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本編
大輝編42話~修学旅行一日目~
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「今度の修学旅行ですが、北海道で決まりました。異議はありませんか?」
生徒会選挙から早くも一か月近くが経過したこの日、担任の先生がHRで今度行く修学旅行の日程と行先を発表する。
夏なのに北海道か……何しに行けばいいんだろう、避暑?
日程は再来週の月曜から四日間。
今の時期だと富良野とかのラベンダー畑?とか見に行ったら綺麗なのかな。
時計台とかは何となく冬のイメージだけど、きっと夏でも動いていることだろう。
持ち物に水着ってあるけど、泳げる場所なんてあるのか?
等々こちらに住んでいるとわからないことばかりだ。
だが特に異議を唱える者もないので滞りなく北海道行きは決定した様だった。
「へぇ、北海道いいですね。私六花亭のバターサンド食べたいです」
生徒会室で、一年の樋口さんが羨ましさ全開で言う。
わかった、買ってきてやるから。
「内田さんは?何かほしいものとかないの?」
「えっと……北海道ってよく知らないもので……」
「じゃあ無難に白い恋人とかでいい?ホワイトチョコ食べれる?」
「あ、大丈夫です。寧ろ大好きで」
「俺は牛乳嫌いでな……ホワイトチョコもダメなんだ……」
「大輝地味に好き嫌い多いよね」
「うわ、夫婦の会話だ」
夫婦じゃないから。
ハーレムではあるけど。
しかし睦月はどこか得意げだ。
「小泉さんは……一緒に行く側だもんね」
「そうね。まぁお土産交換とか……やっぱり面倒ね。やめましょ」
「そうだ、小泉さんも一緒にどこか行く?」
「いや、班決まってるから……気持ちだけ受け取っておくわ」
班の人間と仲良くないのか、小泉さんは何処か浮かない顔をしている様に見える。
ちなみに俺は強制的に、しかもクラスの満場一致で睦月と同じ班にされた。
一体どういうことなの……俺の自由ってどこ行ったの?
「ああ、大輝……修学旅行の間は、寝かせないから」
「はぁ!?三日以上もかよ!死ぬわ!」
「あら、嫌がりはしないんですね」
「あ、いや……」
ついいつものノリで返してしまった。
一年二人がニヤニヤとしている中、桜子と明日香はジトっとした目で俺を見る。
二年になって明日香は同じクラスになったのだが、班は別になってしまった。
特に睦月が力を使ったとかではなく、睦月の人気に押される形で明日香が割り込めなかったというわけだ。
そして桜子は相変わらず違うクラス。
これは困ったことになった。
「大丈夫だよ、大輝。いざとなったら四人で行動できる様計らうから」
「お前、そんなこと……」
さすがに全員に聞かせる会話ではないので、ぼそぼそと内緒話みたいになってしまう。
「何をこそこそとしているのかしら」
「い、いやこそこそじゃなくてぼそぼそなんだけど……」
「私のことなら、気にしなくても大丈夫だから」
「いや、そうは言うけど……」
「だって大輝くんはちゃんと、私たちのことも気にかけてくれるんでしょ?」
何てことをでかい声で、こいつ……先生がいたらどうするんだ。
この手の話題は特に一年生が喜ぶからなのか、睦月も明日香も桜子も案外ノリノリで話す。
俺のプライバシーはどこへ?
ちょっと前に好きな体位、とか言われて正直に答えられたときは転校を考えた。
もちろんそんな頭も金もないので、あきらめたわけだが。
二週間はあっという間に過ぎて、ついに迎える修学旅行当日。
先週の金曜にあった生徒会の集まりで、今週は生徒会の集まり金曜までない、ということを伝えてあるので、無駄に集まったりはしないだろう。
集まっても二人しかいないんじゃ、やることもなさそうだしな。
「東京駅までは自由なんだっけ」
「ああ、そうだな。けど余裕持って行かないと、間に合わなくなるぞ」
俺と睦月、桜子と明日香はこの前日、睦月のマンションに泊まった。
もちろん修学旅行の荷物は全部持って。
和歌さんが最初、連絡をくれて車で東京駅まで送ると言ってくれていたのだが、朝も早いから電車で行くと明日香が伝えて、俺たちは駅を目指した。
割と余裕を持って出ていたので、まず東京駅までの道のりは問題ないだろう。
「羽田空港で集合とかでもよかったのにね」
「まぁ、それは俺も思ったけど……多分手配するときに何か手違いでもあったんじゃないか?余計にバス取っちゃったとか」
「そういうところも経費としてはもったいないよね……文化祭とかに回せるかもしれないのに」
「そう思うなら、今後の生徒会の議題にしてみてもいいんじゃないか?」
「そうだね。大輝、よろしく」
「だから何で俺なの……」
そうこうしているうちに東京駅に着いた。
銀の鈴集合……馴染みのない名前だ。
「大輝、こっち」
睦月がわかっているらしく、どんどんと進んでいくのに俺たちは着いて歩く。
時間が時間だけに、まだ駅の中にある店もほとんど開いていない。
少し歩いたところに、銀の鈴というものがあった。
こんなでかい鈴、神社以外で見たことがない。
でも、綺麗だなと思った。
まだ集合時間まで少しだけ間があって、二年生の半分程度しか集まっていない様だった。
「椎名さん、とその他の人たち」
「その呼び方やめない?」
小泉さんが俺たちに気づいて声をかけてくる。
何だよその他って。
エキストラか何かか?
