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門出
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「ふぅ…、疲れたぁ…」
「そんで正月早々にてんわやんわと、将軍に上洛を命令したわけだけど」
門を潜った石段の半ば。
二、三段先を歩き続けようとしていた藤嶋だったが、立ち止まってしまった幹斎へ振り向き止まる。
「どした?」
「…ちょっ…、休憩」
耐えられん、と言った具合で幹斎はその石段に座り込んだ。
「だらしねぇな」と飄々としている藤嶋だが、山を登ってきているわけだから信じられない。妖怪なんじゃないかと幹斎は藤嶋を恨めしく眺める。
「お前はなんでそんなに…」
「修行が足りてねぇなお前」
「お前ほど…若くないんだよ、はぁ…」
「あぁそう」
やれやれと言った調子で藤嶋は幹斎の隣に座り込んだ。
「ほんでな、」
「…はぁ?」
「結局家茂は諸々理由つけ一月ほど上洛を見送った。
これはしめたとこの間に土佐の山内容堂と松平春嶽が朝議を申し出てきた訳だよ」
「…まさかそことトサキンがこうもやるとは…お前は本当に末恐ろしいな、去年は全然だったじゃないか」
「トサキン?
……ああ!」
藤嶋は考えた後、「今更だが普通そう略すか?」と幹斎に突っ込みを入れる。
「確かにトサキンは働きかけたが元々…そうそう、三条実美だ。山内家と親類なんだよ。
今容堂は朝廷の工作に必死こいてる。あわよくばってやつで。武市…いまは惴山だったか、あいつも似たようなもんだし自然なことだろ」
「…それが今、お前が呼ばれなかった会議中ということか?」
「そーいうこと!」
「…はぁ、」
「けどまぁ、そんなことくらいじゃ朝廷も今更、尊皇攘夷から引けないだろうよ。まぁ、ここまで来れば石の方向くらいは変わるかもしれないけど」
遠くを見ながら言う藤嶋に心底のみで「この外道…」と幹斎は唱える。
「世の中バカしかいねぇが、面白いことにはなってるよなぁ。取捨選択は芸術だと思うよ俺は」
この男がたった一つずつ投げた石、いや、歩いていたらたまたま当たって蹴飛ばしてしまった石がこうなっているとは。
藤嶋は結局「砂利を歩いた」だけなんだろうとさえ思える。この男はただ物を知っているだけに過ぎないのかもしれない。
それは、自然現象では全くない。
世は一気に、尊皇攘夷どころか、「打倒幕府」に傾いているらしい。
考えてみれば井伊直弼の“安政の大獄”から、どこかで誰しもわかっていたのかもしれないが、本当にこの300年の歴史が終わろうとは…と、身震いがしそうだった。
「…終わるのか、歴史は」
簡潔に聞くのがいいのだろうが、藤嶋はいつでも「終わるよ」と、簡素な事実のみしか言わない男だ。
「例え、お前が会議にいないとしても?」
わかるのか?
「いる必要もないし」
ふむ、と幹斎は一つ事柄を思い出したが、「そういや池内大学が死んだよ」と、先に横からの礫で自分の世間知らずさをあっさりとぶつけられてしまった。
「池内先生が…!?」
「あぁ、一昨日らしい。
脅迫文と共に耳と首が佐幕の公家と、一橋慶喜の元へ届いたそうだ。結果関白の近衛氏は本日付でビビって辞める。
意味わかんねぇよな」
藤嶋は楽しそうに笑い「まぁこっからが面白いところで」だなんて更に続けてくる。
「いや、」
「今頃きっと近衛氏の後釜が長州系の鷹司輔熙に成り替わっている頃だ」
「…は、」
「今日はその話。山降りるなら今かもな」
…いや、全く掴めない。
「待て、どうしてそうなった」
「ぐらついてるだろ?お前はこれが好転に見えるか?」
「…いや、わからなくなってきた…」
「確かに長州はいまやそうして、公卿では巻き返している。が、戦での巻き返しには少なからず怪我をするもんだ。
主張が強いのも今や公家の若造で天皇じゃない。
それに朝廷は薩摩と、佐幕派の会津を組ませている」
「…泥沼だな」
「若造は叩かれるからなぁ。しかし、若いというのは忍耐力がある。まるで修行だよな、ははっ。
まぁどちらにしても戦争は争って勝ったものが最後の頭を落とす役割を担っている。それで終わり」
「…なぁ、藤嶋よ」
心底楽しそうな藤嶋に、やはり今し方思い出したものをぶつけてみることにした。
「なんだ?」
「…この場所に身を置いて儂も手に余るほど世論を見た。その、ほんの小指ほどで手にした話がある」
「どうぞ」
「お前、鷹司家と繋がりがあるというのは本当か?」
藤嶋が珍しく、まるで不意を突かれたかのような間を置いた。
が、表情は然して変わらなかった。
「…繋がりがないというのは語弊がある、くらいなもんだ。公家は皆親戚だからね」
「…そうか。
どうにも何故儂をここに置いたかと少し思っていた。確かに備え、武器は置いている。長州の若者たちもぼちぼち立ち寄ってきた、恐らく、そろそろ腰が上がるんだ」
「おいおい、そうも言われたら立つ瀬もねぇな、」
「………お前はな、死神ではない。どちらかといえば…そう、“シバ”。破壊の神というやつだと儂には思える」
「…はぁ、仏教かいそりゃ」
「密教だけどな。こいつは創造、再生も司っているんだよ」
「………へぇ、」
藤嶋が暫し考えたようなので「お前には何が見えている?」と幹斎は問うた。
「お前は腹が読めないが…人を呪わば穴二つと言うだろう?藤嶋、」
「説法ならいらねぇよ。されるようなこともない」
「………」
「そんで正月早々にてんわやんわと、将軍に上洛を命令したわけだけど」
門を潜った石段の半ば。
二、三段先を歩き続けようとしていた藤嶋だったが、立ち止まってしまった幹斎へ振り向き止まる。
「どした?」
「…ちょっ…、休憩」
耐えられん、と言った具合で幹斎はその石段に座り込んだ。
「だらしねぇな」と飄々としている藤嶋だが、山を登ってきているわけだから信じられない。妖怪なんじゃないかと幹斎は藤嶋を恨めしく眺める。
「お前はなんでそんなに…」
「修行が足りてねぇなお前」
「お前ほど…若くないんだよ、はぁ…」
「あぁそう」
やれやれと言った調子で藤嶋は幹斎の隣に座り込んだ。
「ほんでな、」
「…はぁ?」
「結局家茂は諸々理由つけ一月ほど上洛を見送った。
これはしめたとこの間に土佐の山内容堂と松平春嶽が朝議を申し出てきた訳だよ」
「…まさかそことトサキンがこうもやるとは…お前は本当に末恐ろしいな、去年は全然だったじゃないか」
「トサキン?
