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白刃の血判
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どうせ幹斎も呼びに行くのだしと、共に離まで歩いているが「おまんはやるのか、」と武市はまだ機嫌を害したままなようだ。
「いや、俺は知らんよ、竜馬にこれを渡されただけで」
「何故竜馬がおまんのような…これを渡すんじゃ以蔵。おまんら何を計らっとる、俺を…俺をはめようと」
「そんなんじゃなかよ。せやから言うとるじゃろ知らんわ、」
「嘘を言え嘘を!おまんらいっつもそうじゃ、どこかで……妬ましいのか、なぁ!」
聞いているだけでうんざりしそうだと、朱鷺貴は何も言わずに溜め息を吐くが、それに二人は気付かず言い合う。
「第一幕人等、俺らは勤王党やないか、」
「そうや、せやから知らんと」
「おまんら一体」
「話を聞け半平太っ!!」
岡田が大声を上げたのに一同、思わずピタッと止まる。
「うっせんだよさっきから」と言おうと朱鷺貴が振り向いた矢先で、「なんや、ったく、」と岡田が鯉口を切ったのに「なっ、」となるのは武市だけでなく。
早い。
「岡田さん、」と止めようかとする翡翠だが、岡田は刀を抜かず、鯉口から見えた刃に親指を当て「これでどうじゃ、」と血が出る右手を武市に見せつけた。
「…血判じゃ血判、上士を斬ろうなど俺が出来ると思っちょるがか、」
…その瞬間に初めて感じた。
この男、武士などというものではない。もっと、殺し屋に近い手管を持っているはずだ。
なんせ武市も最早、腰の刀に手を掛けた程度、つまり何寸もこの男の方が抜くのは早い。
しかし岡田はそれのみで、「竜馬は幼馴染みじゃ、」と声を落ち着かせた。
「だけんど、あんさんやて」
「…出て行け貴様らっ、」
唸るように低く言った朱鷺貴を見れば、それも初めて見るほど、顔をひきつらせ不快感が露呈していた。
いま、誰よりも声の軸がはっきりしている。
「…寺で血を流そうなどなんの無作法だてめぇらっ。さっさと血ぃ止めて出て行けっ、」
それにすっと、「怪我はわてが見ましょうか」と、翡翠は平坦に言った。
「…あんさんら、三人寄れば文殊の知恵といいますが、確かにうまく回っているんやろうね。ただ、…個人的には蟠りが靄のようで気持ちが悪いとだけ、わてからも言うときます」
さっさと、とでも言うように「わてらの部屋が丁度そこなんで」と岡田の手を引き部屋へ連れて行く翡翠が何を思ったのかを図るまでもない、俺がイライラしたからだと、朱鷺貴は踵を返して離へ歩く。
一人、武市は取り残されてしまった。
何に複雑なのかは誰一人はっきり掴めないが、どうやら白刃は血に汚れたらしい。まるで時世を見たような気になるとイライラしながらも朱鷺貴は思う。
…さてあの岡田という男は何に血判をするのだろうか。下手すれば指を落とす程の勢いだという自覚すら捨てているように感じる。
あの刀が父親と母親の血を纏ったのならば。
朱鷺貴の柄にもなくふわっと浮かぶ、暗い、夜道の川縁で、手を引かれた砂利の感触が足に伝わるようで身震いがしそうだった。
何故かは、いまいちわからない。思い出したことは昔のこと。上手く関連性があるわけでもあるまいにと嫌な味がするような気がした。つまりは彼らの未来が照らされていると感じてないのか。これが予感というものなら…と、足を運んだ離の戸は少し賑やかに感じた。
戸を開ければ正装の幹斎がふと朱鷺貴を見て「なんやその面は」と憎まれ口を叩いた。
「呼びに来たんだよクソジジイ」
「…まったくなんの当てつけだか、法要前に気が収まらんわアホ弟子」
しかし無言で背を向け「早く行くぞ」と言わんばかりの朱鷺貴になんだ、相当機嫌が悪いと、幹斎にもわかる。
「…田舎に帰るようだ今日、今すぐにでも。そしたらあんたも怠けず仕事してくれ」
「ほう。もうええんか」
「いい」
弟子が何を考えているかは不明だがそんな邪念を考えている暇はない。
廊下でまだ立ちっぱなしの武市がいたが、「あんさんも出ますか?」と、幹斎は武市に冷たく声を掛けた。
確かに坊主にゃ関係ないなとふと、朱鷺貴は無性に幹斎のハゲ頭を叩きたくなったが、止めた。
漸く使えるようになった南堂にはやっと、仏道らしい風景。これらはしかし過去への柵だ、いつまで経っても坊主らしくないなと、朱鷺貴は堂の隅に座り、師の背を眺めて思い出す。
そうだ、今朝方あの坂本という男が「親を殺す話」と、もっての他寺という場所でほざいたのが悪い。
それに「一度捨てた物にすがるわけがない」と自分は答えたのだから上場だったのだが、「しかし忌々しいのはそれと共にあるのが寺と言う場所」というのは、些か捨てた口上だったなと思えた。
寺とはそういう場所。反省をするなら土に埋め還るのを待つのみ。だから俺に坊主は向いていないんだ。