「早いのね。もしかしてベッドの中でも早いの?」
「何だその先入観は……別に普通だよ」
「ていうか小泉さん、下ネタとかいきなり……」
「イメージになかったからびっくりしたよ」
「私、こんなだからクラスでやや浮いてるのよね。でも、下ネタ好きだけはやめられない。だって、面白いんですもの」
そんなことを朝っぱらからアツく語っちゃう小泉さん、マジパネェっす。
「まぁ、気持ちはわかる。いやらしくなく言うのがコツだよね」
何と睦月までノリノリで下ネタ談義に参加している。
どうかしてやがるぜ、こいつら……。
二人が下ネタ談義に花を咲かせていると、生徒がどうやら集合した様だった。
先生が号令をかけて各クラス漏れがないかと見て回る。
問題がないことを確認できた様だったので、全員で歩いてバスターミナルへ。
総勢一二〇人以上の人間がわらわらと構内を歩く様子は、軍隊の行進を彷彿とさせた。
バスで三十分程度で羽田には着く様だ。
バスに乗り込んですぐにチケットを渡される。
「このチケットがないと、飛行機に乗れません。絶対に無くさない様に。保管は自己管理でお願いします」
担任教師が全員に向けてマイクを使って注意を促す。
これだけやっても、なくすやつはいたりする。
騒ぎを起こすのが趣味みたいなやつもいるのだ。
「大輝、なくしちゃダメだよ?」
「言われんでも……」
当然とばかりに俺の隣の窓際を陣取って、睦月は上機嫌だ。
そういえば、飛行機か……飛行機!?
すっかりと忘れていたが、俺は高所恐怖症だ。
ジャングルジムのてっぺんももちろん、ガラス張りの高層ビルなんかも当然、飛行機は未経験だが、あんな鉄の塊が空を飛ぶなんて、信じられない。
こんなことを大分前に睦月に言ったところ、戦後の爺さんか、と笑われたものだ。
そして羽田空港に到着。
来るべき時はそう、来てしまった。
「大輝、隣の席だよ?」
「わかってる……」
「大丈夫?震えてない?」
「武者震いだよ……」
「何と戦うのよ……」
飛行機に乗るまでの間、俺はよく知りもしない念仏を心の中で唱え、旅の無事を祈った。
「変なの。私と戦ったときだってあんなに高く飛び上がってたのに」
「え?」
「大輝、その気になったら自分で何メートルだって飛べるんだよ?」
そうだ。
俺は何故忘れてしまっていたのか。
そうだよ、俺、人知を超えた力を……。
「大輝くん?何を考えてるのか知らないけど、こんなところで変身とかしないでね?」
明日香に先読みされて敢え無く断念。
俺は生身のままで、あの鉄の塊に乗り込むこととなった。
機内に入ると、睦月の宣言通り隣に座っている。
明日香にでも譲ってやればいいのに、なんて思ったが、誰が隣でもやっぱり怖いものは怖い。
「大輝、怖い人用にイヤホンで音楽とか流してくれるみたいだよ?」
そう言って睦月は俺の座席にあるイヤホンを取り出してくれた。
何だ、案外優しいところもあるんじゃないか。
やっぱりこいつは俺にとって最高の……。
なんて思った俺がバカだった。
何故かイヤホンからは金〇の大冒険が流れている。
