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番外編
イベント編~或る年の二月の出来事~
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中学二年の二月。
春海と、朋美とも付き合う様になってから八ヶ月が経っている。
季節は冬、雪がちらつくことなんかもあったりして、寒さが身にしみる季節だ。
けど、俺は冬が好きだ。
夏と違って、汗をかくこともそんなにないし、誰かとくっついたりしてても暑いと感じることはない。
まぁ、誰かって言っても二人に限定されるし、それ以外はお呼びでないわけだが。
「二月一日、いかがお過ごしでしょうか」
テレビでニュースを見ている朝。
天気を確認するついでに、朝食をとりながらつい見てしまう。
「もうすぐ世間はバレンタイン!本気のチョコも義理のチョコも、これで決まり!!」
可愛らしい女子アナが、有名デパートなんかで売ってるであろうチョコを紹介していく。
「ほー、旨そうだな」
良平が起きてきて、食卓に加わる。
「お前ならこんなん、選り取り見取りだろ?」
俺は何故かちょっとイラっとして嫌味を口にした。
そんなことは歯牙にもかけず、良平はパンをかじりながらテレビに見入っている。
「でもさ、お前も今年からは二つ確定なんじゃねーの?」
横目で俺を見て、そんなことを言う良平。
イケメンの余裕ってやつか、忌々しい。
確かに二つは確定だろう。
それも本命……本命だよな?
春海は例年、普段あまり見せない女子力を発揮して、一般人とは思えないクオリティのものを手作りしてくる。
味も申し分ない。
今年からはそこに朋美が加わるのだが、そういえば朋美は料理とかできるのか?
残念なことに、俺は聞いた記憶がない。
「桜井さん、どんなのくれるんだろうな?」
俺の考えが見透かされていることに、更に腹が立つ。
「さてな。お前、さっさと食わないと遅刻するぞ。先行くからな」
俺は良平を置いて、荷物を持って施設を出た。
「うう、さっびぃ」
外に出ると、突き刺す様な冷気に思わず声が出てしまう。
手袋もマフラーもしているが、この寒さはなかなか堪える。
少し歩くと、朋美と井原、野口が見えた。
「…………」
ここで、朋美に料理できるの?とか聞くのはいかがなものだろうか。
さすがに避けておくべきか。
井原なんかは俺たちの関係を怪しんでいるみたいだし……。
気づかれない様に気配を殺し、彼女たちの後ろを一定の距離を保って……。
「あ、大輝じゃん、おはよ」
何故バレたし……。
「お、おお、おはよう」
「どうしたの?変な顔して」
バレたことの気まずさからか、俺は苦虫でも噛み潰したかの様な顔をしてたのだろうか。
「いや、何もないけど……」
「私に会ったのが、そんなに嫌だったの?」
「バカ、違うっての。ほら……何だ?寒いし?」
言い訳にもキレがない。
「朋美、私たち先に行くから」
井原が気を遣ったのかそう言って俺たちを置き去りにする。
朋美は井原たちに手を振って俺に向き直った。
「あ、そっか、もう二月になったんだもんね。そっかそっか、そういう季節だね」
「な、何だよ」
「大輝だって、楽しみにしてるんでしょ?」
にやりと笑う朋美。
こういう顔するときのこいつは、大体ロクなことを言わない。
「豆まき」
「……は?」
「だって、明後日じゃない、節分」
「あ、ああ、そうだな……?」
こいつはいったい何を言ってるんだろうか。
「そ、そうな、豆まきな。まぁうちはそんなに盛大にやったりせんけど」
「そうなの?うちはお父さんが毎年本物の鬼瓦つけて鬼役やってくれるよ?」
鬼瓦!?
いや実物持ったりしたことないけど、あれって結構重たいんじゃないの?
「お、お前の親父さんてすげぇな」
「まぁ、鬼瓦なんか使わなくても鬼みたいな顔してるんだけどね」
ひどい言われ様だ、会ったことないけどちょっと同情するよ親父さん。
でも、今二人きりだし、これは聞くチャンスか?
「なぁ、朋美」
「何?どうかした?」
「お前、料理とかできるのか?」
朋美は得意満面の笑みを浮かべる。
「できるよ。今年は作るんだ……ひよこ豆」
食べる用の豆か。
だが俺が聞きたいのはそこじゃない。
「そ、そうか。いや、そうじゃなくてな」
「あ、ほら大輝、チャイム鳴っちゃう。行こ?」
朋美が俺のマフラーを掴んで、玄関へと引っ張っていく。
くそう、聞き逃してしまった。
昼休み、春海にメールを打つ。
『なぁ、朋美って料理できるのかな』
取り繕っても仕方ないのでそのまま聞いてみる。
すぐに返事はきた。
『んー、できるんじゃないかな。私は見たことないけど、色々家でやってるって言ってた』
なるほど、確かに手先はそこそこ器用だし、出来ないことの方が少なそうではあるな。
『あ、そうか大輝も気にするんだよね、お年頃だし』
『何の話だ?』
『チョコでしょ?朋美がどんなのくれるのか、気になるんじゃないの?』
おお、さっすが。
全てはお見通しというわけか。
『まぁな。今朝良平が余計なこと言うから……』
まぁ悪気がないのはわかってるけど。
『それより、大輝は豆まきとか興味ある?』
何でどいつもこいつも豆まきなんだ?
二月のイベントは豆まきから始めないといけないって決まりでもあんの?
それとも今時のJCの間じゃ豆まきがブームにでもなったのか?
