手の届く存在

スカーレット

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本編

Girls side49話~宮本明日香その1~

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生まれ育った環境から、私は周りから敬遠されていた。
私の家庭環境が普通の人間と違うというのは、割と早い段階から理解していたし、家に帰れば組員や望月が私を色々構ってくれたから、学校は私にとって我慢の場所だった。
この孤独な時間を乗り切れば、私は寂しさから解放される、なんて思いながら過ごしたものだ。

小学校からそんな調子だった私には、親友と呼べる存在がいない。
いや、いなかった。
今はちゃんといるし、胸を張って仲間だと言える。

だけど高校に入るまでの私は本当に孤独で……ある意味で孤立させられていたと言っても過言ではないかもしれない。
そんな孤立させられていた私は、少しこじらせた様な感じで、怖いもの知らずの男子がかけてくるちょっかいすら少し嬉しく感じることがあった。
だって、誰も目を合わせようとしない様な中で、私の身内の事情を知った上で敢えてちょっかいをかけようなんて、普通に考えたらしないだろう。

後に私にちょっとした傷を負わせてしまったその男の子は気づいたら転校していたし、きっとうちの組の人間が何かしたんだろうなってすぐに気づいた。
傷って言っても、指先をちょっと切った程度の、生きていれば誰でも負うことがあるであろうものだったのだけど。

その事が更に私の恐怖伝説を形成して行って、気づけば私はいつも教室の一番後ろの隅っこの席に追いやられていた。
もちろん私にだって趣味はあるし、一人でいる時間が増えるということがその趣味に費やせる時間を増やす結果になるということは理解していたので、学校では授業中以外専ら趣味に没頭していた。

「お嬢は、素晴らしい思考の持ち主だと思います。私なら挫けてしまうかもしれませんから」

なんて、望月に言われた時はさすがにバカにされてるのかと思って、それを正直に伝えたら望月は絶望に満ちた顔をした。

「すみませんでした、そこまでお嬢が深刻に悩んでいたなんて、思ってもおらず……」

とか言って拳銃で自らの頭を撃ち抜こうとしたので、その時ばかりは命がけで私も望月を止めた。
望月は育ちのせいかどうも浮き沈みが激しくて、私の世話役ではあったものの半分私が望月の世話を焼いているんじゃないか、って思う様なことが度々あった。
基本しっかり仕事はするし、頼りにもしているがどこかうっかりしていて常識がやや欠如している。

だけど何となく憎めない。
その常識のなさから学校では私も割と肩身の狭い思いをしてはいたけど、望月には感謝している。
そんな彼女が私の組の若頭になった時は盛大に祝おうと、父に提案もしたし父も大賛成で祝賀会が催された。

「お嬢、私は勉強だけは教えて差し上げることができないので、どうか勉学だけは頑張ってください」

外部からの家庭教師を入れたり、塾に通わせたりということは両親の頭になかったらしく、私は望月をあてにすることもできないので勉強だけは自力で頑張った。
世間的に望月の肩書は中卒というものに該当するらしく、今の私の勉強なんかは見たこともない、と言って教科書を眺めては青い顔をしていた。

高校に入った私は、自己紹介でやらかしてしまって、相当に恥ずかしい思いをしたものだ。
何であんなこと言ったんだろう、って今でも思う。
まぁ、それがあったから当時の姫沢さんにも出会えて、大輝くんにも出会えたと言えるのだが。

私が彼と知り合った時、その傍らには既に彼女がいた。
というか、彼女に先に知り合ってたまたまついでというかで彼に会った、というのが正しい。
彼女は私と出席番号が近くて、最初に話しかけられた時は、自己紹介の挨拶を散々いじられた。

今思えば彼女らしいと思う。
正直なんだこいつ、って気持ちがなかったわけでもないのだが、私は不思議な魅力を持った姫沢さんと、すぐに打ち解けることができて私の孤立生活は終わりを告げた。

しかし、それと同時に私は禁断の恋をした。
今考えると、そんな秘めた思いすらも彼女にはバレバレだったんだろうと思う。
滑稽極まりない、なんて怒りを感じたりはしなかったが、彼女から大輝くんを頼まれた時は不謹慎を承知で内心では喜んだのも事実だ。

当時の私は、自分のことを何て卑しいやつなんだろうか、って思った。
私を孤独から救ってくれた恩も忘れて、これで大輝くんにアプローチをかけることができる、なんてことを考えていたから。
もちろん姫沢さんが亡くなった悲しみは持っていたし、その気持ちが嘘だとも思わない。