俺の他にも、イヤホンを使おうとした生徒がいたらしく、何で金〇の大冒険なのか、という不満がそこかしこで起こる。
睦月を見ると、今にも吹き出しそうな顔をしてプルプルしていた。
やっぱりお前の仕業か……。
『ただいま、サービスの不具合が確認されましたので、大変申し訳ございませんがイヤホンのご利用はご遠慮いただきます様……』
機内アナウンスが流れて、全員強制的に空の旅を満喫することとなった。
「ねぇ大輝、どうだった?」
「騒ぐと怒られるぞ。静かにしとけ」
俺はもう何だかぐったりとしてしまって、睦月にも塩対応をする。
何でこいつはいつもいつも……。
そしてその責任は高確率で俺のところに来るという。
本当、勘弁してくれ。
一時間半ほどで北海道の新千歳空港には着くらしいが、睦月が色々ちょっかいをかけてくるせいでやたら長く感じる。
「はひたひひ。はーう(はい大輝、あーん)」
「ん?」
振り返ると、そこにはポッキーを口に咥えて俺を待つ睦月がいた。
咥えているのはチョコの側だ。
ずるいだろ、俺だってチョコ好きなのに。
いやそうじゃない、何でこんなとこでポッキーゲームしようとしてんのこいつ……。
「んー」
「んーじゃねぇだろお前……こんなとこで何しようっての」
「んー」
「…………」
こいつ、やるまでずっとこうしてるんだろうな……仕方ない、さっさと折ってしまえ。
そう思って、仕方なくチョコのついてない方に食いつく。
さて、とポッキーを折ろうとしたところで、睦月が一気に食べ進めた。
カリカリカリカリカリ、とすごく小気味良い音が機内に響き、何事かとほかの座席から俺たちが覗かれる。
これはまずい、と思って顔を捻って無理やりポッキーをへし折ったとき、睦月の顔は数ミリ前まで迫っていた。
「お、お前ら何してんの?ポッキーゲーム?」
クラスメートの一人が騒ぎだし、一気に話が広まる。
はぁ、またこいつ……。
「宇堂くん、何をしていたの?」
「ええ、いちゃついてましたすみません」
「開き直るんじゃないの」
「羨ましいんですか?すみません、悪気はなかったんです。先生綺麗だし、そのうちこういうことできる相手くらい見つかりますって」
担任のオールドミスっぽい教師が詰問にくる。
俺はもう何だかバカバカしくなって、つい居直ってしまう。
「う、羨ましいだなんてこと……」
「すみません、気を付けます」
ニヤニヤと睦月が俺を見る。
本当、こいつ俺のこと嫌いなんじゃないのか……。
イライラとした顔をしながら、教師が自分の席に戻っていく。
生徒会の人間がこんなことでいいのかよ。
何だかんだあって、漸く北海道に到着する。
東京にいたときと同じ格好で降り立つと、少しだけ寒い気がしてくる。
「大輝、上着。風邪でも引いたら大変でしょ」
「何だ、気が利くな」
「私を何だと思ってるの?」
「トラブルメーカー」
「ひどいよ。さっきのはちょっとしたいたずら心じゃない」
「お前な……俺がどんだけ……」
「宇堂、許してやれよ。可愛い彼女の可愛いいたずらだろ」
クラスメートに冷やかされて、渋々その上着を受け取る。
くそ、俺何も悪くないよな?