『いや、あるともないとも……』
『あのね、パパが取引先の人から、大量に豆もらったみたいで。明後日って土曜じゃない?一緒に豆まきしない?』
愛しの彼女からの、色気のないお誘い。
だが、大量ってどれくらいなんだろう。
『大量?どんだけもらったの?』
『二トントラック一台分くらいだって』
どう見積もっても多過ぎませんか……。
スケールがでかいな。
一体どんな取引先だよ……。
『オーケィ、そんだけあるなら、少しは消費しないとな』
こんな下らないことでも、楽しんでやればそれなりに楽しいかもしれないし。
鬼役はきっと俺なんだろうな。
春海に全力で豆ぶつけられたら俺、死んじゃわないかな。
それだけが心配だ。
「大輝」
朋美が俺の席にきた。
井原たちに聞こえない様、ボソボソと耳打ちをしてくる。
「今春海から、豆まきのお誘いきたよ。そういえば今年は土曜日だったっけ」
「ああ、そうだったな。でも、家の用事あんなら仕方ないんじゃねーの?」
「え?行くに決まってるじゃん。豆まきしたあとは、私たちの豆を……」
「おい」
何だその直球で下品極まりない下ネタは……。
春海のがうつったんだとしても露骨すぎてちょっと引くわ。
「あはは、まだお昼だったね」
ひらひらと手を振って、朋美は自分の席へ戻っていった。
結局その日は大した収穫もなく、各自帰宅。
朋美も予定があるとかで今日は別々に帰った。
「で、どうだったんだよ?」
「何が?」
良平がゲスい顔をして俺に尋ねる。
ちゃんと主語がないと、何について聞いてるのかわからん。
「桜井さんだよ。チョコだって」
「ああね」
「何だよ、聞けなかったのか?」
「いや……」
どう答えたものか。
いいや、めんどくさいし正直に言おう。
「聞こうとしたら、豆まきの話になった」
「は?豆まき?」
さすがの良平もこれは予想外だった様で、普段からは想像もできない、間抜けな顔をしていた。
「二月は豆まきの時期、とか何とか言ってたか。ひよこ豆作るとか言ってたぞ」
「そ、そうか。まぁ何だ、週末にやるんだろ?じゃあ精一杯鬼役やってやれよ」
意味のわからない応援をされた。
そして迎えた週末。
朋美が楽しみにしている節分の日がやってきた。
「お、きたきた。さ、上がって」
春海が出迎えてくれる。
荷物を置いて、お茶をご馳走になる。
ここまでは、いつもの週末だ。
「見て見て大輝」
春海の声がした方を見ると、春海は何やら機関銃の様なものを手にしていた。
「……何それ、どうしたの?てか何に使うの?」
「決まってるじゃん、豆まきだよ」
え、何それ。豆まきって戦争とかの類だっけ?
俺、本格的に生き残れる気がしないんだけど。
少し遅れて、朋美も到着。
ひよこ豆の作成に時間がかかったらしく、俺とは別行動で春海宅にやってきた。
「結構美味しくできたと思うよ。あとでみんなで食べよう?」
上手にできました!という声が聞こえてきそうだ。
しかし、確かに豆は美味しそうに見えたのでひとまずは安心と言ったところか。
「さて、はじめようか」
春海が俺と朋美に、一丁ずつ先ほどの機関銃を渡す。
朋美も困惑した様子だった。
「豆まきに使うんだとさ。二トンくらいある豆消費するために」
「さすがに全部は使い切れないと思うけどね」
「そ、そう……」
「調子がいいと一秒で三十発くらいは撃てるよ」
本格的だが、何だか物騒だな。
「なぁ、一応聞くけど、これで豆まきってまさか」
「うん?サバゲー感覚」
やっぱりか!!
「あの、チームわけってやっぱり」
「女子vs男子だよね、もちろん」
って俺一人じゃん!
春喜さんは今日いないと聞いているので、完全に孤立状態だ。
そんなこんなで三人で庭に出る。
無駄に広い庭を、こんな形で利用することになるなんて、誰も予想してなかっただろう。
「一トンずつに分けといたから、弾の補充は各自でね」
「どうやってやんのよこれ……」
「ああ、マガジン抜いて、豆流し込んだらおっけー。そのまま銃身に突っ込んだらまた撃てるから」
そもそもどうやって、こんなの作ったんだ。
銃の威力に負けて豆が粉々、とかそういう事態になったりしないんだろうか。
「あれ?ていうか春海は?銃ないけど」
「んふふー、私はね、これで十分」
そう言って春海は、手のひらに豆を何粒か載せる。
そして。
ひゅっ、という音が聞こえて、俺の顔の真横を豆が通り過ぎた。
ちょっとかすって俺のほっぺたが切れたらしく、次第に熱を帯びてくる。
ほっぺたは熱を帯びて熱いんだが、あまりの事態に俺の顔は血の気が引くのを感じた。
何今の、刃霧さんなの?
デコピンで豆に気でもコーティングさせてない?
