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Girls side25話~消えた大輝 後編~

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最初の魔獣を倒してから、私たちは走り続けた。
当てがあるわけでもない、ゴールの見えないマラソン。
途中で現れる魔獣や悪魔は私と和歌さんとで切り伏せてきた。

和歌さんはさすがというべきか、戦闘における勘の良さ、センス、どれもが人間の中ではすばらしい。
明日香も、よくついてきてると思う。
いくら身体能力を底上げしているとは言っても、限界はあるだろうに。

「スルーズ、そろそろ一回中和しないと危ないかも」

明日香の前を走るノルンが、一旦止まることを提案した。
確かに何処へ行けばいいのかも見当がつかない状態で、ひたすら戦闘を繰り返していても意味がない。
それこそ時間と体力の無駄になる。

時間だけは今も惜しいが、闇雲に走り回るよりは二人の体力を少しでも戻そう、と頭を切り替えることにした。
仮にここでへばってしまったからと言って置いていくなんて選択肢は取れないのだから。

「一瞬だけ、すごい疲労が襲ってくると思うけど、何とか我慢してね」

ノルンが言い、意識を集中させる。
すると、二人に付与された力が解消され、神のオーラが消えてなくなる。

「っ!?」

二人の呼吸が一気に荒くなり、全身から汗が滝の様に噴出す。
かなり無理をさせている。
早いところ見つけて決着をつけなければ。
ところで最初に見た魔獣だが、何処かで見た様な、と思ったが、あれは……ロキと同じ顔をしていた。

ロキが生み出している魔獣なのだとしたら、倒せば少しずつでもロキにダメージが行くのではないか。
そんなことを考えたものだが、一瞬でその考えは捨てる。
フレイヤもいるのであれば、癒しの力でダメージなどすぐに回復させることができる。

ん?魔獣を生み出して……ってことは。
大輝に接触したのも、ロキが生み出した分身や魔獣の類か?
だとしたら、残滓すらなく消えてなくなった理由は納得がいく気がしないでもない。

「ねぇこれ……明日筋肉痛になったり…するのよね、きっと……」

青い顔をして明日香が言う。
こんな時に、と思わなくもないが、疑問としては当然かもしれない。
普通の人間がフルマラソンで走る距離はとっくに越えていたし、時間にしたらまだ三十分程度だけど、人間が時速四十キロを超えた速度で走るなんて普通はできない。
神力で底上げしてなかったら足の筋繊維が切れたり、最悪疲労骨折なんてこともあっただろう。

「これでよし、と」

再度ノルンが神力を注ぐ。
普通に過ごすだけなら、二、三日は中和の必要もないはずなのだが、今回は戦闘でかなりの精神力を使う。
すると、体も当然疲労が激しくなってきて、神力の流れも速くなってくる。

結果として、以前の大輝の様に暴走したりというおそれが強くなってしまうので、こうして中和を繰り返す必要があるのだ。
しかし、神力で誤魔化していても体力までは戻せない。
精神力にしても、本人次第というところだ。

「明日香、生きてれば明日、必ずその筋肉痛はくるから。だから、大輝を取り戻して明日、筋肉痛になろう」

おかしな励まし方だと思ったが、明日香は軽く笑った。
まだ笑えるだけの余裕があるなら、大丈夫か?
和歌さんも似た様な状態ではあるが、まだ顔に余裕が見える。
鍛え方の違いがここにきて出ている様だ。

再び立ち上がり、辺りを見回す。

「こっちの方向から、私たちきたのよね」
「そうだね、けどこっちが正しいとも……」

そう言った瞬間、全く別の方向から神力の流れを感じた。

「ノルン、どう思う?」
「おそらく、当たりだね。巧妙に隠してたのかもしれないけど……やっと尻尾出したか」
「もうひと頑張り、行ける?」
「行こう、もう大丈夫」

私たちは再びその神力を感じた方向へ走り出した。


「洞窟……?」
「こんなとこに隠れてるのか……」

それなりの広さの洞窟。
規模は……大体の目測で東京ドーム三個分ほどだろうか。

「ここを隅々まで探すとなると、ちょっと面倒だね。中が分岐してたりするかもしれないし」
「そうなったら、二手に分かれたりしないとか。考えてても仕方ない、行ってみよう」

せっかくの手がかりだ。
ここまできたらもう、突き進むしかないだろう。
しかし、妙だ。

さっきまであれだけ襲ってきた魔獣や悪魔が、先ほどから一匹も見当たらない。
微細な神力の流れを感じるが、一体何をしているのか。
壁づたいに歩きながら、奥を目指す。

「何か所々明るくなっているみたいね」

明日香が指さした先には、足元につける間接照明みたいなものが置かれている。
わざとだろうか。
それとも罠か?