だけど、それ以上に大輝くんを傍らで支える大義名分ができたことを喜んでいたからだ。
自分にそんな浅ましい部分があるなんて言うことが殊の外ショックで、それでもそんな葛藤と戦う時間をくれるほど、運命は甘くなかった。
だから私は自分の気持ちを押し通すことに決めた。

独占、というわけにはもちろんいかなかった。
桜子も既に、大輝くんに恋をしていたということを知っていたし。
二人で密かに、大輝くんを一緒に大事にしていこう、なんて同盟みたいなものができた。

その後で姫沢さん……は睦月になってて、大輝くんは今までよりも私たちを見てくれる頻度が減ったけど、それでも大輝くんが元の輝きを取り戻したことは喜ばしかった。
父にも認めてもらえたりと、色々なことがあって、望月も篭絡したりと大輝くんはどんどん女を増やしていって……何処まで行くつもりなんだろう、って半分他人事の様に見ていたのを覚えている。


「最近大輝くんはどうしてる?あんまり顔見ないからたまには遊びにこいって伝えてくれねぇか?」

以前大輝くんを認めた父は、すっかり大輝くんを気に入っていて、こんな風に大輝くんを連れてこいって事あるごとに言っている。
先日桜子のお父さんも認めさせたとか聞いたけど、本当に大輝くんは大したものだと思う。

将来どうなるかわからない新規三人の親御さんとかはともかく、これで既存メンバーの親には一通り認めさせたことになる。
望月には親はいないし、親代わりである父にも認めさせているから、必要がない。

「そうね、最近ちょっと忙しいみたいだけど……暇を見つけてこられる様都合つけてもらうわ」
「ああ、頼むわ。何なら泊まりでもいいしな。週末とかならお前らも存分にイチャつけるだろ?」
「い、いらない心配だわ!」

父はウキウキで大輝くんが来た時のことを考えている様だ。
まだ来られるって決まったわけじゃないのに。
絵里香ちゃんのことだって、私がお茶を濁しただけで連絡はまだだって言ってたし……罷り間違って絵里香ちゃんと予定がかぶるなんてことがあったら少々面倒だ。


『雷蔵さんが?そうか、そういえばご無沙汰だもんな。じゃあ今週末、行くか』
「そんなに簡単に決めちゃって大丈夫なの?絵里香ちゃんからの連絡も、まだなんでしょう?」
『そうだけど、来たとしても明日香の方が先約なんだからさ。そう伝えればあの子だってちゃんと納得できる脳みそはあるだろ』

こんな感じに案外あっさりと決まってしまった。
そんなんで本当にいいのかしら……それに、外泊で一緒になることはたくさんあったけどうちで泊まりってそういえば初めてな気が……。
そう考えると、何だか段々落ち着かなくなってくる。

「何だ、日にち決まったのか?」
「はえ!?あ、ええ、あの、今週末、来てくれるそうよ」
「おー、そうかそうか!楽しみだなぁ!大輝くんはこないだの鰻気に入ってるんだっけか?だったら手配しとかないとなぁ!」

私の気など知らない父は、どんどんと話を進めていって、今週末の準備に取り掛かる。
組員の何人かも、望月篭絡の一件から大輝くんに心酔してるのがいて、それはもう大騒ぎだ。
ただ彼氏が泊まりにくる、というそれだけでこの騒ぎ。

実際に本人が現れたらどうなるんだろう。


「だとすると……私はその日外す様にした方がいいですかね?大輝がいるなら護衛も必要ないと思いますし」

週末に大輝くんが泊まりに来ることを望月に伝えると、望月は私に気を遣ったのか珍しいことを言い出した。
望月の護衛が必要ない、なんて今まで言ったことはなかったと思う。
確かに大輝くんみたいな人知を超越した存在がいれば、たとえミサイルを撃ち込まれたとしても屋敷に傷一つつけられない。

だけど、望月を今回省いて、本当にいいんだろうか。
気持ちとしては独り占めできる瞬間がある、というのは個人的に物凄く魅力だけど……。

「望月、あなたの護衛が必要ない、なんてことあるわけがないわ。何かやりたいことがあって特別に休みがほしい、ということならその限りではないけれど……」
「お嬢、私にそんなものが本当にあると?お嬢がそう仰ってくれるのであれば、私なんかで良ければご一緒させていただきますよ」

何て言うか、私は臆病というかこう見えて気が小さいのかもしれない。
こんな浅ましく矮小な私が、大輝くんを独り占めするという罪悪感に耐えきれず、望月に変な気を遣わせてしまっている。