朋美もさすがにちょっと顔が青くなっている。
「ね、ねぇ、今の当たったら死なない?」
さらっと恐ろしいことを言う。
だが、その懸念は十分に考えられる。
「な、なあ……当てるのはさすがに……」
「大丈夫、私のは牽制と囮に使うだけだから。実際には朋美に当ててもらう」
機関銃のも十分痛そうだけど……。
俺は試しに、近くの木に向けて撃ってみた。
ぱたたたたた!と乾いた音がして、木の幹に豆が軽くめり込んでいく。
「こ、これ……人に向けて撃つの危なくないか?」
「ああ、忘れてた、これ着てね」
そう言って春海が渡してきたのは、厚手のレインコートだった。
なるほど、これなら…機関銃の方は大丈夫かもしれない。
「あと大輝。狙うのは私だけにしてね。朋美狙ったら私の当てるから」
実質の死刑宣告をされた気がした。
さて、こうして開始された豆まきDeサバゲー。
念のため、ということでゴーグルとヘルメットも着用させられる。
一応の準備は万端の様だ。
手には中二病の象徴、皮の指貫グローブ。
ちょっとだけわくわくする。
春海が小さい頃にでも用意されたのであろう、遊具を盾に春海を探す。
もちろん、隙をついて朋美が狙ってくる可能性は十分あるので、どっちにしても気は抜けない。
びゅっ!と先ほどよりも鋭い音がして、レインコートの袖が切り裂かれる。
「え……?」
見ると、芝に穴が開いて摩擦で煙が上がっている。
おいおいおいおいおいおいおい……。
これ確実に殺しにきてないか?
恐怖心から、その方向に向けて射撃を行う。
相変わらずの気の抜けた様な乾いた音。
当たったという手ごたえはない。
心臓の鼓動が自然と早くなる。
この場からは移動した方が……そう思って一歩踏み出した時、遠くからぱたたたたた!と音がした。
「いって!!いていていていていて!!」
装甲の薄い、手や足に豆が命中する。
想定していたよりもずっと威力が高い。
このままくらい続けたらマジに命がない気がした。
「くっそ……」
呟いて走り出す。
銃声がしたのはあっちか。
小さな茂みになっているところがある。
そこに潜んでいる可能性は高い。
「そこか!」
俺の機関銃が火を吹く。
表現がアレだが、手に持ってる方だから、一応。
「あ、いたっ!」
朋美の悲鳴が聞こえた。
やった、命中!……命、中?
やってはいけないことに気づいて、全身から血の気が引く。
「大輝、やっちゃったね」
背後から、春海の声がした。
お前、どうやって……あといつの間に……。
「鬼はーそとー!」
声がして、春海が豆を軽く投げつけてくる。
それをくらった俺は、ショックと安心から気を失ったのだった。
「趣味悪いぞ、お前……」
部屋で目を覚ました俺は、開口一番春海に不満を漏らす。
「いやぁ、ごめんごめん。大輝のビビりっぷりがあまりにも可愛かったから、つい」
悪びれる様子もなく、春海は言う。
「それより」
春海は俺に向き直って、真面目な顔をした。
「朋美にごめんなさい、した?」
「う……」
「結構痛かったなぁ。私が傷物になっちゃったら、大輝は責任とってお嫁さんにしてくれるのかな?」
二人が結託して俺をいじりに入る。
「悪かったよ、ごめんな。当たったの、どこ?」
ちょっとだけ心配になって、尋ねてみる。
見たところどこも腫れている様には見えないのだが。
「こーこっ!」
親指の指先が、少しだけ赤くなっていた。
「……はぁ?」
「何よ、指先って神経集まってるから、ぶつけたりすると本当に痛いんだから」
「そんなこと知ってるよ……何だよ、顔とかだったらどうしようってちょっと焦っちゃったじゃんか」
「でも、痛かったもん……」
「ごめんな、悪かったなぁ」
言いながら親指を握ると、少し朋美の顔が崩れる。
いや、表現が悪いな。
破顔した。
うーん、使い方は合ってるはずなのにこの字面の悪さ。
普通に、微笑んだ、とか言っとけばいいか。
このあと、朋美が持参したひよこ豆を食べて、夕飯を食べて、といつもどおりに週末は過ぎていった。
ちなみに朋美作のひよこ豆は普通に旨かった。
二トン近くある豆は結局消費しきれなかったが、もったいないので海外の食糧難に悩む国に送ることになったらしい。
それから五日が経った。
「大輝、今度はバレンタインだよね」
朋美が目を輝かせながら言う。
とうとうきたか、と思った。
元々これしか予定にはなかったはずなのに、何で豆まきになったのか。
本当に未だに意味がわからない。
「バレンタインか。朋美はチョコ、作れるのか?」
「それはカカオ豆を……」
「いや、一般的な感じで頼む。それだとどんだけ時間かかるか見当もつかないから」
「んー……実はやったことないんだよね。でも、何とかなるんじゃないかな」
今不穏な一言が聞こえた気がする。
「お菓子作りは?」
「やらないねぇ」
「レシピ見て、とかなら?」
「料理は気合と根性と、愛情だよ」
「…………」
恐ろしいことを聞いてしまった。
「あ、そうだ春海が料理すげぇ上手くてさ。あいつ、お菓子も結構やるんだよ、だから一緒に……」
「大輝、私ね」
ふと遠い目をする朋美。
嫌な予感しかしない。
「大切な人にあげるチョコは、自分の力だけで作るべきだって思うんだ」
お菓子作ったことないって言ったくせに、唐突に常識振りかざすのはやめようぜ……。
結局、朋美は週末に作って持っていくから、と言っていた。
料理そのものに問題はないみたいだから、そこまで心配することもないのかもしれないが、さっきの発言からは不安しか感じないのは何でだろう。
こんなに待ち遠しくない週末は、初めてかもしれない。
だが、来てしまった、運命の週末。
先生、俺生きて帰れないかもしれない。
良平、俺が死んじゃったら、ベッドの下のエロ本はお前に託すからな。
「何か顔色悪いよ、大輝」
「ああ……ちょっと緊張してるんだ」
朋美はまだこない。
だが死へのカウントダウンは刻々と近付いている。
「そっか、じゃあ私先に渡しておこうかな」
そう言って春海はキッチンに消える。
春海の腕は疑う余地もない。
寧ろ安定感しかない。
「はい、これ」
何かでかい箱に入ってる。
無駄に厚みがあるこの箱。
一体何を作った?