「ごめんね、大輝。怒っちゃった?もう一回ポッキーゲームする?」
「この流れで何で、ポッキーゲームすんだよ……」
最初に行くのはホテルだ。
いや違うんだ。
睦月たちを連れてシケこむって意味じゃない。
全員で泊まるホテルに、荷物を置きに行く。
俺だっててっきり観光バスか何かに荷物置いて、観光でもするのかと思っていた。
しかし実際には最初に荷物を置いて、それから行動だって言うじゃないか。
だから決していかがわしい意味でホテルに行くってことじゃない。
「大輝、そんなにホテル行くの楽しみだったの?」
「は?」
「昨夜あんなに……」
「もういいから、ちょっとお前黙ってくれない?」
夕張市にあるというこのホテル。
十年以上前に財政破綻した市にあるものとは思えない立派なつくりだ。
これから行くのは炭鉱の跡だとか。
炭鉱……男は少し中二心が刺激されたりするかもしれないが、女の子はどうなんだろう、退屈なだけだったりしないだろうか。
そうは言っても実際見てみると雰囲気であったり、独特の匂いと言ったものにそれぞれ思うところはあったのだろう、全くの無駄には感じなかった。
そして次に行ったのが滝の上公園。
全体的に静かな印象。
吊り橋は何というか俺みたいな高所恐怖症の人間からすると、少し渡るのを遠慮したいくらいには臨場感がある。
長居する場所ではないかな、というのが正直な感想だった。
次に鹿鳴館。
ここは旧炭鉱員だかが偉い人をもてなすために作ったとかなんとか。
話を聞いていてもよくわからなかったが、建物自体が立派だな、ということと、綺麗な場所だと思った。
デートなんかをするにはいいかもしれない。
そして最後に、三菱大夕張鉄道車両保存地。
電車の保存がどうとか言われても、なんて思っていたが、想像していたよりも綺麗に手入れがされていた。
やはり物は手入れ次第でどうにでも綺麗な状態を保てるのだな、と思わず感心したものだ。
こうして初日の観光は幕を閉じた。
ホテルに戻って、自由時間を迎える。
大浴場で男女別々に入浴して夕食の時間になると、割と夕食は豪華だった。
蟹であったり、海の幸中心の食事だが肉もあったりとバラエティに富んでいた。
修学旅行というと質素な食事を連想してしまう俺は、発想が貧困なのかもしれない。
食べている間、睦月は食材を見つめて何やら物思いに耽っている様だった。
どうせまたロクでもないことを考えているのだろう、なんて思っていたら、目の前に身をほぐした蟹が差し出される。
「はい、あーんして」
「は?」
「だから、あーんだってば」
「ダメよ、睦月。こうしなきゃ」
明日香が一つ隣のテーブルから手を伸ばして、無理やり俺の口に蟹の身を突っ込む。
それを見ていた生徒から、おお、と声が上がる。
何これ恥ずかしい。
死にたい気分になってきた。
別に誰か見てなければこれくらい普段やってることだし、何てことはないんだけどな……。
なんて考えてる間に、次々と睦月から蟹やら肉やら口に詰め込まれて、いつの間にか口の中がパンパンになっている。
「ほら、いっぱい食べないと大きくなれないよ?」
「……もう大きくなるのはあきらめてるから」
「まぁ、大体毎晩大きくしてるところが……」
「ほんとやめて。みんな見てるからね?お前は俺を晒し者にしないと死ぬ病気か何かなの?」
食事が終わって、男女分かれた部屋へ戻る。
男だけの部屋って、なんだか新鮮だ。
気づけば女だらけの部屋が当たり前になっていた俺は、ほかの男子からしたら贅沢の極みなのだろうと思う。
だが、たまにはこうして男子だけで低俗な話題に花を咲かせたりなんて……。
「大輝くん、ちょっといい?」
儚い夢だった。
桜子に呼び出されて、男子同士の下劣な話題に花を咲かせることを一瞬であきらめることになった。
まぁ、そういう話をしなければ死んでしまうわけではないし……。
とりあえず非常階段へ行って、人があまりいないことは確認した。
「どうした?ああ、今日はあんまり構ってやれなくてごめんな」
「ううん……でも、やっぱりちょっと寂しいかなって」
「そうだよな、あいつらももう少し気を遣ってくれりゃいいのにな」
「こういうのは自分で勝ち取るものなんだと思う」
そんなことで神相手に熾烈な争奪戦を挑んだりとか、ちょっと無謀だろう。
まぁそれでも人目を忍んで……いや忍んではいないか、会いにきてくれるその気持ちはうれしい。
なので桜子の頭をわしわしと撫でてやると、べったりとくっついてくる。
「ね、大輝くん。ちょっとでいいから、ちゅって。ちゅってして」
「ええ……さすがにそれは……」
「お願い~、ちょっとでいいから」
「仕方ないやつだな……」
桜子の顔をこちらに向かせ、簡単に唇を合わせて、なんて思っていると。
「あ、桜子ずるい!」
「あら、こんな人の多い場所で抜け駆けなんて、やるじゃない桜子」
ほらきた。
そんな気はしてたんだよ、うん。
「睦月ちゃんなんか飛行機の中でポッキーゲームしてたじゃん!」
「それとこれとは別です~」
「私だってポッキーゲームしたかったもん!」
やっぱりこうなるのか。
ふっ……やはり俺に平穏は許されないらしい。
こうして騒がしく修学旅行の一日目は終わりを告げる。
ちなみにこのあと先生の巡回に引っかかって、またも何故か俺だけたっぷりとお説教をくらった。
理不尽だ……。
生徒会選挙から早くも一か月近くが経過したこの日、担任の先生がHRで今度行く修学旅行の日程と行先を発表する。
夏なのに北海道か……何しに行けばいいんだろう、避暑?