「これ……どういう原理で光を発してるんだ?」
「太陽光発電に近いかな。神界には、光を集めておける仕組みがあるんだ。それを携帯できる仕組みもね」
「それを何個か、持ってきてるってことだと思う」
「このサイズなら邪魔にならないし、何個かほしいな……」

和歌さんが興味津々だった。
ほしいなら持って帰ってもいいんだけどね。
今度何個かもってってあげようか。

「罠かもしれないけど、行くしかないね」

再び壁づたいに進み始める。
少し進んだところで、また間接照明が見えた。

「どうも、誘いこまれている気がしてならないね」
「まぁ、ロキだからね……最初から私たちがここに来ることを予見してたか、敢えて神力を出したってことも考えられるよね」

そこまでして大輝をさらって、こんなところまで来させて。
一体何がしたいのか。
そんなことはどうでもいい。

あいつは、あいつらは私の忠告を無視して大輝に手を出した。
これだけでも、万死に値する。
死ぬことがないのであれば、再度砕くか……最悪封印してやる。
怒りに燃える私を見て、ノルンは何かを思いついた様だ。

「スルーズ、少しずつでいいから、神力出しながら歩ける?」
「どうして?そんなことしたら……」
「あいつら、多分もう私たちがここにいることなんか気づいてるよ。あれ見てよ」
「あれは……」

天井の辺りに羽の生えた目玉が張り付いている。
あれはサーチ専用の魔物?
大分前に見た覚えがあった。

「ロキの使い魔じゃないっけ、あれ」
「そうだね。ってことは、やっぱりここに誘い込んできたわけだ。何が目的なんだか……」
「危険は少ないってこと?」
「どうだかね。油断はできないけど、とりあえず進んでみるしかないってことかな」

私は洞窟を破壊してしまわない程度に力を抑えつつ開放する。
すると、神の力による発光が弱めに発揮される。
まぶしさで目がつぶされない様に、かなり力は抑えた。

正直全力出す方が楽かもしれない。
その光で、ロキたちがいるであろう方向を再び目指す。
おそらくロキとフレイヤは、何かに神力を使っているのだろう。
それで魔獣なんかを呼び出す余裕がないってところか。

全員で、更に奥に進む。
この匂い……フレイヤ?

「やっときたわね」

違う。
これも分身体だ。

「本体はどこ?この先でいいの?」
「合ってるわ。けど、まだ行かせるわけには行かないの」

フレイヤの分身体が、神力を発揮する。
本体に比べたらカスみたいな力だが、和歌さんと明日香には荷が重いかもしれない。
魔獣たちに比べれば十分強力なのだ。

そして、場所も悪い。
足場も悪ければ天井もさほど高くないので、下手に剣を振り回すこともかなわない。 

「二人はちょっと下がってて」

私が剣を鞘に納めて、分身体に肉薄する。
瞬時に障壁を展開した様だが、拳一つでそれを破壊してみせる。

「さすがに、恐ろしいバカ力ね」
「こんなもんじゃないことは、お前も知ってるだろう、フレイヤ」
「そうね、でもこれならどうかしら」

分身体が手をかざし、光弾を放つ。
私は発射の寸前に身を引いてかわしたが、そこに誤算があった。
光弾が狙った先は、明日香だ。 

「明日香!」 

明日香が弓を引いて、打ち落とそうと試みようとしていた。
だが。

「お嬢!!」

グラムの腹で和歌さんが受けて、二人ともが吹き飛ばされた。

「貴様!!」

光弾を放った硬直で動けない瞬間を捉え、渾身のパンチを撃ち込む。
美しいその顔が物理的に歪んだ。

「効くわねぇ、本当……でも、もうすぐだわ」
「人間を狙うとは、本当に腐ったやつだな、貴様……」
「弱点を狙うのは、戦術の基本じゃなくて?力の女神さま」

嫌味の様に言い、分身体が消えた。
一瞬追いたくなったが、今は後を追うよりも二人が気になる。

「強く打ってるだけだね。これならすぐ治せる」

気を失ったりはしていないが、ところどころ擦りむいているみたいで、傷が痛々しい。

「ごめん、私がよけたりしなかったら……」
「気にするな……ここにきた時点でこの程度、覚悟の上だ」
「私も大丈夫。さっきのがフレイヤって人なんだとしたら、もう近いはずだわ。行きましょう」