「開けてみて」
「お、おう。気合い入ってんだな。どれ……」
箱を開けてフリーズした。
「……何これ……う○こ……?」
「ううん、ウンチョコ」
「…………」
漫画とかでよく見る、巻かれた感じの、あれ。
しかも、ハエがたかっているところまで全部チョコで作られているらしい。
無駄にクオリティ高いな……。
「これ、食べないとダメか?」
「食べたくない?私、結構頑張って作ったのに」
ちょっとしょぼんとしてる春海。
だが、今日の俺はここで引き下がるほど優しくはない。
「お前は!食べもので遊ぶなって!教わってないのかっ!!」
言いながら春海の左右のほっぺたを両手で引っ張る。
おお、柔らかい……モチみたいだ。
……いや、そうじゃないだろ俺。
「いひゃいいひゃい……ふぁいひ、いひゃいひょ…」
「この野郎、無駄にクオリティたけぇし……」
春海から手を離して、うんk……いやチョコを見つめる。
「一本的な感じのほうがよかった?」
「そういうことじゃねぇよ!」
それから少しして、朋美が到着した。
さっきの春海作のチョコでかなりのダメージを負ったので、もう何でも来いだ。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
少し走ってきたのか、顔が赤く息がやや上がっている様に見えた。
「はい、大輝。愛情たっぷりだから!」
こんなにも不安になる愛情が、かつてあっただろうか。
大きさは……手のひらより少し大きめか?
「何作ってきたのか、聞いていいか?」
「開けてのお楽しみって言いたいとこだけど、特別だよ?何と、ブラウニーです!」
ばばーん、と効果音が聞こえてきそうだが、無視して箱に手を伸ばす。
「開けるぞ」
ごくりと唾を嚥下して、箱の包みをほどいていく。
朋美がその様子を、目をキラキラさせながら見ている。
この間のやりとりがなければ、可愛いなぁ、で済むのに。
世の中上手くいかないことばっかりだ。
「お、おお?」
見た目は普通に、ブラウニーだ。
というか、寧ろ旨そうだとさえ思える。
やっぱり朋美って天才なんだな。
「食べてみて?」
コンビニでスイーツなんかを買うともらえる感じの、コンパクトなフォークを俺に手渡す朋美。
一口サイズのがいくつか入っている様だったので、食べやすい。
「では、いただきます」
一口サイズのブラウニー。
口に含んだ瞬間は、普通だった。
咀嚼する。
……何だ、この食感……何かすごいパッサパサ。
何か心なしか磯の香りがする。
ブラウニーってこんなんだっけ?
ってか苦い。
いや待て、この味、どこかで……。
「なぁ朋美」
「どう?」
「いや、あのさ」
「私も食べていい?」
春海が手を伸ばす。
やめとけ!と思ったが、さっきのお仕置きにはちょうどいいかもしれない。
「あのな、朋美。ブラウニー、食ったことある?」
「ん?ないよ?」
「味見は?」
「してないかな。インスピレーションが大事だし」
じゃあ何だ、俺の胃腸は大事じゃないんかい。
「怖いけど聞いておこう、これ、何入れたの?」
「外は、ココアパウダー混ぜた小麦粉。パンみたいにして包む感じで」
「外は、ってことはやっぱ中身は違うもん入れたのか。何入れた?」
「ふふん、ちょっと奮発したんだよ?」
「そういう前置きいいから。何入れたの?怒らないから言ってみなさい」
「紫ウニ」
……今何て言った?
ウニ?
お寿司やさんとかで出てくる、あれか?
火が通ったウニってあんな食感になるのか?
ふと春海を見ると、んべっと舌を出して涙目になっていた。
いい気味だ。
「え、何、美味しくなかった?」
「……お前、何でウニなんか入れたの?」
「だって、ブラウニーでしょ?ウニって入ってるじゃん」
「は……?」
一瞬何を言ってるのか、理解ができなかった。
こいつは何を言ってるんだ?
これはギャグか?
冗談だと言ってほしかった。
元々そんなに寿司とか食べないし、ウニなんて数えるほどしか食べたことはない。
それでも、お菓子に使うもんではないだろ……。
「よし、朋美。お前食ってみろ」
「い、言われなくたって!」
ムキになって、朋美が結構大きめのに手を出した。
南無三。
それから程なくして、朋美は泡を吹いて倒れた。
「あれ、ここは……」
自分の手作りブラウニーで気を失った朋美は、三十分ほどで目を覚ました。
「お前……これからはちゃんとレシピ見て作れよ。あと、味見もちゃんとしとけ。いつか料理で人殺すことになっちゃうかもしれんから」
失礼な!とでも言いたげな顔をしたが、先ほど自分で証明してしまったので何も言えない様だった。
「朋美、焦ることないよ。次からはちゃんと私も一緒にやるから。今度リベンジしよ?」
涙目で俯く朋美に、優しく声をかける春海。
春海にもこんな一面があるんだな。
「さて、じゃあ私のチョコ、みんなで食べよう?味はちゃんとしてるから」
そう言って春海はキッチンへ……待て。
まさかあれを、三人で食べるのか?
