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耳
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そんなんでええんやろかと翡翠は香炉をひっくり返し、チマチマと線香を縁側から捨てていれば「そんなとこに捨てるんやない!」と、その他の仏具も側に置かれ、「磨きなさい」と、所謂雑用に使われたが、性分的に細かい作業は嫌いではなかった。
「は~、終わった終わった~」と肩を回した壮士は「じゃ!よろしゅう!」と、自分に仕事を任せて去ろうという体なのだからまあええんやけどね、やっぱり嫌味なやつ、と心のなかで毒吐いたが。
「んでぇ、それすぐ終わって気が向いたら私の部屋に来てくださいなぁ」
とか、わざわざしゃがみ、耳元で嬉しそうに言ってから去っていく壮士に思わず「ホンマ嫌な人っ!」と言い捨ててやる。
だが壮士は優雅にヒラヒラ手を振って去るのだから性悪だ。
後ろに着いた壮士の小姓、左京がチラチラと翡翠を見るが、それにも「手伝わなくてええんやで左京」とわざわざ言うのだった。
左京は気まずそうに「すんまへん翡翠さん、」だなんて言ってくるのだから、仕方なしに愛想笑いをして頷いておいた。
まぁどうせすぐに終わるしなと、線香を捨て香炉を磨こうかと言うときに「あっ」と、今度は幹斎の声がした。
…皆一様に気まずそうにするのだからそろそろ機嫌も悪くなりそうだと思えば、その幹斎の後ろに藤嶋がいるのだから確かにこちらも「あぁ!?」と返してしまう。
「お、おぉう翡翠」
「…なにしてん、あんさんら」
「いや立派に葬儀だ今回は」
翡翠は後ろの藤嶋を眺めるが、藤嶋は声を発することすらなく…。
なんだか、底冷えするほど目付きが鋭く、流石に4年程は共に過ごした翡翠でも初めて見る表情を浮かべている。
悲しみか…いや、怒気やら殺意に近いものを感じ取った。
…急な密葬というのはもしや、藤嶋の頼みなのかもしれない。
「…密葬って、」
「あ、まぁ」
幹斎と会話すると藤嶋が「…なんだよく見りゃお前か翡翠」と、ふと我に返ったように藤嶋はそう言った。
「…ご苦労なことだな」
「…まぁ、仕事なんで」
あまり会話もしたくないものだなと翡翠はまた手元に視線を戻すが、「なぁおい」と、藤嶋はそう、思ったよりもしつこい男で。
ふと翡翠の背中にしゃがみ、「暇か、」と聞いてくる。
若干、なんとなくやはり、知るものよりも震えるような冷たさを感じて振り向けば、藤嶋は入れ墨の肩に手を置いてきた。
「…お前ちょっと、俺んとこ来ないか一度」
「…は?」
「…いや、」
なんだか、珍しく迷いが見える藤嶋に、「なんなんですか」と訪ねてみれば、幹斎が「まぁまぁ…」と口を挟んだ。
「…密葬と関係がありそうだな藤嶋。今朝送りつけられたというその耳にあてがいるのか」
「…はい?」
「まぁまぁ生臭坊主、そう言うのはこんな廊下で話すもんじゃねぇよ。いいからさっさとてめぇの部屋に呼べ、」
「…流石のお前も焦るような事案なんだな」
「…惜しい命じゃねぇけど、俺が一番嫌いなことは自分のテリトリーに土足で入られる事なんだよ、早くしろ」
…なるほど。それは見物かもしれない。
どうせ暇だしと思ったが、「あぁ翡翠は待て」と幹斎が焦るように言った。
「お前は仕事をこなしてくれ、そしてくれぐれも朱鷺貴に言わないでくれ」
「…なして?」
「謹慎になるだろうよ」
幹斎が苦笑いをしているので思わず藤嶋を見てしまうが、藤嶋はそんなことに構っている場合でもない、といった具合なのか、ぼんやりどこかを眺めつつ、「物騒なこと言うなよクソ坊主」と、イライラしたように吐き捨てた。
「はあ?」
「いや、だから早くしろと言っている。俺のは謹慎でもなんでもなく立派に、綺麗に隠居したわけで、」
「…なんだ藤嶋。そんな話は誰もしてないぞ」
言われた藤嶋は間を置き、「…てめぇ耳なし芳一にするぞこのハゲ!」と、やはり、珍しく余裕もない様子。
「…なんや、確かに珍しいですな。あんさんもそんな…」
翡翠ははっとして言葉を呑んだ。
藤嶋はそれにも構うことが出来ない、言われてしまえば余裕もなさが先程よりもはっきりと見える切羽が詰まった表情も見せたが、やはりどこか振り払い「いや、」と言った。
「大人には大人で難しい事情もあるんだよ。あぁそう、あんま余裕ぶっこいてるから言っといてやるよクソ坊主。
あの耳は池内の弟子が一人だよ」
そう聞いた幹斎もぴくっとし、「…何?」と驚いた。
「…案外坊主も安泰じゃねぇと思っていたが、本気でこの2年程で俺もお前も…まぁ耳送りつけられるくらいには恨まれているようだ。