光弾の直撃を受けていたわけではないのが良かったのか、二人はすぐに立ち上がることができた。
二人にもかなりの疲れが見えるが、目の輝きはまだ死んでない。
というか半分執念の様なものが見える。

ここまできたらもう、大輝を見つけるまでは絶対に倒れない。
そう目が言っていた。
まだ行かせる訳にいかない、分身体はそう言った。

ということは、時間を稼ぐために分身体は呼ばれたということになる。
ここで時間を食うことは、やつらの目論見通りに事が進んでしまうということだ。

「急ぐけど、ついてこれる?」
「少し手加減してくれれば、何とかな」

私たちは何度目かの疾走を始める。

やがて、開けた場所に出る。
ここだけは何故か光源が豊富の様で、私は神力を解放し続ける必要もなかった。

『やっとのおでましだね、お疲れ様』

ロキの声が響く。

『その場所には大輝はいないけど、もう近いとだけ教えておこう。もう少しだよ、おめでとう』

すっとぼけた様な声だ。
妙に腹立たしい。

「これが、ロキ?」
「ああ。ムカつく喋り方にムカつく声、間違いないね」
「確かに、人の神経を逆撫でする様な声だったな」

ここの光源は……あれか。
天井にいくつか張り付いている明かりの一つを、ジャンプして引きちぎる。
少し熱を持っているが、神力で包んで熱を抑えて持った。

「これなら、先がまた暗くても大丈夫でしょ」

ロキのふざけた声が聞こえなくなった部屋を更に先に進む。
四つに分岐しているが、こっちです、という張り紙がされていて、事実その先から神力を感じた。
本当にふざけている。
バカにされているのだろうか。

「スルーズ、気持ちは痛いほどわかるけど、落ち着いて」
「わかってるよで、けど、あいつらはただじゃ済まさないけどね」

イラつきを必死で堪えながら、更に先に進んだ。

更に進んだところで、異変に気づく。
地響きの様な、地鳴りの様なものがする。

「スルーズ!前!」
「な、何だこれ!」

何と、総勢二十名ほどのロキ。
それぞれが実体を持つ、ロキの分身体だった。

「くっ、こんな狭いとこで……邪魔くさい!!」

私はそのロキの群れに突進した。
何人かはその突進で霧散したが、私の脇をすり抜けた、残るロキがノルンと明日香、和歌さんを襲う。

「うわ、同じ顔が何人も……」
「伏せて!」

明日香が言って矢を放つ。
早撃ちでも二発しか間に合わなかった様で、半分近くが外れてしまう。

「お嬢!!」

明日香に向かってロキの群れが群がる。
和歌さんが、拳に力を溜めてなぎ払った。
五人ほどのロキがそれを受けて霧散する。

残り半分ほど。
間に合わない……!

「はぁ、これくらいなら大丈夫か」

ため息をついて、ノルンが神力を集中させた手刀を放ち、残りも霧散した。
力を分散させたせいもあって一人一人はたいしたことがなかった為、ノルンも力の消費を最低限に抑えることができた。
和歌さんは力の使い方を体で覚え始めている様だった。

ロキまでもがこんな小癪な手を使ってきたということは、本当にもう、すぐそこなのだろう。
私やノルンもやや疲れが出始めているが、二人に比べたらまだ余裕がある。
二人は顔色がもう危なくなってきている。
精神的な疲労は肉体疲労よりも深刻だ。