想像して、とてもカオスな光景を思い浮かべてしまった。
「ほら、朋美。涙拭いて。これ見たらきっと笑えるから」
春海が持ってきたうんk……じゃなくてチョコを見て、朋美が大笑いした。
結局三人で、この馬鹿でかいチョコを平らげ、朋美のブラウニーはナイナイの神様にささげることにした。
教訓だらけの、予想の遥か斜め上を行くバレンタインだったが、たまにはこんなのも悪くないかもしれない。
春海と、朋美とも付き合う様になってから八ヶ月が経っている。
季節は冬、雪がちらつくことなんかもあったりして、寒さが身にしみる季節だ。
けど、俺は冬が好きだ。
夏と違って、汗をかくこともそんなにないし、誰かとくっついたりしてても暑いと感じることはない。
まぁ、誰かって言っても二人に限定されるし、それ以外はお呼びでないわけだが。
「二月一日、いかがお過ごしでしょうか」
テレビでニュースを見ている朝。
天気を確認するついでに、朝食をとりながらつい見てしまう。
「もうすぐ世間はバレンタイン!本気のチョコも義理のチョコも、これで決まり!!」
可愛らしい女子アナが、有名デパートなんかで売ってるであろうチョコを紹介していく。
「ほー、旨そうだな」
良平が起きてきて、食卓に加わる。
「お前ならこんなん、選り取り見取りだろ?」
俺は何故かちょっとイラっとして嫌味を口にした。
そんなことは歯牙にもかけず、良平はパンをかじりながらテレビに見入っている。
「でもさ、お前も今年からは二つ確定なんじゃねーの?」
横目で俺を見て、そんなことを言う良平。
イケメンの余裕ってやつか、忌々しい。
確かに二つは確定だろう。
それも本命……本命だよな?
春海は例年、普段あまり見せない女子力を発揮して、一般人とは思えないクオリティのものを手作りしてくる。
味も申し分ない。
今年からはそこに朋美が加わるのだが、そういえば朋美は料理とかできるのか?
残念なことに、俺は聞いた記憶がない。
「桜井さん、どんなのくれるんだろうな?」
俺の考えが見透かされていることに、更に腹が立つ。
「さてな。お前、さっさと食わないと遅刻するぞ。先行くからな」
俺は良平を置いて、荷物を持って施設を出た。
「うう、さっびぃ」
外に出ると、突き刺す様な冷気に思わず声が出てしまう。
手袋もマフラーもしているが、この寒さはなかなか堪える。
少し歩くと、朋美と井原、野口が見えた。
「…………」
ここで、朋美に料理できるの?とか聞くのはいかがなものだろうか。
さすがに避けておくべきか。
井原なんかは俺たちの関係を怪しんでいるみたいだし……。
気づかれない様に気配を殺し、彼女たちの後ろを一定の距離を保って……。
「あ、大輝じゃん、おはよ」
何故バレたし……。
「お、おお、おはよう」
「どうしたの?変な顔して」
バレたことの気まずさからか、俺は苦虫でも噛み潰したかの様な顔をしてたのだろうか。
「いや、何もないけど……」
「私に会ったのが、そんなに嫌だったの?」
「バカ、違うっての。ほら……何だ?寒いし?」
言い訳にもキレがない。
「朋美、私たち先に行くから」
井原が気を遣ったのかそう言って俺たちを置き去りにする。
朋美は井原たちに手を振って俺に向き直った。
「あ、そっか、もう二月になったんだもんね。そっかそっか、そういう季節だね」
「な、何だよ」
「大輝だって、楽しみにしてるんでしょ?」
にやりと笑う朋美。
こういう顔するときのこいつは、大体ロクなことを言わない。
「豆まき」
「……は?」
「だって、明後日じゃない、節分」
「あ、ああ、そうだな……?」
こいつはいったい何を言ってるんだろうか。
「そ、そうな、豆まきな。まぁうちはそんなに盛大にやったりせんけど」
「そうなの?うちはお父さんが毎年本物の鬼瓦つけて鬼役やってくれるよ?」
鬼瓦!?
いや実物持ったりしたことないけど、あれって結構重たいんじゃないの?
「お、お前の親父さんてすげぇな」
「まぁ、鬼瓦なんか使わなくても鬼みたいな顔してるんだけどね」
ひどい言われ様だ、会ったことないけどちょっと同情するよ親父さん。
でも、今二人きりだし、これは聞くチャンスか?
「なぁ、朋美」
「何?どうかした?」
「お前、料理とかできるのか?」
朋美は得意満面の笑みを浮かべる。
「できるよ。今年は作るんだ……ひよこ豆」
食べる用の豆か。
だが俺が聞きたいのはそこじゃない。
「そ、そうか。いや、そうじゃなくてな」
「あ、ほら大輝、チャイム鳴っちゃう。行こ?」
朋美が俺のマフラーを掴んで、玄関へと引っ張っていく。
くそう、聞き逃してしまった。
昼休み、春海にメールを打つ。
『なぁ、朋美って料理できるのかな』
取り繕っても仕方ないのでそのまま聞いてみる。
すぐに返事はきた。
『んー、できるんじゃないかな。私は見たことないけど、色々家でやってるって言ってた』
なるほど、確かに手先はそこそこ器用だし、出来ないことの方が少なそうではあるな。
『あ、そうか大輝も気にするんだよね、お年頃だし』
『何の話だ?』
『チョコでしょ?朋美がどんなのくれるのか、気になるんじゃないの?』
おお、さっすが。
全てはお見通しというわけか。
『まぁな。今朝良平が余計なこと言うから……』
まぁ悪気がないのはわかってるけど。
『それより、大輝は豆まきとか興味ある?』
何でどいつもこいつも豆まきなんだ?
二月のイベントは豆まきから始めないといけないって決まりでもあんの?
それとも今時のJCの間じゃ豆まきがブームにでもなったのか?
