら来てくれ」

 そう言うと小姓達は即、「はいはーい!」と手を上げた。

「朱鷺貴殿、具足戒とはなんですかー?」
「あぁ、今だとあまり馴染みないからなぁ。平安まではあったらしいが、十戒ってあるだろ。あれの元になった教えだよ。律宗は真言の元祖だから」
「250って言ってましたが」
「要するに十戒はまとめてあるわけだが…敵わんな。俺には無理だ」

 うわぁ、だの、凄…だのと呟きが聞こえる。

 今日も平和な気がしてしまうのに、こうして弟子が一人出て行った。
 どうも、現実味にいつだって欠けてしまっているのもいかんなと、朝から肩に力を入れた。

「…っはぁ、柄になく少し泣きそうになりましたわぁ…わても歳を取りましたかね…」
「まだまだ若者だろ。
 そうだ、少し前に考えてたんだ。お前、ここへ来たとき18と言ってたっけか?」
「変なところばかり覚えていますなぁ。覚えてませんよ、自分の歳なんて」
「…あっそ、」
「あんさんはあんとき26やったっけね。
 あれぇ、もうぼちぼちと三十路になりますか!?」
「…俺も歳を食ったもんだな、だからか…」

 最近染々することが増えたものだ。

 翡翠が「あ!泣きそうになったんやね!?」とはしゃいでいる。
 はいはい若干はキましたよと「うるせぇペラペラと!」と、まるで時間を忘れそうになるのもよくあることだ。

 …まるで置いていかれているような気にもなる。例えば、夢のようなもの。夢の景色はわりと、子供の頃のことが多い。

 随分遠くまで来た、あの頃の自分。こうでなければどうだったのだろうか。こうして振り向くことはきっと“知恵の完成”に離れて行ってしまう…のかは、わからないが。

「…悠禅にあぁは言われたが、お前もいつか、考えるんだぞ」

 部屋の戸を開けた。
 同時に「え?」と、まるで翡翠が先程までとは変わり、唖然としたように言うのだから、妙な空気になる。

「……え?て」
「…そう、なんですか?」
「は?」
「いや……」

 翡翠はぽけっとしたまま部屋に入り、しかしまた落ち着かないような、いや、心ここに有らずという忙しなさで「あぁ茶を煎れよ…」と急にそうなるのだから、朱鷺貴もあれ?となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

秦宜禄の妻のこと

N2
歴史・時代
秦宜禄(しんぎろく)という人物をしっていますか? 三国志演義(ものがたりの三国志)にはいっさい登場しません。 正史(歴史の三国志)関羽伝、明帝紀にのみちょろっと顔を出して、どうも場違いのようなエピソードを提供してくれる、あの秦宜禄です。 はなばなしい逸話ではありません。けれど初めて読んだとき「これは三国志の暗い良心だ」と直感しました。いまでも認識は変わりません。 たいへん短いお話しです。三国志のかんたんな流れをご存じだと楽しみやすいでしょう。 関羽、張飛に思い入れのある方にとっては心にざらざらした砂の残るような内容ではありましょうが、こういう夾雑物が歴史のなかに置かれているのを見て、とても穏やかな気持ちになります。 それゆえ大きく弄ることをせず、虚心坦懐に書くべきことを書いたつもりです。むやみに書き替える必要もないほどに、ある意味清冽な出来事だからです。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

月影之鳥

二色燕𠀋
歴史・時代
Get So Hell? 過去編 全4編 「メクる」「小説家になろう」掲載。

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

愛を伝えたいんだ

el1981
歴史・時代
戦国のIloveyou #1 愛を伝えたいんだ 12,297文字24分 愛を伝えたいんだは戦国のl loveyouのプロローグ作品です。本編の主人公は石田三成と茶々様ですが、この作品の主人公は於次丸秀勝こと信長の四男で秀吉の養子になった人です。秀勝の母はここでは織田信長の正室濃姫ということになっています。織田信長と濃姫も回想で登場するので二人が好きな方もおすすめです。秀勝の青春と自立の物語です。

ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋
現代文学
生きることは辛くはない 世界はただ、丸く回転している 生ゴミみたいなノスタルジック 「メクる」「小説家になろう」掲載。 イラスト:Odd tail 様 ※ごく一部レーティングページ、※←あり

平治の乱が初陣だった落武者

竜造寺ネイン
歴史・時代
平治の乱。それは朝廷で台頭していた平氏と源氏が武力衝突した戦いだった。朝廷に謀反を起こした源氏側には、あわよくば立身出世を狙った農民『十郎』が与していた。 なお、散々に打ち破られてしまい行く当てがない模様。

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

処理中です...