日程は再来週の月曜から四日間。
今の時期だと富良野とかのラベンダー畑?とか見に行ったら綺麗なのかな。
時計台とかは何となく冬のイメージだけど、きっと夏でも動いていることだろう。
持ち物に水着ってあるけど、泳げる場所なんてあるのか?
等々こちらに住んでいるとわからないことばかりだ。
だが特に異議を唱える者もないので滞りなく北海道行きは決定した様だった。
「へぇ、北海道いいですね。私六花亭のバターサンド食べたいです」
生徒会室で、一年の樋口さんが羨ましさ全開で言う。
わかった、買ってきてやるから。
「内田さんは?何かほしいものとかないの?」
「えっと……北海道ってよく知らないもので……」
「じゃあ無難に白い恋人とかでいい?ホワイトチョコ食べれる?」
「あ、大丈夫です。寧ろ大好きで」
「俺は牛乳嫌いでな……ホワイトチョコもダメなんだ……」
「大輝地味に好き嫌い多いよね」
「うわ、夫婦の会話だ」
夫婦じゃないから。
ハーレムではあるけど。
しかし睦月はどこか得意げだ。
「小泉さんは……一緒に行く側だもんね」
「そうね。まぁお土産交換とか……やっぱり面倒ね。やめましょ」
「そうだ、小泉さんも一緒にどこか行く?」
「いや、班決まってるから……気持ちだけ受け取っておくわ」
班の人間と仲良くないのか、小泉さんは何処か浮かない顔をしている様に見える。
ちなみに俺は強制的に、しかもクラスの満場一致で睦月と同じ班にされた。
一体どういうことなの……俺の自由ってどこ行ったの?
「ああ、大輝……修学旅行の間は、寝かせないから」
「はぁ!?三日以上もかよ!死ぬわ!」
「あら、嫌がりはしないんですね」
「あ、いや……」
ついいつものノリで返してしまった。
一年二人がニヤニヤとしている中、桜子と明日香はジトっとした目で俺を見る。
二年になって明日香は同じクラスになったのだが、班は別になってしまった。
特に睦月が力を使ったとかではなく、睦月の人気に押される形で明日香が割り込めなかったというわけだ。
そして桜子は相変わらず違うクラス。
これは困ったことになった。
「大丈夫だよ、大輝。いざとなったら四人で行動できる様計らうから」
「お前、そんなこと……」
さすがに全員に聞かせる会話ではないので、ぼそぼそと内緒話みたいになってしまう。
「何をこそこそとしているのかしら」
「い、いやこそこそじゃなくてぼそぼそなんだけど……」
「私のことなら、気にしなくても大丈夫だから」
「いや、そうは言うけど……」
「だって大輝くんはちゃんと、私たちのことも気にかけてくれるんでしょ?」
何てことをでかい声で、こいつ……先生がいたらどうするんだ。
この手の話題は特に一年生が喜ぶからなのか、睦月も明日香も桜子も案外ノリノリで話す。
俺のプライバシーはどこへ?
ちょっと前に好きな体位、とか言われて正直に答えられたときは転校を考えた。
もちろんそんな頭も金もないので、あきらめたわけだが。
二週間はあっという間に過ぎて、ついに迎える修学旅行当日。
先週の金曜にあった生徒会の集まりで、今週は生徒会の集まり金曜までない、ということを伝えてあるので、無駄に集まったりはしないだろう。
集まっても二人しかいないんじゃ、やることもなさそうだしな。
「東京駅までは自由なんだっけ」
「ああ、そうだな。けど余裕持って行かないと、間に合わなくなるぞ」
俺と睦月、桜子と明日香はこの前日、睦月のマンションに泊まった。
もちろん修学旅行の荷物は全部持って。
和歌さんが最初、連絡をくれて車で東京駅まで送ると言ってくれていたのだが、朝も早いから電車で行くと明日香が伝えて、俺たちは駅を目指した。
割と余裕を持って出ていたので、まず東京駅までの道のりは問題ないだろう。
「羽田空港で集合とかでもよかったのにね」
「まぁ、それは俺も思ったけど……多分手配するときに何か手違いでもあったんじゃないか?余計にバス取っちゃったとか」
「そういうところも経費としてはもったいないよね……文化祭とかに回せるかもしれないのに」
「そう思うなら、今後の生徒会の議題にしてみてもいいんじゃないか?」
「そうだね。大輝、よろしく」
「だから何で俺なの……」
そうこうしているうちに東京駅に着いた。
銀の鈴集合……馴染みのない名前だ。
「大輝、こっち」
睦月がわかっているらしく、どんどんと進んでいくのに俺たちは着いて歩く。
時間が時間だけに、まだ駅の中にある店もほとんど開いていない。
少し歩いたところに、銀の鈴というものがあった。
こんなでかい鈴、神社以外で見たことがない。
でも、綺麗だなと思った。
まだ集合時間まで少しだけ間があって、二年生の半分程度しか集まっていない様だった。
「椎名さん、とその他の人たち」
「その呼び方やめない?」
小泉さんが俺たちに気づいて声をかけてくる。
何だよその他って。
エキストラか何かか?