「行こう……大輝が待ってる」

和歌さんが先陣を切り、再び進む。
疲れを感じさせまいとしているのだろうが、そろそろ限界だろう。


「やぁ、待ちわびたよ。お姫様は、そこにいる」

今度こそ掛け値なしの、正真正銘本物のロキだった。

「何だか気障を絵に描いた様な男ね」

顔面蒼白の明日香が言う。

「こんなやつにさっきまで振り回されていたのだと思うと、本当に腹立たしい」

同じく息の上がった和歌さんが言う。

「ロキ、大輝を離しなさい。これは最後通告だよ」
「残念ながら、それは受け入れかねるね」

大輝は意識がないのか、ぴくりとも動かない。
死んでしまっているわけではない様だが、どうも良くない予感がする。

「安心していい。大輝は無事だよ。傷の類は一つもつけてはいない。生身でここへ連れてきたからね、疲弊しているんだろうさ」

そうだ、大輝は確かに体ごと消えた。

「私の神力で防護膜は張っているけどね。それでも彼には堪えるみたいねぇ」

どういうことだ?
こいつらは何故か大輝を手厚く保護している様だ。

「少しだけ、昔話をしようか」

ロキがおどけて見せる。

「必要ない。お前たちはこれから砕かれるんだから」
「まぁ、そう言うなよ。特にスルーズ、君は聞いておいたほうがいいと思うけど?」

身構えた私を見て、ロキは慌てて一歩引く。

「お前たちが何を企んでいようが、私には関係ない。大人しく大輝を開放するならよし。しないのであれば……死ぬほど後悔させてやる」
「いいのかい?これから話すことが、大輝自身の出自に関わることだとしても」

何だと……?
大輝は孤児のはずだ。
その出自を、何故こいつが知っている?

「スルーズ、聞いてからでもいいと思う」
「どういうことだ?」
「ロキは多分、本当に大輝の出生について知ってるんだと思う。この局面で嘘ついても、後がないことには変わりないからね」
「さすがは運命の女神様だ。賢明だと思うよ」
「能書きはいいから、話せ。ぶん殴るのはその後にしてやる」
「睦月……」

明日香が少し怯えた表情をしている。
青ざめた顔色と相まって、半分死人に見える。

「じゃあ、始めようか」

遠い昔、神界に迷いこんだ人間の男がいた。
その男は、年齢もまだ十代の若い男だった。
農民の息子として生まれた彼は、強い男に憧れて日々修練を積む。

滝への突き、蹴り、時には滝の水を浴びて自らを鍛えた。
その男が鍛え上げた体は、やがて人間界でその名を轟かせるのに十分な実力を備えて行った。
しかし、鍛え上げた体も病には勝てなかった。

男は三日三晩寝込み、生死の境をさまよった。
そのさなか、男は淡い光を発見する。
必死で手足を泳ぎの様にかいて、その光に到着すると、そこはみたこともない場所だった。

「ここは一体……」

もしや、ここが天国なのか?
そう思ったとき、一人の女性から声をかけられた。

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「ならば俺の子を、作ってほしい」

男は相手が神であることを知っても、一歩も退かなかった。
その子孫が得られるのであれば、死も神も恐れぬというその姿勢に、ソールは心を打たれた。

「良いでしょう。こちらへ」

ソールが手を引いて男を誘ったのは、風車小屋だった。

「この様なところで風情も何もなくて申し訳ありませんが、ここで子を作りましょう」

そう言ってソールは身に着けていたものを全てはずし、男の服も脱がせた。
この風車小屋で、二人の子作りの儀式は二日に渡って行われたという。
一度も休むことなく、果てても果てても男は己の命を振り絞って、ソールに子種を注いだ。

「感謝します、女神様。この様な下賎な者に最後に慈悲をくださったことを」

跪いて、男は言う。

「もう、命の火が消えてしまいそうですね。今から子を取り出します。十月十日を待つ必要はありません。ですが、数分の時間をください」

そう言ってソールは自分の腹に手を当てる。
ぼんやりとした光が手を、腹を包む。
そして、産声が聞こえてきた。

「男の子が生まれた様です。顔が、見えますか?」

光に包まれたその男の子を、男は感慨深く見つめる。

「見えます。これで俺は、何も思い残すことなく死ねます。本当に、ありがとう」

男は言って、息を引き取った。
ソールは悲しみに暮れたが、男を近くに埋葬し、その男の子を育てる決意をする。

一週間ほどは、何事もなくその男の子はそだてられた。
だが、一週間が経過して後、異変は起こる。

「その子を神界で育てること、罷りならぬ。その子が神界にいては、いずれ争いに巻き込まれてしまう。人間の血を引いたその子を生かしたくば、今はそのまま封印するのだ」 

誓いの女神、ヴァールだった。

「今は、とはいつまで封印していれば良いのでしょう。私はわが子をこの胸に抱き続けることもかなわぬのでしょうか」
「時代が変わろうとしている。時代が変われば文明も変わるであろう。その時、然るべき場所にてその子の封印を解くがいい。その時代が、その子を必要とする」 

ソールは男だけでなく、子どもまでも手放すこととなった。
このことを知るのはヴァール、そして後に伝え聞いたロキ、フレイヤ、というこの三人だけだった。
ソールはわが子に封印を施し、時を待った。