……ああ!」
藤嶋は考えた後、「今更だが普通そう略すか?」と幹斎に突っ込みを入れる。
「確かにトサキンは働きかけたが元々…そうそう、三条実美だ。山内家と親類なんだよ。
今容堂は朝廷の工作に必死こいてる。あわよくばってやつで。武市…いまは惴山だったか、あいつも似たようなもんだし自然なことだろ」
「…それが今、お前が呼ばれなかった会議中ということか?」
「そーいうこと!」
「…はぁ、」
「けどまぁ、そんなことくらいじゃ朝廷も今更、尊皇攘夷から引けないだろうよ。まぁ、ここまで来れば石の方向くらいは変わるかもしれないけど」
遠くを見ながら言う藤嶋に心底のみで「この外道…」と幹斎は唱える。
「世の中バカしかいねぇが、面白いことにはなってるよなぁ。取捨選択は芸術だと思うよ俺は」
この男がたった一つずつ投げた石、いや、歩いていたらたまたま当たって蹴飛ばしてしまった石がこうなっているとは。
藤嶋は結局「砂利を歩いた」だけなんだろうとさえ思える。この男はただ物を知っているだけに過ぎないのかもしれない。
それは、自然現象では全くない。
世は一気に、尊皇攘夷どころか、「打倒幕府」に傾いているらしい。
考えてみれば井伊直弼の“安政の大獄”から、どこかで誰しもわかっていたのかもしれないが、本当にこの300年の歴史が終わろうとは…と、身震いがしそうだった。
「…終わるのか、歴史は」
簡潔に聞くのがいいのだろうが、藤嶋はいつでも「終わるよ」と、簡素な事実のみしか言わない男だ。
「例え、お前が会議にいないとしても?」
わかるのか?
「いる必要もないし」
ふむ、と幹斎は一つ事柄を思い出したが、「そういや池内大学が死んだよ」と、先に横からの礫で自分の世間知らずさをあっさりとぶつけられてしまった。
「池内先生が…!?」
「あぁ、一昨日らしい。
脅迫文と共に耳と首が佐幕の公家と、一橋慶喜の元へ届いたそうだ。結果関白の近衛氏は本日付でビビって辞める。
意味わかんねぇよな」
藤嶋は楽しそうに笑い「まぁこっからが面白いところで」だなんて更に続けてくる。
「いや、」
「今頃きっと近衛氏の後釜が長州系の鷹司輔熙に成り替わっている頃だ」
「…は、」
「今日はその話。山降りるなら今かもな」
…いや、全く掴めない。
「待て、どうしてそうなった」
「ぐらついてるだろ?お前はこれが好転に見えるか?」
「…いや、わからなくなってきた…」
「確かに長州はいまやそうして、公卿では巻き返している。が、戦での巻き返しには少なからず怪我をするもんだ。
主張が強いのも今や公家の若造で天皇じゃない。
それに朝廷は薩摩と、佐幕派の会津を組ませている」
「…泥沼だな」
「若造は叩かれるからなぁ。しかし、若いというのは忍耐力がある。まるで修行だよな、ははっ。
まぁどちらにしても戦争は争って勝ったものが最後の頭を落とす役割を担っている。それで終わり」
「…なぁ、藤嶋よ」
心底楽しそうな藤嶋に、やはり今し方思い出したものをぶつけてみることにした。
「なんだ?」
「…この場所に身を置いて儂も手に余るほど世論を見た。その、ほんの小指ほどで手にした話がある」
「どうぞ」
「お前、鷹司家と繋がりがあるというのは本当か?」
藤嶋が珍しく、まるで不意を突かれたかのような間を置いた。
が、表情は然して変わらなかった。
「…繋がりがないというのは語弊がある、くらいなもんだ。公家は皆親戚だからね」
「…そうか。
どうにも何故儂をここに置いたかと少し思っていた。確かに備え、武器は置いている。長州の若者たちもぼちぼち立ち寄ってきた、恐らく、そろそろ腰が上がるんだ」
「おいおい、そうも言われたら立つ瀬もねぇな、」
「………お前はな、死神ではない。どちらかといえば…そう、“シバ”。破壊の神というやつだと儂には思える」
「…はぁ、仏教かいそりゃ」
「密教だけどな。こいつは創造、再生も司っているんだよ」
「………へぇ、」
藤嶋が暫し考えたようなので「お前には何が見えている?」と幹斎は問うた。
「お前は腹が読めないが…人を呪わば穴二つと言うだろう?藤嶋、」
「説法ならいらねぇよ。されるようなこともない」
「………」
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