「早いのね。もしかしてベッドの中でも早いの?」
「何だその先入観は……別に普通だよ」
「ていうか小泉さん、下ネタとかいきなり……」
「イメージになかったからびっくりしたよ」
「私、こんなだからクラスでやや浮いてるのよね。でも、下ネタ好きだけはやめられない。だって、面白いんですもの」
そんなことを朝っぱらからアツく語っちゃう小泉さん、マジパネェっす。
「まぁ、気持ちはわかる。いやらしくなく言うのがコツだよね」
何と睦月までノリノリで下ネタ談義に参加している。
どうかしてやがるぜ、こいつら……。
二人が下ネタ談義に花を咲かせていると、生徒がどうやら集合した様だった。
先生が号令をかけて各クラス漏れがないかと見て回る。
問題がないことを確認できた様だったので、全員で歩いてバスターミナルへ。
総勢一二〇人以上の人間がわらわらと構内を歩く様子は、軍隊の行進を彷彿とさせた。
バスで三十分程度で羽田には着く様だ。
バスに乗り込んですぐにチケットを渡される。
「このチケットがないと、飛行機に乗れません。絶対に無くさない様に。保管は自己管理でお願いします」
担任教師が全員に向けてマイクを使って注意を促す。
これだけやっても、なくすやつはいたりする。
騒ぎを起こすのが趣味みたいなやつもいるのだ。
「大輝、なくしちゃダメだよ?」
「言われんでも……」
当然とばかりに俺の隣の窓際を陣取って、睦月は上機嫌だ。
そういえば、飛行機か……飛行機!?
すっかりと忘れていたが、俺は高所恐怖症だ。
ジャングルジムのてっぺんももちろん、ガラス張りの高層ビルなんかも当然、飛行機は未経験だが、あんな鉄の塊が空を飛ぶなんて、信じられない。
こんなことを大分前に睦月に言ったところ、戦後の爺さんか、と笑われたものだ。
そして羽田空港に到着。
来るべき時はそう、来てしまった。
「大輝、隣の席だよ?」
「わかってる……」
「大丈夫?震えてない?」
「武者震いだよ……」
「何と戦うのよ……」
飛行機に乗るまでの間、俺はよく知りもしない念仏を心の中で唱え、旅の無事を祈った。
「変なの。私と戦ったときだってあんなに高く飛び上がってたのに」
「え?」
「大輝、その気になったら自分で何メートルだって飛べるんだよ?」
そうだ。
俺は何故忘れてしまっていたのか。
そうだよ、俺、人知を超えた力を……。
「大輝くん?何を考えてるのか知らないけど、こんなところで変身とかしないでね?」
明日香に先読みされて敢え無く断念。
俺は生身のままで、あの鉄の塊に乗り込むこととなった。
機内に入ると、睦月の宣言通り隣に座っている。
明日香にでも譲ってやればいいのに、なんて思ったが、誰が隣でもやっぱり怖いものは怖い。
「大輝、怖い人用にイヤホンで音楽とか流してくれるみたいだよ?」
そう言って睦月は俺の座席にあるイヤホンを取り出してくれた。
何だ、案外優しいところもあるんじゃないか。
やっぱりこいつは俺にとって最高の……。
なんて思った俺がバカだった。
何故かイヤホンからは金〇の大冒険が流れている。