『いや、あるともないとも……』
『あのね、パパが取引先の人から、大量に豆もらったみたいで。明後日って土曜じゃない?一緒に豆まきしない?』
愛しの彼女からの、色気のないお誘い。
だが、大量ってどれくらいなんだろう。
『大量?どんだけもらったの?』
『二トントラック一台分くらいだって』
どう見積もっても多過ぎませんか……。
スケールがでかいな。
一体どんな取引先だよ……。
『オーケィ、そんだけあるなら、少しは消費しないとな』
こんな下らないことでも、楽しんでやればそれなりに楽しいかもしれないし。
鬼役はきっと俺なんだろうな。
春海に全力で豆ぶつけられたら俺、死んじゃわないかな。
それだけが心配だ。
「大輝」
朋美が俺の席にきた。
井原たちに聞こえない様、ボソボソと耳打ちをしてくる。
「今春海から、豆まきのお誘いきたよ。そういえば今年は土曜日だったっけ」
「ああ、そうだったな。でも、家の用事あんなら仕方ないんじゃねーの?」
「え?行くに決まってるじゃん。豆まきしたあとは、私たちの豆を……」
「おい」
何だその直球で下品極まりない下ネタは……。
春海のがうつったんだとしても露骨すぎてちょっと引くわ。
「あはは、まだお昼だったね」
ひらひらと手を振って、朋美は自分の席へ戻っていった。
結局その日は大した収穫もなく、各自帰宅。
朋美も予定があるとかで今日は別々に帰った。
「で、どうだったんだよ?」
「何が?」
良平がゲスい顔をして俺に尋ねる。
ちゃんと主語がないと、何について聞いてるのかわからん。
「桜井さんだよ。チョコだって」
「ああね」
「何だよ、聞けなかったのか?」
「いや……」
どう答えたものか。
いいや、めんどくさいし正直に言おう。
「聞こうとしたら、豆まきの話になった」
「は?豆まき?」
さすがの良平もこれは予想外だった様で、普段からは想像もできない、間抜けな顔をしていた。
「二月は豆まきの時期、とか何とか言ってたか。ひよこ豆作るとか言ってたぞ」
「そ、そうか。まぁ何だ、週末にやるんだろ?じゃあ精一杯鬼役やってやれよ」
意味のわからない応援をされた。
そして迎えた週末。
朋美が楽しみにしている節分の日がやってきた。
「お、きたきた。さ、上がって」
春海が出迎えてくれる。
荷物を置いて、お茶をご馳走になる。
ここまでは、いつもの週末だ。
「見て見て大輝」
春海の声がした方を見ると、春海は何やら機関銃の様なものを手にしていた。
「……何それ、どうしたの?てか何に使うの?」
「決まってるじゃん、豆まきだよ」
え、何それ。豆まきって戦争とかの類だっけ?
俺、本格的に生き残れる気がしないんだけど。
少し遅れて、朋美も到着。
ひよこ豆の作成に時間がかかったらしく、俺とは別行動で春海宅にやってきた。
「結構美味しくできたと思うよ。あとでみんなで食べよう?」
上手にできました!という声が聞こえてきそうだ。
しかし、確かに豆は美味しそうに見えたのでひとまずは安心と言ったところか。
「さて、はじめようか」
春海が俺と朋美に、一丁ずつ先ほどの機関銃を渡す。
朋美も困惑した様子だった。
「豆まきに使うんだとさ。二トンくらいある豆消費するために」
「さすがに全部は使い切れないと思うけどね」
「そ、そう……」
「調子がいいと一秒で三十発くらいは撃てるよ」
本格的だが、何だか物騒だな。
「なぁ、一応聞くけど、これで豆まきってまさか」
「うん?サバゲー感覚」
やっぱりか!!
「あの、チームわけってやっぱり」
「女子vs男子だよね、もちろん」
って俺一人じゃん!
春喜さんは今日いないと聞いているので、完全に孤立状態だ。
そんなこんなで三人で庭に出る。
無駄に広い庭を、こんな形で利用することになるなんて、誰も予想してなかっただろう。
「一トンずつに分けといたから、弾の補充は各自でね」
「どうやってやんのよこれ……」
「ああ、マガジン抜いて、豆流し込んだらおっけー。そのまま銃身に突っ込んだらまた撃てるから」
そもそもどうやって、こんなの作ったんだ。
銃の威力に負けて豆が粉々、とかそういう事態になったりしないんだろうか。
「あれ?ていうか春海は?銃ないけど」
「んふふー、私はね、これで十分」
そう言って春海は、手のひらに豆を何粒か載せる。
そして。
ひゅっ、という音が聞こえて、俺の顔の真横を豆が通り過ぎた。
ちょっとかすって俺のほっぺたが切れたらしく、次第に熱を帯びてくる。
ほっぺたは熱を帯びて熱いんだが、あまりの事態に俺の顔は血の気が引くのを感じた。
何今の、刃霧さんなの?
デコピンで豆に気でもコーティングさせてない?
朋美もさすがにちょっと顔が青くなっている。
「ね、ねぇ、今の当たったら死なない?」
さらっと恐ろしいことを言う。
だが、その懸念は十分に考えられる。
「な、なあ……当てるのはさすがに……」
「大丈夫、私のは牽制と囮に使うだけだから。実際には朋美に当ててもらう」
機関銃のも十分痛そうだけど……。
俺は試しに、近くの木に向けて撃ってみた。
ぱたたたたた!と乾いた音がして、木の幹に豆が軽くめり込んでいく。
「こ、これ……人に向けて撃つの危なくないか?」
「ああ、忘れてた、これ着てね」
そう言って春海が渡してきたのは、厚手のレインコートだった。
なるほど、これなら…機関銃の方は大丈夫かもしれない。
「あと大輝。狙うのは私だけにしてね。朋美狙ったら私の当てるから」
実質の死刑宣告をされた気がした。
さて、こうして開始された豆まきDeサバゲー。
念のため、ということでゴーグルとヘルメットも着用させられる。
一応の準備は万端の様だ。
手には中二病の象徴、皮の指貫グローブ。
ちょっとだけわくわくする。
春海が小さい頃にでも用意されたのであろう、遊具を盾に春海を探す。
もちろん、隙をついて朋美が狙ってくる可能性は十分あるので、どっちにしても気は抜けない。
びゅっ!と先ほどよりも鋭い音がして、レインコートの袖が切り裂かれる。
「え……?」
見ると、芝に穴が開いて摩擦で煙が上がっている。
おいおいおいおいおいおいおい……。
これ確実に殺しにきてないか?