しかし経に心が鎮まって澄み整理が着くのも事実だった。
帰る場所など甚だない。線香の靄にぼんやりとする。
「いや、俺は知らんよ、竜馬にこれを渡されただけで」
「何故竜馬がおまんのような…これを渡すんじゃ以蔵。おまんら何を計らっとる、俺を…俺をはめようと」
「そんなんじゃなかよ。せやから言うとるじゃろ知らんわ、」
「嘘を言え嘘を!おまんらいっつもそうじゃ、どこかで……妬ましいのか、なぁ!」
聞いているだけでうんざりしそうだと、朱鷺貴は何も言わずに溜め息を吐くが、それに二人は気付かず言い合う。
「第一幕人等、俺らは勤王党やないか、」
「そうや、せやから知らんと」
「おまんら一体」
「話を聞け半平太っ!!」
岡田が大声を上げたのに一同、思わずピタッと止まる。
「うっせんだよさっきから」と言おうと朱鷺貴が振り向いた矢先で、「なんや、ったく、」と岡田が鯉口を切ったのに「なっ、」となるのは武市だけでなく。
早い。
「岡田さん、」と止めようかとする翡翠だが、岡田は刀を抜かず、鯉口から見えた刃に親指を当て「これでどうじゃ、」と血が出る右手を武市に見せつけた。
「…血判じゃ血判、上士を斬ろうなど俺が出来ると思っちょるがか、」
…その瞬間に初めて感じた。
この男、武士などというものではない。もっと、殺し屋に近い手管を持っているはずだ。
なんせ武市も最早、腰の刀に手を掛けた程度、つまり何寸もこの男の方が抜くのは早い。
しかし岡田はそれのみで、「竜馬は幼馴染みじゃ、」と声を落ち着かせた。
「だけんど、あんさんやて」
「…出て行け貴様らっ、」
唸るように低く言った朱鷺貴を見れば、それも初めて見るほど、顔をひきつらせ不快感が露呈していた。
いま、誰よりも声の軸がはっきりしている。
「…寺で血を流そうなどなんの無作法だてめぇらっ。さっさと血ぃ止めて出て行けっ、」
それにすっと、「怪我はわてが見ましょうか」と、翡翠は平坦に言った。
「…あんさんら、三人寄れば文殊の知恵といいますが、確かにうまく回っているんやろうね。ただ、…個人的には蟠りが靄のようで気持ちが悪いとだけ、わてからも言うときます」
さっさと、とでも言うように「わてらの部屋が丁度そこなんで」と岡田の手を引き部屋へ連れて行く翡翠が何を思ったのかを図るまでもない、俺がイライラしたからだと、朱鷺貴は踵を返して離へ歩く。
一人、武市は取り残されてしまった。
何に複雑なのかは誰一人はっきり掴めないが、どうやら白刃は血に汚れたらしい。まるで時世を見たような気になるとイライラしながらも朱鷺貴は思う。
…さてあの岡田という男は何に血判をするのだろうか。下手すれば指を落とす程の勢いだという自覚すら捨てているように感じる。
あの刀が父親と母親の血を纏ったのならば。
朱鷺貴の柄にもなくふわっと浮かぶ、暗い、夜道の川縁で、手を引かれた砂利の感触が足に伝わるようで身震いがしそうだった。
何故かは、いまいちわからない。思い出したことは昔のこと。上手く関連性があるわけでもあるまいにと嫌な味がするような気がした。つまりは彼らの未来が照らされていると感じてないのか。これが予感というものなら…と、足を運んだ離の戸は少し賑やかに感じた。
戸を開ければ正装の幹斎がふと朱鷺貴を見て「なんやその面は」と憎まれ口を叩いた。
「呼びに来たんだよクソジジイ」
「…まったくなんの当てつけだか、法要前に気が収まらんわアホ弟子」
しかし無言で背を向け「早く行くぞ」と言わんばかりの朱鷺貴になんだ、相当機嫌が悪いと、幹斎にもわかる。
「…田舎に帰るようだ今日、今すぐにでも。そしたらあんたも怠けず仕事してくれ」
「ほう。もうええんか」
「いい」
弟子が何を考えているかは不明だがそんな邪念を考えている暇はない。
廊下でまだ立ちっぱなしの武市がいたが、「あんさんも出ますか?」と、幹斎は武市に冷たく声を掛けた。
確かに坊主にゃ関係ないなとふと、朱鷺貴は無性に幹斎のハゲ頭を叩きたくなったが、止めた。
漸く使えるようになった南堂にはやっと、仏道らしい風景。これらはしかし過去への柵だ、いつまで経っても坊主らしくないなと、朱鷺貴は堂の隅に座り、師の背を眺めて思い出す。
そうだ、今朝方あの坂本という男が「親を殺す話」と、もっての他寺という場所でほざいたのが悪い。
それに「一度捨てた物にすがるわけがない」と自分は答えたのだから上場だったのだが、「しかし忌々しいのはそれと共にあるのが寺と言う場所」というのは、些か捨てた口上だったなと思えた。
寺とはそういう場所。反省をするなら土に埋め還るのを待つのみ。だから俺に坊主は向いていないんだ。
しかし経に心が鎮まって澄み整理が着くのも事実だった。
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