俺の他にも、イヤホンを使おうとした生徒がいたらしく、何で金〇の大冒険なのか、という不満がそこかしこで起こる。
睦月を見ると、今にも吹き出しそうな顔をしてプルプルしていた。
やっぱりお前の仕業か……。
『ただいま、サービスの不具合が確認されましたので、大変申し訳ございませんがイヤホンのご利用はご遠慮いただきます様……』
機内アナウンスが流れて、全員強制的に空の旅を満喫することとなった。
「ねぇ大輝、どうだった?」
「騒ぐと怒られるぞ。静かにしとけ」
俺はもう何だかぐったりとしてしまって、睦月にも塩対応をする。
何でこいつはいつもいつも……。
そしてその責任は高確率で俺のところに来るという。
本当、勘弁してくれ。
一時間半ほどで北海道の新千歳空港には着くらしいが、睦月が色々ちょっかいをかけてくるせいでやたら長く感じる。
「はひたひひ。はーう(はい大輝、あーん)」
「ん?」
振り返ると、そこにはポッキーを口に咥えて俺を待つ睦月がいた。
咥えているのはチョコの側だ。
ずるいだろ、俺だってチョコ好きなのに。
いやそうじゃない、何でこんなとこでポッキーゲームしようとしてんのこいつ……。
「んー」
「んーじゃねぇだろお前……こんなとこで何しようっての」
「んー」
「…………」
こいつ、やるまでずっとこうしてるんだろうな……仕方ない、さっさと折ってしまえ。
そう思って、仕方なくチョコのついてない方に食いつく。
さて、とポッキーを折ろうとしたところで、睦月が一気に食べ進めた。
カリカリカリカリカリ、とすごく小気味良い音が機内に響き、何事かとほかの座席から俺たちが覗かれる。
これはまずい、と思って顔を捻って無理やりポッキーをへし折ったとき、睦月の顔は数ミリ前まで迫っていた。
「お、お前ら何してんの?ポッキーゲーム?」
クラスメートの一人が騒ぎだし、一気に話が広まる。
はぁ、またこいつ……。
「宇堂くん、何をしていたの?」
「ええ、いちゃついてましたすみません」
「開き直るんじゃないの」
「羨ましいんですか?すみません、悪気はなかったんです。先生綺麗だし、そのうちこういうことできる相手くらい見つかりますって」
担任のオールドミスっぽい教師が詰問にくる。
俺はもう何だかバカバカしくなって、つい居直ってしまう。
「う、羨ましいだなんてこと……」
「すみません、気を付けます」
ニヤニヤと睦月が俺を見る。
本当、こいつ俺のこと嫌いなんじゃないのか……。
イライラとした顔をしながら、教師が自分の席に戻っていく。
生徒会の人間がこんなことでいいのかよ。
何だかんだあって、漸く北海道に到着する。
東京にいたときと同じ格好で降り立つと、少しだけ寒い気がしてくる。
「大輝、上着。風邪でも引いたら大変でしょ」
「何だ、気が利くな」
「私を何だと思ってるの?」
「トラブルメーカー」
「ひどいよ。さっきのはちょっとしたいたずら心じゃない」
「お前な……俺がどんだけ……」
「宇堂、許してやれよ。可愛い彼女の可愛いいたずらだろ」
クラスメートに冷やかされて、渋々その上着を受け取る。
くそ、俺何も悪くないよな?