睦月にも翌日そのことを伝えると、意外なことにすんなり了承された。
桜子は言わずもがな。

「和歌さんと明日香はほとんどセットみたいなものだからね。離れて、なんてことほとんどないでしょ」
「まぁ、そうなんだけど……学校には基本的に顔出さない様には言ってあるけどね」
「何かあったの?」
「前に、私が少し怪我をしたことがあって……中学校の頃だけどね。その頃まだ血気盛んだった望月が、私に怪我させた男の子めがけて殴り込みかけようとしたのよ」
「…………」
「なるほど。だから学校で和歌さん見かけることがないんだね。まぁ、今は怪我もそんなに気にする必要ないしね。私たちがいるから」

桜子が望月の様子を想像して青くなっていたけど、確かにあの時の望月は相手を殺してしまうんじゃないかって思える様な形相をしていた気がする。
今はもうそんなこともないし……でも大輝くんは一歩間違ったら殺されてたかもしれないのよね。
もちろん睦月がいたから何とか回避はできたかもしれないけど……。

「でも、和歌さんとしては多分明日香のこと、気になって仕方ないんじゃないかな。なのに週末は辞退しようとしたっていうのは、大した成長な気がするよ」
「過保護だから、望月は。私だっていつまでも子どもじゃないのに」
「その子どもじゃないってところ、和歌さんに見せてあげたらいいんじゃない?」
「どういうこと?」
「大輝とねっとり交わってるところとか、ねぇ?」
「そ、それは……何度も見せてるし見てるわ、私も……」
「それもそっか。じゃあ別の方法じゃないとだね」
「お前ら、昼間から何て話してんだよ……ここが屋上じゃなかったらちょっとした騒ぎになるぞ」

大輝くんが昼食のパンをもって、樋口さんを連れて屋上に現れた。
学食辺りで樋口さんに捕まった感じだろうか。

「明日香先輩の家に、宇堂先輩が泊まるってことですか?」
「え、ええまぁ……」
「へぇ、いいなぁ。楽しそう」
「あれ、樋口さんは明日香の家のこと知ってるんだっけ?」
「はい、行ったことはありませんけど、話に聞いてますよ」
「それで楽しそうって感想が持てるのがすごいな」
「だって明日香ちゃんのお父さん、楽しい人じゃん。今度またきんつば食べに行っていい?」
「いつでもいらっしゃい。お父さんも喜ぶと思うわ」
「え、じゃあ今度私も連れてってくださいよ、野口先輩」
「何なら、今日辺りくる?予定なければ、だけど」
「いいんですか!?」
「おー、いいね、行く行く」

うちの父は桜子を物凄く可愛がっている。
それこそ、桜子がいるときは私そっちのけで可愛がる。
マスコットか何かと間違ってるんじゃないかと思うが、ああいう桜子のキャラが父のツボにどストライクだったのだろうと思う。

昔から甘え下手だった私を、それでも父は可愛がってくれたものだが、桜子が初めて来たときはそれはもう、猫っ可愛がりという表現がぴったりだった。
そんな桜子を見て、少しは父を喜ばせてあげられたのかな、という気持ちと桜子に何となく父を取られたという様な複雑な思いが、私の中で行きかっていた。
本当に、浅ましい人間だと思う。

もう少しドライになれれば、私もその周りも楽になるんじゃないだろうか。


「おお、明日香が彼氏以外の友達こんなに連れてくるなんてなぁ……それもこんな若い子ばっかり……うへへ」
「お父さん?ここにいるのは全員大輝くんの彼女なの。変なこと考えたら大輝くんに言いつけるからね」
「おお?本当かそりゃ……本当大したやつだなぁ、大輝くんは」

結局桜子と樋口さん、それに内田さんも私の家にくることになった。
実は生徒会の集まりがあって、その段階では小泉さんも、なんて話が出てはいたのだが急遽用事が入って小泉さんは脱落した。

「おかえりなさい明日香、お友達?」
「ええ、ただいまお母さん」
「あ、お世話になってます」

口々に母と挨拶をして、母が一旦下がる。
またどうせ来るんだろうから、と思い気にしなかったが、桜子のことは母も可愛がっている。
やはり愛想のある女の子の方がいいんだろうか。