何年も、何十年も、何百年も、何千年も。
そして、悠久の時が過ぎて、再びヴァールはソールの前に姿を現した。

「約束の時はきた。今の時代が、人間界でその子を必要とするだろう。人間として、育てるのだ」

封印されたまま、時を止められて成長することのないわが子。
そのわが子を、やっとこの胸にまた抱くことができる。
そんな一縷の希望さえも、簡単に砕かれる。

失望したソールは、わが子を抱いて地上に降りた。
降りたその先に、養護施設の様な物が見え、ソールは泣きながらわが子をその門の前に置き、神界に戻っていった。
中から出てきた女性がその子を目に留め、抱きかかえた。

人の子なのに不思議な輝きを持っている。
とても大きなその輝きを見て、大輝と名づけた。

「……その子が、大輝だって言うのか……?」
「どう思うかは君の自由さ。けど、僕はただ事実を語ったに過ぎない」
「そんな、大輝くんが、神の血を……?」
「現実離れしすぎてて……事実といわれてもピンとこないな」

ノルンは、ただ一人驚いていない様だった。

「ノルン、知ってたの?」
「いや……だけど、ソールが遠い昔に子どもを生んだことがあるって言うのだけ、聞いたことがあったんだ」
「私は、知らなかった……別に仲が良かったわけじゃないけど……ってことは、あの魂の輝き……」
「ソールのものだろうね」

ロキはふざけたニヤけ面で言う。
正直、私も脳みそが追いついていない。
大輝が、人間と神のハーフ?

黒髪は人間のものだ。
唯一受け継いだのが、魂の輝きだったってことか。

「それでね、一つ気づいたことがあったんだよ」
「気づいたこと?」
「大輝には、女神になれる素質がある」

一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。
大輝が女神?
というか大輝が男なのはこいつだってさすがに知っているだろう。

「今は男なんだけどね、これから女になるのさ」
「お前……何を言って……」
「わからないかい?僕の力と、フレイヤの力で彼を目覚めさせて、女にする。そうすると、魂は本来の正しい輝きを取り戻すのさ」
「は?お前、ふざけてるのか?」
「ふざけている様に見えるのであれば、そう思ってもらって結構さ。けどね、新しい女神が生み出される、これは神界においても類を見ない話だからね。僕の評価も鰻上りになる可能性は非常に高い」
「そんな、困る!!大輝くんは大輝くんだわ!!神の都合で男の子なのに女にされるなんて、許せるはずがない!!」

明日香が叫び、弓を引く。

「いいのかい?そのまま撃ったら僕は当然避ける。そうすると、大輝はどうなると思う?」

いちいち癇に障る男だ。

「大輝だって、君たちの持つ不思議な力に憧れていた部分はあったんじゃないかな?それが得られるんだったら、性別なんかどうでもいい、くらいには思うかもしれないよ?」
「ふざけるな…貴様、私は以前、忠告したはずだぞ……!」
「そうだね、でも今は事情が変わったんだ。受け入れてもらうわけにはいかないかい?」
「行くかバカ野郎!!!」

叫んで私はロキを正面からぶん殴った。
大輝が眠っている位置とは違う方向に、吹き飛ばす。

「ぐぅ……やっぱりこうなるのか……なら仕方ない。僕は僕たちの為に、全力で手向かいさせてもらう」

ロキの雰囲気が変わる。
普段ニヤニヤと気に入らないやつだったが、こういうロキは嫌いじゃなかった。
強さだけは、認めていたからだ。
数本の黒い槍が、私めがけて投げられた。