「ごめんね、大輝。怒っちゃった?もう一回ポッキーゲームする?」
「この流れで何で、ポッキーゲームすんだよ……」
最初に行くのはホテルだ。
いや違うんだ。
睦月たちを連れてシケこむって意味じゃない。
全員で泊まるホテルに、荷物を置きに行く。
俺だっててっきり観光バスか何かに荷物置いて、観光でもするのかと思っていた。
しかし実際には最初に荷物を置いて、それから行動だって言うじゃないか。
だから決していかがわしい意味でホテルに行くってことじゃない。
「大輝、そんなにホテル行くの楽しみだったの?」
「は?」
「昨夜あんなに……」
「もういいから、ちょっとお前黙ってくれない?」
夕張市にあるというこのホテル。
十年以上前に財政破綻した市にあるものとは思えない立派なつくりだ。
これから行くのは炭鉱の跡だとか。
炭鉱……男は少し中二心が刺激されたりするかもしれないが、女の子はどうなんだろう、退屈なだけだったりしないだろうか。
そうは言っても実際見てみると雰囲気であったり、独特の匂いと言ったものにそれぞれ思うところはあったのだろう、全くの無駄には感じなかった。
そして次に行ったのが滝の上公園。
全体的に静かな印象。
吊り橋は何というか俺みたいな高所恐怖症の人間からすると、少し渡るのを遠慮したいくらいには臨場感がある。
長居する場所ではないかな、というのが正直な感想だった。
次に鹿鳴館。
ここは旧炭鉱員だかが偉い人をもてなすために作ったとかなんとか。
話を聞いていてもよくわからなかったが、建物自体が立派だな、ということと、綺麗な場所だと思った。
デートなんかをするにはいいかもしれない。
そして最後に、三菱大夕張鉄道車両保存地。
電車の保存がどうとか言われても、なんて思っていたが、想像していたよりも綺麗に手入れがされていた。
やはり物は手入れ次第でどうにでも綺麗な状態を保てるのだな、と思わず感心したものだ。
こうして初日の観光は幕を閉じた。
ホテルに戻って、自由時間を迎える。
大浴場で男女別々に入浴して夕食の時間になると、割と夕食は豪華だった。
蟹であったり、海の幸中心の食事だが肉もあったりとバラエティに富んでいた。
修学旅行というと質素な食事を連想してしまう俺は、発想が貧困なのかもしれない。
食べている間、睦月は食材を見つめて何やら物思いに耽っている様だった。
どうせまたロクでもないことを考えているのだろう、なんて思っていたら、目の前に身をほぐした蟹が差し出される。
「はい、あーんして」
「は?」
「だから、あーんだってば」
「ダメよ、睦月。こうしなきゃ」
明日香が一つ隣のテーブルから手を伸ばして、無理やり俺の口に蟹の身を突っ込む。
それを見ていた生徒から、おお、と声が上がる。
何これ恥ずかしい。
死にたい気分になってきた。
別に誰か見てなければこれくらい普段やってることだし、何てことはないんだけどな……。
なんて考えてる間に、次々と睦月から蟹やら肉やら口に詰め込まれて、いつの間にか口の中がパンパンになっている。
「ほら、いっぱい食べないと大きくなれないよ?」
「……もう大きくなるのはあきらめてるから」
「まぁ、大体毎晩大きくしてるところが……」
「ほんとやめて。みんな見てるからね?お前は俺を晒し者にしないと死ぬ病気か何かなの?」
食事が終わって、男女分かれた部屋へ戻る。
男だけの部屋って、なんだか新鮮だ。
気づけば女だらけの部屋が当たり前になっていた俺は、ほかの男子からしたら贅沢の極みなのだろうと思う。
だが、たまにはこうして男子だけで低俗な話題に花を咲かせたりなんて……。
「大輝くん、ちょっといい?」
儚い夢だった。
桜子に呼び出されて、男子同士の下劣な話題に花を咲かせることを一瞬であきらめることになった。
まぁ、そういう話をしなければ死んでしまうわけではないし……。
とりあえず非常階段へ行って、人があまりいないことは確認した。
「どうした?ああ、今日はあんまり構ってやれなくてごめんな」
「ううん……でも、やっぱりちょっと寂しいかなって」
「そうだよな、あいつらももう少し気を遣ってくれりゃいいのにな」
「こういうのは自分で勝ち取るものなんだと思う」
そんなことで神相手に熾烈な争奪戦を挑んだりとか、ちょっと無謀だろう。
まぁそれでも人目を忍んで……いや忍んではいないか、会いにきてくれるその気持ちはうれしい。
なので桜子の頭をわしわしと撫でてやると、べったりとくっついてくる。
「ね、大輝くん。ちょっとでいいから、ちゅって。ちゅってして」
「ええ……さすがにそれは……」
「お願い~、ちょっとでいいから」
「仕方ないやつだな……」
桜子の顔をこちらに向かせ、簡単に唇を合わせて、なんて思っていると。
「あ、桜子ずるい!」
「あら、こんな人の多い場所で抜け駆けなんて、やるじゃない桜子」
ほらきた。
そんな気はしてたんだよ、うん。
「睦月ちゃんなんか飛行機の中でポッキーゲームしてたじゃん!」
「それとこれとは別です~」
「私だってポッキーゲームしたかったもん!」
やっぱりこうなるのか。
ふっ……やはり俺に平穏は許されないらしい。
こうして騒がしく修学旅行の一日目は終わりを告げる。
ちなみにこのあと先生の巡回に引っかかって、またも何故か俺だけたっぷりとお説教をくらった。
理不尽だ……。
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