恐怖心から、その方向に向けて射撃を行う。
相変わらずの気の抜けた様な乾いた音。
当たったという手ごたえはない。
心臓の鼓動が自然と早くなる。
この場からは移動した方が……そう思って一歩踏み出した時、遠くからぱたたたたた!と音がした。
「いって!!いていていていていて!!」
装甲の薄い、手や足に豆が命中する。
想定していたよりもずっと威力が高い。
このままくらい続けたらマジに命がない気がした。
「くっそ……」
呟いて走り出す。
銃声がしたのはあっちか。
小さな茂みになっているところがある。
そこに潜んでいる可能性は高い。
「そこか!」
俺の機関銃が火を吹く。
表現がアレだが、手に持ってる方だから、一応。
「あ、いたっ!」
朋美の悲鳴が聞こえた。
やった、命中!……命、中?
やってはいけないことに気づいて、全身から血の気が引く。
「大輝、やっちゃったね」
背後から、春海の声がした。
お前、どうやって……あといつの間に……。
「鬼はーそとー!」
声がして、春海が豆を軽く投げつけてくる。
それをくらった俺は、ショックと安心から気を失ったのだった。
「趣味悪いぞ、お前……」
部屋で目を覚ました俺は、開口一番春海に不満を漏らす。
「いやぁ、ごめんごめん。大輝のビビりっぷりがあまりにも可愛かったから、つい」
悪びれる様子もなく、春海は言う。
「それより」
春海は俺に向き直って、真面目な顔をした。
「朋美にごめんなさい、した?」
「う……」
「結構痛かったなぁ。私が傷物になっちゃったら、大輝は責任とってお嫁さんにしてくれるのかな?」
二人が結託して俺をいじりに入る。
「悪かったよ、ごめんな。当たったの、どこ?」
ちょっとだけ心配になって、尋ねてみる。
見たところどこも腫れている様には見えないのだが。
「こーこっ!」
親指の指先が、少しだけ赤くなっていた。
「……はぁ?」
「何よ、指先って神経集まってるから、ぶつけたりすると本当に痛いんだから」
「そんなこと知ってるよ……何だよ、顔とかだったらどうしようってちょっと焦っちゃったじゃんか」
「でも、痛かったもん……」
「ごめんな、悪かったなぁ」
言いながら親指を握ると、少し朋美の顔が崩れる。
いや、表現が悪いな。
破顔した。
うーん、使い方は合ってるはずなのにこの字面の悪さ。
普通に、微笑んだ、とか言っとけばいいか。
このあと、朋美が持参したひよこ豆を食べて、夕飯を食べて、といつもどおりに週末は過ぎていった。
ちなみに朋美作のひよこ豆は普通に旨かった。
二トン近くある豆は結局消費しきれなかったが、もったいないので海外の食糧難に悩む国に送ることになったらしい。
それから五日が経った。
「大輝、今度はバレンタインだよね」
朋美が目を輝かせながら言う。
とうとうきたか、と思った。
元々これしか予定にはなかったはずなのに、何で豆まきになったのか。
本当に未だに意味がわからない。
「バレンタインか。朋美はチョコ、作れるのか?」
「それはカカオ豆を……」
「いや、一般的な感じで頼む。それだとどんだけ時間かかるか見当もつかないから」
「んー……実はやったことないんだよね。でも、何とかなるんじゃないかな」
今不穏な一言が聞こえた気がする。
「お菓子作りは?」
「やらないねぇ」
「レシピ見て、とかなら?」
「料理は気合と根性と、愛情だよ」
「…………」
恐ろしいことを聞いてしまった。
「あ、そうだ春海が料理すげぇ上手くてさ。あいつ、お菓子も結構やるんだよ、だから一緒に……」
「大輝、私ね」
ふと遠い目をする朋美。
嫌な予感しかしない。
「大切な人にあげるチョコは、自分の力だけで作るべきだって思うんだ」
お菓子作ったことないって言ったくせに、唐突に常識振りかざすのはやめようぜ……。
結局、朋美は週末に作って持っていくから、と言っていた。
料理そのものに問題はないみたいだから、そこまで心配することもないのかもしれないが、さっきの発言からは不安しか感じないのは何でだろう。
こんなに待ち遠しくない週末は、初めてかもしれない。
だが、来てしまった、運命の週末。
先生、俺生きて帰れないかもしれない。
良平、俺が死んじゃったら、ベッドの下のエロ本はお前に託すからな。
「何か顔色悪いよ、大輝」
「ああ……ちょっと緊張してるんだ」
朋美はまだこない。
だが死へのカウントダウンは刻々と近付いている。
「そっか、じゃあ私先に渡しておこうかな」
そう言って春海はキッチンに消える。
春海の腕は疑う余地もない。
寧ろ安定感しかない。
「はい、これ」
何かでかい箱に入ってる。
無駄に厚みがあるこの箱。
一体何を作った?