「お嬢、お帰りなさい。皆さんも、ようこそいらっしゃいました。どうかごゆっくりして行ってください」

こんな風に挨拶に来た望月は、以前神界で大輝くんを助けるために戦った時以降、どうも隠密の様な動きをする様になっている。
護衛だから、とあまり表に出てこないというか、私の用事の時には影に身を潜めている様な、そんな感じのことが多くなっていた。
現に今日も、帰り道で駅に降りてからは背後に人の気配を感じた気がするし、おそらくそれも望月なのだろう。

「明日香ちゃん、どうしたの?何か元気なくない?」
「え?そうかしら。そんな風に見える?」
「ああ、そういえば……体調悪いですか?」

こんなにも心配してくれる仲間に、私は何を思っているんだろう。
嫉妬とか羨望だとか、そんなものと無縁だと思っていたはずの私の心は、いつしか色々なものを求める様になっているということに気づいた。


「ご無沙汰してます、雷蔵さん。今日はお世話になります」
「おお、早く入りな。例のブツ、もうきてるんだぜ」
「え、それって、まさか……」

玄関まで匂ってくる、以前父が振舞ったうな重の香り。
大輝くんが到着する少し前に届いて、お重が開かれるのを待っている様に見えた。
いや、お腹が空いてきた、というだけなのだけど。

兼ねてから大輝くんは何か食べたいものがあるかと聞かれる度、でもうな重はなぁ、と零していたのを私は知っている。
大輝くんはうなぎが基本的には嫌いで、この家で食べたもの以外口にしていない。
だから今日はもしかして、なんて考えていた様で、珍しく人の家に来ることを楽しみにしている様に見えた。

「いやぁ……やっぱうなぎって言ったらこれですよね」
「おお、そんなに喜んでくれるなら俺も用意した甲斐があったってもんだわ。明日香、沢山食えよ?今日はほれ、頑張るんだろ?」

本当に我が父ながらゲスい。
その予定ではあるけど、さすがに昼食中にそういう話はどうかと思った。

もっと食え、と気をよくした父に促されて、大輝くんは結果として二人分を平らげていた。
私の夫になってくれるなら、毎日でも食べさせてあげるのに。


「明日香の部屋も久しぶりにきたな」
「半年ぶりくらいかしらね」

昼食を終えて、少しの歓談の後大輝くんと私は、私の自室に来ていた。
望月も、と思ったが遠慮などではなく仕事があるから、と辞退されて、大輝くんはたまには二人の時間を楽しもうぜ、とか言っていた。
こんなことでも、私は心の中で舞い上がってしまう様な思いでいる。

思っていたよりも、私は乙女な女なのかもしれない。

週末用に学校から出ていた課題を二人で片づけて、二人で私のパソコンを使って動画を見ている。
見たい作品があるなら、今からでもレンタルしに行くけど、と伝えたら、彼はこうすれば見れるから、と言って無料のサイトを開いた。
今って便利なんだなぁ、と思う。

「明日香って、俺たちといない時何してるんだ?」
「何よその今更な質問……でも、少しでも気にかけてくれるのね」

最近自分の中に芽生えたいやらしい部分を自覚してから、どうもひねくれた言い方をしてしまう。
今まで、こんなことはなかった。
大輝くんと一緒にいられるなら、ってことで今の生活を選んだはずなのに、今更になって独占したい、という気持ちが出てきてしまう。

一体どうしてしまったというのだろうか。

「ねぇ、大輝くん」
「何だ?」
「私を連れて、逃げてくれない?」
「は?」

そんなこと、できるはずがない。
そうわかっているのに、大輝くんが困るのもわかりきっているのに、こんなことを言う私は本当に腐っている。

「二人で、駆け落ちして二人で暮らさない?」
「どうしたんだお前……熱でもあるのか?」
「そうじゃないの、ただ……」
「まぁ、お前がそうしたいって言うなら、いいぞ。行く宛てはあるのか?」
「え?」
「いや、だから。俺と一緒に駆け落ちしたいんだろ?まぁ、睦月から逃げるのは至難の業かもしれないけど、俺頑張ってみるよ」
「な、何を言ってるかわかってるの?」
「何言ってんだよお前……それがお前の願いなんだったら、俺は叶えてやるって」

あまりにもあっけらかんと言うものだから、思わず私がおかしいのか、なんて思ってしまうが、冷静に考えるとやっぱり私がおかしい気がしてくる。

「そ、そう……だったら……」

私は私が大輝くんに必要とされているんだという証がほしいだけなのかもしれない。
それはもしかしたら大輝くんだけじゃなくて、両親だったり望月だったり仲間だったり。
大輝くんじゃなくてもいいのかもしれない。

だけど、私は確かな愛情がほしくて、大輝くんの提案を呑むことにした。
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