「小賢しい真似を!!」

私はダインスレイブを横薙ぎに払ってそれらを砕いた。
砕いた槍から、何やらもやの様なものが出る。

「二人とも、伏せて!」

私が声をかけた瞬間、そのもやは小さな爆発を起こした。

「何だこれ……毒か……?」

どうも毒ではない気がする。
二人はどうなった?
後ろを見ると、ノルンが障壁を展開していて、二人は無事の様だった。

だが、ノルンもそろそろ限界が近そうだ。
決めてしまわなくては。 

「余所見をしていて、いいのかい?」

ロキが私に迫った。
私はそれを、頭突きで受けてそのままロキの体を掴む。

「いいんだよ。くらえ」

剣をロキの体に突き刺す。

「お前はただじゃ済まさない。死ぬよりもおぞましい目に遭わせてやる」

刺した剣を上下左右に振りまくり、ロキの体を細切れにしていった。

「とどめだ、悠久の時をさまよえ」

細切れになったその肉体を、私の力で包んで洞窟の壁に散り散りに埋めた。
これで、しばらく再生は出来ないだろう。

「フレイヤ、残るはお前だけだ」

剣についた血を払って、フレイヤに迫る。

「もう、手遅れよ……そろそろ終わるわ……」
「させるか!!」

フレイヤの顔を掴んで、そのまま走る。
壁に押し当てながらその部屋を走り回った。
フレイヤの頭が洞窟の壁をゴリゴリ削っている。
全力で握った顔は、かつての美しさを微塵も感じさせない。

「い、今やめてしまったら……大輝は……」
「黙れ」

私が睨むと、フレイヤは恐怖で口を噤んだ。

「ノルン、私に力を貸して」
「え、何するの?」
「余ったら返すから、お願い」
「あ、うんわかった」

軽く、ノルンが力を貸してくれる。
通常の何倍もの力が、私の中を駆け巡る。

「フレイヤ、人間界の漫画、読んだことある?」
「え?あ、あるわよ…」
「そう、なら光栄に思え……超有名な技で葬ってやる」
「え、ま、まさか……かめ……」
「これが、スーパースルーズ様の、ビッ○バンアタックだ!!!」

特大の光弾を放出し、フレイヤは塵も残さず消滅した。
今度は髪の毛も残らなかった様だ。
これなら、きめ台詞は北○の拳にするべきだった。

「ちょっとスルーズ、やりすぎ!!壁、壁!!」
「あ」

私の必殺技もどきのせいで、壁が跡形もなく消滅し、衝撃によって洞窟自体の崩落が始まっていた。

「大輝!!」

私は大輝を抱きかかえ、壁があった空間を目指す。
ノルンが手を引いて明日香、和歌さんもそれに続く。

「急いで!本当に崩れちゃう!」
「もうあと少し!!」


完全に崩落した洞窟を背にして、私たちは生還することができた。

「間に合った……」
「さすがに私たちは生き残れるけど、和歌と明日香は危ないからねぇ……」

洞窟の外に出て、私たちは座り込む。
どっと疲れが出てきた。
とにかく、今は休みたい。
大輝を無事に安全なところへ、と思う気持ちが体に勝てない。

「とりあえず、お疲れ様」

ノルンが私に手を差し伸べる。

「ああ、お疲れ様」

私もその手を握り返した。

「二人も、本当頑張ったね」
「いや……足を引っ張らない様にするのが精一杯だった……自分の未熟さを痛感したよ」
「望月はまだ良かったでしょうよ……私なんか足手まとい以外の何物でもなかったわ」
「人間でそこまで頑張れるのはすごいって。もっと胸張っていいよ」

お世辞でも何でもなく、本当にこの二人はすごいと思った。
ここまでついて来られたのは、正直計算外だった。

「どうする?そろそろ戻っておく?」
「そうしたいけど、もう少し……体がもうボロボロだよ」
「私の力使ってまで、あんな無茶するから……」
「あの面見てたら、ついムカっ腹が立って……」

その反動で今こうなっているのだから世話ない。
大輝は目を覚ます様子がない。
そういえばフレイヤの保護膜が消えたが、大丈夫なんだろうか。

「大丈夫だよ。今は私が……えっ!?」
「何、どうしたのノルン」
「見て、スルーズ!!」
「なっ!?」

大輝の魂の輝きが、先ほどまでよりも強くなっている。

「え、何この光!?」
「くっ、まぶしい……」
二人にも見えるということは、かなりの神力が働いているということになる。

「そんな、だってフレイヤの術はもう……」

そういえばあいつ……途中でやめたら、とか何とか……。
大輝の顔が苦しみに歪む。

「う……ああ……う……ぐ……」
「大輝!大輝!!」

私たちは我を忘れて大輝を呼ぶ。
そして、光が今までで一番強まって、大輝の体が宙に浮いた。

「そんな……」

誰かが呟く。
私かもしれないし、明日香かもしれない。
和歌さんかもしれないし、ノルンかもしれない。

誰かの呟きも、その光に飲み込まれていく様だった。
薄暗くどんよりとした冥界の空が一瞬、まばゆくきらめく。

そして、大輝の体は降りてきた。
その体を私は抱きとめる。

「……えっ……」

これが……大輝……?


次回に続きます。
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