大方、薩摩や長州や土佐あたりの大名や公家あたりだろうなって…政治の話は人前でするもんじゃねぇよってさっきから言ってんだよ呑気な。さっさと」
「へぇ、どの面下げてんだあんたら」
先程からひっそりといた朱鷺貴が、ついに声を掛けた。
「は~、終わった終わった~」と肩を回した壮士は「じゃ!よろしゅう!」と、自分に仕事を任せて去ろうという体なのだからまあええんやけどね、やっぱり嫌味なやつ、と心のなかで毒吐いたが。
「んでぇ、それすぐ終わって気が向いたら私の部屋に来てくださいなぁ」
とか、わざわざしゃがみ、耳元で嬉しそうに言ってから去っていく壮士に思わず「ホンマ嫌な人っ!」と言い捨ててやる。
だが壮士は優雅にヒラヒラ手を振って去るのだから性悪だ。
後ろに着いた壮士の小姓、左京がチラチラと翡翠を見るが、それにも「手伝わなくてええんやで左京」とわざわざ言うのだった。
左京は気まずそうに「すんまへん翡翠さん、」だなんて言ってくるのだから、仕方なしに愛想笑いをして頷いておいた。
まぁどうせすぐに終わるしなと、線香を捨て香炉を磨こうかと言うときに「あっ」と、今度は幹斎の声がした。
…皆一様に気まずそうにするのだからそろそろ機嫌も悪くなりそうだと思えば、その幹斎の後ろに藤嶋がいるのだから確かにこちらも「あぁ!?」と返してしまう。
「お、おぉう翡翠」
「…なにしてん、あんさんら」
「いや立派に葬儀だ今回は」
翡翠は後ろの藤嶋を眺めるが、藤嶋は声を発することすらなく…。
なんだか、底冷えするほど目付きが鋭く、流石に4年程は共に過ごした翡翠でも初めて見る表情を浮かべている。
悲しみか…いや、怒気やら殺意に近いものを感じ取った。
…急な密葬というのはもしや、藤嶋の頼みなのかもしれない。
「…密葬って、」
「あ、まぁ」
幹斎と会話すると藤嶋が「…なんだよく見りゃお前か翡翠」と、ふと我に返ったように藤嶋はそう言った。
「…ご苦労なことだな」
「…まぁ、仕事なんで」
あまり会話もしたくないものだなと翡翠はまた手元に視線を戻すが、「なぁおい」と、藤嶋はそう、思ったよりもしつこい男で。
ふと翡翠の背中にしゃがみ、「暇か、」と聞いてくる。
若干、なんとなくやはり、知るものよりも震えるような冷たさを感じて振り向けば、藤嶋は入れ墨の肩に手を置いてきた。
「…お前ちょっと、俺んとこ来ないか一度」
「…は?」
「…いや、」
なんだか、珍しく迷いが見える藤嶋に、「なんなんですか」と訪ねてみれば、幹斎が「まぁまぁ…」と口を挟んだ。
「…密葬と関係がありそうだな藤嶋。今朝送りつけられたというその耳にあてがいるのか」
「…はい?」
「まぁまぁ生臭坊主、そう言うのはこんな廊下で話すもんじゃねぇよ。いいからさっさとてめぇの部屋に呼べ、」
「…流石のお前も焦るような事案なんだな」
「…惜しい命じゃねぇけど、俺が一番嫌いなことは自分のテリトリーに土足で入られる事なんだよ、早くしろ」
…なるほど。それは見物かもしれない。
どうせ暇だしと思ったが、「あぁ翡翠は待て」と幹斎が焦るように言った。
「お前は仕事をこなしてくれ、そしてくれぐれも朱鷺貴に言わないでくれ」
「…なして?」
「謹慎になるだろうよ」
幹斎が苦笑いをしているので思わず藤嶋を見てしまうが、藤嶋はそんなことに構っている場合でもない、といった具合なのか、ぼんやりどこかを眺めつつ、「物騒なこと言うなよクソ坊主」と、イライラしたように吐き捨てた。
「はあ?」
「いや、だから早くしろと言っている。俺のは謹慎でもなんでもなく立派に、綺麗に隠居したわけで、」
「…なんだ藤嶋。そんな話は誰もしてないぞ」
言われた藤嶋は間を置き、「…てめぇ耳なし芳一にするぞこのハゲ!」と、やはり、珍しく余裕もない様子。
「…なんや、確かに珍しいですな。あんさんもそんな…」
翡翠ははっとして言葉を呑んだ。
藤嶋はそれにも構うことが出来ない、言われてしまえば余裕もなさが先程よりもはっきりと見える切羽が詰まった表情も見せたが、やはりどこか振り払い「いや、」と言った。
「大人には大人で難しい事情もあるんだよ。あぁそう、あんま余裕ぶっこいてるから言っといてやるよクソ坊主。
あの耳は池内の弟子が一人だよ」
そう聞いた幹斎もぴくっとし、「…何?」と驚いた。
「…案外坊主も安泰じゃねぇと思っていたが、本気でこの2年程で俺もお前も…まぁ耳送りつけられるくらいには恨まれているようだ。
大方、薩摩や長州や土佐あたりの大名や公家あたりだろうなって…政治の話は人前でするもんじゃねぇよってさっきから言ってんだよ呑気な。さっさと」
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