「開けてみて」
「お、おう。気合い入ってんだな。どれ……」
箱を開けてフリーズした。
「……何これ……う○こ……?」
「ううん、ウンチョコ」
「…………」
漫画とかでよく見る、巻かれた感じの、あれ。
しかも、ハエがたかっているところまで全部チョコで作られているらしい。
無駄にクオリティ高いな……。
「これ、食べないとダメか?」
「食べたくない?私、結構頑張って作ったのに」
ちょっとしょぼんとしてる春海。
だが、今日の俺はここで引き下がるほど優しくはない。
「お前は!食べもので遊ぶなって!教わってないのかっ!!」
言いながら春海の左右のほっぺたを両手で引っ張る。
おお、柔らかい……モチみたいだ。
……いや、そうじゃないだろ俺。
「いひゃいいひゃい……ふぁいひ、いひゃいひょ…」
「この野郎、無駄にクオリティたけぇし……」
春海から手を離して、うんk……いやチョコを見つめる。
「一本的な感じのほうがよかった?」
「そういうことじゃねぇよ!」
それから少しして、朋美が到着した。
さっきの春海作のチョコでかなりのダメージを負ったので、もう何でも来いだ。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
少し走ってきたのか、顔が赤く息がやや上がっている様に見えた。
「はい、大輝。愛情たっぷりだから!」
こんなにも不安になる愛情が、かつてあっただろうか。
大きさは……手のひらより少し大きめか?
「何作ってきたのか、聞いていいか?」
「開けてのお楽しみって言いたいとこだけど、特別だよ?何と、ブラウニーです!」
ばばーん、と効果音が聞こえてきそうだが、無視して箱に手を伸ばす。
「開けるぞ」
ごくりと唾を嚥下して、箱の包みをほどいていく。
朋美がその様子を、目をキラキラさせながら見ている。
この間のやりとりがなければ、可愛いなぁ、で済むのに。
世の中上手くいかないことばっかりだ。
「お、おお?」
見た目は普通に、ブラウニーだ。
というか、寧ろ旨そうだとさえ思える。
やっぱり朋美って天才なんだな。
「食べてみて?」
コンビニでスイーツなんかを買うともらえる感じの、コンパクトなフォークを俺に手渡す朋美。
一口サイズのがいくつか入っている様だったので、食べやすい。
「では、いただきます」
一口サイズのブラウニー。
口に含んだ瞬間は、普通だった。
咀嚼する。
……何だ、この食感……何かすごいパッサパサ。
何か心なしか磯の香りがする。
ブラウニーってこんなんだっけ?
ってか苦い。
いや待て、この味、どこかで……。
「なぁ朋美」
「どう?」
「いや、あのさ」
「私も食べていい?」
春海が手を伸ばす。
やめとけ!と思ったが、さっきのお仕置きにはちょうどいいかもしれない。
「あのな、朋美。ブラウニー、食ったことある?」
「ん?ないよ?」
「味見は?」
「してないかな。インスピレーションが大事だし」
じゃあ何だ、俺の胃腸は大事じゃないんかい。
「怖いけど聞いておこう、これ、何入れたの?」
「外は、ココアパウダー混ぜた小麦粉。パンみたいにして包む感じで」
「外は、ってことはやっぱ中身は違うもん入れたのか。何入れた?」
「ふふん、ちょっと奮発したんだよ?」
「そういう前置きいいから。何入れたの?怒らないから言ってみなさい」
「紫ウニ」
……今何て言った?
ウニ?
お寿司やさんとかで出てくる、あれか?
火が通ったウニってあんな食感になるのか?
ふと春海を見ると、んべっと舌を出して涙目になっていた。
いい気味だ。
「え、何、美味しくなかった?」
「……お前、何でウニなんか入れたの?」
「だって、ブラウニーでしょ?ウニって入ってるじゃん」
「は……?」
一瞬何を言ってるのか、理解ができなかった。
こいつは何を言ってるんだ?
これはギャグか?
冗談だと言ってほしかった。
元々そんなに寿司とか食べないし、ウニなんて数えるほどしか食べたことはない。
それでも、お菓子に使うもんではないだろ……。
「よし、朋美。お前食ってみろ」
「い、言われなくたって!」
ムキになって、朋美が結構大きめのに手を出した。
南無三。
それから程なくして、朋美は泡を吹いて倒れた。
「あれ、ここは……」
自分の手作りブラウニーで気を失った朋美は、三十分ほどで目を覚ました。
「お前……これからはちゃんとレシピ見て作れよ。あと、味見もちゃんとしとけ。いつか料理で人殺すことになっちゃうかもしれんから」
失礼な!とでも言いたげな顔をしたが、先ほど自分で証明してしまったので何も言えない様だった。
「朋美、焦ることないよ。次からはちゃんと私も一緒にやるから。今度リベンジしよ?」
涙目で俯く朋美に、優しく声をかける春海。
春海にもこんな一面があるんだな。
「さて、じゃあ私のチョコ、みんなで食べよう?味はちゃんとしてるから」
そう言って春海はキッチンへ……待て。
まさかあれを、三人で食べるのか?
想像して、とてもカオスな光景を思い浮かべてしまった。
「ほら、朋美。涙拭いて。これ見たらきっと笑えるから」
春海が持ってきたうんk……じゃなくてチョコを見て、朋美が大笑いした。
結局三人で、この馬鹿でかいチョコを平らげ、朋美のブラウニーはナイナイの神様にささげることにした。
教訓だらけの、予想の遥か斜め上を行くバレンタインだったが、たまにはこんなのも悪くないかもしれない。
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